同じ人間同士でも、人は他人のことを百パーセント理解することはできない。そこには人格という名の壁があり、人はどうやっても他人のそれを乗り越えることはできない。
ブレシスとそうでない者の間にも、同じように壁がある。ギフトいう名の大きな壁が両者の間を分断しており、故にギフトを持たない人間はギフトを持つ人間のことを百パーセント理解することはできない。
リュウヤはそこに、興味を惹かれている。
リュウヤには一種の好奇心があった。十人十色の生き方をする人間という種族の中に突然変異のように現れた、ブレシスと呼ばれる者たち。彼らは如何様な形で力を振るい、また如何様な姿で人生を踏破していくのか、リュウヤはそこに着目している。
「ルキトたち、大丈夫ですかね?」
窓から見える夜景に視線を漂わせながら、リュウヤは何となく時任に聞いてみた。
「心配かね?」
時任は聞き返してくる。ソファーに座って分厚い本に目を通している黒スーツの男からは、少なくともルキトたちの身を案じているような気配は感じられない。
「まぁ、心配っちゃあ心配ですけど」
リュウヤは言葉を濁す。
リュウヤが初めてギフトの存在を知ったのは、まだ肌寒い春の夜のことだ。スノーボードで片足を骨折して市内の病院に入院していたリュウヤは、リハビリがてら病院の中庭を歩いていた時に異様な二人の人物を目撃した。
一人は、目の前にいる黒スーツの男、時任。そしてもう一人は、今ここにはいない小柄な少年、ルキト。
リュウヤが普通とは違う世界に少しだけ足を踏み入れることになったのは、彼らとの出会いがきっかけだ。
「あいつら、一体何のために闘ってるんですかね……」
リュウヤの独り言のような呟きに、時任は意外にも真面目な答えを返してくる。
「エレン君はメアル君を助けるために、ルキト君はエレン君を助けるために闘っている。ナースは二人を捕まえるために闘っており、そしてソウム君も恐らく何かのために闘っている。表面的にはそんな感じだ」
「と、言いますと?」
本を読みながら、時任は続ける。
「人は闘うとき、『自分のため』と『自分以外のため』という二つの理由を自然と持つようになる。例えばルキト君はエレン君を助けるために闘っているが、同時に己が持つ異能を守るためにも闘っている。きっとエレン君も同じだ。メアル君を助けるために闘い、また自分の中にある大切なもののためにも闘っている。この場合、どちらの目的が大きくてどちらの目的が小さいというのはない。片方が大きくなれば自ずともう片方も大きくなり、最終的に両者の比重は同等になる。人が誰かのために、何かのために闘ったとき、得られる結果は自他に平等に齎されるということだ」
リュウヤは口を挟む。
「じゃあ、ソウムやナースも自分とそれ以外の人のために闘っているっていうんですか」
時任は、しかし肩を竦めて笑って見せる。
「さてね。私は一般論を述べたまでだ。それが彼ら全員に通用するとまでは断言できんよ」
いいところまでいって話をはぐらかされた気分だ。リュウヤは諦めて再び窓の外に視線を投じる。思いの外早く、時任が話を再開させる。
「まぁ一つだけ言えるのは、目的とその理由が確固たるものであれば人はより強い力を持ってそれを完遂しようとするということだ。ルキト君たちがナースたちを打破するためには、つまり彼らのそれを乗り越えるだけの意志が必要なのだよ」
「意志が強くても、実力が伴わなきゃ意味がないんじゃ……」
リュウヤが苦笑すると、時任は一本取られたように額を押さえながら笑い声を上げた。
「はっはっは! いや、違いない。普通意志が強ければ実力も発揮されるものなのだが、ルキト君はどうもその兆候が薄いからねぇ。エレン君ならまだしも、ルキト君に限っては力を出す前にやられてしまいそうだ」
リュウヤは自分が相当暢気な性格だと自覚しているが、時任はある意味それ以上だ。軽口を叩く黒スーツの男を見つめながら、リュウヤは心底呆れる。
「ともあれ、我々がここでとやかく言っても仕方がない。外野は外野らしく、大人しく待っていることにしようではないか」
そう言ったのを最後に、時任は読書の海に浸り始めた。リュウヤは何も言い返せず、もやもやした気持ちのまま口を紡ぐしかない。
リュウヤは、柄にもなく不安になっていた。いつも暢気で陽気な江室劉弥という人間は、今ここにはいなかった。
それは、正直にルキトの身を案じているからだった。ルキトは違うかもしれないが、少なくともリュウヤはルキトのことを正真正銘の友人として認めていた。故にリュウヤは憂いを抱かずにはいられない。
「はぁ……」
リュウヤは浅い溜め息を吐く。自分に最も似つかわしくない仕種。憂鬱な、吐息。
「ったく、このオレが心配してやってるんだ。ちゃんと帰って来いよ……」
誰にも聞こえないように、リュウヤは呟く。窓から見える夜景は、今のリュウヤには少しだけ眩しすぎた。
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