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第一部
異変/追究 (5)
 バスという乗り物は極めて乗り心地が悪い。
 旅客輸送用の車両のはずなのにやたら窮屈だし、カーブのたびに大きく揺れるし、走り出したと思ったらすぐに次の停留所で停まるし、乗っているだけでストレスが溜まる。とりわけ今朝のような通勤・通学時の車内だと乗客の人口密度が馬鹿みたいに高くなって最悪だ。
 様々な不快要素が混合して毒ガスのように充満している満員バスの片隅で、その少女は今にも爆発しそうな感情を必死に抑え込みながら苦痛の時間が過ぎるのをじっと待っていた。
 少女の名前は()()()(れん)といった。
 エレンは市内の高校に通う一年生だが、女子高生らしい飾り気と快活さを一切持ち合わせていない少女だ。
 首の辺りで乱雑に切り落とされたミドルショートの髪は本人の反発的な性格を象徴するかのように外側に跳ね返っており、目つきも鋭く表情も険しい。もちろん化粧やアクセサリなども施されておらず、まるで普段からあらゆるものに対して嫌悪感と敵意を向けているような風貌だ。
 そんなエレンの外見は、実際は非常に整っていた。端整な顔立ちとスマートな体つきは素直に美少女と呼べる域で、しかし剣山のように刺々しい雰囲気が表面を覆いつくしているせいで本来の美しさが目立つことなく帳消しにされているのだった。
「……っ」
 自分の外見など全く気にすることなく、エレンは忌々しげに奥歯を噛み締める。苛立ちによるものだったが、正確には悔しさからきた歯噛みだ。
 昨夜エレンは郊外の川辺にて異形の力を振るった。最初は石を川の中に投げ込むだけに留まっていたものの、最終的には全身から力を放って河原の一角を荒らしてやるに至った。
 ――それが、こんなにも騒動を呼ぶことになろうとは。
 今朝エレンが本来の通学路である土手の道を歩いていると、昨夜異能を振るった場所に多くの人だかりができている光景に出くわした。ほったらかしにしておいた力の痕跡があまりにも異様なものだったらしく、自然と野次馬を呼び寄せてしまったのだ。
 こんなことなら人目につかない場所で力を振るえばよかった。せめて痕跡を消しておけば目立たずに済んだかもしれない。いや、そもそも全身からの力の解放などやらなければよかった。
 そういった様々な後悔がエレンの胸中を掻き乱していた。
 悔やんだところでもう遅い。クレーターだか何だか知らないが、エレンの残した力の痕跡はまんまと大衆の見世物となってしまった。その現状に()(しよう)に腹が立ったエレンは土手の道を下りてこうしてわざわざバスに乗り換えたのだ。
 土手付近の停留所からバスに乗る際にエレンと入れ違いでバスを降りていった小柄な男子生徒がいた。どうやら噂は予想以上に早く広まっていると見て間違いない。
 ――エレンは口の中で舌打ちをする。
 一番悔しいのは、()さ晴らしのために振るったはずの力がこのように更なる不快となって自分に跳ね返ってきているということだ。エレンの昨夜の行いは結局無駄に終わり、むしろ状況を悪化させるに至っただけ。
 どうしようもない愚行だったとエレンは振り返る。
 しかし、後悔はするが反省はしない。
 エレンの持つ異形の能力――『拒絶の力』。ほんの一月前に突如としてエレンの許に舞い降りたこの異能は、エレンのために齎されたエレンだけの特別な力だ。使い方も使い道もエレンの意のままであり、エレンの望むような効果を忠実に発揮してくれる理想の力であると断言できる。
 だから、後は何に対して使うか、だ。
 路傍の石をいくら吹き飛ばしたところで無駄であると今回の一件で身をもって学んだ。では何に対して使えばエレンの望むような結果が得られるか、それを考える必要がある。
 いっそ今ここで力を放って周囲にいる乗客たちを一人残らず吹っ飛ばせればどんなに爽快なことか――。
 そんなことを半ば本気で思いながらエレンはバスに揺られる。窓から見える太陽は今日も鬱陶しいくらい眩しくて熱い。
 夏は嫌いだ。
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