この街の外れには大きな川が流れている。
川に沿って延びる土手の道は高校生にとって格好の通学路となっており、今朝も例外なく大勢の学生たちが土手道を賑やかに闊歩していた。
ルキトも何気なくその列に加わって歩く。基本バス通学のルキトはこの道を通って学校に行ったことがなく、やや不慣れな感覚を覚えながら歩を進める。
しばらく歩くと人の列が途中で川の側に折れている地点に差し掛かった。ルキトも流されるままに土手を下り、河川敷を越えて水辺の河原に行き着いた。
そこにはなぜか人だかりができていた。群衆は河原の一角を丸く取り囲んでおり、不可思議なものでも見物しているかのようにざわざわと不穏な声を上げている。ルキトは顔を潜めつつ人ごみの中に分け入り――渦中のモノを目にした。
――クレーターを思わせる円形の痕跡が、そこにあった。
本来は石が無造作に敷き詰められているはずの河原の地面だが、どういうわけかその一角にだけ突如として月面のクレーターに似た浅い穴が出来上がっていた。荒々しく剥き出しになった土壌と四方八方に飛び散った石を見る限りよほどのエネルギーが地表を抉ったのだと推察されるが、周囲に手掛かりとなるような破片などは全く見当たらなかったためクレーター出現の原因が何なのか即座に断定することはできない。
上空から巨大な何かが落下したのか、あるいはこの場で大きな爆発でもあったのか――半径三メートルを祐に越える正体不明の奇怪なクレーターを前にルキトが絶句していると、背後から誰かがやってきて隣に並んだ。
「な? 面白いだろ?」
首を横に向けると、そこにはルキトをこの場に呼び寄せた張本人がいた。
「……リュウヤ」
江室劉弥。ルキトのクラスメイトであり、ルキトの数少ない友人の一人。
「街外れの河原に突如現れた謎のクレーターか……ははっ、これはなかなか興味深いんじゃねーか?」
「……」
面白そうに笑うリュウヤの横顔を、ルキトは半ば呆れたように黙って見つめる。異様な光景を目の前にしてこの調子だ、陽気ぶりが計り知れない。
リュウヤは外見・内面共にルキトとは正反対の人間だ。ハリネズミのように逆立った短髪と健康的な色の肌はいかにこの少年が活発で外向的な性格の持ち主かを物語っており、ひょうきんな口調や行動も他者を引っ張っていくぐらい積極的かつ大胆な印象を醸している。学校ではサッカー部に所属しているため体格もそれなりに逞しい。
まさにルキトとは真逆の位置に立っている少年。ルキトが物影に佇む氷柱だとしたら、リュウヤは日向に咲く向日葵とでも言うべきか。他にも比較の仕方は沢山あるだろうが、何にせよ二人の間には共通点のかけらすら見当たらない。
そんな二人が友人としての関係を結ぶに至ったのにはもちろん理由があるのだが、今ここでわざわざ思い返すのも馬鹿らしいくらい浅い理由だったのでルキトはさっさと眼前のクレーターに意識を戻した。
「……で、このクレーターは何なんだよ?」
試しに訊いてみると、リュウヤは声量を抑えて答えた。
「おそらく昨夜のうちにできたものだろうな。周りのやつらは隕石が落下したんだろうとかガス爆発でも起きたんだろうとか憶測を膨らませてるけど、クレーターの中心に隕石らしきものなんて見当たらないし、周囲に爆発時の焼け 跡みたいなものも残ってない。無色無臭の爆発――言ってみりゃ空気そのものがパーンって破裂した感じだな」
「竜巻でも起きたんじゃないの?」
「竜巻は不規則に動き回るものだから、丸い痕跡が一カ所にだけくっきりと残るのは不自然だろ。でも風っていう観点は当たってると思うぜ。自然界に生じる無色無臭の突発的な力と言えば風ぐらいだもんな」
ルキトはクレーターを凝視して首を傾げる。
「風みたいな力が一点を中心に円形状に広がった……。そんなこと、自然界で起こり得るとは思えないけど……」
ルキトが冴えない表情でぼやくとリュウヤは何かを期待するような顔でニヤニヤと口元を歪ませる。
「そうそう。そうだな。このクレーターは自然に出来たものじゃなく、人が残したものだ。てことは、つまり~?」
リュウヤの妙な促しには気を向けず、ルキトは頭に浮かんだ率直な答えをぽつりと呟いた。
「……ただのイタズラ」
がっくりと肩を落とすリュウヤ。
「だーっ! それを言っちゃお終いだろ!」
「じゃあ何なんだよ」
「お前はどうしてそう、何と言うか、こう、フツーの考え方しかできないんだ? イタズラとかって誰でも思い付くような発想だろ」
「イタズラ以外に何があるって言うんだよ……」
「ったく、お前は本当に鈍感だな」
リュウヤは小さく咳払いをして声音を整え、神妙な顔で言う。
「いいか? この場にクレーターを残したのは隕石でもなければ風でもない。言わば超常的な力によるものだ。んで、オレの知る限りこの世界にはそんな超常的な力を持った人間が密かに存在している」
リュウヤの目は真っ直ぐルキトを見つめている。ルキトの瞳の奥にある何かを指摘している。
リュウヤの視線の意味と言葉の本意をルキトは同時に察知し、半信半疑の曇った声を唇の隙間から漏らした。
「……まさか、『ブレシス』の仕業だって言いたいのか?」
リュウヤは待ってましたと言わんばかりに口の端を上げる。
「その通り。な? お前と蝙蝠先生が目を付けそうなヤツだろ?」
リュウヤの推論はあくまでも憶測に過ぎないが、彼の勘は異様な程によく当たるというのもルキトとは対照的な特徴の一つだった。
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