学校に着き、自分の教室に入り、自分の席に座る。アヅマという苗字故に、出席番号一番であるソウムの座席は廊下側の一番先頭にある。授業中は先生の視界に入りずらいため、案外居心地の良い位置ではある。
鞄を机の横に掛け、ざっと教室を見渡してみる。例のクレーターの噂をしている生徒は既に何組かいたが、どれもやはりオカルトじみた推測を基にした会話のようだ。ソウムの知りたいことは、少なくとも教室に流れる噂話からは得られそうにない。
そうなると特にやることもないので、仕方なくソウムは肩肘をつきながら携帯電話を適当にいじっていることにした。いつもより早めの登校であるため、朝のホームルームまではまだ多少の時間がある。
そうやってしばらく退屈な時間を過ごしていると――一人の男子生徒が音もなく教室に入ってきた。
高校生の男子にしては幾分小柄な体つきのその少年は、不健康そうな顔色と同じくらい活力の感じられない足取りでソウムのすぐ後ろの席に座り、虚ろげな眼差しを虚空に漂わせたまま氷のように静止した。誰の意識にも留まらない、無言で無音の登校だ。しかしすぐに後ろ隣に座るハリネズミのような髪型の男子に呼ばれ、何やら小声で話し始めた。
ソウムは頬杖をついてケータイの画面を見る振りをしながら、横目で肩越しに後ろの少年を盗み見る。
出席番号二番――碓井留己人。無口で暗い印象の、クラスメイト。
この少年も謎の多い存在だ。いつも何を考えているのか分からない表情をしており、よく休み時間などにふらりと消えてはどこかに赴いている。もしかしたら今も教室に来る途中どこかに寄って来たのかもしれない。そういえば以前、一階の物理準備室に入るところを目撃したという情報を小耳に挟んだことはあるが、真相は不明だ。
もう一つ噂に聞いた話によると、ルキトは入学式の直前まで何らかの重症を患って数ヶ月ほど入院していたらしい。もちろん詳しいことまでは知らないし、むしろ知っている者がいるかどうかも疑問だ。とにかく、現在も過去も薄暗い霧に包まれたクラスメイトが、ソウムの後ろの席に座る少年である。
河原のクレーターについて考えたり、背後の少年のことを気にしたりと、二つのことを交互に思考しているうちに朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り響いた。いつの間にか教室は全員が揃っており、ソウムは夢から覚めたような妙な感覚を覚えつつ椅子に座り直した。
ソウムが我に還ったのと合い重なって、担任の先生が入って来た。真夏だというのに涼しげな顔で黒いスーツを身に纏う、やたらと紳士ぶった鼻持ちならない壮年の男だ。苗字を時任といい、名前は確か『セオ』とかだったような気がした。
「起立、礼、着席」の号令を経てホームルームが始まる。教壇に立った時任の第一声もやはり紳士ぶった言葉だ。
「おはよう、諸君」
正直な話、ソウムはこの男のことをあまり好きではない。しかし、今日に限ってはこの男が担任で良かったと思った。時任の専門は物理――もしかしたら、あのクレーターがどうやって出来たのか物理的観点で推測してくれるかもしれない。
思うが早いか、ソウムは授業中には決して見せない積極的な挙手をもって発言していた。
「センセー、河原のクレーター見ました? あれって何なんすか?」
脈絡のない質問だったが、他にもソウムと同じような考えの生徒がいたようで、何人かが同じように探究心の溢れる目で時任を見る。時任もそれを正しく汲み取り、自分の専門分野だけにことさら得意げに答え始めた。
「まず先に物理学の概念から言うと、あの河原の円形陣をクレーターと定義するのは間違っているのだよ。クレーターとは主に上空から落下した巨大物体が地表と衝突し、その際に生じたエネルギー波によって形成される逆円錐状の孔のことを言うのだ。それに比べてあの河原の痕跡は円形であるが深さがほとんどなく――」
……違う。聞きたいのはそんなことではない。ソウムは苛立ちを覚え、時任が言葉を言い終わるや否やすぐに質問を変えた。
「じゃあセンセーはあれは何だと思うんすか?」
知りたいのはもっと具体的なこと。あのクレーターは一体何なのかという、核心的なこと。
時任は再びすらすらと語り始める。
「地表の一点から円形状に水平の力が広がるという現象は、少なくともあのような場所では起こり得ない。大方どこぞオカルトマニアが面白半分に人工的に作ったものだろう。河原の一カ所に立ってそこから渦を描くように歩きながら外側に石を投げていき、土壌が剥き出しになったところで箒か何かで放射線状に内側から外側に土を――」
……結局、時任はあのクレーターは下らない悪戯だということで話を締め括った。何とも現実的で面白くない意見。ソウムは「分かりました」と言い、諦めて口を紡ぐ。この男にこれ以上のことを求めるのは無意味であると、煮え切らない胸の内で判断する。
ソウムだってクレーターだけを見ていれば時任と同じ見解を抱いていただろう。しかしソウムは皆が知らないもう一つの出来事を身をもって経験している。
昨晩、闇踊の眼をもって夜空を浮遊している時に感じた強烈な波動。それこそが、例のクレーターがただの小細工ではないとソウムに確信付ける大きな要因となっていた。
――そうして、何の新事実も得られないまま学校での時間は過ぎていく。
授業中は机に突っ伏して寝息を立て、休憩時間は悪友たちと馬鹿な話に花を咲かせ、昼休みも悪友たちと共に学食で昼食を囲み、放課後もやはり悪友たちと校庭の隅で煙草飲みに興じた。節制のない怠惰な学校生活だが、これがソウムの日常。なのでバイクに跨がって帰路を辿る頃には異質なクレーターのことなど頭の中から忘れ去られており、事実、あまりにも進展が見られない今回の件に対してソウム自身もすっかり諦念していた。
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