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第一部
異変/追究 (1)
 じっとしているだけで全身から(あぶら)(あせ)が滲み出てくるくらい、今夜は蒸し暑い。
 真夏の熱帯夜は街中を隅から隅まで熱し上げ、本来波風の立たないはずの夜の四十万に咽せ返る熱気を濛々とたゆたわせる。それはたとえ水のせせらぐ郊外の川辺とて同じことであり、その逃げ場のない執拗な暑さに苛 立つような顔をしながら高校生と思しき少女が一人、(ひと)()のない暗い河原の真ん中に佇んでいた。
 表情が示している通り少女は今不機嫌だった。不機嫌と言っても精神や言動が荒れる程度の一般的な度合いではない。凶暴な破壊的衝動に胸を掻き立てられるほど、少女は異常なまでに激しく苛ついていた。
 少女の不快感の対象は――至って単純なものだった。空気を淀ませるこの蒸し暑さと、そこら中から聴こえてくる耳障りな虫の鳴き声と、周囲を包む毒々しいほどに濃密な暗闇に、少女はただ苛々していた。
 辺りに人がいないことを確認すると少女は右手を地面に伸ばし、足元にごろごろと転がっている石の中からソフトボール大のものを拾い上げた。
 細くしなやかな指で石を強く握り締め、睨みつけ、不快感情を集中させる。聴覚や触覚を通じて体内に入り込んでくる不快感をエネルギーに変えて右手に送り、蓄積・凝縮させる。
 石を握る(てのひら)の内側が次第に熱を帯びてくる。不快感情が力として瞬く間に溜まっていき、やがて破裂せんばかりにまで蓄積されたことを確認すると少女は石を握る手を真っ直ぐ川の方へ伸ばした。
 一呼吸置いた後――ぱっと掌を開き、同時に『力』を解放する。
 得体の知れない強力な衝撃波が少女の掌から放出され、それによって弾かれた石が猛烈な勢いで撃ち出される。
 まさに弾丸だ。
 弾丸さながらのスピードを纏った石は風を裂いて(くう)を飛び、そのまま一直線に川へ落下する。投石によって生じたとは思えないほどの大きな音と水飛沫。川辺の空気は虫の音と共に一瞬にして静まり返り、冷え落ちた。
 浄化された空気で肺を洗うように大きく深呼吸しながら、少女は快感に酔いしれる。
 ――『拒絶の力』。
 心身で感受した不快感を強力な衝撃波に変えて外部へ放出するという、少女だけが持つ異形の能力だ。
 荒立った川の水面が鎮まるとすぐに暑さと虫の鳴き声が川辺に再来する。少女は不愉快そうに顔を歪ませて舌打ちをし、今度はサッカーボール程の大きさの石を見つけて思い切り蹴り飛ばした。
 蹴りに併せて脚部から拒絶の力を放つ。石は尋常ならざる衝撃波によってまたも荒々しく吹き飛ばされ、隕石さながらの破壊力を纏って川に落下した。
 先ほどよりも格段に派手な水飛沫と轟音が立ち上がり、先ほどよりも長い時間に渡って静寂が()ぎる。しかし結局は元の暑くて(やかま)しい河原に戻る。
 そう、爽快感など所詮は一時だけだ。いくら石を川に投げ込んだとしても本当の意味での快感など得られるはずもなく、()(がゆ)さと悔しさだけが残る。少女がやっていることは、だからどうしようもなく無駄なことに過ぎない。
 だとしても――今の少女にはこうするしかなかった。路傍の石を無闇やたらにふっ飛ばし、目くるめく不快感の中に一瞬の快感を作り出すことぐらいしかできなかった。
 解消しようのないストレス。その現状に腹の底から苛立ちを抱くように少女は苦々しく奥歯を噛み締め、脈々と満ち溢れる不快のエネルギーを今度は全身に行き渡らせた。
 暑いのは嫌い。
 虫も嫌い。
 草の匂いも嫌い。
 何もかも、大嫌い。
 両足を肩幅に広げて両腕を左右に伸ばし――少女は全身から拒絶の力を放出した。
 ――何でもいいからとにかく滅茶苦茶に壊したい。荒らしたい。
 少女の体を中心に発生した強烈な衝撃波が周囲にあるもの全てを縦横無尽に吹き飛ばす。
 目に見えない透明な爆発が、そのとき夜の世界の片隅で巻き起こった。
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