鷹揚な足取りで倉庫の中に入ってくるワイシャツ姿の男。突然現れた見覚えのない男にオリバは敵視の眼差しを向ける。
「誰だ、貴様!」
一階の中央で立ち止まって男は答える。
「キミのような人間に名乗るほど低価値な名前は持ち合わせていないのだが……とりあえずそこにいる坊やの担任とでも言っておこうか」
「教師だと……!?」
軽口を叩いているものの、ただの教師とは思えなかった。もしかしたらルキトをここまで辿り着かせたのもあの男の助力によるものなのかもしれない。
しかし、今はそんなことよりもはっきりさせなきゃならないことがある。
「贄の楔を破壊したものがルミネの命の抵抗力ではないとすると、では一体何だと言うんだ!」
片手をポケットに突っ込んで余裕ぶった態度を示したまま男はさらりと答える。
「不完全なのだよ、キミのマテリアルは」
「ふざけたことを抜かすな! マテリアルとはギフトと同等の力を含んだ奇跡の産物だ。なのになぜ僕のだけが不完全であると言える!?」
オリバが言い放つと、男は呆れるように肩を竦めて笑った。
「当たり前だろう? なぜならキミは何も失っていないのだから」
「なんだと!? 僕は子供の頃から必死に努力して将来を見据えてきたんだ! それなのに夢半ばで死の宣告を突き付けられ、果ては自殺まで謀った――ギフトを与えられるには十分な代償だろ!」
「だから。何も失っていないではないか」
男は溜め息を吐く。
「キミは何かを失ったのではない。自分で勝手に捨てただけだ。勝手に将来を悲観して、勝手に人生を諦めて、勝手に自殺を謀って……病に対してろくな対処をしないまま勝手に希望を手放しただけなのだよ」
「な、なに?」
「キミに課せられた残酷な運命は確かにギフトを与えられるに等しいものだったかもしれない。だがマテリアルまでをも完成させるには至らなかった。キミの天秤はキミ自身を試したのだよ。不完全なマテリアルを与え、キミがきちんとそれを完全なものにできるかどうかをね」
「僕が手にしたマテリアルは、あくまでも発端に過ぎなかったと言うのか……?」
「そうだ。しかし、キミは時期を焦りすぎて未完成のままマテリアルを使ってしまった。目先の手段だけに頼って自分では何の努力もせず、いち早くマテリアルを使うことのみに頭を働かせていた。しかも楔の対象者すらノア君やルミネ君といった自分にとって親交的に重要ではない人間を選んだ」
「く……ッ」
オリバは反論できずに歯噛みする。構わず男は続ける。
「マテリアルはギフトとは違うニュアンスを示すが、根本的には同じ概念を持つ。何か大きなものを支払うことで初めて完成に至る異形のモノ――。
さて、キミはマテリアルを手にしてから何か失っただろうか? マテリアルを完璧なものにするために何か大きな代償を捧げただろうか?」
流暢な喋り口調で謳い、男はオリバを見上げる。オリバは何も言い返せず、男はそれを見透かしたように語りを再開させる。
「キミがもし最後まで諦めずに病と闘い、様々な手を尽くし、それでも助からないと悟った上で自殺を謀れば、きっと一回で完璧なマテリアルを手にすることができただろう。しかしキミは早々と人生を諦めてしまい、早々と命を絶とうとした。辛うじて天秤から齎されたマテリアルも温存することなく早々と使ってしまった。――そう、全ては早過ぎたのだよ」
「黙れ!」
堪らずにオリバは怒鳴る。
「暢気に待っていられるか! 長い闘病を経てマテリアルを手にしたとしても、その時には既に僕の身体は動けないほど深く病魔に蝕まれている! そんな中で一体どうやって対象者を捜せばいいんだ!」
「捜すまでもない。その時枕元にいる大切な人に楔を刺せばいいのだから」
「なっ……!?」
オリバは絶句する。しかし男は平然とした口調で説明する。
「愛しい恋人、あるいは親しい友人……そのような人物は死の間際には必ず傍にいる。だから恋人か親友を生贄にすればいい」
「冗談じゃない! 仮にそういう人間が傍にいたとしても、大切な人の命を奪うなんてことできるわけ――」
「甘ったれるな」
鋭くて冷たい声がオリバの言葉を断ち切る。涼しげな微笑を消し、男は影のかかった真顔でオリバに告げる。
「失うとはそういうことなのだよ。『贈り物』を得るにはそれくらい重い代償が必要なのだ。覚えておきたまえ、オリバ君」
――オリバは、愕然とする。ギフトに対する決定的な間違いと、取り返しのつかない現実に、落胆する。
「そんな……」
力無く膝をつき、オリバは失意に顔を呆けさせる。生気の抜け切った瞳で虚空を眺め、全ての気力を捨てて正しく抜け殻となった。
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