病院のベッドの上で君が座っている。
もうすっかり着慣れたパジャマの青色は随分と薄くなってしまっていた。
「晶」
君の声が僕を呼ぶ。
とても愛しそうに、幸せそうに。
「何考えてるの?」
微笑みながら僕の顔を覗き込んできた。
「優のことだよ」
僕も微笑み返す。
「優と一緒にいるんだから、優以外の事考えるわけないだろ?」
答えると、君はふふふっと嬉しそうに笑った。
「それもそうだね」
控えめに胸に手を当てて、歌うように僕に語りかける。
「あたしも晶の事しか考えられないよ」
何だかバカップルみたい、と君はまた笑った。
僕はなんだよー、と頬を膨らませる。
別にバカップルだっていいじゃないか。
それだけ幸せなんだから。
「そういえば秋坂先生結婚するらしいよ」
穏やかに流れる時間の中、僕はふと口を開いた。
君は軽く考えるように遠くを見つめた。
「秋坂先生って、数学の?」
「そうそう、いっつも緑のネクタイしてた」
「へー、そうなんだ。相手は?」
「国語の林先生だってよ」
「林先生まだ独身だったんだね」
「や、バツ一らしい」
「じゃあ再婚かー」
君は自分の長い髪をいじりながら、窓枠に切り取られた景色に目を向けた。
僕もつられて視線を向ける。
水色の蝶々が一匹、ふわふわと浮かんでいた。
そしてそのすぐ横には、黒い蝶々がぱたぱたと飛んでいた。
まるで水色の蝶々を守っているみたいだ。
「いいねぇ」
君が独り言のように呟く。
向こうを向いたままだったので、どんな表情をしてるかは分からなかった。
「何が?」
僕は聞き返す。
「……結婚」
君はそう返した。
「あたしもしたかったな」
「ならすればいいだろ」
「相手がいないもん」
「僕がいる」
「晶はまだ十七歳でしょ」
「あと四ヵ月で、十八歳だよ」
口に出してから、僕ははっとした。
僕は今、絶対に言わないと決めていた言葉を言ってしまったんだ。
「……四ヵ月は、待てないかな」
あぁ。
君の辛そうな顔。
そんな顔しないで。
でも、そうさせてしまったのは他ならぬ僕。
「晶、ごめんね?」
謝らないといけないのは君じゃないのに。
「あたしなんか好きにならなければ良かったのにね」
違う、違う、違う。
僕は君にそんなことを言わせたくて一緒にいるんじゃないのに。
「優……」
全部伝えたいのに、言葉にならない。
なんて情けないんだろう。
僕は君に残られた時間を笑顔でいっぱいにしたいだけなんだ。
黒い学制服越しに自分の手首を掴んで、顔をあげる。
「僕がこんなに好きになれるのは、後にも先にも優だけだよ」
まだ十数年しか生きてない若造がなんて思わないでくれよ。
僕の言葉に嘘は一つもないさ。
君といる全てが真実だから。
「晶……」
「目、閉じて?」
君は何か言い掛けたが、僕が言ったのでそっと瞼を下ろした。
君の白い掌に僕の掌を重ねる。
そして顔を近付けて、その唇にやわらかくキスをした。
触れるだけの、幼いキスを。
君は目を細めてクスクスと笑い声を漏らす。
「何」
「んー、何か、幸せかも」
僕はまたキスを一つ落とした。
「かも、じゃないだろ」
「……うん、幸せ」
三度目のキス。
あまりの幸福に酔い痴れそうになる。
けれど、別れの時は確かに近づいてきているんだ。
足音をたてて、ゆっくりと。
僕は泣きたくなった。
でも、泣かない。
愛しくてたまらない君が隣にいる。
その何処に悲しまなくてはならない理由が?
別に偽善で君と手を繋ぐわけでも、君と口付けを交わすわけでもない。
だからってこれを純愛と呼んで良いのかも分からない。
ただ一つ言えるのは。
「病めるときも、健やかなるときも、君に永遠の愛を誓います」
例え君が目の前からいなくなったとしても、だよ?
ただ、君を愛してるから。 |