ゴブリンキングの大攻勢その5 キングの真意は?
今回は説明が多いっす
一方的に撃たれていたゴブリンの動きが変わった。何とかしてこちらに近づこうと前進を続けていた彼らが、突如後退しだしたのだ。いや、彼らからしたら前進か。此方はゴブリンの後方から攻撃しているのだからな。
しかし、何故今になって前進を・・・。プレイヤーの前線が崩壊でもしたのだろうか。そのまま街へ前進し、落とす算段なのだろうか。
情報が少なすぎる現状、この程度しか思いつかない。だが、やる事はまったく変わらない。逃げる敵を追撃する。これだけだ。
(追撃戦に移行する)
相手が離れるなら近づかねばならない。速度を上げつつ、追いかける。
ゴブリンと言えど、所詮は人型のモンスターである。速度は人間と大差ない。追いかけるのは簡単だ。
(街までにどれだけ倒せるかが肝か)
ゴブリンは大規模な突撃を敢行した。早期決着の為、PCの前衛組撃破の為、そして、後ろの化け物から逃げる為。
全軍が突撃していく。今までは敵が倒れるまで前進せず、倒してから前進だったが、突撃の命が下されると同時に、敵が倒れていようが前進、どれだけ被害を被ろうが前進、に変わった。
前線に残っていたPCは、雪崩のように進み続けるゴブリンに飲み込まれていく。浸透は浸透でも全くレベルの違う浸透である。
飲み込まれたPCは、成すすべも無く、ゴブリンにキルされて・・・いかなかった。
「負けるかぁああ!」
「どうせ死ぬんだ!幾らでも道連れにしてやる!」
「追い込まれたPCはボスより凶悪だぁあ!」
「アドレナリンドバドバだぁあああ!」
PC達の士気は異様に高かった。どうせ死ぬと分かったからか、それとも極限状態故に箍が外れたか。それとも・・・
「な、なんかこの歌が聞こえだしてから変わったね・・・」
「・・・全ステータス微増!?なんだこれ!?」
そう。何処からか聞こえてくる音楽が、壊滅目前のPC達を凶悪にしていたのだ。それが聞こえるPC達は、例外なく全ステータスが微増し、そして士気が向上していた。
この曲が聞こえる範囲が増えていくにつれて効果を受けたPCは増え、そして抵抗は更に強くなっていく。
ゴブリンの前進は止まらないが、被害はどんどん増えていく。大群に取り込まれたPC達が暴れに暴れ、ゴブリンの数を減らしていく。勿論、PC達も倒されていくが、キルレシオはPC側に偏った。
食べた異物が胃の中で暴れているような状況に、ゴブリンナイトは冷静だった。想定より確かに被害は多いが、問題ない。許容範囲内だったからだ。作戦に支障は無い。そのまま前進を続ける。
だが、ゴブリンナイトは危惧していた。この音楽が、城壁の敵にも聞こえてしまったら。唯でさえ硬い城壁が、更に硬くなってしまう。その防壁は、果たして突破できるのか、と。
城壁での戦いが始まった。ゴブリンを射程に収めた、NPC弓兵による一斉射が開幕の合図となった。
速度の乗った矢が無数にゴブリン軍へと降り注ぐ。だが、止まらない。ゴブリンは人間ではない。そして人間以上に強固な体を持つ。足や身長、そして知性で劣る彼らだが、筋力や身体の強度は人間を上回っている。矢が足や頭、胸などに刺さらない限り、ゴブリンは走り続ける。そして、例え足や頭、胸に刺さろうとも、そのゴブリンは他のゴブリンによって盾として利用されるのだ。息絶え死体となろうとも、その体は味方の盾となり戦い続ける。
帰るところの無い、彼らが考えた最強の突破戦術。それがこれだった。彼らには帰る場所どころか、食料すら十分に残ってない。どうせ生き残っても、大体が餓死してしまう。それならば、どうせ死ぬのならば、それも餓死で死ぬのならば。種族の為の死のほうが、彼らゴブリンにとっては遥かにマシだった。
「なんなんだこいつら!?」
「味方を盾にだと!」
その様は、少なくない動揺を城壁のPC達に生み出していた。当然だ、そこまでして攻める理由が分からない、その精神がわからないからだ。だが、NPCと一部のPCは違った。
「・・・この調子だと張り付かれるのも時間の問題か」
「はい。弓兵の攻撃は十分効果を発揮していますが、倒しきるのは無理かと」
「このままいくと、盾にしていた死体を堀に落として、そのまま張り付くと思われます」
ここはNPC軍の総司令部。城壁の最も高い城壁塔で、城壁に取り付く敵の側攻という本来の役目だけでなく、司令部としての機能も備えた、城壁の最重要区であった。
この城壁塔に、NPC軍総司令官と、参謀が集合していた。
「油はどうなっている」
「加熱に問題はありません。張り付く前に準備は整います」
「うむ、結構。矢が切れた部隊から順に白兵戦の用意をさせよ」
「了解!伝令!」
命令を受けた伝令が、走って司令部を出て行く。その伝令が走っていくのを見送って暫く。総司令官が、徐に言葉を発した。
「極秘の情報だが、鉱山からの資源が止まった」
「資源が、ですか」
「鉱山で何かあったのか?」
「鉱山・・・ゴブリン・・・」
「・・・まさか、あのゴブリンが補給路を?」
「いや、そうではない」
戦況が良く見える塔の最上階。手すりに手を置き、ゆっくりと目を配りながら、総司令官は言葉を続ける。
「これまた極秘だが、ドラゴンらしき存在が確認された。恐らく、それが原因だろう」
「ドラゴンですと!?となると、このゴブリンは追い出されて?」
「そうだろうな。種の存亡を、この攻勢に賭けたのだろう」
突然の知らせに、参謀たちは沈黙する。だが、
「・・・どんな理由があろうと、敵には変わりありません」
「そうです。それに相手はゴブリンです。街の為に、殲滅すべきです」
参謀たちの意見は、元からゴブリン殲滅に纏まっていた。街を守る為に軍に志願したのだから、当然の結果である。だが、総司令官の考えは少し違っていた。
「お前たちも、鉱山のゴブリンは話しが通じる事は知っているだろう」
「えぇ、知っていますが・・・」
「・・・まさか、和平でも?」
「そのまさか、だ」
ゆっくりと参謀たちへ向き直る。
「正確には降伏勧告、だがな」
「降伏・・・ですか」
「果たして、奴等が聞き入れるでしょうか」
「受けるだろう。私の推測が正しいなら、ゴブリンキングは受け入れる」
ゴブリンはドラゴンに住処を追われ、種の存亡の為にこの街へ攻め入った。だが、例えこの街を攻め落としたとしても、食料を得られるとは考えにくい。確かにこの街は、あれだけのゴブリンを養えるだけの食料を生産できる。だが、その食料を得るには街を支配下に置かなければいけない。
その為の第一関門は城壁の突破である。街の防衛戦力を撃破し、実効支配下に置かなければならない。この城壁を破るには、どれだけ兵を揃えようと、必ず、大きな被害を被る筈だ。
その次に、街の支配だ。街の住民は確実に、ゴブリンの支配に反発するだろう。至る所でパルチザンが無数に沸くと思われる。そのパルチザンを鎮圧するには膨大な兵力がいるだろう。城壁突破で数を減らした兵で、これを鎮圧するのは困難だろう。
そして最後に、パルチザンによる破壊だ。ゴブリンの求めている物は食料である。それを知ったパルチザンが、食料地帯を破壊しないとも限らない。破壊を阻止するには、鎮圧同様、兵力が必要になる。
「どう考えても、街を支配しても求めるだけの食料が得られるとは思えないのだ。」
「・・・食料地帯から直接接収するかもしれません」
「それもあるだろうが、どちらにしろパルチザン被害は確実に発生する筈だ」
「確かに、どう転んでもゴブリンには不利に働きますね」
「最悪、住民の力によって壊滅させられるでしょう」
「・・・そう考えると、どうしてゴブリンはこの街へ・・・?」
理解不能なゴブリンの攻勢。仮に城壁突破の被害が軽微だったとしても、住民の数はNPC軍を何十倍も上回る。それだけの数が全てパルチザンと化したら、最悪住民の手によってゴブリンが壊滅するだろう。
参謀たちは、何故、ゴブリンがこの街へ攻めたのかを考え始めた。
そして、一つの答えに行き着く。
「・・・口、減らし?」
「いや、まさか、幾ら食に困っているとはいえ、種のトップが」
「トップだからこそか?」
「あり得るのか?そんなこと・・・」
簡単に参謀たちの考えを説明すると、街へ攻め込み被害を出す事で口の数を減らす、である。
「そんな事をする位なら身内で斬り合えば良いではないか!」
「共食いって方法もある。それなら食も多少は・・・」
「おい待て。そんな事、できる訳がないだろ!」
「そんな事をしたら、最悪内乱に発展するぞ!」
そう、身内で斬り合う事も、共食いも。人間からしたら考えられない事だった。いや、正確には”現状が安定した”人間には考えられない事だった。
「あのゴブリンは普通のゴブリンではない。ゴブリンキングに率いられたゴブリンだ」
ここで、今まで黙っていた総司令官が、語りだす。
「連中は確かな文明を持ち、言葉を理解し、自己を認識し、そして他を思いやれる。だからこそ、身内で斬り合う事も共食いも取れない。正確にはその選択ができない。そんな事をしたら、反乱によって種がバラバラになり、普通のゴブリンに成り下がる。ゴブリンキングからしたら、それは種の滅亡に変わりない筈だ。何故なら、ゴブリンキングに率いられたゴブリンでなければ、文明も知性も維持できないからだ」
ゴブリンキングは、反乱によってバラバラにならないように、どうにかして口を減らす必要があった。
「新たに農地を開拓しようにも、実るのは先。狩猟でも、あの数を養うのは無理だろう。飢餓に突入すれば、例えキングが禁止していても共食いが発生するだろう。そうなれば反乱の発生は確実。ゴブリンキングは、反乱が起こらないような口減らしの方法が必要だった」
「・・・街への侵攻は、食料を得るという名目の・・・口減らし?」
「それが、私が行き着いた結論だ。・・・違うかもしれないがな」
総司令官の言葉が、静まり返った司令部に響いた。