第9話 周到な計画
九 周到な計画
「起きろ」
高杉は、ベッドで全裸の女にしがみついて眠っている男のわき腹を軽く蹴った。わき腹を蹴られた男が、薄目を開けて高杉を見た。
「だ、だれだ!」
目を覚ました男が、薄暗い部屋に立っている高杉に気づいて飛び起きた。男も全裸だった。
「騒ぐと殺す」
高杉は低い声で言った。
「きさま…。わしを誰か知っての狼藉か!」
男はベッドから立ち上がろうとした。その男のわき腹に高杉の右足が飛んだ。わき腹を蹴られた男は、息が詰まって床に転げ落ちた。声も出せず、うずくまって腹に両手を当てたまま高杉を見上げている。
「おまえたちが何をたくらんでいるか、だいたいの事はわかっている」
高杉はそう言うと、椅子に座って煙草に火をつけた。
「計画はどこまで進んでいる?。これから何をする。それを言ってもらおう」
高杉は足元で苦しんでいる男をにらんだ。
「最新の整形外科手術で、おまえは山岡総理に。そしてもうひとりは、市長の前田に整形して成り代わった。この次は、いったい何をするつもりだ」
暗い中で高杉の目が光った。
「な、何を言っておる。わしには、おまえの言っていることが…」
床でうずくまっている山岡が、高杉を見上げて苦しそうに言った。
「おれの言っていることがわからなければ、拷問してでも思い出させてやる。この部屋は防音がしっかりしているらしいからな」
高杉は、煙草の灰を床に落とした。
ベッドの女は、毛布をかぶって震えているようだった。
女は北洋テレビの沢田理香だった。この稚内市庁舎が魔窟の中枢だと目をつけたとき、深夜に忍び込んで内部を探索した。その時には、沢田理香はすでに山岡総理に成りすましたこの男の性の奴隷となっていたのだった。
沢田理香は、この男に体をもてあそばれながらも狂喜の声を上げていた。
正気を失った沢田理香の様子を見たとき、高杉は沢田理香を救い出しても無駄なことを悟ったのだった。
「稚内の市民を…。あれほど大勢をなぜ殺した」
高杉は聞いた。
「そんなことは知らん!。わしは総理大臣の山岡宗助だ!。だまって立ち去ればよし。そうでなければ、ただでは済まんぞ!」
ようやく呼吸が整った山岡は、全裸のままベッドに座って怒鳴った。
「………」
高杉は灰皿で煙草を消して立ち上がった。ベッドに座っている山岡に近づくと、いきなり山岡の頬に平手を飛ばした。その勢いで山岡はベッドから転げ落ちた。その背中を高杉の足が蹴った。にぶい音が部屋に響いた。
「グッ!」と山岡はうめいた。えびぞりになって苦しんでいる。
高杉はベッド横の鏡台にあった整髪料の瓶を開けると、ころがっている山岡の頭にふりかけ、ライターで火をつけた。揮発性の整髪料がボッと燃え上がった。
「ギャーッ!」
山岡が悲鳴を上げて燃える頭をかきむしった。その火が消えたとき、山岡の髪の毛は無残に焼け焦げ、かきむしった頭皮から血がにじんでいた。
高杉は、その山岡の血がにじむ頭を蹴った。ゴンという音がして山岡が床に転がった。焼けただれた頭皮の一部がはがれている。
「や、やめろ!。たのむからやめてくれ!」
山岡が大声で叫んだ。
「き、きさま、それでも人間か!」
山岡の叫び声が部屋に響いた。
「………」
高杉は無言で山岡のみぞおちにこぶしを当てた。転げまわっていた山岡は大の字になって気を失った。
高杉は、その山岡の腹と陰部に整髪料をかけると、無表情にライターで火をつけた。
「ギャーッ!」
熱さで気を取りもどした山岡が、耳ざわりな悲鳴を上げた。その悲鳴に、ベッドの沢田理香は目を大きく開けて凝視している。
「それでも人間かと、おまえはおれに言ったが、おまえは総理大臣に成りすまして、いったい何人の人間を殺した」
高杉は陰部を押さえてもがいている山岡を見下ろした。
「全貌を話せば命だけは助けると約束しよう。ただ、少しでも嘘を言ったときは、あらゆる拷問を加えて海に放り込んで魚の餌にする。北洋テレビの秋山にしたようにな」
高杉はそう言って山岡をにらんだ。
「こ、こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
山岡はあえぎながら高杉に怒鳴った。目が怒りで燃えている。
「まだわからないらしいな」
立ち上がった高杉はもう一度山岡のみぞおちを蹴った。山岡は白目をむいて気を失った。体を丸めて気を失っている山岡を、高杉は表情を変えずに見下ろしている。
ベッドの上の沢田理香は全裸の身体を隠そうともせず、床に転がっている山岡と高杉を交互に見つめている。
高杉は、鏡台にあったボールペンを手にとり、中の芯を抜いた。
椅子に座ってポケットから拳銃を出し、弾倉から弾を一発取り出してナイフの刃で弾頭を外した。ひとつため息をつくと、薬きょうの火薬を芯を抜いたボールペンに入れ、ティッシュペーパーを口で噛み、固くなったティッシュで片方をふさいだ。
気を失っている山岡のそばにしゃがんだ高杉は、火薬が詰められたボールペンに鏡台にあったローションを塗り、山岡の肛門深く押し込んだ。尻から少し出ているボールペンの下に灰皿を置くと、その中に丸めたティッシュを入れ、ライターで火をつけた。赤い炎が高杉の顔を染めている。
ギャーッという悲鳴とともに、山岡の体が大きく痙攣した。部屋の中を全裸の山岡が悲鳴を上げながら転げまわっている。
ボールペンの中の火薬に火がつき、山岡の直腸を破壊したのだ。その山岡を、高杉は表情を変えずに見下ろしていた。
「爆撃したミグは、どこの国のものだ」
煙草をくわえた高杉が聞いた。
山岡総理になりすましている男は福原武蔵と本名を名乗った。福原は起き上がることもできず、床で体を丸めたままだ。
「………」
福原は体を丸めたまま高杉をにらんでいる。
「また痛い目にあいたければ、そのとおりにしてやってもいい。ただし、この次は命がなくなる」
高杉は福原を見下ろして言った。
「ロ、ロシアから、中古を一機百億円で二十機買った…」
福原は絞り出すような声で言った。
「空自と空港を爆撃したのはなぜだ」
「あれは、て、手違いだった」
「手違いだと?」
高杉は顔をしかめた。
「い、いちどサハリンに着陸後、深夜に、お、大型輸送船で、極秘で北海道に到着するはずだった。独立後のためには、空港や自衛隊のレーダー基地も必要だ。ほ、本来なら、無傷で手に入れるはずだった」
福原は苦しそうな表情で言った。
「自衛隊のトラックを銃撃したのも手違いだったというのか」
「いや…。あれは手違いではない」
福原は脂汗がにじむ顔で高杉を見上げた。
「士別の自衛隊が稚内に向かうという情報がはいった。あ、あの戦闘機は、千歳から飛んだF・32だ」
福原は苦しそうに咳き込んだ。
「自衛隊の戦闘機が、なぜ同じ自衛隊を銃撃した」
「すでに…。吉野知事が操り人形にした千歳の航空自衛隊がやった。稚内…、に、はいられると面倒なことに、なる…」
福原はそう言って高杉を見上げた。
北海道医療大学付属病院で総理大臣の山岡宗助に成り代わるための手術を受け、吉野知事の依頼でロシアに出向いたのは、十月十五日だった。
北海道の独立構想を具体化するために買い付けたミグ・41だったが、ロシアに対する説明不足だったのか、それとも、十二月一日の正午に稚内空港に到着するはずだったミグが、北海道への接近を確認した千歳の第二航空群からスクランブルした五機のF・32に刺激されたのか、ミグのパイロットはF・32の注意をそらせるためいきなり航空自衛隊の基地と稚内空港を攻撃したのだ。
二十機のミグ・41ホワイトバットは、その後ユジノサハリンスクに駐機したままだ。
「ミグの代金、二千億円は、ま、まだ支払っていない。稚内に到着したときに支払う契約だった」
福原は、時々苦しそうに腹部を押さえながら言った。全身から脂汗が吹き出ている。
「どうやって稚内の市民を操った?」
高杉はそう言って煙草をくわえた。
「吉野…、知事は、精神心理学に精通している。し、市民は、地域限定のケーブルテレビ放送を通じて集団催眠にかけた」
「その催眠術にかからなかった七百人の市民が、殺されたということか」
「そうだ…」
「殺しに手を下したのは誰だ。自衛隊か?」
「そうだ。そういう訓練を受けている、た、隊員だと聞いている…」
福原は苦しそうに言った。顔色が青くなっている。破壊された直腸から入った火薬の硫黄が血管から全身にまわり始めたのだ。
「函館のクーデターや、海上自衛隊の護衛艦の沈没。函館空港の事故も、おまえたちの仕業なのか?」
「ど、独立に賛同した…。北海道出身の自衛隊が、動いて、いる…」
福原の顔が汗で光っている。高杉はコップに水を入れて福原に渡した。福原はその水を一気に飲み干した。少しだけ顔に生気が戻ったようだった。
「は、函館は、すでに全域が我々の手に…、はいった。海自が津軽海峡を封鎖したし、く、空港にも携帯ミサイルを持った自衛隊が、み、民間機や、所属不明の自衛隊機を監視している…。あ、旭川、千歳、帯広も、集団催眠が効かなかった市民や自衛隊を始末して、今は、こ、志をともにする市長以下、警察と自衛隊が完全に押さえた」
自分たちの目標が次々と成功しているのが嬉しいのか。得意そうに話をする福原の目が輝いている。
「防衛線のために必要な装備も、み、三沢、百里、松島の基地から、戦闘…、機やヘリが千歳に着いている。海自…、も、本州の基地から二隻の大型輸送船をはじめ、ご、護衛艦十五隻、掃海艦十八隻、イージス艦一隻も、ほ、北海道に向かっていて、潜水艦も四隻が津軽海峡の封鎖任務についている。事実上、ほ、北海道は、本州から独立したも、お、同じだ…」
福原はそう言って笑った。
「きょうの全道放送も、残っている道民に対する集団催眠が目的だったのか」
「そう聞いている」
「効き目がない人間は、やはり殺すのか」
「そこまでは、おれも、し、知らない」
福原は、むくんで膨れ上がった顔で高杉を見上げた。大きく腹で息をしている。
「いずれは、日本全国に集団催眠をかけようというのか」
「それは、な、ない」
福原は苦しそうな顔で笑った。
「なぜだ?」
高杉は短くなった煙草を吸った。
「も、目的は北海道の、ど、独立だ。全国民に、かけてしまっては…、そ、それに、賛同する…、大勢の人間が、北海道に、お、押し寄せてくる。そうなっては、し、収拾がつかなくなる…」
「だが、どうあがいても、本州とは一戦交えることになるぞ」
「これは革命だ。か、革命に血はつきものだ。血を流さずして、革命の成就は、ない」
福原は細い目で高杉を見つめた。
「なるほど…」
高杉はうなずいた。
「市長の前田に成り代わっているのは何者だ」
高杉が煙草を消しながら聞いた。
「旭川市長の秘書を、していた、か、加納正明だ」
「その加納が、自衛隊に市民の殺害を命じたのか?」
「そ、そうだ。北海道の独立に賛同した隊員に、し、始末させた」
福原は全身を震わせながら言った。眼球が飛び出しそうな表情になっている。
「う、う、うっ!…。ぐっ…」
とつぜんうめき声を上げた福原は、両手で空をつかみ、そして目を見開いたまま絶命した。高杉はじっとその様子を見ていた。
ベッドの上の沢田理香は輝いた目で高杉を見つめている。
「ね、して。いつもする時間よ」
沢田理香は両目を大きく見開き、身体を覆っていた毛布をとると、高杉に向けて足を大きく開いた。
「して…」
高杉を見つめて沢田理香は言った。高杉はその沢田理香から目をそらした。
十二月八日午後九時。高杉晋也は稚内空港の近くに身を潜ませていた。
滑走路が復旧した稚内空港には、北海道独立計画により、近隣諸国、特にロシアや中国からの偵察や攻撃に備えた三機のF・32ブラック・イーグル戦闘機が駐機している。
パイロットは、ブラック・イーグル一機に六人。三機で十八人の自衛隊員が交代要員として待機していて、一日に三度の割合でスクランブル訓練をしている。
パイロットのほかに整備員や警備、食料担当の隊員もいるはずだ。おそらくあと数日のうちには、サハリンのユジノサハリンスクから二十機のミグ・41が到着するのだろう。
とりあえず、一番最初に叩き潰す場所はここだと決めていた。一機を奪って残りの二機を破壊した上で、そのまま東京へ向かう。
山岡総理が十日に北海道に視察に来る。
道民のほぼ全部が、吉野がかけた集団催眠に洗脳されているとすれば、山岡総理が北海道に入るということは、みずから蟻地獄に落ちることを意味している。
もしも、どうしても北海道の状況を自分の目で見たいというのであれば、国家公安委員会の特務課に籍をおく自分が、直接山岡総理の身辺警護に付くしかないと思っていた。
政治にまったく関心はないが、亡き父親から、代々総理大臣の手足として暗躍してきた事実を知らされた。その父親も特務課に籍を置き、政治の裏で暗躍してきた。
自分が歴史上に名を残した高杉晋作の子孫だということに、特別な感慨はない。
先祖の偉大さを説く父親の意思に、二十代のころは何度か反発したことはあったが、やはり血は血だった。
全身の血を全部抜いて入れ替えたとしても、その体を形成しているのは、どうあがこうとも、先祖や親から引き継いだ遺伝子であり肉であることに気づき、ならば、それに生き抜こうと決心した。
先祖の高杉晋作が、ひ孫であるいまの自分の姿を見たとき、どんな感想を言うだろうか。高杉はそう思うと少し頬の筋肉がゆるむのを感じた。
高杉はボサの中で空港を見つめていた。
三回目のスクランブル訓練が終わり、十五トンあまりの燃料と、五百キロちかい冷却用アルコールの補給が終了したのが九時三十七分だった。
高杉は周りに神経を張り巡らせて立ち上がった。警備している自衛隊に見つかって騒ぎが起こってはまずい。高杉の姿が闇に溶けた。
三人の自衛隊員がブラック・イーグルを警備していた。八九式自動小銃を腰だめに構えている。小銃には三十発入りのバナナ型弾倉がつけられている。
破壊された空港ターミナルの建物の影から、すばやい動きで警備の自衛隊員に近づく高杉の姿があった。高杉は自衛隊員の首に手を回すと同時に、ナイフで自衛隊員の胸をひと突きにし、死体となった隊員を残骸となっているターミナルの陰に引きずり込んだ。
小銃を調べて弾が装填されていることを確認すると、その小銃を持って次の隊員にすばやく近づき、銃身で隊員の後頭部を殴りつけた。
暗い中で小銃の弾倉を奪い地面に伏せると、高杉はもうひとりの自衛隊員を見つめた。
高杉は、ブラック・イーグルのパイロットや整備員が待機している建物の前に立った。空港ターミナルが破壊されたため、当面はプレハブを使っているらしい。中は電灯が点いている。まだ隊員たちは起きているのだろう。
高杉は、腰をかがめると慣れた手つきでドアの錠を解除し、八九式自動小銃を構えた。ドアを蹴破ると同時に建物の中に飛び込み、連射にした自動小銃を左右に払うようにして発射した。
高杉は、F・32ブラック・イーグルの、狭いコックピットに体を入れていた。すでにエンジンはかかっている。
射撃コントロール用と酸素補給、頭部保護の兼用になっているヘルメットをかぶり、二十ミリバルカン砲とミサイルの発射準備スイッチを入れた。
高杉の操縦するブラック・イーグルは、闇に青白い火の尾を引きながら轟音を発して誘導路から離陸待機位置へと進入していった。
高杉は大きく息をすると、足元の酸素マスクのパイプをヘルメットに接続した。
離陸待機位置に進入した高杉は、方位角と射撃制御の画面を確認し、左横にあるアフターバーナーのスイッチを入れた。
ブォーッという強烈な振動と音が響いている。Bレバーを倒して駐機ブレーキを解除すると、ブラック・イーグルは猛烈な勢いで滑走路を滑り始めた。
背中を押し付けられるような重力を感じながら、スロットルレバーをいっぱいに手前に引いた。見る間に加速してゆく。
レーダーで滑走路を確認しながら、主翼のフラップをコントロールするレバーをゆっくりと手前に引いた。ビリビリとした機体の振動が消えて離陸したのがわかる。高杉はGボタンを押して車輪を格納した。
宗谷海峡を大きく旋回してきた高杉のはるか前方に、南北に伸びる稚内空港の滑走路が見えた。ヘルメットの赤外線暗視装置で眼下の建物が鮮明に見ることができる。ヘルメットの中の高杉の目が光った。
高杉は射撃装置のセフティロックを解除して、コントロールレバーのアクリルカバーをずらし、ミサイルの発射ボタンに親指を乗せた。
レーダーの中の、稚内空港に駐機している二機のブラック・イーグルに照準を合わせ、目標をロックすると同時にミサイルの発射ボタンを押した。少しショックがあり、左右の主翼から二発のミサイルが発射された。
発射を確認した高杉は、両足の間にあるレバーを手前に引いてブラック・イーグルを上昇させた。
システムに誘導されたミサイルは駐機しているF・32に命中し、大爆発とともに炎上した。隊員たちは全員射殺したから攻撃をされる心配はなかったが、万が一ということもあり、防御探知システムのスイッチを入れてある。
稚内上空で大きく旋回したブラック・イーグルは、南南西の方角から滑走路の真ん中あたりにミサイルの攻撃を加えた。これで滑走路は当分つかえない。
高杉は爆発炎上する空港を見下ろし、機首を南に向けた。
東京までは直線距離で約千キロ。マッハ二で飛行すれば三十分ほどで着く計算だ。
九分ほどで留萌の上空にさしかかったとき、ビーッ、ビーッと防御探知システムの警報が鳴った。
高杉が目を移したレーダーに、前方から急速に接近してくる飛行物体が映っていた。距離は十キロほどだ。白い点がふたつ、高杉が操縦するブラック・イーグルに向かってくる。千歳から緊急発進したブラック・イーグルだ。
『留萌上空を南下しているF・32。高度を下げて千歳に着陸せよ。指示に従わない場合は攻撃する。くりかえす…』
レシーバーから抑揚のない声が流れてきた。高杉はその無線を無視してバルカン砲とミサイルのセフティロックを解除した。相手は三キロほど前方に迫っている。
高杉は、高度を七千五百フィートに保ったまま飛行しながら、レーダーに映っているブラック・イーグルに照準を合わせた。中心点の小さな円が微妙に動いている。
ロックを知らせるピーという音を確認すると同時にミサイルの発射ボタンを押した。右翼のミサイルが、まだ視認できない相手に向かって飛んでゆく。
高杉はコントロールレバーを右に倒した。機体が大きく右に傾き、そして水平儀の中で機体が地上と垂直になった。強烈な重力が高杉を襲った。機体はそのまま回転し、完全に背面飛行になった。高杉はレバーを前に倒した。機体は背面飛行のまま上昇してゆく。
高杉が発射した熱追尾式の空対空ミサイルは相手の機に命中せず、回避行動をとっている相手を追いかけている。
高杉は背面飛行のままレバーをいっぱいに引いて急降下した。通常の十倍以上の重力で頭の血液が足のほうに移動し、全身の筋肉に力を入れていないと気を失いそうになる。
残る一機が照準に入った。急旋回の中でロックボタンを押した。小さな円が微動している。
ピーというロック音を確認した高杉は二十ミリバルカン砲のボタンを押した。一分間に二千発以上の発射速度を誇るバルカン砲がブブーッと吐き出されてゆく。
高杉は、旋回しながらロックした相手の前を狙ってボタンを押し続けた。上昇してゆく相手機の機首からコックピット付近にかけて数百発の二十ミリ砲が命中した。
空中で炎を上げながら分解するブラック・イーグルとの衝突を避けながら、高杉が操縦するブラック・イーグルは、地上すれすれの七百フィートで水平飛行に移り、そのまま北海道の山岳地帯を南下した。
レーダーには、高杉が発射した熱追尾空対空ミサイルと、それをかわそうとしているブラック・イーグルの白い点が映っていた。
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