第25話 白い夜明け
二五 白い夜明け
「続けて撃てーっ!」
雇用促進住宅とA道付近を警戒する第十普通科群団長の柴田1佐がマイクに叫んだ。
「続いて射撃を続行する!」
第二戦車群団第二中隊長の坂田3佐が、中隊系の無線で各小隊に命令を発した。
九〇式戦車の百二十ミリ砲が、前進してくる北鮮民国軍を自動補足で追尾しながら小刻みに動いている。
「RPG(携帯用対戦車ミサイル)を発見!」
中隊長車の砲手が叫んだ。
「補足し次第撃て!」
坂田3佐が叫んだ。
「了解!。操縦手、前部五度下げ!」
砲手の前原1曹が車内通話無線で操縦手の今中2曹に命じた。操縦手の操作によって九〇式戦車は瞬時に車体の前部が油圧懸架で五度低くなった。
「発射ーーっ!」
砲手の前原1曹は叫ぶと同時に砲塔部に装備している7・62ミリ機関銃の発射ボタンを押した。バババババッというこもった発射音がして機関銃弾が吐き出されてゆく。砲塔の中に発射火薬の臭いが充満した。
前進していた北鮮民国の兵士たちが土煙の中ではじき飛ばされるように倒れるのが見えた。携帯の対戦車ミサイルを持った兵士も後方に飛ばされるようにして倒れた。
「重迫の援護射撃だ。中隊全車、その場で停止せよ!」
坂田3佐の無線が中隊一斉に流れた。第十普通科群団と第二十五普通科群団の重迫撃砲中隊が援護射撃を開始したのだ。九〇式戦車の上を、何発もの120ミリ迫撃砲弾がヒューーッ、シュルシュルという音を残しながら飛んでゆく。
第十普通科群団混成部隊の三百メートルほど前に数十発の迫撃砲が落ちた。爆発でもうもうと土煙があがる。
『普通科中隊、射撃はじめ!』
浜中グランド一帯で戦闘している第二十五普通科群団長の村上1佐の声が無線から響いた。
「各小隊、連装銃で射撃を続けながら前進せよ!」
戦車二中隊長の坂田3佐は、各小隊の戦車に速度を落として前進するよう無線を出した。
各戦車のすぐ後方から、軽機関銃と小銃を射撃しながら村上1佐の部隊がついてくる。
「1時の方向、土砂の蔭に敵を射撃!」
坂田は車内無線で怒鳴った。
砲手の小山田1曹は、戦車砲の自動装填ボタンを押しながら砲塔を1時の方向に旋回させた。砲手用潜望鏡に重機関銃を備え付けた土砂が見える。北鮮民国の兵士が今にも発射しそうな構えに見えた。
「発射ーーっ!」
小山田は叫ぶと同時に戦車砲の発射ボタンを押した。
ドワッというこもった音とともに120ミリ戦車砲が発射された。発射の瞬間に戦車砲が五十センチほど後方に下がる。同時に閉鎖機が開いて空薬きょうが砲塔内に音をたてて転がり落ちた。燃えた火薬の煙とにおいが充満する。
「命中!」
坂田3佐が車長用潜望鏡で確認して怒鳴った。
ほかの小隊の戦車も北鮮民国軍を補足しながら戦車砲と機関銃で射撃をしている。北鮮軍の兵士が逃げ惑う姿が確認できた。
第三普通科群を壊滅させた北鮮民国軍の対戦車ヘリは飛来する様子がない。
「連装銃で後方の普通科中隊の攻撃を援護せよ!」
坂田は中隊系の無線で命じた。
前進する普通科中隊の前を進みながら、戦車砲塔の7・62ミリ機関銃が一斉に発射された。第十普通科群団と第二十五普通科群団の重迫撃砲の射撃で完全に足並みが狂った北鮮民国の兵士たちは、戦車の連装銃と普通科中隊の軽機関銃や小銃の射撃でバタバタと倒れていった。
『A道沿いの北鮮軍、ほぼ壊滅のようす!』
無線機から第十一旅団長・荒木陸将の声が入った。
『二十五群団、正面の様子を知らせ!』
荒木が叫んでいる。
『二十五群正面、敵を圧倒しつつ前進中!』
二十五群団長の村上1佐の声が聞こえた。
『了解した。全軍はA道沿いの萌寿園と大和田貯水場の線で停止せよ!』
荒木旅団長の声がヘッドホンから流れてくる。
『アパッチとエア・ドラゴンで最終的に北鮮軍を叩く!。各部隊は対戦車ヘリを援護せよ!』
そう叫ぶ荒木旅団長に、十群団の柴田1佐と二十五群団の村上1佐から了解の無線が入った。
『各部隊へ告ぐ』
また荒木旅団長の無線が入った。
『第二十八群団、第十八群団及び第一戦車群、第七十一戦車群団が到着した。到着した各普通科群団と戦車部隊は敵の側方から攻撃を開始、退路を断つ!』
荒木が叫んだ。
第十一旅団長・荒木陸将が指揮する第十普通科群団と第二十五普通科群団の編成部隊は、北鮮軍に対して圧倒的な火力で容赦のない攻撃を加えていた。
十二月十六日に上陸した北鮮民国軍六百名と、三日後の十九日早朝に上陸した第三派と第四派の合わせて千六百名の北鮮軍も、暗視双眼鏡を必要としない昼間の戦闘では、装備を誇る自衛隊に押され、徐々に雪が残る海岸方向へと後退していった。
『全軍停止!。前方の敵に射撃を続行するも、味方の対戦車ヘリの援護をせよ!』
第十普通科群団と第二十五普通科群団の編成部隊が、老人ホーム萌寿園と大和田貯水場の線まで攻撃前進したとき、旅団長の荒木陸将から前進停止命令が入った。
それとほぼ同時に、前線部隊の後方から対戦車ヘリのアパッチ二機とエア・ドラゴン二機が、海岸近くまで後退した北鮮民国軍にバルカン砲と対戦車ミサイルを発射しながら飛来した。ヘリのローターが巻き起こす風で、地吹雪のように雪が舞い上がった。
北鮮軍が逃げ惑う海岸近くでは自衛隊の対戦車ヘリから発射される二十ミリバルカン砲とミサイルの弾幕で何も見えないほどだ。
十群団の右方向とと二十五群団の左方向から、海岸の北鮮民国軍に向けて一斉に戦車砲が発射された。軽機関銃の射撃も開始されたようだ。到着した二十八普通科群団と第一戦車群、第七十一戦車群団の攻撃だ。
『対戦車ヘリ、攻撃やめ!』
荒木旅団長の無線が入った。
『地上部隊に告ぐ。全隊はただいまから北鮮民国軍に対して最後の攻撃を開始する。降伏する兵士は捕虜として確保。降伏しない兵は徹底して殲滅せよ!』
勝利を確信した荒木旅団長の声は心なしか上ずっているようにも聞こえる。
『全隊、攻撃前進開始!』
それを聞いた各部隊が機関銃や小銃を撃ちながらゆっくりと前進を開始した。先頭は戦車部隊、そのすぐ後方から普通科中隊だ。
北鮮軍をバルカン砲とミサイルで攻撃していたアパッチとエア・ドラゴンは急旋回で後方へと引き上げてゆく。
『矢沢だ』
千望台の前線指揮所にいる北海道共和国国防大臣の矢沢明彦総司令官に無線が入った。『特務課の高杉です』
無線は第二飛行隊のへりを奪って札幌に飛んだ公安特務課の高杉だった。
『いま道庁におります』
高杉が言った。
『司令、吉野知事は山岡総理の説得に応じました』
高杉の低い声が聞こえた。
「そうか…」
矢沢は言った。
「それで、首相は?。総理には伝えたのか」
『伝えてあります』
「日本国として、今後の北海道に対する対応は?…」
矢沢は煙草をくわえた。
『集団催眠を解いた後は、以前の北海道のままで、ということに…』
「経済独立道州制を、という首相の意思はどうなる?」
矢沢は灰皿に煙草の灰を落とした。
『吉野知事の、ご遺志に…、沿うよう努力するとのことです』
「そうか…」
矢沢は高杉の声が流れてくるスピーカーを見つめた。
『知事は…。吉野首相は自決されました…』
「なに…」
矢沢はマイクを握ったまま天をにらんだ。
北海道の独立を目指し、その実現のために自らの命を賭けて日本政府に反旗をひるがえした吉野知事だった。
もしも北鮮民国が北海道に進攻しなければ、本州の自衛隊と紛争を続けながらとはいえ、北海道は確実に独立していたはずだ。
いや、十二月十日の独立宣言からわずか十日間とはいえ、北海道は共和国として独立していたことは事実だ。それはロシアや中国も承認している。現に吉野政権はロシア、中国と武器や石油輸入に関する通商条約を締結した。その公式文書も残されている。この事実は日本の歴史上の事実として語り継がれることだろう。
明治元年十二月十五日に誕生した榎本武揚率いる蝦夷共和国。
明治二年五月十八日までわずか五か月とはいえども、確かにその足跡を残したように、その百四十年後、北海道はふたたび独立という足跡を残したのだ。
うつむき、吉野のために黙祷をささげる矢沢の目からひとすじの涙が流れた。
『吉野知事は、最後に…。矢沢さんに、道民の…。北海道のことをくれぐれもよろしくと。それが吉野知事の遺言です』
無線機からそう言う高杉の声が聞こえた。
「………」
矢沢は天を見上げたまま無言だった。
『北鮮軍はどうなりました?』
高杉が聞いた。
「十一旅団主力が殲滅した」
『そうですか』
高杉が言った。
『吉野知事の遺言です。司令、このあとどうされますか?』
高杉の淡々とした声がスピーカーから流れてくる。
「集団催眠を解く方法は見つかったのか」
『吉野知事が残してくれました』
「一刻も早く処置してくれ。わたしは山岡総理に…」
矢沢はそこで言葉を切った。
「戦果の報告と、北海道独立計画の撤回を申し入れる」
矢沢は大きなため息をついた。
『わかりました』
高杉は答えた。
一時間後、高杉がいる北海道庁に、第二飛行隊、第五飛行隊、第七飛行隊、第十一飛行隊の隊長が集合した。
留萌の矢沢からの指令で各飛行隊長が集められたのだ。各隊長には、高杉が矢沢の名代であり、すべて高杉の指示に従うよう命令されていた。
十二月二十日午後三時、北海道に駐屯する第二、第五、第七、第十一各飛行隊のUH・80A二十機が一斉に飛び立った。機体の両側には大きな拡声器が取り付けられている。
飛び立った各飛行隊のヘリは各都市の上空を低空・低速で飛行しながら、高杉から繰り返し流すようにと命ぜられたCDの音源をボリューム一杯で流し続けた。
何事かと外に出てきた人々は、低空を飛行するヘリコプターから流れる音に顔をしかめた。
「なんなんだ、この音は!」
脳の奥を引っかくようなその何とも言えない音に、人々は両手で耳をふさぎながら不快な表情でヘリを見上げている。
統山がしおりの首筋から肩を唇で愛撫していた。
「ああ…、貴之さん」
しおりは小さく声を出した。
統山の手がしおりの乳房をゆっくりと揉み、その頂点に唇が触れた。
しおりが小さく声を上げる。統山の手がしおりの柔らかい腹部から脇腹を滑るように愛撫し、しおりの中心部に触れた。
「あ…」
しおりが全身をくねらせるように身もだえした。しおりの中に入っている統山の指が動いていた。そして統山はその中心部に唇をつけた。
「あ、ああ…」
しおりの声が高くなった。統山は身をくねらせるしおりの両足を押さえて中心部の愛撫を続けた。しおりの中心部からあふれる愛液を統山は何度も飲み込んだ。
「ああ、もう…、もう…」
しおりは失神しそうになっている。
統山はしおりの敏感なところから唇を離し、上半身をしおりに重ねると、しおりの中に自身を深く入れた。
「は、ああ…」
しおりは統山が入ったのを敏感に感じ取り、その手を統山の首にしっかりと回した。
「しおり…」
しおりの中で統山が動いている。統山はしおりの乳房を手と口で愛撫しながら、しおりの中に入れた自身の興奮を高めていった。統山の汗がしおりの胸にしたたり落ちている。
統山はゆっくりと動きながらしおりの上半身や顔や髪に口づけを繰り返した。
十二月二日の深夜、魔窟となった稚内を逃げ出して以来、付きまとう不安と恐怖はいまだに払拭されてはいない。
何者かに見張られているという恐怖。拉致されてレイプされ、首を絞められて殺されるという恐怖。自分たちのほかは誰も、血肉を分けた両親や兄弟でさえも信用できない不安の中で生き抜いてきた統山としおりだった。
こうして生きていのが不思議なくらいだった。
何かの縁で二人連れとなり、稚内を脱出してきた統山としおり。そしてしおりは統山の妻となった。
いつ殺されるかという不安と恐怖の中で、ひと時でも安心できるのはしおりを抱き、その体を愛撫している時だけだった。
「あ、あ、ああ…」
統山の動きに、しおりがこらえきれないように声を出している。
「しおり…」
統山も限界だった。
「ああ、貴之さん」
しおりがうすく眼を開けて統山を見た。統山はそのしおりに唇を重ねた。
「う、う…」
汗にまみれたしおりを強く抱きながら、統山はしおりの中で何度も脈を打ちながら頂点に達した。
「あっ、あああ…」
しおりが統山にしがみついて声を出した。
しおりは自身の中に統山の愛液が何度も放出されるのを感じた。
「いったいどうなってるんだ」
統山が窓の外を見て言った。
五分ほど前から、函館の上空を数機のヘリが不快な音を出しながら何度も同じような空域を飛び回っている。
「何の音かしら」
しおりも統山に腕をからませてヘリを見ている。
窓の下を見ると、通りに出た大勢の人たちが上空を飛ぶヘリを見上げている。ヘリは相変わらず摺りガラスを爪で引っかくような不快な音を出し続けていた。
「わたしたちも行ってみましょうか」
しおりが言った。
「しかし…」
統山は不安げな表情で人が大勢いる通りを見ている。
「このへんはだいじょうぶだって、生田さんが言っていたわ。行ってみましょうよ!」
しおりが笑って言った。
「知らんぞ、おれは…」
統山も笑った。
高杉の仲間の生田がだいじようぶだと言うのなら、と統山は思った。
ここへ来てから一歩も外へは出ていない。少しは外の空気も吸ってみるか。
統山はしおりの肩を抱いた。
「よし、ちょっと散歩だ」
統山としおりは寒くない格好で部屋を出た。
エレベーターで一階に降りると、ホテルのロビーは宿泊客であふれていた。ロビーは四日後に迫ったクリスマスの飾りつけで華やかに演出されている。
統山としおりはロビーの中をゆっくりと歩いていた。しおりは統山の手をしっかりと握っている。
「あの、統山さま…」
後ろから統山を呼ぶ男の声がした。
統山は一瞬ビクッとして振り向いた。しおりも硬直したように目を見開いた。
「高杉様から、おふたりがご結婚されたと伺いました。お祝いをお届けしようとしていたところでございます」
振り向いた統山としおりに、ホテルの支配人と思われる男が笑顔で立っていた。大きなワゴンにクリスマスケーキや料理、ワインなどがあふれるほど乗せられていた。
統山としおりは唖然として顔を見合わせた。
「統山さま、お美しい奥さま。ご結婚おめでとうございます」
支配人はふたりに笑顔で頭を下げた。
ロビーにいた人たちから歓声と拍手がわきあがった。その拍手と歓声の中で、統山はしおりを抱きよせ、唇を重ねた。
「やはり生田の言うとおり、函館は白くなっていた…」
統山はロビーの拍手の中でしおりに言った。
高杉は首をかしげた。
何度も呼び出しいるが、大倉ホテルにいるはずの統山は電話に出ないのだ。
せっかく北海道全体が白くなったことを伝えようとしたのだが、統山も生島しおりも電話に出ようとしない。それに、支配人に頼んでおいた結婚祝いの料理のこともある。そのことも伝えようと思っていた。
高杉は大きくため息をついて、呼び出し音だけが聞こえる受話器を見つめた。
「まあいいか…」
高杉は笑ってつぶやいた。
北海道全体は、すでに吉野の集団催眠から解放されて完全に白くなった。どこにいようとも襲われる心配はない。
「いっぱい付き合ってもらえんかね」
受話器を置いて窓の外を見ている高杉に、自衛隊北海道方面総監の矢沢明彦が言った。手には封が切られていないブランデーの瓶とグラスをふたつ持っている。
「よろこんで」
高杉は答えた。
矢沢がグラスにブランデーを注いでいる。
窓の外に札幌のテレビ塔が見える。少し前からテレビ塔の下の方がボーッと明るくなった。大通公園名物のホワイト・イルミネーションが点灯したのだろう。
「今年もまた、この光景を見れたことが何よりの幸せだ…」
矢沢が感慨深げに言った。
「明日からは、新しい北海道知事ですね」
高杉がグラスを上げて言った。
「荷が重いがな…」
矢沢はそう言って窓の外を見つめた。
山岡総理に侵攻した北鮮民国を壊滅したことと、道民にかけた吉野の集団催眠を解くキーワードが録音されているCDを高杉が入手して、その処置を実行したことを報告したとき、山岡は矢沢を新北海道知事に指名した。
矢沢はそれを固辞したが、きみしかこの重責を果たせる人間はいない、と山岡総理に説き伏せられ、矢沢はやっと承諾した。
自衛隊の北海道方面総監は国家公務員だ。それと兼務して知事の役職に就くわけにはゆかない。自衛隊を退職することになるが、自決した吉野の思いを一番理解し、北海道の将来のために働ける人物は矢沢しかいないとの高杉の進言もあった。
道庁には山岡が電話をし、自殺した吉野の後任に矢沢が就任することは伝えてある。吉野は病死で処理する。
矢沢が吉野の後任として就任するまでは副知事が公務の処理をし、矢沢が正式に自衛隊を退職した日をもって新しい北海道知事となる。すでに矢沢は北海道方面総監として自衛隊を退職する意志を伝え、山岡もそれを了承した。
自衛隊を退職して民間人となった矢沢は、明日の正午から北海道知事となるのだ。
「わたしは、これから友人夫婦と飲む約束がありますので、このへんで…」
何杯かグラスを傾けたあと、高杉は立ち上がった。
「そうか…」
矢沢も立ち上がった。
「総理にも、きみにも世話をかけた」
そう言って矢沢は高杉に右手を差し出した。高杉もその手を握った。
「虫ピンは入っていないようだな」
矢沢は笑った。
「ところで、どこで飲むんだ?」
矢沢は聞いた。
「函館です」
高杉は笑った。
「函館?」
矢沢は驚いた表情で高杉を見つめた。
「うむ…。しかし、今からタクシーで行っても四時間はかかるぞ。金がいくらあってもたらんな。よし、わたしも仲間に入れてくれるなら、わたしが直々にヘリを操縦して函館まで送ろう」
矢沢はそう言って上着を着た。
「総監が、ですか…」
高杉が驚いて聞いた。
「特務課も調査が足りないようだな」
矢沢が高杉を指さして笑った。
「わたしの職種は航空だ。ヘリの操縦くらいは居眠りしててもできる」
それを聞いた高杉がため息をついた。
「なんだその顔は」
矢沢は笑った。
「友人を待たせるのはよくないぞ。さっさと来い。知事なんかになってみろ。猫の手も借りたくなるほど忙しくなる。それに、一日くらい就任が遅れたところで、北海道がどうにかなるわけでもないだろう」
矢沢は高杉を見つめて笑った。
「きみと飲めるのも、今からはそう何度もあるまいからな」
矢沢はそう言ってテーブルに残っていたブランデーの瓶を持ち上げた。
まあいいか、と高杉はまたため息をついた。
最悪の時には自分が操縦すればいい。その時はその時だ、と高杉はドアを開けた矢沢の後をついて行った。
まさかヘリを操縦しながら飲むわけではないだろうが、廊下を歩く矢沢の手には、八分ほど残っているブランデーの瓶がしっかりと握られていた。
白い夜 完 |