第20話 留萌の激戦
二十 留萌の激戦
南鮮民国の北。俗にいう南・北鮮民国軍事境界線の非武装地帯から二十キロほど南にある杆城。
十二月十五日の深夜、杆城の海岸に十隻あまりの上陸用舟艇が接岸した。
一隻の舟艇には四十人の自衛隊員が乗っていた。習志野の空挺レンジャー部隊と、二〇〇三年に編成されたテロ特別鎮圧部隊(略してテロ特圧隊、または特圧隊と呼ばれる)を合わせた四百名の精鋭部隊だ。全員が冬季の白い迷彩服を着ている。
隊員たちは、総理大臣・山岡宗助の命令で米軍の協力を得て北鮮民国に潜入し、日本に向けて北鮮民国から出る軍隊を補足し撃滅する。場合によっては平穣城に潜入して国家主席の金正冠を拉致する任務を与えられている。
「三時間ほど前に、長箭港から二千五百人あまりの兵が、巡洋艦二隻と輸送船二隻で出航したらしい」
上陸と非武装地帯の越境を支援する、在南鮮国米軍のジミー・トーマス中佐が言った。
「長箭港からだと、北海道の留萌までおおむね千キロの距離だ。巡洋艦や輸送船なら最高速でも二十四時間はかかる…」
習志野空挺団の武藤博史3佐がつぶやいた。となりにいるテロ特圧隊の黒木真吾1尉もうなずいた。
「幕(陸幕)に連絡します」
黒木がデジタル携帯無線機のマイクを握った。
「ムトー。いまからDMZを超えることになる…」
トーマスは白色のドーランで顔に迷彩をしている武藤に言った。
「超えたあとは、我々としてもそれ以上の支援はできないし、ムトーが殺られても、回収してボディバック(死体袋)にも入れてやれない。観光だと言い訳をしても、北鮮民国のトガリネズミどもにはジョークも通じない。それだけは忘れるな」
雪明りの中でトーマスが言った。黒人特有の軽い言い回しでトーマスが笑った。
「わかっている。おれが死んだら、カーラの涙と投げキスだけでいいさ」
武藤は笑った。カーラとはトーマスの妻の名前だ。
「キスならおれがしてやるさ」
トーマスはそう言って両手を開いた。
「トム。きみのキスはおれのケツだ」
武藤はトーマスに言った。トーマスは拳で武藤を殴るまねをした。
「ムトー。こんど生まれるときはアメリカ人に生まれろ。おまえなら将軍になれる」
トーマスが笑って武藤の肩を叩いた。
「生まれ変わったらそうするよ。一足先に、あの世で待っている」
武藤が笑った。
「ああ。寂しくなったらあの世からいつでもおれに石を投げろ。ケツにキスしに行ってやる」
トーマスはそう言うと武藤に手を差し出した。
「世話になった…」
武藤はその手をかたく握ってトーマスを抱擁した。
「死ぬなよ、ムトー…」
トーマスは武藤を抱擁して耳元で言った。
トーマス中佐が指揮する三一五歩兵大隊の第七中隊の案内で、南北それぞれ四キロと指定されている非武装地帯に到着した武藤たちは、特圧隊と空挺団を合併して一組二十人の編成を組み、積もった雪の中を溶けるように、幅が百メートルほどの南江を超えていった。
トーマスは素早い動きで川を超越してゆく日本の自衛隊員たちを見守っていた。
武藤とは三年前コロラドで実施された米日共同訓練以来の友人だった。
トーマスは現在南鮮民国に赴任しているが、当時は米本国の陸軍一五九歩兵大隊の中隊長だった。
当時の武藤は、習志野のレンジャー教官から自衛隊の調査部に転属していて、英語、朝鮮語、ロシア語に精通し、自衛隊では暗号解読の仕事をしていたと聞く。しかし三年ぶりに南鮮民国で会った武藤はまた習志野のレンジャー部隊へ戻っていた。
コロラドのパーム・スプリングスのキャンプで、武藤が率いる十五人の自衛隊員たちが米第三十六旅団のグリーン・ベレーと対抗方式の訓練に参加して、武藤の部隊はひとりの隊員も欠けることなく、グリーン・ベレーをゲリラ戦法で全員倒し、米側の本隊を壊滅状態に追い込んでしまったことがある。
訓練を担任した米第三十六旅団長から、もっとも勇敢かつ有能な部隊だけに与えられるブラック・メダルを、自分の部下のひとりひとりに授与されたときの武藤の笑顔が印象的だった。
その武藤が、日本の総理大臣の命令で、百万人とも百五十万人ともいわれる軍隊をもつ北鮮民国に侵入して、その軍隊を相手に破壊工作をし、場合によっては国家主席の金正冠を拉致ようとしている。
米陸軍では最強とされるグリーン・ベレーでさえも歯が立たなかった武藤とその部下たちに潜入された北鮮民国はいったいどうなるのか、と、トーマスはため息をついた。
彼らのやり方によっては、北鮮民国が世界地図から消えるという可能性も…。しかしそんなバカなことはない。
トーマスは、闇の中に次々と消えてゆく自衛隊員たちを見つめていた。
「北鮮民国だと!」
統山はおもわず大きな声を出した。
「たぶんな…」
高杉は温泉旅館の冷蔵庫から持ってきたハムを食べながら言った。
椅子に座った高杉の足は新しい包帯が巻かれている。高杉が温泉に入っているあいだに旅館の救急箱の中にあったのをしおりが見つけてきたものだ。救急箱の中には抗生剤が含まれた傷薬もあった。
温泉が効いたのか、それとも、もともと高杉の身体が強靭なのかはわからないが、温泉から上がったときの傷は、すでに血も止まって乾燥しかかっていた。特殊な治療法でも身につけているのかもしれない。
驚きの表情で高杉の傷を見たしおりと統山に、そういうふうにできている、と笑った。 その高杉は、統山としおりに恐るべき事実を語り始めた。北鮮民国が北海道に侵攻しようとしているという。目的はもちろん北海道の占領だ。
「北鮮民国ばかりではない。ロシアや中国も、もしも日本という国を手中にできれば、アジアだけではなく、世界の軍事バランスは大きく変わる…」
ロシアや中国は、太平洋に浮かぶ日本という国が喉から手が出るほどほしい。それは太平洋戦争が終わったあとも、東西冷戦の時代になっても変わらない願望だった。
北鮮民国とて同じことが言える。イラクのフセイン政権が崩壊したいま、世界中から悪の中枢、テロ国家というレッテルを貼られている。
国民の生活水準の格差は激しく、金正冠たちは分厚いステーキを食べ、国民は草の根で飢えをしのぐでは、違いすぎるにもほどがある。
世界各国がその格差事実を知っていても、農業は順調で外国からの支援物資も貧困民を優先に配分していると北鮮民国はうそぶく。実際は支援物資のかけらほども貧困民には渡らない。そのために年間数千人もの人々が餓死しているのだ。北鮮民国政府はその事実をひた隠しに隠し続けている。
一方では戦術核の開発をし、アメリカや日本もその射程距離内にあると威嚇している。短距離や中距離ミサイルの発射を何度も行い、規模は小さいが地下核実験も強行した。
核弾頭を積んだミサイルも、その気になれば発射できると公言しているが、石油が極端に不足している北鮮民国が、果たして公言どおりの事ができるのかといえば疑問が残る。 武器もロシアや中国から輸入しているが、そのほとんどが借金だ。その借金も返すつもりなどはもうとうない。
そのずる賢さたるや、なんだかんだと戦争当時のことを引き合いに出して、総額にして四兆円近い金を日本からむしりとっている中国や、六千億円以上の経済支援を受けながらも、さらに金を出せとただをこねる南鮮民国と同じ民族だということを考えれば、なるほどとうなずける。
その北鮮民国が、日本の北海道という島が本州から独立するとの衛星放送を耳にして、金正冠が黙って指をくわえて傍観していることのほうが不自然だ。
ずる賢い独裁者の金正冠のことだ。日本政府の手が届かなくなった北海道に、ロシアや中国よりも先に工作員を送り込むことくらいは当然考えるだろう。何十人もの日本人を白昼堂々と拉致する国だ。闇に紛れての上陸などお手のもののはずだ。
北海道を手に入れれば、極東の軍事バランスは完全に崩れる。
北海道を手に入れた金正冠は、ただちに大量の軍隊を送り込み、ミサイル基地などの軍事施設を作る。政府の中枢も平穣城から札幌に移すだろう。
ペンペン草も生えないような北鮮民国にしがみつくよりも、温暖な気候と豊富な農作物や海産物に恵まれた北海道を選ぶに決まっている。
「おれは政治や国家に特別な興味はないが、日本人として北鮮民国の奴隷にだけはなりたくはない」
高杉はそう言ってコップを持ち上げた。
「傷に悪いから控えたほうがいいわ」とにらむしおりに、「気の許せる相手と飲む酒は、何よりもいい薬になる」と、高杉は笑いながら日本酒を飲んだ。
しおりはあきれた表情で高杉を見た。
「工作員は侵入してきたのか」
統山が聞いた。
統山も一応はテレビ局の報道部に身をおくカメラマンだ。
どこかの国を侵略しようとすれば、まず斥候や工作員をひそかに潜入させて、相手国の情報を収集して本国へ送るのは当然のことだと知っている。
その情報の中に含まれるものは、上陸適地、敵の配備や勢力と座標による詳しい位置。進軍に障害となる川やその深さ。住民の数など、ありとあらゆることを調べ上げて本国へ報告する。
パソコンを使えば地図に書き込んだ情報をそのまま瞬時に送ることができる。
「五十人ほどが留萌の海岸から上陸して自衛隊の駐屯地を襲ったらしい。群団長以下六百人の隊員が全滅した」
「六百人…」
統山はコップの酒を飲もうとした手を止めた。
「おれの仲間がふたり留萌に入って工作員を始末した。一応は平穏になったが、いつ北鮮民国の本隊が上陸してくるか、それもわからん…」
高杉は持ち上げたコップが空になっていたのに気づいて、コップをテーブルに置いた。
「しおり」
統山は畳に座っているしおりを見た。
「高杉は、尻尾や足を切られてもすぐにまた生えてくるような、トカゲかサイボーグみたいに頑丈な男だ。少しくらいの酒で傷が悪化するとも思えん」
統山は笑った。
「ふ…。トカゲやサイボーグとはよく言ってくれる」
高杉はうつむいて笑った。
「それもそうね」
しおりは笑って立ち上がると、一升瓶を持ち上げて高杉のコップに酒を注いだ。
「どうぞ。お好きなだけ飲むといいわ。すてきなトカゲさん」
しおりは高杉に笑いながら言った。
「すまん…。かわいい新妻の酌で飲む酒は、なによりの薬になる」
「おい、さっきは気の許せる相手と言ったじゃないか。おれのことじゃなかったのか?」
統山は飲みかけた手を止めて言った。
「あ、いや。もちろんあんたもいい薬になる相手だ」
高杉はあわてて言った。
その言葉に、統山としおりが顔を見合わせて笑った。
「ん…」
高杉はウエストバックを持ち上げ、中から煙草の箱くらいの無線機を出した。信号は留萌のハトからだった。
「カラスだ」
高杉はイヤホーンを耳に当てて応答した。
カラスというのは高杉が所属する組織の暗号名らしい。統山は短く会話をしている高杉を見つめた。
「わかった。では明後日…」
高杉は無線機をウエストバックに戻した。
「どうせ隠しおおせることではない。あんただから言うが…」
高杉は酒を一口飲んだ。
「三時間半ほど前に、北鮮民国の東にある長箭という軍港から、二千五百人の兵隊が巡洋艦か輸送船のような船で北海道に向けて出発したということだ。上陸地点はおそらく留萌近辺だろう。二十四時間ほどかかるから、上陸は明日の今頃か…」
高杉は窓の外を見ながら言った。
「政府は知っているのか?」
統山が聞いた。
「知っている」
高杉は言った。
「山岡総理が…。こっちは本物だが、その総理が四百人の自衛隊を北鮮民国に潜入させた。任務は、北鮮民国軍の補足と軍事施設の破壊工作。場合によっては国家主席のキム・ジョンホンを拉致する」
高杉は言った。統山は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
統山は窓の外を見ている高杉の横顔を見つめた。
「そんな…。国家機密に値することだぞ…」
統山は感嘆の表情で高杉を見つめた。しおりも目を見開いている。
「いずれは公になることだ。それに、いまそれを発表しようとしても、あんたも自由がきかん状態だ。自分たちの身を守るために、どんな情報でも知っておいたほうがいい」
高杉はそう言って笑った。
「平和な北海道に戻ったとき、今までのことを本にでもしろ。史上最大のベストセラーになることは間違いない。そのときは印税でいっぱい飲ませてくれ」
高杉は統山としおりを交互に見て笑った。
十二月十六日、午前三時。
留萌の浜中沖に船舶灯を消した二隻の黒い船が停船した。
ギィ…、というかすかな音が静かに寄せる波音の中に聞こえた。まもなく二隻の上陸用舟艇が低いエンジン音を響かせて波間に現れた。その後を追うようにまた二隻、そしてまた二隻と黒く塗られた上陸用舟艇が現れた。
最初の二隻が滑るように砂浜に着艇し、観音開きの扉が開いてカラシニコフ自動小銃を持った兵隊が降りてきた。全員が完全武装の上にナイトスコープを装着している。兵隊たちは砂浜に伏せて次の舟艇が着くのを待っているようだった。
『群団長!』
監視班の猪俣3尉から無線が入った。
「滝野だ」
『上陸した奴らが持っているのは、形から判断してカラシニコフに間違いありません。RPG・9二型(携帯用対戦車ミサイル)もあります』
猪俣が言った。
「わかった…」
滝野がマイクにうなずいた。
「全部隊、射撃用意!」
名寄の第三普通科群団長の滝野1佐は、赤外線ナイトスコープで海岸の様子を見ながら押し殺した声でハンドマイクで命じた。
「全部隊、もう一度言うが、これは訓練ではない。心してかかれ」
滝野は前を見据えたまま無線マイクに言った。群団三科長の小泉3佐が滝野の横顔を凝視している。
北鮮民国軍が北海道に侵攻してくるとの矢沢総司令官の情報は確かだった。
いつ上陸するかという期日は不明だったが、早ければ二・三日中ということで、三日前からここに最前線の陣を布いていたのだ。群団の三個普通科中隊と重迫撃砲中隊の総員六百三十名の部隊だ。
上富良野駐屯地から派遣された第二対戦車隊の一部と、第二戦車群団第一中隊の九〇式戦車十六両と、重機関銃を装備する七三式装甲車五両も海岸を狙っている。
指定した九〇式戦車三両と、第二対戦車隊の九一式対舟艇誘導ミサイルは、当初沖合いに停泊している船を撃つことになっている。海岸から二、五キロほどの距離だ。
距離にして千メートルほどの砂浜に、数百もの黒い人影がうごめいていた。
三日前の十二月十三日の夜、侵入した北鮮民国の工作員の奇襲によって留萌の第二十六普通科群団は、群団長の木元1佐以下六百名が全滅した。
まさか北鮮民国が侵攻してくるとは…。
滝野はナイトスコープを覗きながらそう思った。
吉野知事が北海道の独立を衛星回線を使って全世界に宣言したのを、北鮮民国の金正冠も聞いていたのだろうが、その金正冠がまさか北海道の侵攻を企図していたとは、吉野知事や国防大臣の矢沢総司令官さえも想像すらしていなかったことだった。
ここは絶対に押さえる。滝野はその決心に武者震いをした。
十キロほど後方の藤山地区には、第二対戦車隊を含む遠軽の第二十五普通科群団と第二戦車群団の九〇式戦車十六両が控えている。
予備隊として矢沢総司令官が布陣を命じたのだろうが、二十五群団の手をわずらわすこともない。ここで北鮮民国軍を壊滅させてみせる。
警察予備隊から発展した自衛隊が創設以来六十年になろうとするいま。日本、いや日本国から独立した北海道共和国の軍隊が、その国の独立と国民の生命・財産を守るため、初めて他国の軍隊と銃火を交えるときがきたのだ。
滝野はふーっと深いため息をついた。
「重迫(重迫撃砲)中隊、初弾発射三十秒前。指定した範囲に三分間撃ち続けろ!」
滝野がマイクで言った。
『了解!』
中川3佐の声が聞こえた。
群団主力の後方三キロの地点に、中隊長の中川3佐が指揮する重迫撃砲中隊がいる。滝野の命令を息を呑んで待っていたはずだ。重迫中隊もまた、初めての実戦となるのだ。
滝野の横にいる群団三科長の小泉3佐が腕時計を見ている。
「十秒前です」
小泉が言った。
「八、七、六…」
小泉は小声で秒を読んでいる。
「三、二、一、いま!」
小泉が言うと同時に、後方でドスンという百二十ミリ重迫撃砲の発射音が響いた。ドドドンという発射の音が間断なく重なり合っている。
「初弾の弾着、五秒前。二、一、いま!」
小泉が言った。同時に一キロ先の海岸に、味方のはるか頭上を越えていった重迫撃砲弾が数十発着弾した。シュルシュルという音とともに群団の頭上を飛び越え次々と大きな土煙を上げて弾着している。
「各中隊の重機関銃と戦車及び装甲車、砲弾から逃れて前進してくる敵を射撃する!。この線から一歩たりとも入れるな!。射撃用意!」
滝野はナイトスコープを覗きながら叫んだ。
『中隊各車、射撃用意!。開始時期は群団長の命による!』
「了解!。二小隊各車、射撃用意!」
第二戦車群団第一中隊第二小隊長の風間3尉は、戦車中隊長の天地3佐の無線命令で戦車眼鏡を見たまま小隊の戦車に無線を発した。
『二〇、こちら二一、準備よし!』
『こちら二二、準備よし!』
『二三、準備よし!』
第二小隊の戦車三両から準備よしの無線が入った。第一小隊の各戦車からも準備完了の無線が入っている。その無線に風間はため息をついた。弾道計算機の数字は千百十一メートルを示している。
戦車眼鏡の中には赤外線を投射されて薄緑色の北鮮民国の兵士たちがこちらに向かって前進しているのが見えている。携帯用対戦車ミサイルRPG・9二型を持った兵士もいた。 まず携帯ミサイルをたたかなければならない。各戦車は携帯ミサイルを持った兵士に照準を合わせているはずだ。
『撃て!』
風間のレシーバーに滝野1佐の射撃開始の命令がはいってきた。
「撃て!」
風間は無線で叫んだ。
土のうを積み上げた陣地から、百二十ミリ滑空砲を装備する第二小隊四両の九〇式戦車がいっせいに射撃を開始した。鼓膜が破れるような猛烈な発射音とともに、五十メートル以上離れているにもかかわらず、滝野の顔をゆがめるほどの衝撃波が襲ってくる。
ほかの小隊の戦車もいっせいに射撃を開始した。海岸近くに土と雪を派手に舞い上げて多目的戦車砲弾が着弾した。半径五十メートルほどの範囲内にいた北鮮民国の兵士が爆発の衝撃で空中に飛ばされたのが確認できる。
第三小隊の九〇式戦車三両は、沖合いに停泊している北鮮民国の艦船に向けて一斉射撃を開始した。対戦車隊の誘導ミサイルも発射され、赤い尾を引いて飛んでゆく。
『沖合いの艦船に命中!。航行不能の様子!』
対戦車隊から無線が入った。
『戦車砲も全弾命中!』
戦車中隊長からも命中の無線が入ってくる。
戦車の横では七三式装甲車の十二・七ミリ重機関銃と七四式七・六二ミリの車載機関銃も射撃を開始した。十発に一発の割合で込められている曳光弾がオレンジ色の鮮やかな尾を引いてゆく。
砂浜では重迫撃砲と戦車砲弾の爆発で後方の海が見えないほどの煙と砂塵が舞い上がっていた。その砂塵と煙の中に、戦車砲と機関銃の曳光弾の光が次々と吸い込まれていった。砲弾が破裂するかすかな明かりの中に、カラシニコフを乱射しながら突っ込んでくる兵士の姿が確認できる。距離は三百メートルほどまで迫っている。
「小銃と軽機関銃、撃て!」
滝野は無線で叫んだ。
八九式自動小銃と八二式軽機関銃がいっせいに火を吹いた。雪明り中に発射の炎が電気火花のようにきらめいた。激しい銃声がこだましては海と小高い丘に吸い込まれてゆく。前進してくる北鮮民国の兵士が次々と倒れるのが見える。
隊員たちは初めて人間に向けて実弾を撃った。
なかには自分の撃った弾で倒れる北鮮民国の兵士を見て嘔吐する者や、自分が身を隠している土嚢に敵の弾が着弾した恐怖で大声を出す者もいる。ゲーム感覚で笑いながら引き金を引く若い隊員もいた。
もうもうと上がる煙の中から、北鮮民国軍が装備するロシア製の対戦車用携帯ミサイル、RPG・9二型が発射された。
シャーッという音と煙を残しながら小高い場所に陣取っていた九〇式戦車の砲塔部に命中して派手な爆発の炎が上がった。戦車の砲塔は踏み潰されたダンボールのようにひしゃげて、百二十ミリの砲身はストローを押しつぶしたような無残な姿になった。
「ミサイルに注意しろ!。発見しだい撃て!」
群団長の滝野は全部隊に無線で叫んだ。
しかし、と滝野は唇をかんだ。注意しろとは言ったが、前が見えないくらいの煙の中から発射されたのでは、いかに最新鋭の戦車といえど事前に察知する術がない。
「くそ…」
第三車の中島の戦車が敵の対戦車ミサイルにやられたのを知った風間は、戦車眼鏡の中で必死に相手を探した。九〇戦車の砲塔がせわしなく左右に動いている。ほかの小隊の戦車が射撃を続けているのが激しい発射音と衝撃波でわかった。
熱感知眼鏡の中で北鮮民国の兵士たちがうごめいている。その中に対戦車ミサイルを持っている兵士がいた。
風間は油圧懸架装置で車体の前部をいっぱいに下げると、車長用の砲塔制御レバーを動かしながら連装機関銃の発射ボタンを押した。
戦車砲塔の横から七・六二ミリの車載機関銃が火を吹いた。
もうもうと上がる土煙と硝煙の中に一分間八百発の発射速度を誇る機関銃弾が吸い込まれて、うごめいている北鮮民国の兵士が次々と倒れてゆく。ミサイルを持っていた兵士もバネ仕掛けの人形のように後ろに吹っ飛んだ。
百メートルほど手前に数十人の北鮮民国兵士が迫っている。近すぎて戦車砲は役に立たない。
「土田、連装銃で撃ち続けろ!」
風間は砲手の土田に命じて車長用ハッチから身を乗り出し、砲塔の十二・七ミリ重機関銃の握把を握ると同時に両手の親指で発射装置を押した。ドドドドドドッと鈍い音がして重機関銃が発射された。空薬莢が砲塔の上に吐き出されている。
風間は歯を食いしばりながら発射装置を押し続けた。手前に迫っていた北鮮民国兵士が重機関銃弾を浴びて吹っ飛んだ。腹部に重機関銃弾が命中した兵士は身体が半分に千切れている。
「まずい…」
滝野は舌打ちした。海から陸のほうへと風の向きが変わったのだ。これでは立ち上る煙で相手が見えない。
また携帯ミサイルが発射された。シャーッという音とともに、滝野の三十メートルほど横の七三式装甲車に命中した。爆発の衝撃波で滝野と三科長の小泉は二メートルほど飛ばされた。
装甲車の上に取り付けていた重機関銃が衝撃で吹っ飛び、機関部から外れて飛ばされた銃身が近くにいた自衛隊員の腹部を直撃した。
腹に機関銃の銃身が突き刺さった隊員は、信じられないという表情で、腹に突き刺さっている重機関銃の銃身を握りしめてのたうち回っている。群団のほうにも敵の射撃による数十人の死傷者が出ているようだった。
「衛生小隊!。負傷者だ。こちらに人手をまわせ!」
小泉はすでに動かなくなった隊員をにらみながら無線で叫んだ。
「群団長、後方へ下がりながら応戦しましょう!」
三科長の小泉3佐が叫んだ。
「バカを言うな!。ここを死守しろ!」
滝野は小泉に怒鳴った。人員と装備で相手より勝っている。ここで後退したら部隊は拡散してしまうことになる。そうなっては統制がとれなくなるのだ。
「敵は全員がナイトスコープを装着しています。我々の動きは丸見えなんです!」
小泉が言った。
北鮮民国軍の兵士は全員が赤外線ナイトスコープを装着していた。それに比べて群団のほうは装備数の関係で五人にひとつの割合でしか配分されていないのだ。
装備火器の面では確かに勝ってはいるが、この暗闇でナイトスコープがあると無いとでは、各個人の射撃の有効性に大きな差が出てくる。相手に狙撃してくれと言っているようなものだった。
滝野と小泉の近くを敵の小銃から発射された弾丸がパシッと空気を引き裂いてゆく。
「このままでは危険です。一キロほど後退して態勢を立て直しましょう!」
小泉が叫んだ。
「く…」
滝野は、後退という無念に唇をかみ締めた。しかしこのままでは小泉の言うとおり部隊が全滅するおそれがある。
「一キロ後方に下がる。全部隊に伝えろ…」
滝野は前を見たまま小泉に言った。
「スミワ全隊。こちらマルマル!」
小泉は無線マイクに言いながら、唇をかみ締めている群団長の滝野を見つめた。
スミワとは、滝野の群団とそれに配属されている戦車、対戦車などの部隊をひとまとめにした呼び名のことで、マルマルは群団長を示す。
「スミワ全隊は、現在地から一キロ後方の市道まで後退して態勢を立て直す。重迫中隊は三十秒後から引け八百(目標を八百メートル手前にすること)で射撃を続行せよ!」
小泉は各隊に無線を流した。
その時、また発射された敵の対戦車用携帯ミサイルが反転していた七三式装甲車の側面に命中した。爆発で履帯と転輪を吹き飛ばされた装甲車は横転した。生きている片方のキャタピラだけがカラカラと回っている。
群団が一キロ後方の市道に向けて後退を始めた直後、日本海から北鮮民国の対戦車ヘリコプターが二機、海面すれすれに飛来した。
ミル・30と思われる二機の対戦車ヘリは、後退する第三普通科群団主力に向けてそれぞれ二発のミサイルを発射した。
四発のミサイルは後退する部隊の真ん中付近で大爆発を起こし、隊員たちを砂粒のように空中に吹っ飛ばした。戦車や装甲車は横転または転覆し、ミサイルが着弾したところは大きなクレーター状になっている。
二機のミル・30はホバリングしたまま、残っている部隊にバルカン砲を浴びせた。
ブブーッという低い音がして、地上にいた自衛隊員たちは、それに反撃することもできずひき肉状態になった。その後ろからはナイトスコープを装着した北鮮民国軍が逃げ惑う自衛隊員を片っ端から狙撃している。
バルカン砲を掃射したミルからまた二発のミサイルが発射され、後退を続ける自衛隊のはるか後方でミサイルの爆発がおこった。射撃をしていた重迫撃砲中隊はミルのミサイルとバルカン砲の掃射によって一瞬で全滅した。
『カラス。ハトだ』
温泉旅館で留萌にいるハトから無線が入った。
「カラスだ」
高杉が答えた。
『午前三時過ぎ、侵攻軍の一部が上陸した。自衛隊もそれなりに健闘はしたが、思わぬ対戦車ヘリの出現で全滅した』
「わかった。三人で間に合いそうか?」
『三人ならな…。羽根はどうだ?』
ハトが聞いた。統山としおりが高杉を見つめている。
「飛べる」
『4352・14144でモズと待っている』
ハトの無線は切れた。
ハトの言った4352・14144とは、北緯四十三度五十二分、東経百四十一度四十四分の場所だ。
高杉はハトからの無線を山岡総理に伝えた。
『うむ…』
山岡は無線の向こうでうなずいている。
『少し遅れたが、ワシに話して、ムクドリとヒバリを奥尻と当別のレーダーサイトに飛ばせる。あのふたつさえ確保しておけば、空からの侵攻も対空ミサイルで防御できる』
山岡は言った。
ワシとは公安特務課の課長のことだ。高杉たちの上司でもある。
「…。わたしの交代で、ツルを大至急留萌に向かわせてモズとハトに合流させてください」
高杉は山岡に言った。
『おまえはどうする?』
「やることがあります。もしかすると、局面が大きく変わることも…」
高杉は言った。
『わかった。連絡を待つ』
高杉は無線のチャンネルを切り替えた。
「モズとハト。カラスだ」
『モズだ』
留萌のモズが出た。
「急遽やることができた。ツルが合流する」
『了解した。敵の侵攻に際する任務を知らせ』
「当面は傍観だ。六時間以内にムクドリとヒバリが奥尻と当別のレーダーサイトを白くする。航空機による攻撃があった場合に限り、敵の殲滅行動に移れ」
高杉が言った。
『了解』
そう言ってモズの無線が切れた。
高杉に思い当たることがあった。それは北海道共和国の国防大臣として指名されている矢沢昭彦のことだ。独立の前は自衛隊北海道方面隊の総監だった。
今回の北鮮民国の侵攻でも、おそらくは矢沢が部隊を配備したのだろう。
共和国の首相とはいっても、吉野はしょせん民間人にすぎない。いち早く兆候を察知して部隊を配備する能力はない。その能力があるのは総司令官の矢沢だけだ。
しかし、吉野の集団催眠に落ちているとはいえ、矢沢の的確な判断力は、催眠術にかかっているロボットのものではないような気がする。
高杉はそれを確かめることにした。留萌のほうはモズ、ハト、ツルの三人でこと足りるはずだ。
北鮮民国の侵攻によって六百人あまりの自衛隊が全滅したが、もしも第二派の上陸侵攻があったとしても、あの三人ならば北鮮民国軍の五百人や六百人くらいは壊滅させるだけの力はある。
「高杉…」
統山は窓の外を見たまま考え込んでいる高杉に声をかけた。
「急遽、函館へゆく」
高杉は煙草をくわえて火をつけた。
「あんたたちはどうする?」
高杉が聞いた。
「予定どおり戸井から本州に渡ろうと思う」
「そうか…」
高杉は何かを考えるようにうなずいた。
「北海道に少しでも未練があるのなら、おれに考えがある」
高杉が言った。
「どうしろと…」
統山は高杉としおりを交互に見た。
「函館地区の海岸線と警察署のほとんどは、仲間のキツツキとおれが白くした。上陸した本州の部隊が開放地区を厳戒態勢で警備している。一部はまだ残っているが、そのほかは安全だ。ゆっくりできるホテルのスイートルームも提供できよう」
高杉は笑って統山としおりを見た。
「しおり、どうする?」
統山はしおりに聞いた。
「あなたのいうとおりにするわ。妻ですもの」
しおりはそう言って統山を見つめた。
「仲が良くてけっこうだ。ただ、おれの目の前でキスしたり抱き合ったりするのだけはやめてくれ。血圧が上がって傷口が開くと困る」
高杉は笑ってふたりを見た。
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