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白い夜
作:凪沙 峻



第18話 極秘任務命令


十八 極秘任務命令

午後六時。山岡総理から無線が入った。
『今どこにいる』
「南の2…。恵山駐屯地の近くです」
高杉が答えた。
『とんでもない情報が入った…』
 山岡は低い声で言った。
『白神にいる第五普通科群団の三中隊長から入った連絡だが、留萌か羽幌の近くで暗号と思われる電波を傍受した。偵察小隊長によると、その暗号らしき電波は自衛隊のものではないということだ』
山岡は言った。
『いやな予感がする…』
山岡の声が低くなった。
『それに、吉野がかけた集団催眠から一刻も早く北海道民を開放してやらねば…』
山岡は言った。
「ヒントは必ずあるはずです。わたしもそれも視野に入れておきます」
『たのむ。わしのほうも考えてはいるのだが…』
山岡は言葉を詰まらせた。
「留萌には、恵山駐屯地を白くしたあとで向かいます」
高杉は言った。
「今から言うことをメモしてください。急を要します」
高杉は小声で何事かを山岡に伝えて無線を切った。
時間がないことを高杉は知った。
 山岡の言う自衛隊のものではないと思われる暗号電波が、北海道の西にある町で発信されたということは、これは第三国が日本に上陸しようとしているとしか考えられない。
 その場所から判断して、相手は中国か北鮮民国だろうと高杉は思った。もしもロシアならば、軍港があるウラジオストクかナホトカに一番近い場所を選ぶ。留萌や羽幌ではなく稚内から少し南へ下がった人の少ない手塩あたりから上陸するはずだ。
 少し手荒だが、しかたがない。
高杉は枯れ草の中で消音器をつけた拳銃を抜いて立ち上がった。目の前に恵山駐屯地の正門が見える。ここは北海道方面総監直轄の第五一と五二普通科中隊が駐屯している。
駐屯地の前では三人の歩哨が警戒している。
 高杉はベルトの後ろに拳銃を隠し、正門に通じる砂利道を歩いていった。正門から三十メートルほどの距離になったとき、歩哨が高杉の姿を見つけた。
「誰だ!」
歩哨が低い声で誰何した。
「カラスだ」
高杉は歩きながらそう言うと、ベルトから消音器が付いた拳銃を抜いてたて続けに三発発射した。低くこもった音がして、三人の歩哨は額を撃ち抜かれて転がった。
高杉は歩哨が持っていた三丁の八九式小銃と、弾薬帯の弾のうに収められている予備弾倉をポケットに押し込んだ。二丁の小銃を肩からたすきがけに掛け、一丁を腰だめに構えて駐屯地の中に入って行った。
駐屯地の中には建物が六棟あった。三階建ての隊舎が二棟、歩哨が待機する平屋の隊舎と基地通信隊の隊舎、二階建ての工場らしい建物が一棟。食堂が一棟だ。正門から入ってすぐのところにある警衛所と看板がある建物はGS・8で沈黙させてある。
高杉は腰のベルトから刃の部分が黒くコーティングされているハンティングナイフを抜くと、二棟ある三階建ての隊舎のひとつに近づいた。五一中隊の建物だ。隊舎には照明が付いている。
 高杉は隊舎の端にある入り口から階段を一気に駆け上がった。途中で二人の隊員に出くわしたが、すれ違いざまに高杉の手のナイフが隊員ののどを切り裂いた。二人の隊員は頚動脈から血しぶきを出して声も出せずに階段を転がり落ちていった。
三階に上がった高杉は、持っていたふたつのGS・8を壁で着火して長い廊下の中ほどをめがけて放り投げた。GS・8は白い煙を残しながら廊下を転がってゆく。
 廊下にいた数人の武装した自衛隊員は一瞬のことに反撃も出来ず、崩れるように永い眠りに落ちた。
素早く二階へ降りた高杉は、おなじく二発のGS・8を廊下に転がし、そのまま一階に駆け下りた。一階にもGS・8を拡散させた高杉の目に、五二中隊がはいっている隣の建物の明かりが映った。
風上に隠れている高杉は隊舎の出入り口を見張っていた。
 五一中隊と五二中隊が入っている二棟の三階建ての隊舎の中はGS・8の白い煙が充満している。自衛隊員たちは完全装備に防毒マスクを携行しているから、何人か、あるいは何十人かはマスクを装着したかもしれない。
高杉の予想は当たっていた。隊舎のドアが開いて防毒マスクをつけた隊員たちが小銃を構えて走り出てきた。高杉はため息をついて小銃を肩に当てた。
 外に飛び出して周りを見回している自衛隊員の頭に照準を合わせて引き金を引いた。軽い反動が肩に響く。苦しませる必要はない。殺すときには、死ぬ者が一番楽な方法で死なせてやるのがせめてもの情けだ。
 額を打ち抜かれた隊員が倒れるのも確認せず、外に出てきた隊員の頭を狙って高杉は小銃の引き金を引いた。
二十人ほどの自衛隊員を狙撃したあと、隊員が装着していた防毒マスクをつけて中の様子を確認した。二棟の隊舎の中にはGS・8で眠っている隊員が二百人ほどいた。
「恵山のカラスは白くなった」
 高杉は無線で山岡総理に報告した。
 隊舎の周りには、高杉に頭部を正確に狙撃された数十人の隊員が横たわっていた。
『ごくろうだった。餌を届ける…』
山岡が無線で言った。
『それから、おまえが言った手配は済んだ。モズとハトは西の1。キツツキは南の1へ向かった』
「わかりました。わたしは南の3へ向かいます。念のため、メジロとヒバリを日本海側の石川県から北部を警戒させてください」
そう言って高杉は無線を切った。
モズ、ハト、キツツキとは、高杉が所属する国家公安委員会特務課の仲間たちのコードネームだ。そのほかにスズメ、ムクドリ、ツル、ツバメがいる。カラスというコードネームを持つ高杉を含めて、この十人が特務課の特殊工作員だ。
 山岡が言った南の1とは、吉野の手の者たちに制圧された函館のことで、キツツキは函館の各警察署を吉野の手から解放する任務で上陸する。
 西の1は、謎の暗号電波が発射された羽幌と留萌付近を探索するために、モズとハトというコードネームの工作員が二名向かったという意味だ。
留萌や羽幌もそうだが、火の手を揚げる範囲が広がってくると、高杉だけでは手が回らなくなってくる。そのための応援を頼んだのだ。
 それに、第三国が北海道侵攻を企てている可能性があれば、絶対にそれを阻止しなければならない。
 もしも第三国、特に北鮮民国あたりの特殊工作員が侵入したとなると、たとえ相手がひとりでも、そのあたりの自衛隊員では五人や十人が束になってもかなう相手ではない。南の3を早めに処置してモズとハトの応援に行く必要がある。
 ゲリラだけならばいいが、第三国の本隊が上陸してきたらモズとハトだけでは手薄だ。 もしも第三国が本気で北海道に軍隊を上陸させてきたときは、残っている四人の仲間と南の1の任務を終えたキツツキの応援が必要になる。
 自分を含めて八人いれば、敵の一個軍団くらいは殲滅できよう。
高杉は駐屯地から出てボサの中に隠しておいた車に乗った。
 次に白くする目標は長万部町にある海上自衛隊の基地だ。
 高杉は恵山駐屯地から道々278号線の海岸通りを北に向けて車を走らせた。


統山貴之としおりは豊浦町に近い礼文華の小さな温泉旅館にいた。旭川から出て三日目だった。
旭川の近くの廃屋で高杉と別れ、車で南下してきたが、なかなか北海道から脱出するチャンスがなかった。
 高杉は漁船でも盗んで本州へ渡ることを提案したが、室蘭や苫小牧あたりで漁船を盗んで海に出たとしても、本州まではあまりにも距離がありすぎる。
 地図を見ても、苫小牧からだと下北半島まで百二十キロはある。漁船などを操作したことのない統山には危険が大きすぎる。何とか一番本州に近い渡島半島の戸井町あたりまで行って、そこから船で行くのが一番安全だ。距離もわずかに二十キロほどだ。
ここへ来るまで、高杉から渡されたIDカードと運転免許証が役に立った。
 統山は斉藤和彦、四十三歳。しおりは斉藤和彦の妻で陽子、三十二歳。旭川の電気会社に勤務している。そのIDカードとICに記録されている六桁の番号で、途中の検問はすんなりと通れた。
「明日は戸井まで行こう。そこから船で本州に渡る」
統山は夕食のお膳をはさんで座っているしおりに言った。
「ええ…」
しおりは笑顔で答えた。
小さいながらも一応は温泉が付いている旅館で、宿泊客は統山たちともう一組の老夫婦だけだった。しおりは風呂から戻ったばかりで、まだ顔が赤みを帯びている。
統山は箸を運びながら三日前に妻となったしおりを見つめた。
 旭川から出て二日間は車の中で寝たが、さすがに身体が痛くなってきて、思い切って宿に入ったのだった。自分はともかく、しおりを風呂にも入れてやりたかったし、足を伸ばして休ませたかった。それに毎日コンビニの食べ物だけでは味気ない。
「わたしは車でもよかったのに…」
しおりは笑った。
たまにはうまい料理でも食って温泉くらいは入りたい。
 統山はそう言って笑った。自分に気を使って宿に入ったことをしおりはわかっていた。
「ありがとう、わたしのために…」
しおりは言った。
「気にすることはない。おれがそうしたかったんだ」
統山は笑って熱燗を口に運んだ。
あとは本州に渡るまで、安らぎの場所にいられるという保証はないのだ。
 さいわい高杉がくれたIDカードのおかげで検問も通れるし、カードがある限りは誰からも怪しまれることはない。自分たちは吉野の集団催眠にかかった北海道民なのだ。
「失礼いたします。お布団のご用意をいたします」
食事が終わったころ、部屋係りの年配の女性が入ってきた。
 統山としおりは表情を硬くした。ロボットにでもなったつもりで、と高杉に言われたとおり、他人の前ではできるだけ無表情の顔になるようにしてきたのだ。
 旅館の従業員とて信用は出来ない。少しでも変わった様子を見せたら、吉野の手の者に通報されないともかぎらない。
「お願いします」
しおりは無表情で部屋係りに言った。
部屋係りも無表情にお膳を片付けると押入れから布団を出して敷き始めた。統山としおりは窓のところにある小さなソファーに向かい合わせで腰をおろした。
布団を敷き終わった部屋係りは、どうぞごゆっくりと頭を下げて出て行った。自動ロックの音がした。
「………」
 ドアがロックされる音に統山としおりは大きなため息をついた。
「しおり…」
統山は立ち上がって両手を出した。しおりも立ち上がって統山の首に手を回して抱きついた。統山は浴衣姿のしおりを抱きしめた。
「愛してるわ…」
しおりは統山を見つめた。
 稚内から脱出して十二日目だ。どこに行ってもふたりに安息はない。
 正体不明の高杉という男に助けられながら、統山としおりは逃避行を続けている。この逃避行がいつまで続くのかさえもわからない。
 統山の言うとおり、道南の戸井町まで無事に行くことができれば何とか本州に渡れる可能性はある。
 高杉がくれた斉藤和彦と妻の陽子名義のIDカードと運転免許証のおかげで何とか礼文華まではきた。だからといって不安と恐怖が消えたわけではなかった。
 ただひとつ、自分たちの近くにいつ迫ってくるかわからない不安と恐怖を少しの間でも忘れることができるのは、統山と肌を合わせているときだけだった。統山に抱かれているときだけは姿の見えない恐怖と不安から逃れられるのだった。
 統山の唇がしおりの唇に重なった。
 統山はしおりの浴衣の帯を解きながら自分も裸になった。
 唇を重ねながらしおりの肩から浴衣を脱がせると、身をかがめてしおりの乳房に唇を這わせた。左の乳房には銃弾でやけどを負った痕と位牌の痕がまだ残っている。
 統山がその位牌とやけどの痕に唇をつけながら乳房を手で愛撫している。
「あ…」
 しおりは統山の頭を抱いて小さく声を出した。
 統山はしおりの腰に手を回して胸からわき腹へと愛撫の唇を這わせながらしおりの下着を脱がせた。しおりの身体から漂う温泉の硫黄の香りが統山の鼻をくすぐった。
統山はしおりを抱き上げて布団の上に横たえ、体を重ねて唇を合わせた。
 長い口づけのあと、首筋、耳、髪と愛撫を繰り返した。しおりは統山の首に手を回している。統山の唇はしおりの肩から胸へとおりた。形のいい胸と、その頂点にある乳首を愛撫した。
 愛する夫が自分の全身を愛撫している。しおりは幸せに震えながら乳房を愛撫する統山の頭を抱いていた。
 統山の手がわき腹から尻へと下りてきた。そして太ももの間に入った統山の手がしおりの敏感なところを探り当てた。
「あ…」
「しおり…」
統山がしおりを見つめている。そしてしおりの中に滑るように入ってきた。
「ああ…」
しおりはその感覚に目を閉じて声を出した。統山の唇がしおりの唇に重なった。しおりの中でその感触を確かめるように統山がゆっくりと動いている。
「あ、ああ…」
しおりは切ないような細い声を出した。
「しおり、愛してる」
統山はしおりの中で動きながら耳元で言った。
「愛してるわ、愛してるわ…」
しおりは押し寄せる快感の波にもまれながら統山を見つめた。統山は規則的に動きながら快感に肌を染めるしおりの全身に手と口で愛撫を続けている。
 統山が愛撫している肌と、統山が入っている敏感な部分にしおりは全神経を集中させていた。
「ああ、貴之さん…」
快感に耐え切れずしおりは声を出し続けた。統山はしおりの表情を見ながら、自分も快感に押し流されそうなのをこらえ、時間をかけてしおりの身体を愛撫した。
人目をはばかる逃避行の中で、安心して心と身体を預けられるのはしおりだけだ。そう思うとしおりへのいとおしさが一層ふくれあがってくる。何もかも忘れて夢中になれるのはしおりを抱いているときだけだった。
しおりの中の統山の動きが早くなった。その動きにしおりの中から急速に快感がわいてくる。
「ああ、ああ…」
激しく突き動かされながら、しおりは統山の首にしがみついて声を出した。
「しおり…」
統山が絞り出すような声を出して激しく動きながらしおりに唇を重ねた。
「う…」
「ああ…」
しおりの中で統山が達した。統山の愛液の感触が何度もしおりの中で感じられた。


「未確認の情報だが…」
山岡は総理官邸に各党の代表を集めて言った。
「函館地区を開放した第五普通科群団から、第三国のゲリラと思われる不特定多数の侵入者が、北海道の西部に上陸したらしいとの連絡が入った」
山岡はそう言って煙草に火をつけた。
「第三国ですと?」
平和党の高橋英夫が山岡の顔を見た。各党の代表も唖然とした表情で声も出せずに山岡を見つめている。
「うむ…」
山岡は大きくうなずいた。
「どこの国ですか!」
連合公民党の上田が聞いた。
「まだ未確認だが、北海道に潜入させている高杉によれば、侵入の場所から考えて、おそらく北鮮民国、だろうと…」
「北鮮民国だと!」
社共党の川島がソファーから身を乗り出した。
「いまそれを確認中だ。例の、高杉の仲間たちが北海道に飛んだ。どこの国か、明日にははっきりするだろう。その前に…」
山岡は各党の代表を見渡した。
「吉野に知らせてやらねばならん」
そう言って煙草の煙を吐いた。
「いまの状態のままならともかく、第三国がこの騒ぎに乗じて北海道に侵入してきたとなると、これは由々しき事態だ」
「しかし総理。これがもしも吉野の意向で侵入させたとしたら…」
社会連合代表の平川慶介が言った。
「それも確かめる意味でだ…」
山岡は煙草を灰皿で消した。
「吉野の催眠術とやらさえ解くことができたら…」
山岡はため息をついた。
もしも吉野が自分の意思で第三国を北海道に入れたとなると、もう本州と北海道の小競り合いだけではすまなくなる。
 下手をすると、本州は北海道と、その北海道独立に賛同した第三国を交えた戦争に発展する。その第三国に北海道が占領されでもしたらとんでもないことだ。
 太平洋戦争終結時に、ソ連が北海道の領有をもくろんだ悪夢が、六十年を過ぎたいま現実のものとなってしまう。
 この北鮮民国侵入という情報が吉野の意思であるとすれば別だが、そうでないのなら、北海道の自衛隊が総力を挙げて北鮮民国の工作員を撃退する。ただ、催眠に陥っている今の自衛隊がどの程度の戦闘力を発揮できるかは、山岡にもわからない。
山岡は机の受話器を持ち上げた。
「北海道の吉野知事につないでくれ…」
山岡はそう言いながら各党の代表たちを見つめた。
一分ほどで北海道知事の吉野隆雄が電話に出た。
『吉野です…』
吉野は落ち着いた声で名乗った。
「山岡だ…」
山岡は執務椅子にもたれかかって言った。
「お互いに色々と苦慮している…。そちらの雪はどうかね?」
山岡が聞いた。
『これからますます積もるでしょう。我々北海道共和国の国民にとっては試練の季節ではありますが、同時に春には水と作物の恵みを与えてくれる雪です』
吉野は言った。
「そうか…。ところで…」
山岡の表情から笑顔が消えた。
「ひとつ聞いておきたいのだが、きみの目指す北海道の独立とは、あくまでも北海道民が統治する国家なのか。それとも、第三国を介入させて…。つまり、第三国の援助を受けてのものなのか。どちらだ?」
山岡は低い声で聞いた。各党の代表は食い入るように山岡を見つめている
『何をおっしゃるかと思えば…』
電話の吉野がひとつため息をついた。
『我が国は、あくまでも我が共和国の国民の総意で新国家を建設したのであって、ほかの国の助けを求めて国家を維持しようなどとは考えてはいません。もっとも、食料や石油などの物資の輸入に関しては別ですが…』
 吉野が言った。
「それを聞いて、少しは安心した…」
 山岡はため息をついた。
『何をおっしゃりたいのです?』
吉野は低い声で聞いた。
「つつみ隠さずに言う…」
山岡は各党の代表を見ながら言った。
「函館方面の、白神と豊浜地区のことは知っているな」
山岡の声が低い。
『知っています。総理もいろいろと手を打っておられますね』
吉野の声も低くなった。
「わしとしてもやむをえんのだよ。いままで我々と手を取り合ってきた北海道が突然の独立宣言だ。国民への手前としても、何かしらの行動は起こさねばならんのだ。それはともかくとして…」
山岡は目を閉じた。
「白神地区にいる第五普通科群団からの情報で、留萌か羽幌あたりに、推測するところ北鮮民国と思われる多数の工作員が上陸したらしいとのことだが、きみは承知しているのか」
『………』
 山岡の言葉に吉野は無言だった。
「やはりな…」
無言の吉野に山岡はうなずいた。
 各党の代表たちは険しい表情で山岡を見つめている。
「同じ日本人にならば…。きみたちが独立独立と叫ぶのも、同じ日本人ならばと、ある程度は余裕を持って見ていられる。しかし、相手が第三国。ましてや北鮮民国となると、日本国の総理として黙っているわけにはいかん。最悪の場合は北鮮民国と刃を交える覚悟をしなければならん…」
 山岡は厳しい顔でそう言った。
「ここ二・三日中ならば本州からの応援も出せるが、手遅れになってからではどうにもならなくなる。それを忘れんでくれ。日本のままで残るか、キム・ジョンホンのような善悪の区別もつかんくだらんやつの奴隷になるか。きみはきみで北海道民の一番幸せと思われる判断してくれ。わしは、日本国の総理としての判断をする。では…」
 山岡はそう言うと一方的に電話を切った。
「大山大臣」
山岡は防衛大臣の大山を振り返った。
「はい」
大山が山岡を見た。
「イージス艦は何隻ある?」
「三隻です」
大山は答えた。
「万が一ということもある。日本海の要点にその三隻を至急配備してくれ」
山岡はそう言って腕を組んだ。
海上自衛隊のイージス艦は、長距離と中距離のミサイルを空中で迎撃する装備を持った船だ。海上自衛隊には〈ふどう〉〈こんごう〉〈らいでん〉〈おおしま〉の四隻があり、〈おおしま〉は北海道独立に賛同した海上自衛隊の指揮下に入っていて、残りは舞鶴に二隻、横須賀に一隻配備されている。
「わかりました」
「航空自衛隊の全基地には、十二時間交代で三十分に一度の偵察機の発進を命令する」
山岡は言った。
「北鮮民国の領空侵犯があった場合には直ちに戦闘態勢にはいれ。日本海側の海上自衛隊の全艦船も有事態勢で出動させろ。日本海の要点を固めるんだ」
 吉野は煙草をくわえて火をつけた。
「あくまでも専守防衛だが、相手が先に発砲したときには、遠慮せずに可能な武器で応戦せよ。その結果、相手側に死傷や沈没、あるいは撃墜などの相当の被害が出てもやむをえん。全責任はわしがとる。終始記録のVTRを忘れるな。時と場合によっては、そのVTRを全世界に公表する」
 山岡は腕を組んだ。
 VTRは絶対に必要だと山岡は思った。偵察機や戦闘機のコックピットの映像と、外の映像を記録しておけば、位置と戦闘行動の様子がわかる。
 北鮮民国が日本国の一部たる北海道に不法侵入してきたとなれば、それを迎え撃つことは日本国としては防衛行動という立派な理由が成り立つ。
 領空あるいは領海から出るよう警告をしてもそれに従わず、相手が先に攻撃をしてきた場合に、VTRはその証拠になる。
「はい!」
 大山が厳しい表情で答えた。
「それから、習志野の空挺レンジャー部隊と、市谷のテロ特別鎮圧部隊を召集しろ。極秘任務の命令を出す」
山岡の言葉に、大山は立ち上がって電話機に歩み寄った。
「総理…」
そう言った社共党の川島に「うむ」とうなずいた山岡は、アメリカ大統領のニコール・ジェイソンへ通じるホットラインの受話器を持ち上げた。
「この紛争は、日本の独立のためには避けられん。キム・ジョンホンが本気で我が国の一部を占領するというのなら、こちらも本気だということを知らしめてやらねばならん」
 山岡の言葉に、各党の代表たちも大きくうなずいた。



注)この小説はフィクションであり、登場人物や組織などは実際に存在するものではありません。






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