第13話 見えた筋書き
十三 見えた筋書き
どのくらい眠ったのか、統山は目を覚ました。時計を見ると八時を過ぎている。それが午前か午後かはわからない。枕もとの拳銃は無事だ。
統山はゆっくりと身体を起こした。
バスルームでしおりを抱き、そのままバスローブを着たまま寝たから前が乱れている。おまけにパンツもはいていない。
前を整えて、拳銃をバスローブのポケットに入れた統山は、部屋のドアを開けてトイレに行った。
トイレから出た統山は何気なく玄関を見た。自分の靴としおりの靴が並んでいる。
「まだいるのか…」
統山は半信半疑で居間のドアを開けた。
「しおり…」
統山は、キッチンで何かを作っている生島しおりの後ろ姿に思わずつぶやいた。しおりもバスローブのままだ。
統山はため息をついてソファーに座った。テーブルの上には統山が置いた百万円の札束がそのままにしてあった。
統山は煙草に火をつけた。
しおりはその統山に気付くと、ポットのお湯でお茶を入れ、無言で統山の前に置いてまたキッチンに向かった。
しおりが入れたお茶を飲み、煙草を吸い終わった統山は、立ち上がって洗面所で歯を磨き、髭を剃って顔を洗った。
「冷蔵庫にあったものを使わせてもらったわ。味は保証しないけど、もしよかったら食べて…」
食堂のテーブルには、しおりが作ったハムエッグと野菜サラダがのせられていた。
統山は無言で椅子に座り、入れてあったコーヒーをひと口飲んだ。
しおりは炊きたてのご飯と味噌汁を統山と自分の前においた。
ふたりは言葉も交わさず、互いの顔を見ることもなく食事をした。十五分ほどで食事は終わった。
しおりは統山のコーヒーカップが空なのに気付き、キッチンにあるコーヒーメーカーからコーヒーを注いでいる。そのしおりの背中が小さく震えていた。しおりは泣いているらしかった。手で涙をぬぐっている。
「眠れなかったわ、寂しくて…」
キッチンに両手をついたまま、しおりは涙声で言った。
「ひとりじゃ怖くて不安で…。一睡もできなかった…」
そう言うしおりの背中が小刻みに震えている。
「あなたがいる部屋へ何度も入っていこうとしたの。でも、あなたはわたしに出て行けって言ったから、わたし、入っていけなくて…。どこへでも好きな所へ行けって言われても、わたし…」
しおりは統山に背中を向けたまま、頭を何度も横に振った。
「怖くて、心細くて…。毛布にくるまって、あなたの部屋の前で寝たの。それでも心細くて…。わたし、赤ちゃんみたいに丸くなって…」
しおりは細い声を出して泣き出した。
「そうしたら…。あなたの部屋の前で寝てたら、少し眠れたわ。バカみたい…」
しおりは涙声で笑った。
「しおり…」
統山は立ち上がってキッチンのしおりに近づいた。
「しおり…」
統山は背後からしおりを抱きしめ、震えるその首に唇を付けた。
「ひとりにしないで!」
しおりは振り向くと、統山の首に両手を回して抱きついた。
「あなたがいないと、わたしだめなの!。だから、わたしをひとりにしないで!」
しおりは泣きながら叫んだ。
そのしおりを統山は力いっぱい抱きしめた。しおりの顔や首や髪に何度も唇を付けた。そして涙で濡れたしおりの目を見つめ、その唇に自分の唇を重ねた。
「もうひとりにはしない」
長いくちづけのあと統山は言った。
「おれもしおりが好きだ。ほんとうはきみを離したくなかった…」
「貴之さん…」
しおりは涙で濡れた目で統山を見つめた。
統山はしおりを抱き上げてソファーに横たえた。
統山の首にしがみついて離れようとしないしおりに唇を重ねたまま、統山はしおりのバスローブの紐をほどいた。バスローブの下のしおりは全裸のままだった。
統山は自分もバスローブの紐を解いて裸になると、床に膝をついた格好でしおりの首から肩、乳房、腹部を唇で愛撫した。そして統山の唇がしおりの敏感な中心部に触れた。
「あっ、ああっ!」
しおりはその感覚に全身をくねらせながら声を出した。
統山は必死に足を閉じようとするしおりにかまわず、愛液があふれるしおりの敏感な部分を唇で愛撫を続けた。
敏感な中心部を口と指で愛撫され、失神しそうなしおりに統山は身体を起こして唇を重ねた。
「好き。貴之さん…」
しおりは統山を見つめて言った。
「しおり…」
身体を起こした統山は、唇を重ねながらしおりに身体を重ねた。
「あ、ああ…」
それを感じたしおりの、統山の首に巻きつけた腕に力が入った。
「しおり、結婚しよう…」
統山はしおりを抱きしめてゆっくりと動きながらしおりの耳元で言った。
「うれしい…。うれしいわ。抱いて。もっと強く抱いて…」
しおりは目に涙をあふれさせ、統山の唇を求めた。統山はしおりに唇を重ねながらその腰を強く引きつけた。
しおりがいとおしかった。その思いが統山を優しい気持ちにさせた。統山はしおりの表情を確かめながら、しおりの中にある自身の興奮を高めていった。
「しおり…」
統山はしおりの耳元でそう言いながら、自分も絶頂を感じていた。
「あ、あっ…」
しおりは統山にしがみつきながら声を出している。
「ああ…」
しおりの身体から力が抜けた。それと同時に統山にも限界が訪れ、しおりの中で脈を打ちながら何度も達した。
しおりは何かの感触で目を覚ました。
統山がしおりの頬をなでていた。しおりの顔を手で確かめるかのようにゆっくりとした動きだった。
「………」
しおりは自分の頬をなでている統山の手を握り、その手に唇をつけた。
かなりの時間は眠ったようだった。毛布で窓を塞いでいるから昼か夜かはわからない。ただ、身体の疲れが無くなっていることから、何時間か、あるいは何十時間かが過ぎているようだ。
身体にかけた毛布の中で、しおりは統山の胸に顔をうずめて目を閉じた。そのしおりの肩と腰を統山がしっかり抱いている。
「しおり…」
統山がしおりの顔を覗き込んだ。
「いまは、夕方の…。十二月十日の午後六時過ぎだ。ゆっくり眠ったか?」
統山が言った。
「ええ…」
しおりはそう言って、また統山の胸に顔をうずめた。
統山に抱かれたのが九日の昼前だった。その余韻と疲れでそのまま眠った。それから考えると十数時間も眠っていたことになる。
その間に、何時だったか覚えていないが、トイレに行ってシャワーを浴びた。シャワーから戻ると統山も目を覚ましていて、ふたりでハムを食べながらウィスキーを飲み、また抱き合って眠った。
「あなたは?」
しおりが聞いた。
「ぐっすりだ。こんなに寝たのは久しぶりだ」
統山は笑ってしおりの目を見つめた。
「しおり…」
統山は、しおりを抱きながらつぶやいた。
「なに?」
しおりは統山の胸に顔を付けたまま応えた。
「旭川は安全だと…。何事もなかったようだと、おれはきみに言ったが、どうやらそうでもなさそうだ…」
統山が言った。
「きみがシャワーを浴びているときに、溜まっていた新聞を読んだ。おれの会社と業務提携を結んでいる旭川新報の号外扱いの夕刊に、とんでもない記事が載っていた…」
統山の言葉にしおりは不安そうに顔を上げた。
「だいじょうぶだ。何も怖いことはない。ずっとおれがいっしょだ」
統山はそう言って笑うと、しおりに唇を重ねて強く抱きしめた。
全裸のふたりはそのまま長いくちづけを交わした。統山の手がしおりの背中と腰をしっかり抱いている。その感触だけでもしおりの心は溶けるような安心感で包まれた。
全裸のしおりを抱きしめ、唇を重ねたことで統山の分身がよみがえってきた。それは抱かれているしおりにもわかった。
「とにかく、いちど身体を起こそう。このままじゃ寝たきり老人になってしまう」
統山は笑ってしおりに言った。
「わたしはかまわないわ。ちゃんと面倒見てあげる。紙オムツして…」
しおりも笑った。
「頼りにしてるよ」
統山も笑った。そしてまたしおりに唇を重ねた。
統山としおりは浴衣を着て居間のソファーに座っていた。
新聞を見るしおりの顔から血の気が引いていた。
号外版と大きな文字が印刷されている旭川新報の夕刊は、十二月十日正午で北海道は日本から独立したことを報じていた。
十六ページで構成されている夕刊の全ページがそれに関連する記事で埋めつくされている。
最初のページには、いつもよりも大きめの活字で印刷された吉野隆雄北海道知事の独立宣言の全文と、新しく北海道共和国と命名された道央圏、道南圏、道東圏、道北圏の区割り。独立後の各省庁やその国務大臣などの名前と写真、談話と新大臣としての抱負。
二ページめからは、北海道共和国憲法の主な条項と条文などが占めている。
「………」
しおりは事の詳細を理解できずに、紙面から顔を上げて統山を見つめた。
「国防のところに、自衛隊の…。国としての防衛に関する装備が詳しく書かれている。その航空部隊の最後に、ミグ・41戦闘機二十機とある…」
統山はそこまで言うと、立ち上がってブランデーの瓶とグラスをふたつ持ってきた。
「そのミグ・41というのは、十二月一日に稚内の航空自衛隊のレーダー・サイトと空港を爆撃した戦闘機に違いない」
統山はグラスにブランデーを注ぎ、水で薄めたほうをしおりの前に置いた。
「これで、いろいろと起きたことが一本の線でつながった…」
統山はそう言って、ブランデーをひと口飲んだ。
「つながったって、どういうこと?」
しおりは統山に聞いた。
「十二月一日の、あの爆撃騒ぎが起きた時か、あるいは騒ぎの直後で、稚内はすでに吉野によって押さえられていたんだろう。いや、占領されたと言うべきか…」
統山はしおりを見つめて言った。
「占領?…」
しおりは大きく目を見開いている。
「おれたちが、稚内で誰かに見張られていると感じたのは錯覚じゃなかったんだ。よそ者、あるいは、何かの理由で稚内に入った人間を抹殺するか、おれの局の沢田理香のように、若くて美人の女なら拉致する。男なら秋山のように殺す。そのために見張っていたんだろう…」
部屋の電灯を全部消した統山は、居間の窓を塞いでいる毛布を少し開けた。
すでに外は暗くなっていた。隙間から見える外の景色は、街路灯と積もっている雪明りに反射して夏よりは周りがよく見える。
こうして見る限り、旭川はいつもと変わってはいないように感じられる。
しおりも立ち上がって統山の隣にきた。しおりは統山の左腕に自分の手をからませた。 稚内に入ってから全てが変だった。
空港で急に携帯電話が使えなくなったこと。誰かに見張られているような気配。
空爆されてからわずか三日目だというのに、街のあの平穏さと前田市長の落ち着き。
テレビ会見の山岡総理。それを中継していたテレビカメラの位置。稚内新聞の熱のない記事。
それら全ては、この独立のための布石だった。その第一歩が稚内の制圧か占領だったのだ。
市民全部が、なんらかの形で前田の操り人形になったと仮定すれば、一連の不可解な謎が解ける。新聞もテレビも全部がやらせだった。そう考えればつじつまが合う。
新聞もテレビも、よそ者や市長の操り人形にならなかった一部の人間を騙すためだけに演出され、作られたものだった。それでもだめな人間は、抹殺するか拉致する。
とすれば、市長の前田や、テレビで犠牲になった人たちの補償問題で会見をしていた山岡総理は、本人ではなく偽者なのかもしれない。
統山はしおりの肩を抱いた。
日本の国から北海道が独立するなど、中央政府がああそうかと許すはずがない。
記事には、十二月十日正午で独立を宣言したとある。そして四つの圏に区分された北海道。旭川は名寄や稚内を統括する道北圏の中心だという。それから判断すると、この旭川もすでに吉野の思惑どおりの魔窟になっているはずだ。
統山は、しおりの肩を抱きながらそう思った。
『稚内で何かが起きている。稚内ばかりではない。北海道全体で異変が起きている。細かいことはおれにもまだ解らんが、巨大な何かが動き出していることは確かだ…』
美深町のモーテルで、高杉が言った言葉を思い出した。
『ここから一歩出たら、誰も…。何も信用するな。たとえ警察でも、身内でも信用するな。両親でもだ。信用するのは自分だけにしろ。生きていたければな…』
高杉はそういい残して姿を消した。
「ねえ…」
しおりは統山を見上げた。
「ん?…」
統山は外を見たまま聞いた。
「貴之さんって、旭川にご家族はいらっしゃらないの?」
「いない…」
統山はそう言って笑った。
「六年ほど前、親父は夜釣りの船に乗っていて、高波にひっくり返されたまま、いまだに行方不明だ。おそらく死んでいる。好きな釣りをしながら死んだんだ。親父は本望だったろうが、残された病気のおふくろと、ひとり息子のおれはたまったもんじゃない。行方不明のまま、三ヵ月後に遺体のない葬式を出したよ…」
統山は煙草に火をつけた。
「それから一年もしないうちに、おふくろも死んだ…」
統山は煙草の煙を吐いた。
「そう…。お気の毒に…」
しおりはうつむいて言った。
「しおりはどうなんだ。家族はいるのか?」
統山が聞いた。
「ええ。両親と、さおりっていう妹が…」
しおりはふと笑った。
「いもうと?。この旭川に?」
統山が驚いたという表情で聞いた。
「そうよ。永山町…」
「さおりか。いい名前だ。しおりの妹なら、きっとすごい美人だろうな。こんどぜひ紹介してくれ!」
統山は真剣な目をして言った。
「もう!」
しおりは頬を膨らませて統山をにらんだ。そして吹き出して笑った。
「残念ね。さおりはとっくに結婚してるし、だんなさまとかわいい子供がふたりもいるわ。だから、貴之さんなんか相手にされないわよ!」
しおりはいっぱいの笑顔で統山に言った。
「そうか…」
統山は悔しそうな顔でしおりを見た。
「しおり…」
統山はしおりを抱き寄せた。
「おれの家族はしおりだけだ…」
統山は抱きしめたしおりの耳元で言った。そしてしおりに唇を重ねた。
初めてしおりが本心から笑った顔を見た。稚内でのホテルのときや、逃避行中にも見せなかった満面の笑顔だった。この笑顔をいつも見ていられたらどんなに幸せだろうか。
この笑顔を守るためになら、統山は何でもできそうな気がした。
「北海道がどうなろうと、おれとしおりには関係のないことだ。おれの大事な家族はしおりだけだ…」
統山はしおりに言った。
「貴之さん…」
しおりは統山の胸に顔をつけて目を閉じた。そのしおりを強く抱きしめた。
「そうだ…」
統山はしおりをソファーに座らせた。
「ちょっと待っていろ。すぐにもどる!」
統山は、たしかまだあったはずだ、とつぶやきながら、居間を出て廊下にある物置の戸を開けた。
「あったあった!」
統山の顔に満足の笑顔が浮かんだ。
統山は物置の奥の引き出しにしまってあった白いレースのカーテンを出した。デパートの紙袋にはいっている。一度も使っていないから、買った時のままビニールで包装されていた。
よし、とうなずいた。
物置の戸を閉めようとして何かが引っかかった。
見てみると、半年前このマンションに入居したとき、入口から入らない荷物を窓から入れるため、引越し業者がベランダの天井にアンカーを仕込み、それに四連の滑車をつけて荷物を引き上げた時のロープと滑車だった。
四連の滑車だから、重さ百キロの荷物でも引き上げる力は四分の一に軽減され、十二・五キロで済む。滑車にはロープを通したままだった。
まだあったのか…。
統山は引っかかっているロープを元通りに収めて戸を閉めた。
そういえば、業者がベランダに仕込んだアンカーもそのままになっている。
業者が外し忘れたのではなく、また引越しをするときに使えるようにとそのままにしてあるのだ。ステンレスの小さな丸い輪だから別に気になるほどのものではない。
それどころか、このマンションでしおりと暮らすようになれば、しおりの荷物を入れるためにまた必要になるかもしれない。
統山は、包装したままになっているレースのカーテンを持って居間に戻った。
「しおり、浴衣を脱ぐんだ」
統山はテーブルの上にカーテンが入った紙袋を置いて言った。
「え?…」
しおりは、けげんそうな表情で統山を見た。
「いいから、脱ぐんだ」
統山は笑いながら言うと、サイドボードからブランデーの瓶と小さなグラスを出し、それに半分ほどブランデーを注いだ。そしてそのグラスをじっと見つめている。
「うーん、やはりあれがいいか…」
統山はそう言ってグラスのブランデーを一気に飲み干した。そしてサイドボードの中から小瓶に入っている清酒を出し、グラスに注いだ。
「うん。やっぱりこれにかぎる!」
満足そうにうなずいた統山は、清酒が入ったグラスを食卓テーブルに置いた。
「なんだ、まだ脱いでないのか」
突っ立っているしおりに統山が言った。
「だって…」
しおりの顔が少し赤くなっている。浴衣の下は何も着ていない。自分だけが裸になるのはさすがに恥ずかしかった。しおりは統山に背を向けた。
「そうか…」
統山は笑ってしおりに近づいた。
「おれに脱がせてもらいたいんだな」
統山はそう言うと背後からしおりを抱きしめた。
帯を解くとしおりの肩から浴衣が滑り落ちた。脇の下から手を入れてしおりの乳房を包み込むように愛撫した。ブラジャーが無くても、しおりの乳房はそれ自体が形を失っていない。
統山は前にまわると姿勢を低くしてしおりの乳房に唇をつけた。
「ああ…」
しおりは目を閉じたまま小さな声を出した。
「おれがいいと言うまで、そのまま目を閉じてるんだぞ」
統山はしおりを強く抱きしめて唇を重ねた。しおりの身体がかすかに震えている。
統山が何をしようとしているのかという不安が、しおりの神経を震わせているのだった。
「変なことしないでね…」
しおりは目を閉じたまま不安そうに言った。
「バカだな。おれがしおりに変なことするはずがないじゃないか」
統山は笑った。
「さあ、くるんだ。ゆっくり…」
統山は目を閉じたしおりの腰に手を回し、ゆっくりとしおりの手を引いて食卓テーブルのそばに連れて行った。
「よし。ここに立ってるんだ。まだ目を開けちゃだめだぞ」
統山は閉じているしおりの目をのぞきながら、その額に唇をつけて言った。うつむいたままのしおりの長いまつげが小さく震えている。
全裸のしおりは両手で胸を覆っている。統山はそのしおりを見つめた。
肩から胸。背中から腰の線。長く伸びた足。腹から下腹部につながるやわらかな線。
いつまででも見ていたいしおりの全身だった。
いつのまにか統山の分身も反応していた。
もう少し我慢しろ!
統山は、しおりを求める分身に心の中でそう命じた。
「ねえ、貴之さん。まだなの?…」
しおりは不安そうな声を出した。
「もう少しだ。もう少し…。いいと言うまで絶対に目を開けるなよ」
そう言った統山は、サイドボードの奥のガラス戸の中から手札サイズの額に入った両親の写真と位牌を取り出した。
位牌の高さは二十センチほどだが、地震などでサイドボードが倒れるようなことがあっても位牌だけは壊れないようにと、軽くて丈夫なチタンを削りだして造らせた特注の位牌だ。両親の戒名がひとつの位牌に並んで刻まれている。
以前は木の位牌だったが、このマンションを買う前に起きた十勝沖地震の時に仏壇が倒れ、位牌も仏壇の下敷きになって割れてしまった。そのあとに作ったものだ。
統山は写真と位牌をテーブルの上に置くと、包装してある白いレースのカーテンを静かに広げてその端を両手で持った。
「もう少しだ。今から、すごく豪華な服を着せてやる。まだ目を開けるなよ」
統山は寄り添ってそう言うと、しおりの額に唇を付けた。
「ええ…」
しおりは小さくうなずいた。
統山は、しおりの上からレースのカーテンをかぶせた。顔の半分を覆い、残りでしおりの身体を包んだ。余ったレースが床に垂れている。
二重にしてしおりにかけたが、それでも形のいい乳房や身体の線が透けて見える。
統山は、着物を着せるように襟元をととのえ、レースの要所要所を安全ピンで止めた。そしてしおりの後ろにまわり、レースにに包まれた肩を抱いた。
「しおり。目を開けてもいいぞ」
統山は笑顔で言った。
しおりはゆっくり目を開けた。自分を覆っているレースを困惑した表情で見つめ、次に振り向いて統山を見つめた。
「外に出るわけにはいかないから、以前に買ってあったレースのカーテンをウェディングドレスの代わりにした」
統山は得意そうに言ってしおりを見つめた。
「貴之さん…」
しおりはぼうぜんとしている。
「さあ、立会人はいないが、おれの両親の前で、しおりとおれの、ふたりだけの結婚式だ」
統山は笑顔で言うと、しおりの肩をしっかり抱いた。そしてしおりをテーブルに向かせた。テーブルには統山の両親の写真と位牌があった。
「おれは、仏前のやりかたは三々九度くらいしか知らない。だから教会方式でやる…」
統山は両親の写真と位牌に向き直った。
「親父、おふくろ。おれの妻になるしおりを紹介する…」
統山はそう言って両親の写真と位牌に合掌した。
しおりは位牌に手を合わせる統山の横顔を見つめた。そして自分も写真と位牌に向かった。
「お父さま、お母さま。しおりと申します。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします…」
そう言ってしおりも位牌に手を合わせた。写真の中の統山の両親は、こころもち微笑んだ表情にしおりには思えた。
「神父はいないから、おれが新郎と神父のふた役だ。おかしくても笑うな!」
統山はしおりの両肩に手をおき、自分を見上げるしおりの目を見つめた。
「ただいまから、統山貴之と生島しおりの結婚式をおこないます」
背筋を伸ばした統山が言った。
「それでは、新婦の生島しおりに訊ねます」
統山はしおりを見つめた。
「生島しおり。なんじは、統山貴之を生涯の夫として、健やかなる時も病むるときも、誠心誠意をもって尽くし、深く愛し続けることを誓いますか?…」
統山はしおりの目を見つめてそう言った。統山を見つめるしおりの唇が震えている。
「誓いますか?」
統山は静かに聞いた。
「はい…。誓います…」
しおりは震える声で言った。
「よし…」
統山は笑顔でうなずいた。
「つづいて、新郎の統山貴之に訊ねます」
神父になった統山が言った。
「統山貴之。なんじは、生島しおりを生涯の妻として、健やかなる時も病むるときも、誠心誠意をもって尽くし、深く愛し続けることを誓いますか…」
統山はしおりを見つめながら言った。
「はい。もちろん誓います!」
力強く言った統山の言葉に、しおりの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「統山貴之の両親の前において、ふたりは夫婦の契りを交わしたことを証明する」
統山は両親の写真と位牌に向かってそう言った。
「それでは、指輪…、はないので、夫婦となった証しのくちづけを交わしてください」
そう言った統山は、しおりの頭にかかっているレースをまくりあげ、しおりの肩に両手をおいてくちづけをした。しおりは震えながら目を閉じて統山のくちづけを受けた。
「これで、統山貴之と生島しおりは、神から祝福されて夫婦となりました。もしもこの結婚に異議のある方は一分以内に申し立ててください。一分以内に異議の申し立てがない場合、ふたりは夫婦となって初めての共同作業に移ります…」
そう言う統山を、しおりは涙がこぼれ落ちる目で見つめている。
「続いて、夫婦となった誓いの盃を交わします」
教会の結婚式で新郎と新婦が盃を交わす儀式があったかどうかは覚えていないが、誓いの盃を交わさないことにはどうにも格好がつかないような気がした。
統山はテーブルから酒が入っているグラスを持ち上げて半分ほど飲んだ。そのグラスをしおりに手渡した。しおりは目に涙をためて統山をじっと見つめたまま、渡されたグラスの酒を飲み干した。
「十月十日、午後八時。きみはおれの妻になった…。今から、統山しおりだ…」
統山はそう言うとしおりを抱き寄せた。
「貴之さん…」
しおりは胸がいっぱいになっていた。次々と涙があふれてくる。
統山はしおりの目を見つめながら唇を重ねて抱きしめた。しおりは統山の首に両手を巻きつけている。薄いレースを通してしおりの乳房の感触が伝わっていた。
「ここから先は新婚夫婦だけの初夜の儀式だ。いくら位牌とはいっても見せるわけにはいかない」
統山はそう言って両親の写真と位牌をサイドボードに戻すと、レースのカーテンで包まれたしおりを抱き上げ、居間を出て洋室に入った。
統山はしおりを覆っているレースをとり、自分も浴衣を脱いだ。
「しおり。愛してる…」
統山は抱きしめたしおりの首に唇を付けて言った。
「愛してるわ、貴之さん…」
しおりも統山にささやいた。
統山はしおりに唇を重ねた。ふたりの舌が絡み合っている。
統山は全身から力が抜けたしおりをベッドに抱き上げて身体を重ねた。
「ああ…」
統山が入ってきた感覚をしおりは敏感に感じとった。統山がしおりの中でゆっくりと、そして力強く動いている。統山が動くたびに形のよいしおりの乳房が小さく揺れている。その乳房と乳首を統山は手と唇で愛撫した。
「ああ…。貴之さん…」
しおりはうわごとのように統山を呼んだ。統山はそのしおりに上半身を重ね、高まる興奮を持続させながらしおりの中で動き続けた。
「あっ、ああ、あ…」
次々と押し寄せる快感に、しおりは統山にしがみついて声を出した。
統山も限界に来ていた。しおりは断続的に声を出している。統山の動きが早くなった。
「ああ、もう…」
しおりはうっすらと目を開けて統山を見つめた。
「キス…。キスして…」
しおりは統山の唇を求めている。統山は激しく動きながらしおりに唇を重ねた。そして唇を重ねたまま、しおりの中で何度も達した。
「しおり…」
統山はしおりの乳房に顔を埋めた。その統山をしおりは両手でしっかりと抱きしめた。
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