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白い夜
作:凪沙 峻



第11話 治安出動命令


十一 治安出動発令

「待たせてすまなかった」
山岡は、それまで座っていたソファーを自分で移動させ、少し固めの椅子を持ってきてそれに座った。
「このほうが、わしの腰にはいいようだ」
山岡は自分で持ってきた肘掛けのチェアーに座った。
「大山大臣」
山岡は、防衛大臣の大山に言った。
「は…」
大山は、書類から目を上げて山岡を見た。
「大辻の話を聞いただろう。一刻の猶予もできん。三日…。七十二時間以内に、青森市を中心とした陸奥と下北半島全域に、東北、中部、西部方面の、三十パーセントの自衛隊を完全装備で展開させてくれ。東北の部隊ならば、一日あれば配備できるはずだ」
山岡は鋭いまなざしで大山を見つめた。
「当面の司令部は、青森の第九旅団司令部におけ。足らぬ時には青森県庁も使え」
「総理」
官房長官の加賀が身を乗り出した。
「いたずらに吉野知事を刺激しては…。自衛隊の配備は時期尚早では…」
加賀は、山岡と副総裁の下房の顔を交互に見ながら言った。
「総理。わたしも自衛隊出動の時期はまだ早いかと…」
下房も加賀に同意した。
「加賀くん。下房くん。尚早どころか、すでに遅いくらいだ」
山岡は言った。
「吉野は、準備周到の上で独立を宣言したのだ。おそらく、知事に就任してから…。いや、そのずっと前から、吉野の頭には、北海道の独立という構想が生まれていたのだろう」
山岡は、椅子にもたれながら言った。
「たしかに…」
山岡は身を乗り出してテーブルの煙草をとった。
「北海道は…」
山岡は、卓上ライターで火をつけながら下房副総裁と加賀官房長官を見た。
「北海道は、日本の中で、独立をしようと思えばそれが出来る土地柄だ」
そう言って委員たちを見回した。
「なんといっても、農業や、特に漁業は日本の二十パーセント以上を占める。それに、最大の利は水が豊富だということだ。あの大地は、半年間雪に覆われるとはいえ、その雪が地下水となって夏には土地や人々を潤す。本州が取水制限で困っているときでも、北海道は使い放題だ。その豊富な水が作物を作り、近海で育つ膨大な海産資源が、自給率百九十パーセントの数字をたたき出し、普通の生活をしている限りは困らないだけものを生み出すのだ。そんな土地が、他に…。本州にあるかね?」
山岡は煙草の煙を吐いた。
「その北海道が、この日本国から独立するなどというのは、絶対に許せんことだ」
山岡は天井を見上げた。
「説得できるものならば、全身全霊を込めて説得する。しかし、それでもだめな場合のことも考えておかねばならん」
山岡は、会議室の全員を見渡した。
「同じ日本人に、きみたちは銃を向けられるか?。同胞に対して引き金を引けるか?」
山岡は鋭い目で全員を見た。
「そんなことが出来るはずはなかろう!」
山岡は強い口調で言った。
「しかし、その引き金も、引くときには、涙をのんで引かねばならんのだ」
山岡は全員を見渡した。
「わしが得た情報によれば、函館を中心として、松前半島と亀田半島全域に、北海道に駐屯する自衛隊の四個旅団のうち二個旅団がすでに配備を完了している。それがどれくらいの兵力か、諸君に理解できるか?」
吉野は鋭い目で全員に言った。
「陸海空の自衛隊合わせて約一万五千人。陸上自衛隊だけでも、三十キロ以上の最大射程距離をもつ自走榴弾砲百両。最新式の戦車百二十両、装甲車二百七十両。対戦車攻撃用ヘリ五機。対戦車誘導ミサイル五十門だ」
 山岡は強い口調で言った。閣僚たちは山岡の言葉にあ然とした表情だ。
「航空自衛隊はF・26、F・32、ナイキ、ホーク、パトリオットのミサイル。海上自衛隊は、[はるしお]型潜水艦四隻、護衛艦と掃海艦合わせて二十隻だ。その装備を持つ陸上自衛隊二個旅団と空、海の自衛隊を…。吉野はそれを配備したんだ!。この本州に…。いままで面倒を見てきた親に対してな!」
山岡は言った。
「全責任は、わしがとる!」
山岡は強く言って加賀と下房を見つめた。
「同じ日本人に対して、銃の引き金を引くのは…。いや、引けるのは、総理大臣のわししかおらんのだよ。涙をのんでな…」
山岡はそう言って、加賀から大山に視線を移した。
「大臣、手配をしてくれ。わしは国会で各党の全議員に説明する」
山岡は言った。
いままで、山岡は優柔不断の昼行灯〈ひるあんどん〉と言われてきた。が、今の山岡の目の輝きは、昼行灯どころか、重大な決心を固めた鷹の目のように光っている。一国の首相そのものの目だった。
「わかりました」
大山は立ち上がって山岡に頭を下げ、会議室を出て行った。
「国家の一大事だ。いろいろと諸君にも言いたいことはあろうが、時機を失しては、下手をすると北海道が違う国となってしまう。独立を承認したとするロシアや中国が、これを機とばかりに軍事協力を名目にして北海道に軍隊を送り込んでくるかもしれん。そうなっては、わしをはじめとする諸君は、日本の歴史上に大きな汚点を残してしまう。自国の領土をアカに奪われた恥ずべき閣僚として後世に名前を残すことになろう。日本国を今までの姿で残すためにも、諸君に全面的な協力をお願いする」
山岡はそう言って会議室を見渡した。
立ち上がった山岡は、窓から官邸の中庭を見渡した。枝にかろうじて残っている葉が北風に揺れている。すでに陽は暮れていた。


十二月十日午後七時。臨時の衆参両院合同会議が開かれた。壇上には内閣総理大臣の山岡宗助が立っていた。
「すでに、吉野北海道知事の放送をご覧になったと思いますが、国家の一大事。ゆゆしき事態になりつつあります!」
山岡は衆参本会議の大会議場で言った。衆議院と参議院あわせて七百人あまりの議員が詰めかけていた。会議場は議員たちのざわめきが飛び交っている。
「政府は独立を認めるのか!」
ざわめく中でひとりの議員が怒鳴った。
「中国とロシアが承認したというじゃないか!」
「吉野をこのまま放っておくのか!」
「独立などと、言語道断だ!」
「総辞職して、責任をとったらどうなんだ!」
「総理としての考えを、国民にはっきり示せ!」
「あんたは総理大臣じゃないか!。断固たる態度をとったらどうなんだ!」
ざわめく本会議場に、野党議員からの怒鳴り声が響いた。静粛を求める議長の声もかき消されるほどの声だった。
山岡は、演台の両端を両手でつかんだままその声を聞いていた。
「山岡総理大臣!」
議長が山岡を指名した。
「議長!」
山岡がマイクで言った。
「いまからは、いちいち指名する必要はない!」
山岡は大浜議長に言った。
「議長としての、あなたの権限を軽視しているのではない。事が事だ。すべての質問には、このわたしが答える」
山岡はそう言って会議場を見渡し、マイクに向かった。
「全議員のみなさんに申し上げる!」
山岡は演台のマイクに叫んだ。
「ことは急を要する!」
ざわめく中に山岡の声が響いた。
「いまさら、なぜこうなったかを議論している場合ではない!。日本国政府として、これからどうするのかを決定しなければならんのです!」
山岡の大声が響いた。
「こうなったのは、現内閣の煮え切らない態度からじゃないか!」
野党第一党の社共党代表の川島健作が壇上の山岡を指差して怒鳴った。その声にまた議員たちがざわめいた。
山岡は、ざわめきと野次の中心で自分をにらんでいる川島を見つめていた。
「みなさん、お静かに願いたい!」
山岡がマイクに言った。
「川島くんの言うとおり、このような事態を招いたのは、確かに現内閣のせいであることは認める。しかし、先ほども言ったとおり、もはや、こうなった過程の責任を問うても、時期はもう遅い。現に吉野隆雄は北海道の独立を世界に向けて宣言したのだ。中国とロシアは、すでに承認する声明を出した。しかし、このまま放っておいては日本国としての威信にかかわる!」
山岡はそう言って会議場を見渡した。
「誰が。どこの国がなんと言おうと、北海道は日本国の一部である!。それは、ここにいる皆さんに言われんでも百も承知している!」
山岡の鋭い声が会議場に響いた。
「各党の諸君にお願いする!」
山岡は会場を見渡した。
「この問題は、税金がどうの。予算がどうのと。こんな言い方は良くないが、そんな次元の低い議論ではない。日本国から北海道が無くなるかどうかの問題なのだ!」
「だから、その責任は誰がどうとるのかと聞いているんだ!。現内閣の不祥事以外の何ものでもない!。一番の責任は、総理、あんたにある!。この始末をいったいどうつけるつもりだ!」
社共党の川島健作が指をさして怒鳴った。
「そうだ。責任をとれ!」
会議場の議員たちがいっせいに叫んだ。
 それを待っていたかのように、あちこちからざわめきと怒号が飛び交い始めた。静粛に!、と叫ぶ議長の声もかき消されるほどの怒号の渦だった。
 山岡は壇上でその怒鳴り声をじっと聞いていた。
「総理。何とか言ったらどうなんだ!」
壇上に詰め寄った川島が叫んだ。
「そうだ。答弁しろ!」
公民党の平川慶介が叫んで会議場は少し静かになった。議員たちが壇上の山岡に注目している。
「………」
山岡はマイクの前に進み出た。
「平川くん。そして川島くん。各党の諸君もよく聞いてほしい…」
山岡は演台のマイクを右手でつかんだ。
「この局面を打開するには、現内閣だけでは力不足だとわたしは思う。そこで、日本国民から選出された国会議員の、各党のみなさんにお願いだか、自由公民党だけではなく、社会共和党、連立公民党、社会連合党、平和党の代表の力をお貸し願いたい。各党の代表と協議の上で、今後どうすれば一番よいのか、その結論を出し、政府としてその方向に向かおうと思う」
山岡は会議場を見渡した。
「………」
川島は壇の下から山岡をにらんでいる。
「それに賛同を得られず、さらに、現内閣の責任のみをあくまでもこの場で徹底追及すると言うのであれば、諸君の希望どおり、わたし以下、現内閣の全閣僚は、たったいま、この場で責任をとって総辞職をする!」
山岡はそう言って会議場を見渡した。
 会議場が騒然となった。怒号が飛び交っている。
「………」
怒号の中で山岡と川島がにらみあっていた。
「きたないぞ!。逃げるのか!」
誰かが怒鳴った。
「それで責任が果たせるのか!」
激しく飛び交う怒号の中で、社共党の川島健作が相変わらず無言で壇上の山岡をにらんでいる。
「責任をとれと、総辞職しろと迫ったのは、ほかならぬきみ達ではないか!」
山岡も大声で言った。
「さあ。次の総理大臣はだれだ!。いますぐに壇上に上がってきてもらいたい!。この国家の一大事に、国民を引っ張り、ともに血と汗を流し、ともに心中する覚悟のある者は、すぐにここへ来てもらいたい。わたしは新総理に全面的に協力して、その総理と心中する覚悟がある!。川島くん、きみはどうだ!。平川くん、きみが新総理か!」
山岡はそう言って、自分をにらんでいる社共党の川島と公民党の平川を見つめた。
 会議場の中は絶えることなく議員が怒鳴りあっている。あちこちで掴み合いが始まりそうな雰囲気だった。
演台の下で山岡をにらんでいた社共党の川島健作が、ゆっくりと歩いて山岡がいる演台の横に立った。
「………」
壇に上がった川島は、山岡をするどくにらんだままだ。
山岡はその川島と視線を合わせたまま演台の後ろに数歩さがった。川島は山岡から視線を外すと怒鳴り声が渦巻く演台に立った。
「静まれ!」
騒然としている本会議場に川島の大声が響き渡った。
「わたしは、山岡総理と現内閣の責任を追及する!。今後もその姿勢になんら変わりはない!。だがしかし!」
川島は会議場を見渡した。
「我々は、国民から選出されて、日本国のために働けと、あと押しをされて議員バッチを着けている国会議員だ!。日本国の一部たる北海道が、国民の意思に反して独立などと、ふざけたことを世界中に宣言したいま、山岡総理ではないが、誰が悪いとか、辞職しろとか怒鳴りあっている場合ではない。この局面をどう打開するかが至上だと、たった今わたしも悟った!」
川島の大声に会議場が静まった。
「わたしは、国民から選ばれた国会議員の一人として、また、日本国民の一人として、わたしに出来ることがあるならば、今は山岡総理と現内閣に全面協力をすることにした!。現内閣の責任を徹底的に追及するのは、そのあとだ!」
川島は、横に立っている山岡を見ながら言った。
「いまこの時点で、山岡総理よりも政治的手腕が上で、この局面を打開する自信がある人物がいるのであれば、年齢や経験に関係なく、この場で名乗りを上げてもらいたい!。山岡総理の言うとおり、その人物に、わたしは、社共党の議員と共に命を預ける!」
川島はそう言って会議場を見渡した。会議場は水を打ったように静まっている。
「日本国にとって、最大の試練と汚点を事前にぬぐうことに協力しようと決心した議員諸君は、この場で挙手をしてもらいたい!」
しんとした会議場に川島の声が響いた。
「言っておくが、諸君たちにもいろいろな思惑はあろう。わたしにもある。だが、いちど協力すると決めたからには、この日本国のために各党の方針やメンツは捨ててもらう。それができない者は、この会議場から即刻退場してもらいたい!」
川島は会議場を見わたした。
「さあ、のんびりしている時間はない。山岡総理に…。現内閣に全面協力すると決めた議員諸君は挙手をしてくれ!」
川島の声に、会場の大多数の議員が挙手をした。挙手を拒んだのは社会連合党の議員たちだけだった。
「社会連合の諸君の賛同は得られなかったようだ。まことに残念だが、この場から退場を願おう…」
川島は静かに言った。
「こんな大事なことを、山岡総理以下が独断で協議し、それを正当化しようなどとは、断固として反対する。まず内容を示してもらいたい!」
社会連合党の石倉代表が大声で川島に言った。
「独断ではない!。極めて大事なことだからこそ、各党の賛同と全面協力を求めているのだ。いやしくも、日本国の総理大臣たる立場にある人間が、日本国の不利益になるようなことを判断するはずがないと、わたしは信じる!」
川島が言った。
「この本会議場のやりとりは、全国にテレビ中継されている。閣僚や国会議員がひとつになって、日本国最大の危機に立ち向かおうとしているときに、それに加わらないきみたちは、もはや国会議員としての資格はない。日本国民としての誇りを捨てた人間に用はない。さっさと退場してもらいたい!」
川島が大声で言った。社会連合党の石倉正治は両手を握り締めて壇上の川島をにらんでいる。
 しばらく川島と睨みあっていた石倉は、きびすをかえして本会議場の出口へ向かった。その後から社会連合の議員たちが石倉を追うようにして次々と出口に向かった。
「石倉くん。待ってくれ!」
それまで演台の横にいた山岡総理がマイクで叫んだ。
出口のところまで歩いていた石倉が振り向いた。
「思いとどまってもらいたい。この問題を解決するには、社会連合の…。石倉くんの協力がどうしても必要なんだ!」
山岡は演台から降りると、石倉のいる会議場の出口に歩を進めた。そして石倉の前に立った。
「たのむ、このとおりだ。きみは吉野知事とは旧知の間柄と聞く。きみにしか頼めないこともあろう。日本国のために。北海道と、その六百万人の道民を窮地に追い込まないためにも、なんとか思いとどまってくれ。協力してくれ!」
山岡はそう言って石倉に頭を下げた。
石倉はその山岡を無言で見つめている。ほかの社会連合の議員や各党の議員もその様子を見つめていた。
「日本国のためという言葉と、北海道民を窮地に追い込まぬためという言葉に、嘘はないんですね?」
石倉は頭を下げている山岡に聞いた。
「場合によっては自衛隊を差し向ける。銃を向けることにも発展しようが、結果は、それも日本国のためだ。北海道民のためなのだ。わしは北海道を外国にだけはしたくない」
山岡はそう言って石倉を見た。
「…………」
石倉は、自分が代表をつとめる社会連合党の議員たちを無言で見回した。
「日本のため。北海道民のために…。総理、我が党も全面的に協力しましょう!」
石倉が強く言った。
「石倉くん。感謝する」
感極まって震える声でそう言った山岡は、石倉の両手をしっかりと握った。
「社会連合の協力も得られたところで、総理。一刻も早く今後の対策会議を開きたいのだが…」
壇上の川島が、少し笑いを含んで言った。
「きてくれ」
川島の声に、山岡は石倉をうながして壇上へ向かった。
「各党の代表も、壇上までご足労願いたい」
山岡の言葉に、連立公民党の上田弘、平和党の高橋英夫のふたりが壇上に上がった。
「各党の全面的な協力を得られたことに、わたしは心から感謝を申し上げる」
演台に立った山岡は、会場に深く頭を下げた。
「各党の代表と今後の対策を協議する前に、みなさんに、包み隠さずお伝えしておくことがある」
山岡はそう言って会議場を見渡した。
「万が一のことなどは、わたしは考えてはいないし、また考えたくもないが…」
山岡が言葉を切って議員たちを見渡した。
「津軽海峡から南。つまり、本州に万が一のことがあってはならないと、わたしは、青森を中心とする津軽半島と下北半島全域に、東北、中部、西部の各自衛隊方面隊から、それぞれ三十パーセントにあたる部隊を、七十二時間以内に配備することに決定し、先刻、防衛大臣にそれを命じました」
マイクを通して山岡の声が響いた。その発表に会場がざわめいた。
「みなさん!」
山岡はざわめきを抑えるようにマイクに言った。
「よく聞いていただきたい!」
山岡はざわめきがおさまった会議場の議員たちをゆっくりと見渡した。
「わたしは、北海道民も含めて、皆さんと同じ日本国民です。その日本国民のわたしが、いかに国家防衛の最高責任者たる総理大臣といえども、同じ民族に対して銃を向けることなどは。ましてや、その引き金を引くことなどは断じてできないことです!」
山岡は大声で言った。
「しかしながら、北海道には陸上自衛隊の四個旅団、隊員は約三万人。航空と海上自衛隊を合わせると、三万五千人を越える隊員がおります。現在判明しているだけでも、航空自衛隊のパトリオットミサイル五十基。ナイキ及びホークミサイル百発。F・26戦闘機二十機。F・32戦闘機十六機。対戦車攻撃ヘリコプター十機。CH・57輸送ヘリコプター二機。海上自衛隊は、航空燃料や軽油、ガソリンなどを満載した大型輸送船四隻。イージス艦一隻。哨戒ヘリコプター搭載の護衛艦十隻。掃海艦十五隻。掃海艇二十隻。潜水艦四隻。陸上自衛隊の九〇式と七四式戦車、合わせて三百三十両…」
説明する山岡の言葉に、会議場の議員たちはしんとして聞き入っている。
「ほかに…」
山岡は、いちど言葉を切った。
「おそらくは、ロシアから買い付けたと思われる、ホワイト・バットと呼ばれる最新鋭戦闘機ミグ・41が、二十機」
山岡はそう言って議員たちを見渡した。会場から大きなざわめきが湧いている。
「皆さんも容易に想像できようが、そのミグは、今月の一日に稚内を爆撃した戦闘機だと思われる」
会場のざわめきは続いている。
「北海道の独立を宣言した吉野知事は、いま言ったとおりの装備を持っている」
山岡の言葉に、壇上の各党の代表も信じられないという表情で顔を見合わせていた。
「そしてすでに、吉野知事は、函館を中心とする松前半島と亀田半島全域に、北海道に駐屯する自衛隊の半数にあたる二個旅団・一万五千人と、津軽海峡には海上自衛隊の潜水艦四隻。それに該当する装備の配備を完了しております」
その言葉に、また会場が大きくざわめいた。
「吉野知事にしてもバカではない。本州に向けて大砲やミサイルを発射したりはしないだろうが、もしものことを考えて、わたしは自衛隊を配備した。そのことを、どうか理解していただきたい」
山岡は言った。
「いまから、各党の代表と今後の対策を協議します。その協議は、北海道を…。吉野知事を敵とみなしての協議ではない。いかにして吉野知事を説得するか。北海道をロシアや中国の属国にしてしまわぬよう、北海道民をいかにして救うかの協議です」
山岡はそう言って議員たちを見渡した。
「協議の結果、当然のことながら皆さんのお力をお借りすることにもなるでしょう。皆さんにはご自分の所在を常にはっきりしていていただきたい。いつ携帯電話の呼び出しで、ふたたびこの会議場に集まっていただくか、それはわかりません。しかしながら、呼び出しがあった場合は、万難を排して直ちにここへ駆けつけてくださるよう、山岡宗助、心からお願いする」
山岡は会議場の議員に頭を下げた。
「では、この時間をもって、両院合同会議を、一時休会とします」
山岡はそう言うと、各党の代表たちを従えて会議場をあとにした。



十二月九日午前一時
統山貴之と生島しおりは、雪が積もった旭川市東光町の大蔵マンションの近くにいた。311号が統山の部屋だ。3LDKの分譲マンションで半年前に買ったばかりだ。
「いくぞ」
マンションの正面にある建物の影で、統山がしおりに言った。
十二月七日に美深町で高杉という男と別れてから、統山としおりは途中で車を数時間ごとに盗み換えながらきょうの夕方に旭川に入ったのだ。近くを車で何度か行き来しながらマンションの様子を伺っていた。そして夜になるのを待ち、町のはずれに盗んだ車を捨てて徒歩でここまで来たのだった。
マンションの近くをふたりで歩きながら注意深く周りを見ていたが、統山たちを見張っている人間の気配も感じられず、街並も特に変わったことはないようだった。
「ええ…」
しおりは統山の左腕にしっかりと自分の腕を巻きつけてうなずいた。ふたりは白いスキーウェアーと、同じ色の帽子をかぶっている。
ふたりは建物の影から出た。人通りはない。もともと街の中心部から離れている場所だから、夜の七時を過ぎるとあまり人通りはないが、逃避行をする統山としおりにとっては、ひっそりとした建物のたたずまいがかえって不気味に感じられる。
夕方に車で何度かこの近くを通ったときは、数人の子供たちや、その子供たちと一緒の母親の姿も見かけた。同じマンションに住んでいる見覚えのある親子だった。駐車場に止めてある車もそれぞれに見覚えがあった。
この街は、何事もなく時間が過ぎているのかもしれない。
街路灯の下を歩く統山はそう思った。そうだとすれば、やっと安息の場所にたどり着いたことになる。そして、それは生島しおりとの別れも意味している。
十二月一日に稚内に入ってから不可思議なことばかりに遭遇し、しおりとともに稚内を出てから八日が過ぎている。その八日間が、まるで一ヶ月も過ぎたかのように統山には感じられた。
統山としおりは顔を伏せるようにしてマンションの入口に入った。警備員の姿は見えない。午後十一時で仮眠に入っているはずだ。
 統山は電子ロックの部屋番号と五桁の暗証番号を押した。青ランプが付いてロックが解除され、自動ドアが開いたのを確認してため息をついた。
統山はエレベーターのボタンを押した。やがて二階で止まっていたエレベーターが降りてきて扉が開いた。ふたりは素早く乗り込んで三階のボタンを押した。すぐにエレベーターは動き、三階で止まった。扉から出た統山はウエストバックから拳銃を出した。高杉から受け取ったものだ。
統山はドアの横にあるセキュリティーシステムに人差し指をあてた。住んでいる人の指紋を登録することによって開錠するようになっている。
 ピッという音がして、鉄製のドアのロックは何事もないように解除され、OPENの文字が表示された。このままドアの開閉操作をしなければ、十秒後にふたたび自動ロックされる。
統山は拳銃を構えて暗い部屋の中に身体を滑り込ませた。しおりも統山に続いた。
 ドアの内側には、留守のあいだに配達された大量の新聞やダイレクトメールが散乱していた。
部屋の中はしんとしている。久しぶりに自分の家に漂う匂いをかいだ。
統山としおりは息を殺して身動きせず、姿勢を低くしたまま十分ほど中の様子をうかがった。
統山は拳銃を構えたまましおりの手を引いて静かに暗い廊下を進んだ。
 トイレ、バスルーム、和室、ふたつの洋室と、気配を探りながら慎重に調べて居間に入った。どこにも人の気配はなかった。居間の窓から雪明りに増幅された街の明かりが差し込んでいる。
統山は、和室にある耐火金庫のダイヤルを合わせ、扉を開けて中を確認した。中に入れてあった現金やマンションの権利書類などは、休暇をとって洞爺湖温泉に行くときに出たままだ。
統山はクローゼットから数枚の毛布を出し、しおりとふたりで居間や各部屋の窓を塞ぎ、隙間は粘着テープで補修した。これで電灯をつけても光が外に漏れることはない。
統山は居間の小さな豆電球だけをつけた。
暗闇に目が慣れていたせいか、小さく光る電球がやけに明るく感じる。
居間の中は、置いてある物やテーブルに出しっぱなしのグラスや雑誌など、ここを出たときと変わっていなかった。
 統山は備え付けの非常用の懐中電灯を持ち、居間や各部屋の押入れやクローゼットなどの隅々まで入念に調べた。
「誰も入った形跡はないようだ…」
統山はそう言いながら着ていたスキーウェアーを脱いだ。室温センサーで自動的に暖房が入るようになっているから、室内の温度は真冬でも常時二十八度前後に保たれていて、スキーウェアーを着ていると汗ばむほどだ。
しおりもスキーウェアーを脱いだ。統山はしおりを抱きしめた。そしてしおりの唇に自分の唇を重ねた。しおりは統山の背に両手をまわしてそれに応じた。
統山と唇を重ねながら、しおりの心に大きな安堵感がわいてきた。
ツアーで稚内に行ってから次々と恐ろしい目にあってきたが、統山にすがり、助けられながら、とうとう自分が住む旭川に戻ってきた。
 統山がいなければ、自分はきっと稚内から出ることもできず、粘りつくような目で自分を見張っていた男に殺されていた。いや、その前に高杉という男が言っていた統山の同僚の沢田理香のように、レイプに次ぐレイプで精神が異常になってしまったかもしれない。そして最後には殺されただろう。
高杉は、稚内は魔窟となっていると言った。稚内ばかりではなく北海道全体がそうなっているかもしれないと。ならばこの旭川とて例外ではないはずだ。
統山はしおりの衣服を脱がしながら肩や首を唇で愛撫した。
「貴之さん…」
しおりは統山に抱きついた。
統山も全裸になった。
「しおり…」
統山がしおりを見つめている。その目に少しの寂しさが浮かんでいるようにしおりは感じた。
統山はまたしおりに唇を重ねた。
何かの運命によって押し流され、しおりと魔窟となった稚内から脱出してきた。
 もしもこの旭川が魔窟となっていないのならば、自分としおりの逃避行もこの旭川が終着点となる。稚内から脱出するまで一緒に行くという約束だった。
 しおりにしても、この地に自分が務めている会社や住んでいるアパートもあると聞く。統山という人間がそれほど好きでなければ、しおりは自分の道を歩くことを決心するだろう。
 統山は、夜が明けたらおそらくはここから出てゆくであろうしおりを抱きしめた。
考えてみれば、男という動物は精神的に弱いものだ。去りゆこうとする相手の女が魅力的ならばなおのこと、男の心に未練がわきあがり、魅力的な女であればあるほど男はその魅力に取り付かれ、おぼれる。
 女は違う。女はどんな男にでも自分を合わせられる順応性を持っている。その気になればどんな世界でも生きてゆけるし、一時的にでも体力や腕力を持つ男にすがれる術を心得ている。だが、男にはその器用さはない。
「どうかしたの?…」
身動きせず、ただじっと自分を抱きしめている統山にしおりが聞いた。
「どうもしない…」
統山はそう言った。
統山は全裸のしおりを抱き上げて居間の隣にある洋室に入った。
 ベッドにしおりをねかせて唇を重ね、胸と乳首に唇を付けた。しおりが小さく声を出した。乳房を交互に愛撫しながらも、統山の右手はしおりのやわらかい腹や腰をなでている。
統山はしおりをうつぶせにした。形のよい背中と尻の線が薄暗い部屋に白く浮かんでいる。統山の手と唇がしおりの背中と尻を愛撫した。
きょうで最後かもしれない。
統山はしおりの細いうなじに唇を這わせながらそう思った。
 夜が明けたら、何事もなかったようにしおりはこのマンションを出てゆく。そして二度と統山の前に現れることはないような気がした。
稚内からここへ来るまで、何度しおりを抱いたかわからない。
『わたし、独身だけど、いままで男の人と寝たことがないとは言わないわ。三十を過ぎたんですもの…』
稚内のホテルでしおりはそう言った。そしてしおりは統山の前で裸になった。
自分はしおりにとってどんな存在だったのか。ただ助けて欲しいだけで、その代償として抱かれたのか。
 稚内からこのマンションに来るまで、少なくとも十回以上はしおりを抱いただろう。
 稚内のホテル。廃校の中。モーテル。盗んだ車の中。どんな場所でも、しおりは統山を拒むことはなかった。そのしおりの心の中で、自分の存在は…。しかし、それを確かめる度胸は統山にはなかった。
 出て行くとしおりが言えば、それは止められない。将来の約束をしたわけではないし、しおりにはこの旭川に恋人がいるかもしれないのだ。
このしおりを…。しおりのしなやかで滑るようになめらかなこの肌を、自分の知らない男の手が撫でまわし、しおりの表情を見ながらしおりの中に…。
統山が夢中になったこの身体を、毎晩のように統山の知らない男が抱くのかと思うと、統山の心に激しい嫉妬心が湧きあがってきた。
 その嫉妬心は、単にしおり個人にだけではなく、女という生き物にも向けられたものだった。統山の嫉妬心はいつしか女に対する憎しみに変わっていた。
 しおりの中に入った統山の指が乱暴なほどに激しく動いた。
「あ、あっ…」
しおりが顔をのけぞらせ、シーツを握り締めながら声を出した。統山はそれにかまわず指を激しく動かした。そしてしおりを仰向けにして身体を重ねると、自身を深々と挿入した。
「あ…、ああ…」
統山の動きにしおりは声を出し続けた。
統山は激しく動きながらしおりの乳房にしがみついた。まるで憎らしい物に噛み付くような荒々しさでしおりの乳房に歯を立てながら、脳の奥でしおりの中に入っている自身の興奮を高めていった。


注)この小説はフィクションであり、登場人物や組織などは実際に存在するものではありません。






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