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小説としての構成上、多少の暴力場面や性描写を含みますが、内容的には、あくまでも「人間としての奥底の姿」を主眼としております。ご承知ください。
白い夜
作:凪沙 峻



第1話  アタック(攻撃)−1


第一章 暗 躍


一 アタック(攻撃)

「ウラジオ方面から国籍不明機、多数飛来!」
十二月一日午前十一時四十四分、稚内の航空自衛隊第四十七警戒群・第三八七基地防空隊の第二レーダー班長が叫んだ。
「機数約二十。現在地、北緯四十四度五十四分、東経百三十九度十八分、飛行速度約五百ノット(時速約九百キロメートル)で東北東に飛行中。三分で稚内上空にかかります!」
第二レーダー班長の高村1等空曹は食い入るように壁一面のレーダーを見つめている。白い線で表示された北海道の地図に、ロシアのウラジオストク方向から飛来する二十機ほどの航空機が白い点で表されていた。その白い点が徐々に稚内方向に向かってくるのが確認できる。
「まもなく領空圏内にはいります!」
「千歳と三沢はどうした。スクランブルはしたのか!」
基地防空隊副隊長の中畑1等空尉が怒鳴った。
「二空群(千歳)から五機が発進しました!。現在、留萌市上空!」
「A・アタック・ポイントはどこだ!」
中畑は噛み付きそうな表情で言った。
「A・Pは、北緯四十五度七分、東経一四五度二十五分。手塩と利尻の中間。利尻水道上空付近と思われます!。二分後です!」
コンピューターの画面を見つめながら、女性隊員の藤倉2等空曹が叫んだ。
「進路を変える様子はないのか!」
「ありません!。直進してきます!」
「機種を確認しろ!。隊長に知らせるんだ!」
中畑1尉は、レーダーをにらんだまま誰にともなく怒鳴った。
藤倉2曹は機種判別をスキャンするコンピューター画面を見つめながら防空隊長の官舎に電話をかけている。
 防空隊のレーダー室は地下五十メートルの位置にある。地上にあるのは円形のドーム型アンテナと隊員が寝起きする居住隊舎だけで、そのほかの重要な施設はすべて地下だ。
 隊長を迎えに行く隊員は地上へのエレベーターのボタンを押した。まもなくエレベーターの扉が開き、隊員が乗り込んだ。
ロシアの戦闘機が日本の領空を侵犯するのはよくあることだ。シベリア特急やウラジオ特急と呼ばれ、多い年では三百回以上ある。しかし、今回のように二十機もの大編隊が北海道めがけて飛んでくるのは初めてのことだ。
「ミグ・41、ホワイト・バットです!」
 藤倉2曹は受話器を持ったまま叫んだ。
「クソ…」
ミグ・41と聞いた中畑が誰にともなく毒づいた。
ミグ・41はロシアが二〇〇九年に装備したばかりの最新鋭戦闘機だ。
 最高速度マッハ2・5。二十ミリバルカン砲二門。赤外線誘導スワッターミサイル八発。アメリカのF・39(エア・コンドル)や、航空自衛隊に配備されているF・32(ブラック・イーグル)と同等の性能を持っている。共産圏の最新鋭戦闘機だ。そのミグ・41の大編隊が、北海道に向かっている。
「まもなくA・Pです!」
藤倉2曹がレーダーを見ながら叫んだ。
「藤倉、迎撃機の交信を流せ。録音しろ!」
高村1曹が叫んだ。
「流します!」
女性隊員の藤倉2曹が、室内のスピーカーのスイッチを入れた。
『!…。…は日本領空を侵犯している!。直ちに領空圏内から出ろ!』
スピーカーから英語の声が流れてきた。千歳から緊急発進したF・32戦闘機だ。レーダーに映っているミグ・41とF・32の影が重なるように近い。
『不明機を視認した!。全機、攻撃用意!。セフティーロック解除!』
F・32の交信が次々と入ってくる。
『二空群司令部へ。こちら編隊長の長沢2佐。不明機は応答せず。まもなく利尻水道上空。威嚇射撃に移行する!』
スクランブル機の隊長、長沢2等空佐の無線が入ってきた。
『待て!。発砲はするな!。国籍を確認して報告しろ!。司令の堤だ!。繰り返す、発砲はするな!』
レーダーのミグ・41とF・32の機影が重なる直前、二空群司令の怒鳴り声が入った。ミグの編隊は利尻水道を越えようとしている。
『国籍は不明!。機体は真っ黒に塗られている。国籍は確認できず!』
長沢が叫んでいる。
『ミグがミサイル発射の態勢に入ったもよう。攻撃の許可を!』
『ならん!。発砲してはならん!』
スピーカーから二空群司令の堤空将と編隊長の長沢の大声が流れてくる。
「ミグがミサイルを発射しました!。十発です!。目標は、稚内空港か、この基地だと思われます!」
高村1曹の声に、中畑1尉以下の勤務員が不安そうな表情で天井を見上げた。
このレーダー室は地下五十メートルのところにある。めったなことでは崩壊はしないはずだが、ミサイルの直撃弾を受けたらどうなるかは誰も知らなかった。
 六十年になる自衛隊の歴史の中で、強固に作られた防空の壕に地対空ミサイルを打ち込んで実験をしたことはないし、ほかの国からの攻撃ということは、まず考えられることではなかった。
勤務員たちは不安そうに天井を見つめている。
ズンという音と同時に地下のレーダ室が大きく揺れた。
 ゴーッという音がしてエレベーターが落下し、地階に激突した。その勢いでエレベーターのドアが外れて室内に飛んできた。飛んできた鋼鉄製のドアはレーダースクリーンを直撃し、ぶ厚いアクリル板を突き破ってコンクリートの壁に激突した。
 天井が崩れ、バラバラとコンクリートの破片が落ちてくる。
またズンという音がして、崩れた天井を斜めに突き破ってきたミサイルがレーダー室の壁に突き刺さった。真っ黒に塗られたミサイルだ。
「不発弾だ!」
床に伏せていた中畑1尉が叫んだ。そのとたん、地下のレーダー室に閃光がひらめいた。 遅延発火式ミサイルが起こした爆発は一気に地上まで吹き抜け、ドーム型のレーダーアンテナが大きく傾いて倒れた。
『国籍不明機が防空隊基地と稚内空港をミサイルで攻撃している!。このままでは全滅する!。攻撃許可を!』
壊滅した地下のレーダー室のスピーカーだけが生きていた。そのスピーカーからF・32の長沢が叫び声が流れている。
『待て!。国籍を確認しろ!。国籍が不明ないじょう発砲はするな!。国際問題になるぞ!。繰り返す。発砲はするな!』
スピーカーの堤は叫んだ。相手機の国籍が不明ないじょう発砲はできない。司令の堤が責任をとるだけでは済まなくなるから発砲の許可を出せないでいるのだ。
ウラジオストク方面から飛来した二十機のミグ・41は、千歳の航空自衛隊第二航空群から緊急発進した五機のF・32の目の前で、第三八七基地防空隊とその東に位置する稚内空港をいきなり空爆し、オホーツク海を大きく迂回して北の方へと消え去った。
撃ち込まれたミサイルは合計で三十発。稚内空港に駐機していた北日本航空と北海道近距離航空の旅客機四機がミサイルの直撃を受けて炎上大破、管制塔と空港ターミナルも大破し、空港職員二十八人と一般乗客八十三人が死亡。
 第四十七警戒群の第三八七基地防空隊も、十発におよぶミサイルの直撃で壊滅。自衛隊員三十九名が死亡した。

士別市に駐屯する陸上自衛隊第八混成団・第二普通科群の隊員四百五十名に非常呼集がかけられた。
 隊員たちは八九式自動小銃と実弾を携帯し、完全装備で十二月一日午後六時に士別駐屯地を稚内市に向けて出発、国道四十号線を北上した。一応は稚内で起こった直下型地震を救済する災害派遣と治安維持という名目だ。
士別市を出発して一時間後。
隊員たちを乗せた第二普通科群の大型トラック二十五台が天塩川沿いの佐久という村落にさしかかったとき、かん高い金属音とともに国籍不明のジェット戦闘機がトラックの一団に襲いかかった。
ブブーーーッという低いバルカン砲の音が天塩山地に響きわたり、国道を一列に並んで進んでいた大型トラックを穴だらけにした。バルカン砲によって動きを止められたトラックの列に、後方から飛来した戦闘機から二発のミサイルが撃ち込まれた。
バルカン砲とミサイルの攻撃を受けた二十五台の大型トラックは爆発炎上し、満員の自衛隊員を乗せた数十台のトラックが天塩川に転落した。


十二月二日午前九時、稚内市中央三丁目
稚内市役所は蜂の巣を突ついたような騒ぎになっていた。
 前日の国籍不明機によって攻撃されて死亡した人間は百五十人。市民はもとより、遺族やその親類が葬儀や補償のために、市役所があくと同時に押し寄せたのだった。遺体の腐敗を防ぐドライアイスや棺桶も間に合わない状態だ。市民が殺気立つのは当然だった。
 市長の前田俊之は先頭に立って遺族と対応していた。
「政府と交渉させろ!」
「どこの飛行機がやったんだ!」
「市長、はっきりしろ!。補償はどうなっている!」
「葬儀や火葬はどうするんだ!」
市民の怒号が市役所に響きわたった。
「皆さん、とにかく落ち着いてください!。いま道庁を通じて政府と交渉中です。回答はまだですが、必ずや皆さんのお心に沿うことを約束いたします。わたしも稚内の市民なんです。いましばらくお待ちください!」
前田はハンドスピーカーで叫んだ。
八十三人が焼死した三年前の大火の後始末がやっと終わったばかりだった。その余韻が冷めないときに、今度はどこかの国のジェット戦闘機が飛んできて、空港と自衛隊の基地にミサイルを撃ち込まれ、百五十人あまりの市民と自衛隊員が死んだのだ。
航空自衛隊の戦闘機が間違って実弾のミサイルを発射したとか、ロシアの南下政策がいよいよ始まったとか、食糧不足にあえいだ北鮮民国が、地下核実験をしただけではあきたらず、国連制裁をさらに強固にした政策を発表した日本への腹いせに攻撃したとか、さまざまな憶測が飛び交っている。
午前十一時、稚内全域に向けて前田市長の名前での緊急放送が流れた。
正午から、北海道ケーブルテレビ(HCTV)の稚内放送局に限定して、内閣総理大臣の山岡宗助と北海道知事の吉野隆雄が、犠牲になった稚内市民や自衛隊に対する哀悼と補償に関して共同のテレビ会見をする。全市民は万難を排してこの会見を見るようにというものだった。


十二月二日、午前十一時五十分
統山貴之はランドクルーザーで日本海側の国道一〇三号線を北上していた。雪の反射で目を傷めないようにサングラスをかけている。原子力発電所がある幌延町の市街地を過ぎたばかりだ。道路は十二月の海風にさらされてブラック・アイスバーン状態だ。道路の両側には除雪された雪が一メートルほど積まれている。
車には、ビデオカメラ、三脚、脚立、寝袋、毛布、テレビモニター、ビデオデッキなどを積んでいる。すべて自分の金で買ったものばかりだ。職業がら、いつどこからでも取材に出かけられる準備をしている。
統山は北洋テレビ放送旭川支社報道部のベテランカメラマンだ。
 今年四十五歳になるがいまだに独身だ。身長は百七十八センチで髪はやや伸ばしぎみにしている。
 ジャンバーの上からは想像できないが、空手ダコと竹刀ダコによる無骨な両手からそれ相応に鍛えた身体とわかる。
統山は三日間の有給休暇で、洞爺湖で温泉を満喫していた最中だったが、十二月一日に起きた稚内市での空爆事件を至急取材しろとの支社長の電話で、急遽現地入りする途中だった。通常勤務のレポーターとカメラマンはすでに稚内入りしているはずだ。
自局の報道はテレビで何度も見ている。カメラマンの秋山幸助と、北洋テレビでは結構人気がある女性アナウンサーの沢田理香が現地のレポートを送り続けている。
 北洋テレビのキー局は東京の関東文化放送だ。
世間では航空自衛隊の誤爆か、あるいは他国による空爆か、意見は色々と別れ、軍事評論家や文化人たちがテレビやラジオで持論を唱えている。いずれにせよ大事件には違いない。もしも航空自衛隊による訓練中の誤爆とすれば国会で大問題となろう。
航空自衛隊が、射撃訓練で仮想標的がわりに民間の大きな施設や、郊外の施設を使うことはよくあることだ。
二〇〇一年六月二十五日、札幌市の隣にある北広島市の老人医療リハビリ施設に、射撃練習中だった千歳の航空自衛隊のF・4E戦闘機が機関砲の演習弾を撃ち込んで大騒ぎになったのは記憶に新しい。
 幸い人には当たらなかったものの、標的を間違えたとか、機関砲の発射装置が故障していたなど、自衛隊は色々と苦しい言い訳をしているが、実際は演習場に隣接する北広島市の民間施設を仮設の標的にしていたことは間違いないのだ。
コンピューターによって制御されている機関砲やミサイルの発射最新の装置が、いくら隣接しているとはいえ、演習場に設置されている標的と、何キロも離れている民間の施設を間違えるはずはない。ましてや手動に切り替えることもできるはずだ。
 もしも本当に誤射だとすれば、航空自衛隊のパイロットは、高額な税金を使って養成した割には、射撃統制装置も満足に使えないマヌケの集団ということになる。
 ただ、ひとつだけ考えられることがある。
 それは、自衛隊が装備しているジェット戦闘機やヘリコプターは、そのほとんどは本体をアメリカから輸入しているということだ。
 いま使われている主力戦闘機のF・32や対戦車ヘリコプターは、もちろん即実戦を想定しての装備を備えているが、戦闘機や対戦車ヘリの、アメリカ国内仕様の最新武器は取り外して日本に輸出する。
 アメリカは、自分の国が持つと同等の最新鋭の武器を日本には持たせたくないというのが本音だ。しかし、日本に輸出するとき、なぜか電気配線だけはそのまま残されている。 配線が残っていても、それを接続する武器が無ければ使い物にはならないから配線はそのまま放っておく。アメリカという国のいいかげんさだ。
 もしも訓練中に落雷や静電気が原因で、死んでいるはずのその配線になんらかの電気信号が飛び込んだとすれば、パイロットの意思ではない発射装置が誤作動して機関砲が発射されたということもありえないことではない。
 しかし演習場の標的と民間施設を間違えた言い訳にはならない。
もっとも防衛省としては、気が狂ったパイロットという印象を与えたほうが良いには違いない。精神不安定ということにすれば、そのパイロットの首を切ることで一件落着だ。
 戦闘機の機体に原因があると発表したら、アメリカに非があったと言っていることになる。自国で最新鋭の戦闘機やミサイルを開発する能力がない以上、武器大国のアメリカと小競り合いをするよりも、パイロットの責任にしたほうが収まりはつくのだ。
事実、ほとぼりが冷め始めた二年後からは、何事も無かったように、また通常の射撃訓練を再開している。
「誤射か…」
ハンドルを握りながら、統山はふと笑った。
国道の左側に原子力発電所がある幌延町音類という標識が見えた。稚内市まであと五十キロほどだ。
 左手に雪で覆われた利尻島と礼文島の島影が見える。
前方に三人の人影が見えた。姿から見ると自衛隊らしい。三人ともサングラスをかけている。
 自衛隊員の一人が道路に出て止まれと合図している。腰に拳銃と特殊警棒を下げていた。統山は自衛隊員の手前で車を止めた。
「どちらへ行かれますか?」
運転席側の窓を開けた統山に、黒く日焼けした自衛隊員が聞いた。戦闘迷彩服の襟には2等陸尉の階級章をつけている。左胸に26普・吉村と刺繍された名前がついていた。
 第二十六普通科群団は、旭川に司令部をおく第二旅団管轄で留萌市に駐屯する。
「北洋テレビの統山といいます。稚内の現地に入ります」
統山はサングラスを外して、北洋テレビの記者証を見せた。
「そうですか…」
吉村と名前をつけた自衛隊員は、統山の顔と記者証の写真を何度も見比べた。そして助手席にある業務用のビデオカメラを興味深そうに見ている。
「市内は大混乱ですよ。我々は町に入る一般の方たちを規制しています。報道の人たちも大勢押しかけていて戦争のような騒ぎです。市民も殺気立っていますから、身の安全は保障できません。引き返したほうか…」
自衛隊員はそう言って顔をしかめた。
「仕事ですから仕方がないんです」
統山は笑って吉村に言った。
吉村2尉は、仲間の自衛隊員となにやら話し合っていたが、やがて「どうぞ、通っていいですよ」と手で合図をした。
 統山は右手を上げて「どうも」と礼をいい、車を前進させた。
 ルームミラーに統山の車を見送る三人の自衛隊員の姿が映っていた。



注)この小説はフィクションであり、登場人物や組織などは実際に存在するものではありません。











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