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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第一話「思いがけない助力」

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9/対話

「そりゃ、覚えているわよ」

 アスミは体育館裏に立てかけてあったパイプ椅子を二つ持ってきて、対面になるように、でも真正面で向かい合う位置にはならないように少しだけズラして並べた。体育館の屋根の影で涼みながら、ひまわりを鑑賞するかのような趣である。

「あなた、あんまり見た感じ変わってないし」

 変わってないか。ちなみにジョーの外見の話をすると、蒼黒(あおぐろ)い髪、ということを時々言われる。海藻(かいそう)のように栄養がありそう、とか。

 背丈は年齢の平均身長くらいで、格好は制服。紺のズボンにワイシャツだ。アスミがクォーターと言ったのは、父親が日本人で、母親がハーフだから。そう説明するとよく納得される。鼻が少し高いあたりに、異国の雰囲気を感じたりするらしい。

「そっちは何か、出世した感じだな」

 アスミは昼休みを対話の時間にあてる気があるようだ。ジョーも彼女が出してきたパイプ椅子に腰かける。

「出世? どゆこと?」

 そういえば、こんなキュンと脳に抜けるような、管楽器、特にフルートを響かせたような声だったと思い出す。

「中間テスト。上位十名の中に名前あったのが、リンクドゥで回ってきた」
「ええっ。そういうのって(さら)されてるのね。ちょっと怖いかも」

 そう言いつつも、深刻に悩む様子はない。一通り、一般人の妬み嫉みに関しては経験を積んできたかのような。歴戦。そんな言葉が頭を過る。一方で何故だろう。目が死んでいる。記憶にある光り輝く快活なアスミに比べて、生気が薄い。

「凄いのは宮澤君の方でしょう。中学の時、柔道で新聞に載ってた」

 意外な言葉に、ジョーはパンを少し喉に詰まらせた。しばし咳き込み、胸を叩く。

「お茶、飲む?」

 アスミが困ってる者を憐れむような目で、水筒の蓋に抹茶を注いで渡してくれる。口はこっち側をつけてね、と間接キスを拒否しながら。

 しばし、喉を潤す。あ、なんかお茶が凄く美味しい。

「サンキュ」

 水筒の蓋を返しながら、改めてアスミが中学時代のジョーについて知っていたことを反芻(はんすう)する。確かに、地方紙に小さく取り上げられたことがある。

「マイナーな記事だったろ。良く知ってたな」
「お父さんが教えてくれたの」
「親父さんか、懐かしいな。おふくろさんの方は元気か?」
「ん、今はちょっと」

 ジョーは顔を曇らせた。

「あ、ううん。地震は大丈夫だったんだけど。まだ生きてるわ。ただ今は少し遠くに行ってるの」

 懐かしい人と会うと、震災の話になっちゃうのも何か嫌ね、とアスミは続けた。二年としばらく。ジョーも大事な人を亡くした人に会ったり。知り合いの範囲で亡くなった人がいるという話を聞いたり、何回も経験していた。

「柔道、今は?」

 (うつむ)いたジョーに、別な話題を、という風にアスミがふってくる。

「ん、やめちまった」
「なんでまた? 全国大会に出たんでしょ?」
「一回戦負けだったけどな」

 腑に落ちない、というようにアスミは目を細める。

「なんていうかさ」

 こんな話を、ちゃんと自分は考え抜いているんだ、というように理路整然と語るのも虚しかった。だが、ジョーの中でその事柄に対する態度が変わるわけでもない。

「将来それで食べていけるくらい、強くなれる人間は、一握りってことさ。俺は、柔道ではそこに入れないって分かったんだ」

 顔を上げる。あんまり面白い話でもないだろう。

「だからさ、凄いのはアスミだよ。食べていくためには、頭が良い方がいいんだ」

 ジョーなりに考えがまとまっていたことを披露する気持ち良さはあった。ただ、楽しい時間を提供できていないであろう点が申し訳ない。

「アスミ、ふーん、アスミね。まあいいけど。じゃあ、ジョー君」

 大仰なことを言う、という素振りでもなく、それはそれで受け入れているのだ、ということを話すような素振りだ。ジョーの名を呼んだアスミは、告白する。

「私は、欠陥(けっかん)商品(しょうひん)なのよ」

 陽が、アスファルトに二人の影を写している。体育館からは、昼休みを球技に興じる生徒たちの歓声。隣接するプールからは塩素剤の匂いが、少しここまで届いてくる。

「一方方向に流れていくベルトコンベアーに消耗品が並んで乗っている。やがて、良い場所に辿り着くルートに乗るモノと、苦しい場所に辿り着くルートに乗るモノとに別れていく。比率はそう、前者が一パーセントで、後者が九十九パーセントくらい?」

 アスミは水筒の蓋に抹茶を注ぎ、口をつける。

「政治経済の授業の雑談で先生が話していたわね。これからは誰にでもできる仕事はロボットが代行しちゃうから、仕事がなくなるって。一握りの創造的な仕事をする人と、大勢の誰にでもできる仕事をして消耗していく人に別れていくんだって」

 そういえば、そんなことを言っていた。そして、消耗的な仕事の方すら限られていて、椅子取りゲームが始まっているのだ、と。

「私はね。このままこの流れに乗っていてはいけない、という自意識だけが芽生えている消耗品なの。ベルトコンベアーから降りて自分の足で歩けるほどの実力は、残念ながらないのよ」
「学年十位以内でもか?」
「学年十位以内、でもよ。悪いけど、この高校のレベル、卑下するほどでもないけど、誇れるほどのものって、言える?」

 フと、ジョーたちを上から見下ろしているような外国人講師の顔がよぎった。確かに、学力において市の平均よりは上だが、上位の進学校には届かない。そんな学校だ。

「考える葦、だと何か哲学的でカッコいいけど。考える欠陥商品って、何か、希望がない感じよね」

 そう言うとアスミは立ち上がった。目の位置の関係で、太腿(ふともも)を注視してしまう。スカートから柔らかそうな肢体が伸びている。

「じゃ、私、次の教室行くわね」
「ああ」

 並んで歩いて行くのも、アスミが嫌がるだろうかと思い、ジョーはそのまま留まった。横目で、立ち去っていくアスミの後ろ姿を見やる。

 実を言うと、この時ジョーはアスミにかけてやりたい言葉があった。きっと昔なら、何の躊躇(ためら)いもなく口にできた言葉だ。それが今口にできなかったのは、おそらくジョーかアスミか両方か。昔とは変わってしまったからなのだろうか。

 こちらを向いているひまわりが、一人で錆びついたパイプ椅子に座っているジョーを憐れんでいるようだった。
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