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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第三話「拠り所の守り人」

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47/かつお出汁のうどん

「お昼、うどんにわかめとネギを入れたやつで、いい?」

 アスミがそう尋ねてきたので、いいわよ、と志麻は返した。

 志麻は現在、空瀬神社に併設されているアスミの自宅に居候中である。前回の戦闘で大天寺山(だいてんじやま)の拠点が敵に知られたので、近日中の襲撃を警戒してである。

 ショートパンツにTシャツという簡素な姿の上からエプロンをつけて、台所でネギを刻み始めるアスミを背後に、テーブルの上の小型のラップトップパソコンで、志麻は情報を整理中。ワンピース姿にパソコンを使う時だけ装着する眼鏡をかけた姿は、知的な印象を与える。もっとも、学校の勉強に関しては志麻は平均的な生徒で、アスミには遠く及ばなかった。学校も私立のミッション系の女子高であったが、正直な所、アスミとジョーが通う高校以上に学力社会を勝ち抜いて社会に通用する人材を育成する類の意識は薄く、地域の私大に進学した後は何やかやで家庭に入る者が多い。そんな学校だった。

「お父様は?」
「ん。今日は車出してちょっと遠くを回ってからお店行くみたいよ」

 アスミの父親は、現在、空瀬神社の宮司(ぐうじ)の仕事はしていない。全国的に宮司に従事する人間が少なくなってきている昨今、一人の宮司が地域の小さい神社は複数兼任しているケースが多くなってきている。時代の流れの中、空瀬神社も今では地域一体の神社を兼任で担当している宮司に任せている。

 アスミの父親は本質能力(エッセンテティア)を持っていない。そして宮司でもない。いわば一般人である。ではアスミの父親が一般人なりに現在何を生業にしているかというと、震災以降は特に、再開発地域に友人がオープンした沿岸部の幸を提供する居酒屋の経営の手伝いである。復興関連事業として、被災した地域が取戻しつつある「食」を後押しする。それが、アスミの父親が至った現在の自分に出来ることらしい。各地の復興市(ふっこういち)に関わりながら流通を後押しし、夜は自身も居酒屋につめる。広義の営業にも関わり、被災地域の「食」をパッケージ化して、通信販売する事業などにも取り組み始めている。

 醤油とかつおぶしの香りが台所から漂ってきたので、志麻もラップトップパソコンの電源を落とし、箸を並べ、コップに水を注ぎ、昼食の準備を始める。

 テーブルの隅に置いてあった、先ほどまでアスミが読んでいた文庫本を棚の上に移動させる。そう、学校の夏季講習が再開のめどが立っていないということで、アスミは本を読んでいる。アスミが読んでいる本は、アスミの母親が残していった蔵書である。単に家にあるからという理由なのか、アスミなりに母親との繋がりを求めているのか。棚の上に積み上げられた、この国でも著名な文学作家の著作の文庫版を横目に、アスミの心中を想像する。

 志麻は、アスミに対して秘匿(ひとく)を持っていることを申し訳なく思う。

 アスミは、父親から母親の行方を、「欧州に行っている」とだけ聞いている。それ以上を問いただしても、アスミの父親はアスミに何も答えない。

 志麻には、もう少しだけアスミが求めているであろうアスミの母親の情報を、本当は教えてあげることができる。何故なら、アスミの母親、稀代の存在変動者、「人形師」空瀬アリカは、三年前、欧州に旅立つ前に、志麻に会いに来ていたから。

 でも、そのことをアスミに伝える日が来るのかどうかは、まだ分からない。最後には、アスミの幸福を考えて、志麻自身が決めなきゃいけない時が来るとは、思っている。

 アスミがお盆に二つのうどんの椀を乗せて運んできた。テーブルに並べて、二人で手を合わせる。

「いただきます」

 ハフハフと熱さをさましながら、対面に正座して座ってる二人は黙々と麺をすする。

 とある真夏の昼食時。味覚に広がるかつおだしのうま味に、志麻は小さな充足を感じるのだった。
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