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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第十二話「この世界ともう一度」

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256/愛のリ・エンゲージメント

 魔女――空瀬アリカと邂逅(かいこう)した空間は、「S市」大白山(おおしろやま)神社の地下空間に似ていた。

「ブレッド城の地下です」

 鳴り合う百色の微光が浮遊する光景も、場に満ちるオントロジカの「聖性」も、大白山神社の地下で経験したものに似ている。おそらくは、空瀬アリカという稀代の存在変動者が作る「工房」が、日本であれ、スロヴェニアであれ、こういうものなのだ。

 中心にはやはり祭壇があり、大白山神社の地下聖壇では「理想的な人間像」が座っていた位置に、「ソレ」は存在していた。

 彼女は白色の下地に細かい刺繍が入った赤い上衣を重ね着したスロヴェニアの民族衣装を纏い、背筋をまっすぐに伸ばし、正座している。漆黒の髪を左右で二つに束ねて下し、凛然と虚空を見つめている。

 どこまでも精緻(せいち)である一方で、万物を許容する大らかさを持ち合わせている。言葉で世界を分割してゆく「女性」と、あらゆる分断を大天に還す「女神」とが同時に存在しているような、両義の少女像。

 空瀬アスミという構築物の歴史の、最新――。

「アスミの十三体目の義体です」

 空瀬アリカは語り始めた。

「十二年分。十二体までしか存在し得ないはずだったアスミの義体。着実に『終わり』に向かって時間が進む中、私はスヴャトさんの手紙の存在を知りました。中には、聖女・中谷理華さんの『本当の本質能力(エッセンテティア)』を使用した、アスミの十三体目の義体の可能性について記されていました。元からこの世界の道理に反した存在である二〇〇一年八月以降のアスミを、さらに存続させる。それがより深い禁忌へと踏み出すことになるのだとしても、私は進まずにはいられなかった。アスミとの『関係性』を対価に『交換』し、アスミと縁あるもう一つの土地――ここスロヴェニアのオントロジカを借り受け始めたのです。一歩一歩、一つ一つ、この街と生きながら幾年が過ぎたでしょうか。この場所が分け与えてくれた善なるゆらめき。国も、民族も、人種も超えた『境界の』オントロジカの集積こそが、このアスミの十三体目の義体です。

 ジョー君、志麻ちゃん、ここまで来てくれてありがとう。それでもなお、私はこの十三体目の義体をあなた達に渡す前に、問わずにはいられない。アスミの義体を作りながら、ずっと考えていた、私の素朴な疑問なのです。つまり」


――(アスミ)は、本当に存続して良いのでしょうか?


「アスミの本質能力(エッセンテティア)――あの子が『八百万(やおよろず)のロックンロール』と呼んでいたもの――アスミ本人も『自然の力を借りる』という程度に認識していましたが、その正体は異なります。

 アスミの本当の本質能力名は『転回(ケーレ)』。これは――世界の主観の領域と客観の領域を転倒させる能力――です。

 世界の革新が可能なほどの強力な能力なのです。私の疑問は――。

 何故、そんな世界の命運を握るような能力が、他ならぬアスミに宿ったのかが分からない、ということです。普通の生を重ねる本当の人間ではなく、アスミのような仮初(かりそめ)を生きる存在に宿ったのかが分からない、ということです。世界の革新の鍵を握る者が生者でないのだとしたら、それは、これまでの人類の『生』の歴史を否定してしまうことになりはしないか?

 そう、私は『生』の歴史に疑問を呈することを恐れています。祖父母から親へ、親から子へ、子から孫へと『伝えて』ゆくという人間の営みに、あの子は当てはまらない存在です。『生』の歴史では、親の方が子より先に死ぬのが道理です。しかし、私は十三体目の義体を作ってしまった。十四体目も作れるかもしれない。でも、いつまで? その先は?

 私が死ねば、あの子も存続できない。親よりも子が『先』に進むという『生』の流れに反してしまうことに、私は戸惑い続けています。ジョー君、志麻ちゃん、そんな(アスミ)でも『世界』に存続して、良いのでしょうか?」
「当たり前です」

 間を置かず、かろやかに、それでいて毅然(きぜん)として応えたのは、志麻だった。

「アスミが存続(つづい)て良いのかなんて。私が続いてほしいと願っている。理由なんて、ソレで十分です。もう一つの疑問に関する答えも、ちょうど私が用意してきたものでした。『生』の歴史、だなんて。カタチが少し変わっても、たぶん、大事なことは変わりません。このことを伝えるために、私はスロヴェニアまで来ました」

 志麻は一度大きく息を吐くと、魂の核から言葉を世界に投げ放つように。

「十四体目以降のアスミの義体は、私が作ります」

 彼女はそうした未来を選ぶのだと、宣言した。それは、この後の世界で自分だけを優先しないということを言っていた。決意の重さが、伝わってくる。

 ジョーは驚いていた。

 短い時間とはいえ、旅の道中を隣で過ごしながら、志麻がそんな想いを秘めてスロヴェニアに渡って来ていたことを、知らなかったから。

 一方で、納得してもいた。

「それが、志麻からの誕生日プレゼントか」

 そういえば「アスミが今一番欲しいものを準備してるつもり」と言っていた。道理だ。十四体目以降の義体は、アスミの未来だ。楽しくて穏やかな未来、これ以上に欲しいものがあるだろうか。

「私の本質能力(エッセンテティア)機構的な(リ・エンゲー)再契約(ジメント)』が、アリカ小母さまの能力と同系統だと気づき始めた時から、心がざわついていました。大巨神と戦った時にエッフェル塔さんにこの胸に生まれ始めた気持ちを告げてから、少しずつ自分の本質能力の意味について考えてきました。結果、分かったことがあります。私は、この能力を破壊のためではなく、人助けのために使いたいのだと。こんな気持ちが自分の中にもあったなんて、驚きです。でも、私の能力は人を殺す武器も作れれば、人を助ける道具も作れる能力。ゆくゆくは、何らかの理由で何かが欠けてしまった人達のために、義手や義足を作ったりしたいんです。だから、私の大事なアスミが最初の一人。至らぬ者ですが、ご指導頂けたら幸いです。たとえ十四体目に間に合わなくても、アリカ小母様が生きている間に必ず成し遂げます。私、長生きします。アリカ小母さまよりも、全然! だから!」

 その時、魔女――空瀬アリカが纏っていた霊性が数瞬ブレーカーが落ちたように消失し、純朴な人間として、アリカは志麻と向き合っていた。素朴な真実の前に、(もう)(ひら)かれたといった素振りで。

「驚きました。私の迷いを晴らしてくれたのが、あのちょっと頼りなかった志麻ちゃん、あなただったなんて。あなたに慰藉(いしゃ)されることになるなんて。そう。そうなのでした。明日美はもはや私だけの明日美じゃないのでした。私だけじゃない、何処かで誰かが、あの子のことを想ってくれている。きっと親である私が死んでしまった後も、です。有難いことです。だったら……」

 空瀬アリカの瞳に、決意の炎がゆらめき始めた。

「この空瀬アスミの十三体目の義体、今こそあなた達に託しましょう。私の最高傑作ではないでしょう。ゆらめいているような、(おぼ)げな存在でもあるでしょう。でも彼女(・・)は、(わたし)に、二人の父に、二つの土地に、友だちに、希まれて存在に至った。断言します。地球上から奪いつくした真実大王の強大なオントロジカが相手だとしても、ことアスミを守るという一点において、この義体は、このオントロジカは、負けません」

 アスミの十三体目の義体が、千変万化(せんぺんばんか)する色と光を放った。その温かなオントロジカの奔流の中で、ジョーは。

 加速する空。全てが(アトム)に分解されて、より強く、より速く、より大きくと狂騒する激流の中、昔ながらの「繋がり」なんて劣勢な今日この頃で。国も、会社も、地域も、いずれはバラバラになって消え去る命運にある世界なのだとしても。そんな世界に最後まで抵抗している二つの「繋がり」のカタチ。一つは、「友だち」。ジョーは、志麻に心からありがとうと言いたい気持ちだった。でも、この世界でアスミという人間が生きていくのにそれだけではまだ足りない。もう一つの今や一笑にフされそうな昔気質の枯淡(こたん)紐帯(ちゅうたい)が、アスミを守り続ける。そんな想念が、ジョーの内側で穏やかに、(あつ)く育ってきていたから。想いは言葉のカタチを纏い、今、解き放たれる時だった。

「本人にまだ何も聞いてないから、まだ仮も仮なんですが、でも俺が本当に思ってることがあります」

 ジョーのこの申し出は、空瀬アリカとしても、予想だにしていなかった、いきなり斜め上からの告解のような感じで。

 でも、ジョーとしてはそう。勾灯台公園から地下鉄で帰ってくる時に、眠るアスミの横顔が気になった時から、いつか言う日がくると薄々感じていた。

「アリカ小母さん、アスミと結婚させてください」

 それだけは、ジョーが生まれた時から持っていた確かなものだ。時熟は忘却され、刹那的な消費マシンと化した有象無象が荒れ狂うこの世界に、綺麗事を繋ぎ留め続ける二つ目のカタチだ。


――「家族」。


 アスミというユメを守るために、アスミと家族になりたい。ジョーはそう思ったのだ。
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