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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第十二話「この世界ともう一度」

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252/257

252/王への希求

 上部から巨大な「腕」に貫かれると、車は回転し、間を置かず爆発・炎上した。

 間一髪、志麻を抱えて車内から離脱していたジョーは、破壊をおこなった襲来者――炎を背にした異形(いぎょう)仰望(ぎょうぼう)する。

 スーツ姿の男だが、右腕だけが奇怪な巨腕に変化(へんげ)していて、衣服を荒々しく突き破っている。

 奇異に巨大化した右腕に目を向けなければ、男は長身の美丈夫(びじょうぶ)だ。軽く乱した金色の髪がアクセントになって、目鼻が整った中にも野生を感じさせる。

 落ち着きを取り繕おうとしても、強い立場の人間が弱い立場の人間に影響を与えたくてしかたがないような。強い願望が感じられてしまう双眸(そうぼう)が、闇の中でギラついている。

 ジョーはその顔に、見覚えがあった。

「インヘルベリア先生!」
「この男が? どうして、スロヴェニアに?」

 志麻も直接その場にこそいなかったものの、ジョーとアスミが学校に講師として紛れ込んでいたこの男と交戦した件については連絡を受けていた。

傲岸(ごうがん)なる、弱者の国の宮澤ジョーよ。貴様、この私が敗者として苦渋を舐め、頭を垂れているはずだなどと思っていたのだろう。この、世界で三番目に優れた人間である私に対して!」

 インヘルベリア先生は胸に溜まった濁った情念を吐き捨てるように声を荒げた。こちらと対話しようという姿勢は伺えない。ただ、己が内面を一方的にジョーに叩きつけている。そんな様子である。

「二番目に優れた蝶女王エルヘンカディアは既に敗北し、心折れ、地に額を擦りつけて無様に生き延びているだけといった(てい)だ。そして一番目、世界の頂点の男――」

 少し、意外な言葉が続いた。

「我が父、真実大王ヴァルケニオンも今や偏角の土地で動きが封じられている……」

(父親?)

 ヴァルケニオンが若い肉体を保っているのは、スヴャトが推測していた通り、何らかのオントロジカの作用と考えられる。祖父と同じ時代を生きたヴァルケニオンの息子にしては、インヘルベリア先生は若い見た目をしている。彼も何らかの力で外面を若く保っているのだろうか。

「世界に繁殖したヴァルケニオンの遺伝子の中でも、私がもっとも優秀だったのだ。そんな私が。今! 父さえも超えてこの地球の頂点に立つのだ。さあ! 父をも封じる不思議な力。空瀬アスミの『存在』を我が手中に収める時がきた!」

 アスミが真実大王の時間凍結に使用した「氷のカッシーラー」のことを指しているのか。それとも、アスミの成立に関わる二〇〇一年の出来事。『橋』の縁と『塔』の縁――「夢守(ゆめもり)永遠(とわ)」の存在についても何かを掴んでいるのか。ジョーが数瞬思索を巡らせた時である。

「Crossing Cross!(――交差する十字架!)」

 「r」を流麗に巻き舌で発音する英語が場に響いた。

 声の方角を見やれば、片膝立ちでユーレさんが右掌をインヘルベリア先生に向けて掲げていた。

 良かった。爆散した車からは脱出してくれていたらしい。と、同時にユーレさんを中心にヴァイオレットの存在変動律が伝播していて、ユーレさんの右手には何か「(チェーン)」状の「能力」が出現しているのを確認する。

 結論から言えば、この異国の存在変動者――ユーレさんは、たまたま出会ったジョーと志麻のために戦ってくれた。

 まるでこの地では本質能力(エッセンテティア)が使えないジョーと志麻の代わりにとでもいうように、二人を守ろうとしてくれた。

 何故、彼がインヘルベリア先生の方を敵と判断したのかは分からない。この異国の地で生きてきたなりの歴史を背負って、彼の直感が邪悪に関して何かを察知したのかもしれない。

 しかし。

 一旦は、巨大化したインヘルベリア先生の巨腕を捕縛したユーレさんの「鎖」であったのだが。

 敵の巨腕には剛力が宿っていた。腕に巻き付いた鎖ごと腕を振り回すと、引っ張られるように逆に「鎖」を発動させていたユーレさんの体が浮かされてしまう。インヘルベリア先生は「鎖」が絡まった腕を力まかせにふり廻し、そして振り切った。「鎖」はユーレさんの手元で千切れ、ユーレさんはそのまま吹き飛ばされてしまう。

「私をみくびった世界に鉄槌を! 私を軽んじた誤謬(ごびゅう)の歴史に復讐を! さあ、ここからが、大侵略の始まりだ!」

 巨腕がさらに巨大化して、絡まっていた「鎖」が爆ぜた。

 続いて、インヘルベリア先生の口が裂け、(まぶた)が煌々と見開かれ、眼球がせり出た。

 先行して巨大化していた右腕に続いて、本体も大きく膨れ上がる。纏っていたスーツをつき破りながら、既に大きさは元の三倍で、まだ大きくなっている。

(前よりも、大きくなっている!)

 隆起する胸と腕の筋肉は弱者を淘汰せんと、今にも前進を開始しそうな躍動感にあふれ。両手の指の鋭い爪は、自分を認めなかった世界を切り裂かんと研ぎすまされている。そして顔。あの日、日本は「S市」の学舎で見たのと同じもの。人間であることを棄却せんとするような過酷なる動物性――牛の相貌(そうぼう)になっていた。

 異形の大怪人が月下に吼える。

「真実牛人王・インヘルベリア!」

 波動――強い無色の存在変動律が場を駆け抜ける。その衝撃に飛ばされないように、ジョーは志麻を庇って一歩前に出た。

(今度は本質能力(エッセンテティア)は使えない!)

 異国。中欧はスロヴェニアの山道にて。

 インヘルベリア先生。否、インヘルベリア牛人との再びの闘いの幕が切って落とされた。
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