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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第十一話「君の名前は」(後編)

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248/三度(みたび)不思議な世界~非幸福者同盟

  ///

 祖父・宮澤新和/スヴャトポルクの歴史を追想する旅を終えると、宮澤ジョーは不可思議な空間に佇んでいた。

 「楼閣」の迷宮を抜けて。一人の男の物語を辿って。最後に三度(みたび)、この悲しいばかりの静寂の世界に辿り着いた。

(また、ここか。いや、ここだったのか)

 この場所には様々な構築物が混淆(こんこう)と調和の中で存在している。この場所では時間が止まっている。この灰色の世界について、今ではもう全てを知っている。

 伝説で語り継がれる紀元前の空中庭園が。悠久を連想するほどに栄え、それでもやがて滅びた帝国の大聖堂が。今世紀の始まりの頃、テロリズムで倒壊した資本主義の象徴だった高いビルディングが。あるいは陸奥の仲間とも言えそうな今では忘却された軍船たち。またはエッフェル塔の仲間と言えそうな世界に名を馳せた搭の数々。そして今なら目を背けないで気がつける。それ自体が沢山の人間の殺戮を目的に作られた、いわゆる「兵器」なども所々に見られる。

 それらを一言で形容するならば、やはり「構築物」だ。この場所には、あらゆる「構築物」が、過去や現在の時間・東西の空間を問わず、多様なまま、整然と、そして混沌と、立ち並んでいる。

「右手に橋を。左手に塔を。胸には(ほこら)。私を作っていたのは、なぁに?」

 背後から優艶(ゆうえん)な声がしたので振り向くと、そこにはまたあの少女が佇んでいた。

 紫の髪を佳麗(かれい)に伸ばして、サラファンと呼ばれるロシアの民族衣装を纏い、閑雅(かんが)なまなざしでジョーを見つめている。この少女が何者なのかも、今ではもう知っている。

 一度目の再会の時、この場所は晴れていて。二度目の繰り返された再会の時は、雨が降っていた。そして、この数多の輪廻(りんね)の果てに辿り着いた、三度目の彼女との邂逅(かいこう)は、雪景色の中だった。彼女は傘もささないで。降り続ける雪アカリにその身をさらしていた。

 しんしんと。

 しんしんと。

 冷たく。柔らかく。雪がジョーと彼女を包んでいる。

 彼女はこの幽寂(ゆうじゃく)の地で、自分を――宮澤ジョーを待ち続けていた。

「全て、思い出したよ」
「ジョー。どこかで私はあなたに思い出してほしくて。どこかで忘れたままでいてほしかった」
「こんなんばかりでゴメン。また、力を貸してほしいと思っている。俺はやっぱり、アスミを守りたいと思っているんだ」

 サラファンの少女は、両の手首から掌までを無防備にジョーに向かってさらけ出して、切断するも縫合するも、全てはジョーに委ねられているといった(てい)で語り始めた。少女は少女で、伝えるべきことがあって、この場所でジョーを待ち続けていた。

「あなたが辿ってきた物語の終わり。スヴャトが『(ヴァニッシュ・)(ザ・ワールド)』の『奇跡』を発動させた後も、いかなる理由によるものなのか、アンナだけはスヴャトのことを忘れませんでした。彼女だけが世界の『代役』としてスヴャトという存在の記憶を保持し続けていました。だから、彼女と『たましい』を共にする私も、スヴャトのことを覚えていられた。今、全てを思い出したあなたに、スヴャトが残した『選択』について、伝えなくてはなりません」

 神託を告げるように。聖性に満ちた彼女が、言葉を紡いでいく。

「全てを思い出したあなたが私を完全に開放すれば、アスミさんの『たましい』を十三体目の『義体』に『再臨』させることは可能です。もともとが、『構築物(コンストラク)(テッド・)歴史図書館(ヒストリア)』の能力ですから。その意味で、アスミさんは助けられる。

 ですが、問題は私を開放するということは、同時に扉の鍵を外すことも意味してしまうということです。

 今、見えている『構築物(コンストラク)(テッド・)歴史図書館(ヒストリア)』はドーム状の世界ですが、その正体は『境界域』に位置する球体の世界です。上半分には、歴史上の様々な歴史建造物が保存されています。これらは、今では忘却されたものも存在しますが、前提として『進展』の意志の末にその時代、その時代構築され、名を成して成立した、『勝った側』の存在です。

 では、下半分に存在するのは? 地下に存在するのは? ああ、このことをできればあなたに伝えたくなかった。

 たとえば、私という存在からして、原形は第二次世界大戦時のドイツに遡ります。沢山の人間を殺すために、沢山の人間を殺して私の大本は成立した。そして、戦争が終結した後にドイツから沢山の研究者が旧ソビエト連邦に連行され、やがて私に辿り着くのです。中には、故国には帰れなかった者もいます。分かりますか? 歴史建造物が成立しているということは、その存在が成立するために、数多の『犠牲』が存在していることと同義なのです。

 この球体の世界の下半分には……」


――そんな数多の『犠牲』が埋められているのです。


「傷つき切って世界に怨恨を残した、何処へも行けない『たましい』たちが……」

 少女の背後から、黒い影が伸び始めた。その性質は、ジョーの左手首に浮かび上がっていた昇竜のアザの黒色と同質のものである。

 影はやがて、栄華を誇った数多の塔を超える高さまで伸びゆくと、強い想念を宿した『目』でジョーと少女を見下ろした。

 その存在を形容するなら――大いなる暗黒とでも言えようか。

 少女は視線を落として、「下半分」から彼女を経由して「上半分」まではみ出してきたその暗黒の名称を伝えた。


「彼/彼女の名前は、――『この世全ての犠牲(ネクロス)』」


 現実世界の四号公園で時間凍結されている真実大王ヴァルケニオンよりも、何倍も、何十倍も、何百倍も強大な闇の影がジョーの前に立ちふさがっていた。

 この先のお前の選択など、何の力も持ちはしないとでもいうように、魔的なまなざしでこちらを見降ろしている。

 ジョーは、キっと顔をあげた。

「ラスボス、やっぱり、いやがったか」

 言葉にしながらも、同時に深い所で納得してもいた。

(ずっと近くにいるように……感じてもいた)

「『進展(わたし)』を開放してアスミさんを助けるというあなたの行為を、『この世全ての犠牲(ネクロス)』は絶対に許さない。歴史の中で淘汰され、忘却された彼・彼女たちは、どうして、一人だけ、アスミさんだけが助かるのだ!? と、いきり立ちます。自分たちという『犠牲』の上で『進展』を進めた世界の上澄みを、お前だけが受け取るのか!? と、叫びます。嫉妬。恩讐(おんしゅう)。犠牲者意識。彼・彼女らは、自分たちを犠牲にした上でアスミさん一人が助かるという『世界』を是認しません。今、こうしている間も、私は『世界を焼き尽くしてしまいたい』という彼/彼女たちの怒り、焦燥、憎悪を感じています」

 少女は苦悶の表情を浮かべている。

「私は、『下半分』と『上半分』を繋ぐ扉の鍵なのです。ですから、アスミさんを助けるために私を『構築物(コンストラク)(テッド・)歴史図書館(ヒストリア)』から完全に開放するということは、同時に『この世全ての犠牲(ネクロス)』を世界に解き放つことを意味します。彼/彼女たちは、自分たちという『犠牲』の上に成立・繁栄した現行の人類世界を、絶対に認めないでしょう。強い破壊が、死が、荒れ狂うでしょう。世界の終焉の、始まりとなるでしょう」

 少女は凛然と顔をあげて。

「だから、スヴャトがあなたに残した選択肢の一つ目は、


一:アスミさんを助けて世界を滅ぼす。


 です。

 慎重に、考えてください。

 そして、それでもこの選択肢を選ぶというのなら、私の『名前』を呼んでください。もうあなたが知っているはずの、私の歴史建造物としての『名前』です。覚悟は、できています。もしあなたが私の『名前』を呼ぶのなら。世界の終局を代償にしても、最後まで私はあなたとアスミさんを守るために戦います」

 続いて少女は、少しだけ穏やかな表情を見せると。

「そして、スヴャトがあなたに残した選択肢の二つ目は、


二:アスミさんのことは忘れて世界を守る。


 です。

 アスミさんのことも、私のことも、スヴャトのこともまた忘れて、あなたはあなたの『日常』に帰ってイイのです。

 ヴァルケニオンの脅威は以前世界に残りますが、推察するに、卓越した存在変動者として目覚めつつあるあなたは、ヴァルケニオンの言う上位0.1パーセントの人間に入れるような気がするのです。こちらを選択すればスヴャトのことも世界は忘れたままですから、ヴァルケニオンはあなたの家族にも便宜を図ってくれるかもしれない。そうやって、上位0.1パーセントの人間が享受できる『日常』を生きてもイイと思うのです。そこにアスミさんや私はいませんが、同時に『この世全ての犠牲(ネクロス)』もいません。色々なことがなかったことになったなりに回っていく世界は、選別された人間にとっては落ち着くものだと思うのです。とても、やすらぐことだと思うのです。

 慎重に、考えてください。

 こちらの選択肢を選ぶ場合は、私の『名前』は呼ばずに、ただ『帰りたい』と願って下さい。温かなあなたの家族が、スヴャトが守ったあなたの家族が、きっとあなたを迎えてくれます」

 長い述懐を終えると、少女は審判を待つように瞳を瞑った。

 運命の岐路で体をこわばらせているような少女を前にして、しかしジョーは極めてナチュラルに語り始めた。

「名前と言うなら、俺は君の名前を呼ぶさ。名前は、大事だからな」

 このスヴャトの時代から自分と縁があり続けた、サラファンを纏った少女。

 最初の牛人との戦いの時から自分を導いてくれていた、紫髪の少女の。歴史建造物としての。――、


――君の名前は。


「ヴォストーク1号」

 ジョーは親しい人間に語りかけるように、優しい調子でその名前を呼んだ。

 ヴォストーク1号。一九六一年にシル・ダリヤの河岸より打ち上げられた、世界の「進展」の象徴――人類初の有人宇宙飛行を実現した「宇宙船」の名前である。

 その搭乗者が残したとされる「地球は青かった」という言葉は今なお世界中に共有されている。旧ソビエト連邦によって構築(つく)られたその存在が成層圏を抜けた時、現行人類は「次の」世界へ新たなる一歩を踏み出したのだ。

 空へ、天へ、果てへ……と渇望する人類の宇宙開発史は、気球から始まりヴォストーク1号に至る。数多の歴史建造物を凌駕して、その名前は人類の記憶に刻まれている。「歴史」に燦然(さんぜん)と名を遺した人類の叡智の化身。――それこそが彼女だ。

 紫髪の少女――ヴォストーク1号は少し困惑気味に顔を上げた。ジョーがあまりに自然にその名前を口にしたから。

「本当に、それで? あなたは世界を『この世全ての犠牲(ネクロス)』で焼いても、アスミさんを守ると? 私は、慎重に考えてほしいと言いました」
「アスミは、守りたいさ。でもそれは、世界を守らないということを意味するわけじゃない」
「??? あなたは、何を?」

 少年のまなざしが、少女を射抜く。

スヴャト(じいちゃん)は凄い人だったけど、死んだのは二〇〇七年だ。ここは二〇一三年。それから六年分の俺の時間と世界の時間を、甘くみて貰っちゃ困るぜ」

 ヴォストーク1号の「たましい」にジョーの言葉が響き始める。

「選択肢がその二択だったのは、スヴャトの時代までだ。今なら、そう」

 響きは、意味と結びついて言葉に(いろどり)を加えていく。

「たとえこれからの『進展(キミ)』が世界を焼くとしても。
 たとえこれまでの『進展(キミ)』が『犠牲』の上に成り立っていたとしても。
 今、ここから。俺は『進展』も『犠牲』も両方を守る未来を選ぶ。
 『選択』が必要なのだとしたら、それが俺の『選択』だ」

 言葉は、輪廻をなして紡がれていく。

「俺に、『代案』がある。具体的なものだ。スヴャトの生きた記憶の中に、ヒントが隠されていたんだ。それにその後の俺と世界の歴史を加えれば、アスミも、家族も、世界も、犠牲も、俺自身も守れる、そんな作戦が可能なはずなんだ」

 たとえば、言葉は詩になる。

「だから、ヴォストーク1号。スヴャトを救えなかった痛みで自分を罰するのは、ここまででイイ。『進展(キミ)』はヴォストーク1号(キミ)らしく、ヴォストーク1号(キミ)のままで世界に存在してイイんだ」

 言葉が、ヴォストーク1号の「たましい」を慰撫していく。自分が本当にしたかったこと。多くの他人に望まれたこと。愛する一人の人間の願い。様々な「想い」がヴォストーク1号を巡っていく。

「だけど、『代案』は俺一人では無理だから、ね」


――待たせたね。


「手伝ってくれ、ヴォーちゃん!」

 ジョーは力強くヴォストーク1号に手を差し伸べた。瞬間、スヴャトとジョーの面影が重なる。それは、彼女があの別れの時、スヴャトに言って欲しかった言葉だったから。

 虚構の身の内側から熱い何かが込み上げてくる。

――それでも。きっと意味はあったんだ。

 写身(うつしみ)の体の双眸(そうぼう)から涙が溢れてくる。

――ヴォストーク1号(わたし)は、あの時から幾星霜を超えて。スヴャトではなく、ジョーからこの言葉を聴くために、きっと存在し続けていたんだ。

 光に惹かれるように、ヴォーちゃんはジョーの手をとった。

「ジョー。あなたはやっぱり私が愛したスヴャトとアンナのお孫さんだ」

 ジョーとヴォーちゃんが手を繋ぐと、世界――『構築物(コンストラク)(テッド・)歴史図書館(ヒストリア)』は百色の色に揺れ、百色の光を放ち始めた。はみ出し始めていた「この世全ての犠牲(ネクロス)」の一部も、いったん「下半分」――「墓地(ネクロポリス)」へと戻ってゆく。

「この気持ちは『縁』からくるのでしょうか。この世界が終わるその時まで、私もあなたと共にありたい。私は今、本当にそう想っているのです」

 二人はこの世の全てを置き去って。でも二人はこの世の全てと繋がってもいた。

 全ての世界の中で、二人を繋いでいた座標は、スヴャトとアンナが抱いた無償の優しい気持ち――愛だけだった。

 今度は全てを守れるように。行こう。

 揺らめく色と光が収束していく最中。ヴォーちゃんと繋いだ手とは別の手で、ジョーは何かを掴んだ。とても大きな何かだ。

「ジョー?」
「フッフ。『一』じゃなくて、『二』でいくぜ」

 こうしてジョーは、サラファンを纏った紫髪の少女――ヴォストーク1号を二〇一三年の現実世界に連れ出した。

  ◇◇◇

 二〇一三年。八月十六日。夜明け前。

 「S市」の街の片隅にジョーは舞い降りた。

 星明りが、彼を照らしている。彼の姿は、より大きな「レンマ」の世界から、この「ロジカ」の世界に「射影」されている「影」のようでもあった。

 ジョーは、幽玄(ゆうげん)の瞳をギラっと見開いた。


――ここまでは、一人のヒーローが誕生するまでの物語。


「アスミも守らなきゃならないが、世界も守らなきゃならない。俺自身も生き残らないとならない。なるほど、これはたいへんなことだ」

 言葉とは裏腹に、心には強い情念の(ともしび)がゆらめいていた。覚悟は、完了。

「やってやるさ!」


――ここからは、一人のヒーローが「真の敵」と戦う物語。


「まずは、何処へ?」

 ジョーの内面に声が響いてきた。

「お。ヴォーちゃん。スヴャト(じいちゃん)がやってたみたいに、心で会話できるんだ」

 姿・形はまだ見えない。声だけがこの世界でも聞けるようになっている。

ヴォストーク1号(わたし)の第一段階を開放しましたから、『念話』が可能になりました。私の開放の段階は、第四段階まであります。ですが、段階が進むごとに暗黒を押さえる力は弱まり、最終段階である第四段階を開放した時、私の能力がフルパワーで使える代わりに、同時に『この世全ての犠牲(ネクロス)』も完全にこの世界に解き放たれます」
「うん。最終段階を開放するのは、八月二十日、アスミの誕生日だ」
「では、まずはアスミさんを?」
「ああ、誕生日だからな。お祝い感も、出していきたいぜ」
「ジョー。あなたには独特の軽やかさがありますね。その陽気さは、スヴャトにはなかったものです」
祖父(じい)ちゃん、真面目な人だったもんな。母さんに似てた。でも俺の場合、父さんはオタクだったり、姉ちゃんは巨乳メイドだったりだから、シリアスに過ぎない感じで育ったんだと思う。逆境だからこそ、ギャグ感とかが大事だと思ってるしな」
「ギャグですか? この状況で? その発想はありませんでした!」
「今のは、ちょっと言ってみただけだ」
「ええ? どういうことです?」
「ま。じゃあ、出発しようか。『代案』には何人か鍵になる人物がいるんだが、一人はアスミだ。何てこった。個人的な感情をちょっと置いても、世界のためにもアスミには何が何でも生きて貰わなきゃならない感じになってきた」
「ええ、行きましょう。アスミさんの元へ。でも、アスミさんに対する個人的な感情とは?」
「そ、それは後で話す」

 ジョーは幾ばくか思案する素振りを見せると。

「そうそう。祖父ちゃんの記憶の旅の途中で、スロヴェニアの方に行ってた時に見た知識なんだが、あっちの方だと、名前の一部に、親とか祖父ちゃんの名前を継ぐ……という文化があるらしい」
「ええ。ありますね。スラヴの文化などに」
「俺、あくまで勝手にってことなんだけど、今から宮澤・スヴャトポルク・ジョーって名乗ろうかなと思う」
「ミドルネームにスヴャトの名を。なるほど、歴史上の東西の冷戦は、カレンが生まれた年に一区切りついたと解釈されていますが、あなたは西の国のジョーという名と、東の国のスヴャトポルクという名とを、連ならせると」
「さらに、ジョーは、”Joe(:とある男)”と『情』で、二重の意味になる感じだ。一つの区切りが二重になっていて、その二重が全体と同時に存在している、みたいな。なんか、この仕組みは弓村理子って人と会った時に展開されていた『楼閣(ろうかく)』の世界の仕組みと似てる気もしたりだ」
「ジョーは少し、智的になった感じですね」
「そうか? スヴャトが生きた六十一年分の記憶にアクセスできるから、色んな知識を知っているといえば知っているし、一方で俺は俺っていう普通の日本の高校生のままな感じもするし……不思議な感じではあるんだ」

 そこでヴォーちゃんは、何かハっとしたように。

(うた)の、続き。どうして、忘れていたのでしょう。私、知っていたはずなのに」
「詩?」
「右手に橋を。左手に塔を。胸には祠。私を作っていたのは、なぁに?……から始まる詩です。カレンが『続き』を伝えてくれていたでしょう? カレンは『おまじない』と呼んでいましたが、これは宮澤家の女に伝わる『詩』なのです」
「ええと。和の場所で、何とか、とか」
「カレンが伝えた『続き』はこうでしょう。

――それは和の場所で百色に揺らぎ続ける花雪。あるいは虚無の中で補い合い続ける暗闇と星アカリ。そう、私を作っていたのは、この世界が何度巡っても途切れない。とっても綺麗な永久(とわ)色のチェーン」
「そうだった。ああ、そうか。ヴォーちゃんはアンナお祖母ちゃんの『たましい』で擬人化されて存在してるわけだから」

 そういう意味で、ヴォーちゃんもまた「宮澤家の女」でもあるのだろう。

「はい。この詩には、さらに『続きの続き』があるのです。こう続きます」

 玲瓏(れいろう)な声で『続き』が紡がれ始めた。

「――そんな私は誰を待っているの? 誰かを待っている。 何処で待っているの?

 分かってる。分かってる。待ってる場所は分かってる。

 西のマリアと東のソフィアが手を繋げる場所で待ち合わせ。

 いずれその場所を訪れる、君の名前は。君の名前はなぁに?

 知っている。知っている。君の名前は、「同盟」の名前。

 さあ伝えよう。伝えよう。その「同盟」の名前を伝えよう。

 静かに伝えよう。その「同盟」の名前は――。」

 ヴォーちゃんが、その宮澤家の女に伝わる「詩」の「題名」を口にした。


「――『()幸福(こうふく)(しゃ)同盟(どうめい)』」


 その「題名」を聴いた時に、ジョーの脳裏に過ったこと。

 その言葉。その文字列は、聞いたことがある。今もポケットに入っているスマートフォンからアクセスしようと思えばいつでもアクセスできる、三人の同盟者で共有したリンクドゥの「グループ名」である。

 「グループ名」を命名したのは、志麻かアスミの二人の可能性があったが、ジョーには自然とアスミの方なのだろうと理解された。

 だとすると。

「アスミ、君はやっぱり」

 ジョーの中で縁ある人、言葉、世界、そういったものが相補い合い始める。

 「詩」はさらにこう続いて結ばれていた。

「――待っている。待っている。返ってこないかもしれない返事を待っている。

 信じてる。信じてる。この、幸せで幸せじゃない『繋がり』を信じてる。

 ああ、やっぱり今日も。輝いた『日常』のレコードが回っている。

 愛してる。愛してる。私が愛しているのはなぁに?

 分かってる。分かってる。私が愛しているものは――。

 響いてる。響いてる。この世界に今日も『言葉』が、響いてる」

 ヴォーちゃんはそうして、夏夜に響く風鈴の()のように涼やな声で、「詩」――『非幸福者同盟』を(ぎん)じ終えた。ジョーの胸に「言葉」が残響し、少しずつ馴染んでゆく。

 抽象的な概念を「橋」や「塔」、「祠」と言った言葉に置き換えていたりと、「ケニング」と呼ばれる詩的迂言法に彩られている、少しばかり乙女チックな言葉の繰り方が特徴的な「詩」である。祖父の記憶と自分の記憶を参照すると、この「詩」の作者には一人だけ心当たりがあると言えば、ある。

(あの人も、「理想的な人間」でも「永遠」でも、何でもなかったのかもしれないな)

 全ては推察に過ぎない。ただそう。知らない誰かが作った少女趣味な「詩」が、とある一族を長きに渡って励まし続けていた。そんなことがあってもイイ気がした。

 全てが繋がったジョーは、天の向こう。宇宙の彼方を仰いだ。

 今日も、星々が輝いている。


――一九四五年。聞いている。大空襲でこの地は焼け野原になったらしい。


 でも、その中でひぃじーじとひい祖母ちゃんが再会して、祖父ちゃんが生まれた。


――二〇一一年。実際に、経験した。大震災で、この地はまたバラバラになった。


 でも、父さんと母さんが、姉ちゃんが、そして俺も、まだこの場所で生きている。友達が。家族が。街往く人たちが。愛する人たちが、生きている。

 遠い時代から続く、名も知らぬこの地を生きた人々の物語が、ジョーに力を貸してくれるんだってことが、今なら分かる。奇しくもそれは、アスミがいつか聴いた気がする柔らかなBGM――百色の「想い」から織りなされる街のメロディと同種のものであった。どんな時でも止まることがない、流れ続けている音楽のようなものがあるんだ。怖くは、なかった。

 ハシッと、スナップを効かせて一度右手を鳴らしてから。

「よし、行こうか、ヴォーちゃん」
「ええ。ジョー。全ての幸せを守るという、あなたが画策する前人未到の未来へ。今度は最後まで、お付き合いいたしますよ」

 八月の月下。暑さも、舞う羽虫も、じめっとした湿気も含めて、まるっと全部慈しむ方針で進路を設定。天から降る自然の光。地から支える人工の光。そして、この胸にある思い出した雪明り。三様の光が交差する先に、今では道が見えているんだ。

 顔を上げて。

 何度「破綻的な出来事」があっても、途切れずに輝き続けている「S市」の力強い街アカリを縫うように、少年は駆けはじめた。
+注意+
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