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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第十一話「君の名前は」(前編)

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231/過去編――一九六三年・二~夢守永遠(ゆめもり・とわ)

 過去編――一九六三年・二/

 まず、敵の意識をアンナからそらす。

 スヴャトは現れた黄金の髪の男――ヴァルケニオンに向かって低い体勢で駆けると、先制攻撃を仕掛けた。

 地から天へと飛翔するような、勢いが乗った左のボディーブローを放つ。しかし、直接相手の内臓を狙ったその一撃は、敵の腹部に到達する前に、ヴァルケニオンが下した肘で叩き落とされた。

 体勢を崩したスヴャトに向かって、ヴァルケニオンが左の掌を振りかざし、次の動作に入っている。骨が砕けた左手の甲を意識している暇もない。スヴャトは撃ち下される敵の掌底を頭をダックしてかろうじて避けると、斜め前方に前転して距離を取った。

(接近は、まずい)

 一瞬の攻防で、近接戦闘においては、相手がスヴャトを上回っていることを理解する。

 加えて。

(やはり、存在変動者か)

 ヴァルケニオンの左腕を中心に、強い存在変動律が発生していた。色は、黄緑色である。

「スヴャト、あの左腕に気をつけて」

 駆け寄ってきたヴォーちゃんが、スヴャトの両肩に手を乗せて、戦闘体勢に入る。生物としての直感が、緊急事態に巻き込まれたのを告げている。この危機から逃れるには、全力を要する。こちらも、本質能力(エッセンテティア)を使うしかない。

「屈せよ!」

 ヴァルケニオンの左の掌から、光輝く「(あみ)」のようなものがスヴャトめがけて撃ち出される。この「網」に囚われたら、終わる。戦闘勘がそう告げる中、「網」が迫りくるスピードは弾丸のごとく高速で、普通の人間が動ける速さでは回避できそうもなかった。

 しかし、その時。

 スヴャトの背にいたヴォーちゃんの両瞳が紫の光を発すると、スヴャトとヴォーちゃんは人間の領域を超えた速さ――音速でその場を離脱した。

「ほう」

 そのスヴャトの動きも、ヴァルケニオンは目で追っている。

 ヴァルケニオンを中心に半円を描くように移動したスヴャトは、前傾して膝を曲げて「タメ」を作った。

 背中のヴォーちゃんが言い放った。

「概念武装・加速(ラズゴ)

 勢いよく大地を蹴ると、瞬間的にスヴャトは絶知の超高速状態に入る。背後霊のように背負ったヴォーちゃんから、紫色の光の帯が周囲に放出されている。機械に例えるなら、彼女はブースターのごとしだ。

 スヴャトの音速の拳が、ヴァルケニオンの顔面を襲ったが、手に伝わってきたのは岩を殴ったような固い感触である。これも、すんでのところで腕でガードされた。

 ならばと、音速を維持したまま離脱し、接近してはまた攻撃を加え、また離脱する……というヒットアンドアウェイを音速で繰り返す。急所に直撃は加えられないものの、身体の末端へ繰り返される攻撃は、ヴァルケニオンの端部を削っていった。

「響かんな!」

 四度目の接近の時には、ヴァルケニオンはスヴャトのパンチにカウンターを合わせてきた。スヴャトは交差の瞬間、あえて互いの拳を「空振り」させると、そのまま今度は大きく離脱した。ヴァルケニオンが追ってくる。

 スヴャトが向かう先は、アルティナードルグ城である。

「限界時間まで、あと十秒です」

 「加速」には活動限界時間がある。

 ヴォーちゃんからの報告に、スヴャトは間に合うと判断する。「加速」でヒットアンドアウェイを繰り返しながら、徐々に誘導していた。目的は二つあった。一つ目は、ヴァルケニオンの注意を完全にアンナから引き離すこと。二つ目は戦闘の場をアルティナードルグ城内部に持ち込むこと。

(悪いが、絡め手で始末させて貰う)

 見通しが良い砂漠で、正面から殴り合っては分が悪い相手なのは明らかだった。身を隠せる場所が多い城の内部なら、他にやりようがある。頭脳戦に持ち込むのが得策だと判断していた。

 正面の扉を破って城の内部に入ると、ちょうど「加速」の限界時間が訪れた。スヴャトは体感時間が通常に戻ってゆくのを感じながら、間もなく追いついてくるヴァルケニオンを迎え撃つためのトラップを瞬時に数十パターン思考に巡らせ、最善手を構築し始める。

 しかし、思考はすぐに中断させられた。

「スヴャト、城全体が結界領域になっています!」

 スヴャトがたった今破った城の正門の前に、ヴァルケニオンは堂々と立っていた。左手の掌からは光の「網」が伸びていて、あろうことか、アルティナードルグ城の全体を捕縛していた。

(あの「網」の内部を、全て結界領域にできるのか!)

 気付いた時には遅かった。

「アルティナードルグ城」

 ヴァルケニオンは低音の管楽器が響くような美声を発した。またたく間に、城の城壁に無数のヒビが入っていく。四方八方が爆裂し始める。しかしそれは、例えるならまだ「初動」であった。小さな爆弾の連鎖爆発の次に訪れるものを想像する。

 「網」の中の存在の、全てを自身が掌握している。その喜びに破顔しているヴァルケニオンを見て、スヴャトはすぐにより大きな崩壊が来ると直覚した。

(ヴォーちゃん、最後の力を)

 支配下にある存在を淘汰できるという快感に身を任せて、ヴァルケニオンは腹の底から言い放った。

「その存在よりも、我は強い!」

 右拳が城壁に撃ちこまれると、それを合図として、一番の巨大爆弾は爆裂した。引き起こされたのは、文字通り崩壊である。大爆発は伝播し、アルティナードルグ城は木端微塵に吹き飛んだ。

「『地球(ザ・ストロ)最強の(ンゲスト)存在(・マン)』」

 己の本質能力(エッセンテティア)名を告げるヴァルケニオンは、さらに冷静であった。崩壊の直後、一筋の光が城から飛び出していたのを見逃さなかったのだ。人知を絶する跳躍力で天に飛ぶと、光――最後の「加速」の力の残滓で脱出したスヴャトとヴォーちゃんに先回りする。

 ヴァルケニオンが繰り出した「網」に捕縛される間際、スヴャトは背中のヴォーちゃんを蹴り飛ばし、パージした。

(アンナを連れて、逃げろ)

 スヴャトとヴァルケニオン。二人の男が、アルティナードルグ城が存在していた地点の上空で向かい合う。

 「網」に全身を捕縛されたスヴャトは、なるほど、これが自分という存在の終わりかと、「死」を覚悟した。

「スヴャトポルク」

 ヴァルケニオンが口にすると、スヴャトの全身に耐えがたい激痛が走った。

「その存在よりも、我は強い!」

 勝者の拳が、容赦なく敗者に撃ち込まれる。その瞬間、スヴャトの全身は爆散し、世界は暗転した。

 「スヴャトポルク」という存在が終わりを迎える間際に、彼が幻視した人間とは。

  ◇◇◇

 新和が瞳を開けると、死ぬ間際にもう一度だけ言葉を交わしたいと思った女の顔が目の前にあった。

 アンナが仰向けに倒れている新和の顔を覗き込んでいる。瞳には涙を浮かべている。

 砂の感触がする。少し遠くには未だ脅威の気配がする。状況は意識が途切れる前の続きなのだと理解する。

「泣く、なよ。朗らかに笑っているのだけが、取り柄なんだから」

 涙を拭おうとしてアンナに手を伸ばして、触れることができなかった。身体感覚がおかしい。

 そこで気付いた。現在の新和は体が小さくなって、黒髪を乱し、瞳の色も黒色になっていた。「スヴャトポルク」ではなく、「宮澤新和」の姿をしていたのだ。

 もう一人、新和の手を握り続けている女がいた。ヴォーちゃんだ。

「『スヴャトポルク』という存在が破壊され、『宮澤新和』という存在が残りました。あなたはスヴャトの姿で時間を重ねるうちに、本当に『二重存在』になっていたようです」

 二つの存在のうちの片方、「スヴャトポルク」が死んで、今、「宮澤新和」としての自分が残ったということか。

 しかし、その「宮澤新和」という存在も、もう危うい。新和は既に、身体を動かすことができなかった。握ってくれている手から、僅かに残ったオントロジカが流れ込んでくるのが分かる。ヴォーちゃんが、最後の力で新和の存在を繋ぎとめてくれているのだ。

「『スヴャトポルク』がこれまで世界を回って蓄積してきたオントロジカは全て、あの男に奪われました。もう、私も動けない」

 舞っていた砂塵の向こうから、男――ヴァルケニオンが姿を現した。いよいよ、新和達に止めを刺しに来たのだ。

「質・量、共に申し分ないオントロジカだ。これで、また我の計画の完遂に、一歩近づくことができる」

 もう動くことができない新和とヴォーちゃんに変わって、アンナが顔を上げて、ヴァルケニオンに尋ねた。

「何を、する気なの? こんな、ヒドイことをして?」
「まずは、我の『網』でこの地球全土を覆うことだ。真実の星を作り上げるためにな」
「罪のない人から、奪ってまで?」
「消えた方が良い人間というのが存在するのだ。そういう存在をきっちりと淘汰して、その分のエネルギーを、より優れた上位0・1パーセントの強靭な人間が有効に使っていく。それが、繁栄への道だ。真実というものだ。我は、この星の誤謬(ごびゅう)を正す者だ」

 新和は、ここから南に位置するE1国とE2国の紛争と、疫病が蔓延している現状に想いを馳せた。あるいは、彼の土地のオントロジカも、全てこの男に収奪された後だということなのではないのか。そして、男は収奪された側は、淘汰された方が世界のためだということを語っていた。

 体が動かない。許せないことだと思っても、何を阻止することもできない。もう、瞳の前のアンナを守ることさえもできない。

 銃口を向けるように、ヴァルケニオンの左手が新和達に向けられた。そこから「網」が発射されれば、もう防ぐ手立てはない。

 今際の時であったから、新和はアンナに言葉を伝えた。

「すまない。君に嘘をついていた」
「何のこと?」
「姿を偽っていたことだ。僕は、日本人なんだ」
「うん。知ってた」

 最後の謝罪のつもりであったが、意外な言葉が返ってきた。

「どうして? どうして知っていたのです?」

 新和の気持ちをヴォーちゃんが代弁する。

「だって、『()』えていたもの」
「何が? アンナ。何が、『視』えていたというのです?」
「何って……」

 ここで、アンナ・シュタットフェルトに訪れた幾ばくかの忘我。

 夢と現実の境界上にいるような、不思議な感覚の中、いくつかの、ここではないどこかの音が、光景が、匂いが、アンナの知覚に流れ込んできた。

  ///


――その時の「わたし」は「橋姫(はしひめ)」様と呼ばれていて、村人達の祈りをこの身に受けていた。


 「今」よりも「前」の既に訪れたその時。

 日本国は今では「文政」と呼称されている時代の、S市の。まだ藩政時代の頃だ。

 「橋」が必要だった。

 荒ぶる河は竜神様の怒りだと噂されていて。いつしか村のみんなが、怒りを鎮めるために、信心深い娘の人柱が必要だと言い出した。

「私が参ります」

 長者の一人娘だった「わたし」は申し出た。

 神社に一月篭って身を清めて、最後に河へと捧げられるその時、「わたし」は全てを「視」た。

 その河には、「今」では「橋」がかかっている。

 「橋」の名前は、空瀬(からせ)橋。

  ///

  ここで、アンナ・シュタットフェルト―橋姫に訪れたさらなる忘我。


――その時の「わたし」は「リコ」と呼ばれる女の子で、病を患い、やがて訪れる自分と世界の終わりに脅えていた。


 「今」よりも「後」のまだ訪れていないその時。

 日本国は世紀末の、一九九九年のS市にて。経済発展の時期は終わりを迎え、全てが黄昏に還ってゆく頃の彼の国の偏角で。

 「塔」に模された、地方都市に勢いがあった頃に建設された二対のビルディングがあった。

 愛する男に、自分が消えた後もこの世界で生きていってほしいと願った「わたし」は、ノストラダムスの恐怖の大王がやってくると予言された七月に、「塔」の屋上で全てを「視」た。

 「塔」はその後、二〇一一年の大震災をも乗り越えて、遥かなる先の未来まで、修繕を繰り返しつつも、普通の人達が「日常」を営むマンションとして存在し続けている。

 その時の「わたし」の名字は、弓村(ゆみむら)

  ///

 ここで、夢幻の中からの帰還。アンナは混濁する意識の中で、前の世界と後の世界、二つの世界で「たましい」を分かち合った二人の女の子に祈りを捧げた。

 橋姫様も、リコも、過去と未来と全ての可能世界を「視」る「奇跡」をその身に宿したけれど、中身は普通の女の子だった。二人の立場は違うけど、どちらも間もなく訪れる自分の「死」について苦悩していた。

 愛する人を残して、自分はこの世界から消えてしまう。それがたまらなく不安で。

 その気持ちが、時代も、人種も、存在も違うのに、アンナの胸に響いてきた。

「そうだよね。私も今もピンチで。でも、このピンチを切り抜けられたとしても、いつまで生きられるかなんて分からなくて。結局はみんな、いつか死んじゃうんだよね」


――でもね。


「この世界の中で、自分という存在を代償にしたとしても悔いがないくらい。守りたいと思える人が見つかったなんて。素敵だよ」

 忘我の霧が晴れると、眼の前には一九六三年という「今」、砂漠の中で脅威を前にした現実があった。

 その危機を前にして。アンナ・シュタットフェルトに、「ここではない、どこか」から何らかの存在が向かって来ていた。

 それらの存在とアンナは一つの線で繋がっていて、伝わってくる温かさからは「愛」が感じられる。

 アンナはキっと顔を上げて、ヴァルケニオンを睨みつけると、いつかどこかで、聞いたような気がする呪文を詠唱し始めた。

「右手に橋を。左手に塔を。胸には(ほこら)。私を作っていたのは、なぁに?」

 無と永遠と、(いろどり)が合わさった。「無彩限の」存在変動律をアンナは纏い始める。

「それは和の場所で百色に揺らぎ続ける花雪。あるいは虚無の中で補い合い続ける暗闇と星アカリ。そう、私を作っていたのは、この世界が何度巡っても途切れない。とっても綺麗な永久(とわ)色のチェーン」

 アンナは額のゴーグルを外すと、淡い黄金色の髪を、「あらゆる色」を宿した風に舞うに任せて。悠然と立ち上がった。

「スヴャト君は、一人ぼっちだった私が出会えた『日常』だったんだから。私の日常も、誰の日常も、奪わせはしない!」

 アンナが叫んだのと、ヴァルケニオンが「網」を発射したのは同時だった。

 アルティナードルグ城を、スヴァトポルクを捕縛し、破壊したその強靭な「網」に向かってアンナは駆けだすと、腰の二重ベルトから和製のナイフを引き抜いてみせる。

 銀色が閃いた。

 獲物を捕縛する蜘蛛の巣のような強者の「網」は、アンナのナイフの一振りでバラバラに切断され、散った。

 初めて、ヴァルケニオンに狼狽の表情が伺えた。「網」とナイフが接触した瞬間にアンナの存在を「検索」していたが、いかなる答えをも導き出せなかったのだ。

「貴様。何者だ?」

 少女は、十字を切るように、ナイフで空を切った。

「わが名は、夢守(ゆめもり)永遠(とわ)

 アンナの蒼穹の瞳が、永久色に輝き出す。

 ヴォーちゃんは、地に伏したまま、その神々しい光を見上げながら。

「弓村の『映認』、いや、その先の。何故、異国人のあなたが」

 やがて、ヴォーちゃんの中でも何かが繋がり始める。

「いや、だから、『わたし』はこんなにも知っているのか?」

 アンナは遠い時代の「橋姫」様であり、「リコ」でもあった。「たましい」が分断され、脅え続けた「個」ではなく、ただ「愛」だけで「たましい」が繋がった存在。そう、「永遠」であった。

 橋姫――リコ――アンナ――夢守永遠は、ナイフをくるりと回して逆手に持ち変えると。

「『(ザ・プリンセ)(ス・オブ・ザ)(・フレイム)』」

 刃が宿していた銀色の光が、オレンジ色に変容し始める。溢れる光は炎であり、愛でもあった。

 やがてナイフは紅蓮(ぐれん)の和弓へと姿を変化させる。弓から溢れ出る光が、倒れ伏した新和をも照らしていく。

 温かな光が、肉体の傷だけじゃなく、宮澤新和がその人生で、この厳しい世界の中で、受けた心の傷までも癒していくようだった。

 (ゆる)されている。そう感じることができた新和は、そのまま子守唄に包まれているような安心の中で、微睡(まどろみ)に落ちていった。

 アンナは弓の弦に矢を(つが)えて、上段から引き絞る。(まと)――ヴァルケニオンを「視」て静止する。この状態を弓術では「会」と呼称するが、夢守永遠の「会」は世界のあらゆる真実と繋がり、そして尊重していた。

「何を視ているッ!」

 激昂したヴァルケニオンが大きく両腕を広げて、突進してくる。

 その、無謬を名乗った男に向かって、矢は容赦なく放たれた。

 形容するなら、それは一本の光の線だった。

 現行世界が規定するあらゆる「速さ」を超えた一瞬で「線」はヴァルケニオンを捉えると、やがて大きな光の束へと拡散していく。

「この地球(せかい)にない光だとッ」

 光に飲み込まれたヴァルケニオンは、自分を否定するでない、労わるようなその温かい光に困惑した。「地球(ザ・ストロ)最強の(ンゲスト)存在(・マン)」で検索しても、何も分からない。

「スヴャトポルクとその縁者。貴様達こそ、排除せねばならぬ存在のようだ!」

 ヴァルケニオンは、光の中で、徐々にその存在が希薄になっていった。それは強い力をより強い力で打倒する類の現象ではなく、言うなれば、どんな存在であれ、その(よど)みや歪みをあるべき調和した状態へと還してゆく、浄化現象であった。

 光が収束する頃には、ヴァルケニオンの姿はその場から消えていた。

 周囲に先ほどまでと同じ砂の風景が戻ってくると、ただ、風に吹かれて一人の女――夢守永遠が立っていた。

 手にしていた紅蓮の和弓が、光の粒子へと分解されて、元のナイフへと戻ってゆく。

 場には幾千の色と光の球が、浮遊していた。

 そんな、砂漠に現れた蛍火の風景の中で、最後に永遠はヴォーちゃんに向かって、長年の友人に向けるような微笑みを投げかけると、そっと瞳を閉じた。

 糸が切れたように、アンナ・シュタットフェルトという身体は、その場に膝から崩れ落ちてゆく。

 「(ザ・プリンセ)(ス・オブ・ザ)(・フレイム)」の光で癒されたヴォーちゃんは、ゆっくりと立ち上がると、アンナに向かって歩を進めてゆく。

 意識を失っているアンナに向かって、両肩に手をかける。

「幾千の刻を。これまでも。これからも。あなたは」

 ヴォーちゃんは、そのままアンナを抱きしめた。

「やはり、私という歴史建造物を、少女の姿に描写してくれていたのは……私を存在させてくれていたのは、あなたの『たましい』だったのですね」

 アンナの故国からも、新和の故国からも、遠いこの場所だったけれど、見上げた空の心象は、そんなにも変わらなかったりもする。

 ヴォーちゃんはアンナを抱きしめたまま、柔らかい砂に一緒に横たわった。

 優しい砂の海の中で、触れ合う肌を通して伝わってくる温かさを感じながら、ヴォーちゃんはつぶやいた。

 この身は虚構で。いずれ消えゆく運命(さだめ)だとしても。


「あなたとスヴャトに、出会えて良かった」


  /過去編――一九六三年・二


  /第十一話「君の名前は」・前編・了
  第十一話(後編)へ続く
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