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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第十一話「君の名前は」(前編)

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221/過去編――一九六〇年~遠き日の進展へのマーチ

 過去編――一九六〇年/

 二年後。新和改めスヴャトはソビエト連邦第一宇宙開発局の図書館にいた。

 進展の力の最先端。間もなく、人間が地球の外に出る最初の時が訪れようとしていた。ソビエト連邦の宇宙開発機関に潜り込んで数年、スヴャト自身が、地球の外に出る最初の人間になる候補者にまで上り詰めていた。

 分厚い本を閉じて、そっと立ち上がる。この図書館の本も、あらかた読み終えてしまっていた。今日はもう、帰ろう。

 図書館の出口で、青年と対面した。彼のことはスヴャトも知っている。小柄な体躯(たいく)に、純真さを携えた瞳。気さくな雰囲気を纏いながら、その存在の奥の方には優れた知性の土台がある男。農民の出自で労働者階級を経て、進展の先を目指す。この国らしい「物語」を背負った男。

 彼もまた、地球の外に出る最初の人間の候補者だ。

「何を読んでいたんだい?」
「ツィオルコフスキ―」
「それは、深淵(しんえん)だ」

 短い会話だけをやり取りして、立ち去る。青年は優れた人間であると認めていたが、どこかで、それはあくまで現行の世界の中でならだ。そんな気持ちをスヴャトは抱いていた。おそらく、次の世界の力。スヴャトが幼い頃から見ることができた「光」の存在には、気付いてもいないだろう。地球の外に出る最初の人間には、彼ではなく自分が選ばれるだろう。スヴャトはそう確信していた。

 その時、幾ばくかの忘我。ソビエト連邦の大地を吹く冷たい風が、シンと刺さる。夢と現実の境界上にいるような、不思議な感覚の中、いくつかの、ここではないどこかの音が、光景が、匂いが、スヴャトの知覚に流れ込んできた。


――私という構築物の大本は、戦乱の中のドイツで作り出された。彼の地で虐げられた人々も。彼の地からこの地に連行された人々も。その家族も。知っている。私という構築物は、数多の犠牲の上に成立しているということを。


 山中を通る線路の上を、火薬の匂いが染みついた身体で行軍している。世界の進展に尽くした自分達が、明るい未来なんて一番信じられないでいる。中世に構築されたゴシック建築の尖塔よりもさらに上、大天を貫いて昇ってゆく彼の構築物に、願い事を乗せられるなら一つ。もう一度娘と会いたいなんて、そんなありふれた日常の幸福だけだ。

 ここで、夢幻の中からの帰還。スヴャトは混濁する意識の中で、知ってしまった絶望という感情に蓋をするようにつぶやいた。


「それでも、進まなくてはならないだろう、人類(われわれ)は」


  /過去編――一九六〇年
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