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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第八話「夢星」(前編)

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166/259

166/ミスチルの二枚目のシングル

 人類の文明が、地下に広範囲に及ぶ空間を作ることを可能にした。外界とは距離があり、外の熱が緩和された地下鉄駅構内という空間は、街という生態系の盲点のよう。やがて移動する音を残響させながら下りの地下鉄が到着したので、ジョーとアスミは乗り込んだ。夏休みの時期にしては、一車両まるまるが空いている。二人、車両の隅に並んで腰かけると、地下鉄は徐々に移動を開始する。

「震災の本震から数日の頃なんだけど」

 アスミがポツポツと語り始めた。

「沿岸地域側にビール工場があるじゃない? あそこが被災して、沢山のビールが津波で流れ着いてね」

 アスミは、こくり、こくりと首が頭を支えるのが重くなってるという(てい)で喋っている。やはり、疲れているのだ。

 うん、とジョーが相槌を打つと、アスミはボンヤリと続けた。

「地域の人達とか、お父さんが、そのビール拾ってきたのよ。で、飲んでた。私は飲まなかったんだけど。でも、何かね……」

 アスミにしては特に目的もオチもない話で。地下鉄から二人が下車する頃には、泡のように消えてしまう類の話。

「私のお父さん、凄い! ってその時思ったの」

 そう言って当時を思い出しているのだろう。微笑すると、アスミは瞳を(つむ)ってしまい、徐々に上半身の均整が揺らぎ、ジョーの肩に身体を預ける形になった。

「まあ、ビールって栄養もあるしな……」

 ジョーなりに気の効いた返しをしようと思ったのだが。

(寝てる)

 スぅ、スぅと呼吸で胸を上下させるアスミは、柔和だ。

(家族のことを話す時のアスミは、幸せそうだなぁ)

 それは、かけがえがない。

 まず、温情という感情を感じ、続いてジョーが、アレ? と思ったのは、抑制する気持ちを抱いたから。それをやっちゃダメだっていう、自制の気持ち。

 ジョーがどんな気持ちを抱き、そして抑制したかといったら。ジョーはこの時、眠れる幼馴染、アスミって女の子を、抱きしめたいと思ったのだ。

 ガタン、ゴトンと、地下鉄が揺れている。

 まだ、とまどいが半分。なんだろう。自分はこの気持ちをいつから持っていたのだろう。今の出来事が過去の意味合いを変えてしまうこともあるから、そういうのはたいてい曖昧な話。でも、震災の日の夜。近づいてくる同盟国の戦艦の報道を聞いていた頃だ。社会の枠組みであるとか、建前、外部からの自分という存在への干渉が外れて、宮澤ジョー個人としてのこれからのことを考えていた時、ジョーは確かにアスミのことを思い出していた。
 ジョーの心臓の鼓動が早くなる。S市の地下鉄は環状線じゃないから、ずっと廻り続けることはできなくて、いつか終わりは来る。でも、どこかで確かに願っている。世界を守りたい? 勝ち抜ける強さが欲しい? 確かに思ったこともあったけれど。そうじゃないんじゃないか。宮澤ジョーって人間がもう長いこと継続して持っている、大切な気持ちっていうのは。その気持ちがあるから自分は温かい存在でいられるって気持ちは。ずっとこうしてアスミの側にいたいって、それだけなんじゃないか。

 やがて終わりが来るとしても、再び構築し、できるなら壊れる前よりも少しだけ(いろどり)を加えたい。そんな気持ちが街に満ちていた頃の世界の片隅で。

 自分の本当の気持ちに気づき始めたのは、男の方が少し先だった。


  /第八話「夢星」・前編・了
 第八話・後編へ続く
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