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非幸福者同盟 作者:相羽裕司

第六話「たとえばそこにいてくれるだけで」

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134/オントロジカ・プリズム

「迎えに来てくれたんだ」

 アスミがグイっと手を引っ張ったので、ジョーとエルヘンカディアは、アスミの本質(エッセン)能力(テティア)で作られた風球の中に招き入れられる。

「ムっちゃんは、ジョー君を撃ち出した後、消えちゃったわ。また明日だって」
「そうか」

 風の玉は、S市の夜明けに浮かぶシャボン玉のよう。ふわりふわりと、大巨神から離脱していく。ジョーは背負っていたエルヘンカディアを抱きかかえ、涙を流し続ける彼女を眼前に横たえた。頭には膝枕をしてあげる。アスミの眼差しも、憐れみというよりはただ優しい。

「エッフェル搭、待っててくれてありがとう。後は、頼む」

 上空で一連の出来事を全て見守っていたエッフェル搭は、静かに頷くと、改めて途中まで進めていた印を切り直した。

 戦艦リシュルーの重さに縛られた大巨神に向けて、ゆっくりと彼女の第三の技を発動させる。

「概念武装・(ラ・レヴォ)(リュスィオン)

 天を浮遊する風の玉から見下ろすと、大巨神の足元に、わらわらと沢山の何かが波状に生み出されていた。粘土から生成されたように灰色だったそれらは、やがて色とりどりの色彩を帯び、発光し、形は数多(あまた)の人型になっていった。手には(くわ)や鎌に、棒や銃など、様々な武器を持っていた。そして、それぞれがそれぞれに怒っていた。一七八九年のフランスの民衆たちか。怒声を上げながら大巨神の足をよじ登って行く彼・彼女らは、本当に腹の底からの怒りを発しているように見える。少し、ジョーのイメージにあった政争の末の革命とは違う。本当に、食べる物がないから、飢餓感から、それぞれの生命の奥にある核心を爆発させて襲いかかっているように思えた。

 革命の民衆たちが大巨神の腰の辺りまで覆い尽くすと、大巨神は明滅を開始し、やがて細々とした光の粒子に解体され始めた。テンマ・ソウイチロウという一か所に集中していた沢山のオントロジカが、それぞれの色と光に戻りながら、元の場所へと還っていくのだ。そうして、暴虐の王が解体を開始し、ただの等身大の矮小な個人へと戻り始めたのを見届けて、いつかの彼の地より現れた民衆たちもまた、それぞれの煌めきになって何処かへと帰って行った。

 この夜の戦いで歪になっていた全てが、元ある場所へと還って行っていた。大巨神は解体されながら、それまでマグマの色一色だった体を、百色の光の輝きに変えていく。エルヘンカディアが収奪して回った世界中のオントロジカも、この街のオントロジカも、元々あった場所へ帰っていくべく、粒子となって天に向かって浮かんでいく。そんな色とりどりの光の中を、ジョー達を乗せた風の玉は、ポワンポワンと上下運動を繰り返しながら地上へと向かって降りていく。

 遠く、結界の外には、朝焼けのS市中心街。陽の光を反射したビルディング群が、煌めきを携えて静かに立っている。

 大巨神にのしかかっていた戦艦リシュルーも、役目を終えたとばかりに、落ち着いた水色の光へと解体され、何処かへと霧散していく。大地の方を見れば、志麻が再構築したガンディーラの残骸たちも粒子に変わり、愛護大橋があった場所へと登って行く。やがて、この地にあった架け橋も元の形に戻っていく。

 世界を覆う数多のオントロジカの光の光景は、少し早く訪れたS市の紅葉の季節のようでもあった。そう例えるなら紅葉の赤にも薄いものから濃いものまである。一つ一つが繊細に違ってもいる。強い光もあれば、そっと揺らめくような光もある。ただ全てが、プリズムのよう。その光に是非はなく、ただ全てが調和していた。

「それじゃあ、私は戻るよ」

 エッフェル搭が納剣しながら声をかけてきたので、元、大巨神がいた空間に朝日を背負って浮遊している彼女に向かって、ジョーもアスミもお辞儀をした。

「本当に、ありがとう」
「はっは。志麻ちゃんには、今度観光においでって伝えておいて。エッフェル塔(わたし)の階段はけっこう急だから、気をつけてねってね」

 背後に紫色の立体魔法陣が現れ、エッフェル搭はそれに向かってヒョイっとバックステップで入って行ってしまった。たなびいたスカートの名残だけ残して、立体魔法陣も収束して消えていく。

 全てが元に戻る頃、風の玉はS市一級河川の河川敷に着陸し、旋回するように風を解放しながら、その球形を消滅させた。

 エルヘンカディアを抱きかかえたジョーと、アスミと、地上で待っていた志麻が残る。結界が解けたためだろう。再生された愛護大橋には、国道方面から接近してくる、この日第一号のトラックのエンジン音が聴こえてくる。また、S市のこの日の物流が始まっていく。

「宮澤君」

 自然体で伸ばした右腕に左手を添えてる姿勢で、志麻が声をかけてきたので、ジョーはまた何か一言言われるのかな。それはしょうがないな、と苦笑した。

 されど、志麻はいたって普通の言葉をかけてきた。朝日がS市一級河川の水面に反射して、自然のハレーションが輝いている街の片隅で一言。いつも通り、目線をちょっと逸らして、ツンとした感じで。でも優しい声で。

「お帰りなさい」
「ああ」

 ジョーも戦いの終わりの音を返す。

「ただいま」
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