選択した運命
羊と狼 21「選択した運命」
狼のリーダーはそう言うと鋭い目つきに切り替り、力を溜めて白い狼に襲いかかりました、白い狼は恐ろしくなり目を閉じて身を屈めます。
「ギャウン!!」
飛びかかってきたはずの狼のリーダーの声が聞こえ、白い狼は目を開けました。
目の前にいた狼のリーダーは、なんと白い狼の左側で倒れていました、その逆の右側には息を切らせた探求心の強い羊が狼のリーダーを睨んでいます。
探求心の強い羊は、白い狼にそっと話し掛けます。
「君は先に逃げろ、もうあいつに神の使いの言葉は通じない」
「イヤよ! 彼は狼のリーダーよ、あなたが敵う相手じゃないわ」
「そんな事わかってる、僕も倒せるなんて思ってないよ、さっき言った場所で落ち合おう」
二匹が話している最中に狼のリーダーは起き上がってしまいました。
「てめぇ、一度とならず二度までも・・・・、お前は神を汚した奴だ、楽に死ねると思うなよ」
探求心の強い羊は狼のリーダーの方に向き直し、白い狼に大きな声で言いました。
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!」
探求心の強い羊の大きい声にビクッと反応した白い狼は、思わず走り出しました。
「フンッ、2手に別れたか、まぁいい、ろくに今まで体を動かしていない者を追いかけるのはたやすいことだ、まずはお前から終わらせる!!」
「お前は何年もの間、神の使いの側にいながら彼女から何も感じなかったのか?」
「俺は俺の役目を全うしただけの事、この森を少し見ただけのお前に何がわかる、歴史とはそんな軽いものではない!!」
二匹が今まさに戦おうとしている時、白い狼は今まで走ったことのない速さで走っていました、涙を後ろに投げ捨てながらひたすら走り続けます。
何時間か走り続けると、探究心の強い羊の言っていた長い草ばかり生えた草原にたどり着きました。
白い狼も探求心の強い羊と同様に、長い草と短い草に行く手を遮られます、それでも白い狼は止まろうとはせず、先に見えている一本だけ生えた大きな木を目指しました。
やがて大きな木にたどり着いた白い狼は、木の側に寄り来た方向とは反対側に身を潜めて探求心の強い羊を待ちました。
白い狼は今までこんなに長い距離を、こんな速さで走った事などなく、しかも最近では次の神の使いに毎日少しの血を与えていた影響もあり、もう一歩も動ける体ではありませんでした。
そんな白い狼をまるで優しく包み込むように、大きな木は白い狼に木陰を与えていました。
白い狼の体が動けるようになってきた頃には、辺りはもう真っ暗になっていました、しかし探求心の強い羊の姿はまだ見えません。
様々な不安や迷いが白い狼の頭に浮かびます。
もしかしたら逃げる事ができなかったんじゃないか、逃げれたとしても狼のリーダー相手に無事ではないだろう、ここへ来る途中で倒れているのかもしれない、でも探しに行けば自分が見つかる可能性もある、それでは探求心の強い羊が先に逃がせてくれた意味がなくなってしまう、それに探しに行けばすれ違ってしまう事も考えられる・・・。
白い狼は、結局何もできずその場で探求心の強い羊を待つことしかできませんでした。
この時白い狼は、探求心の強い羊が黒い森に来てから常に抱いていた「無力」と言う言葉の意味を初めて知るのです。
探求心の強い羊を守るために死んでいった豪快な熊・・・。
そして死んでいく豪快な熊を目の前にしながら何もできなかった探求心の強い羊・・・。
豪快な熊を助けれなかった悔しさと情けなさが、今やっとわかったのです。
それと同時に神の使いとしての威厳を失った自分は、探求心の強い羊よりもさらに無力なのだと、そして危険を承知で自分を助けに来た探求心の強い羊の気持ちを、この時やっと理解しました。
白い狼は夜空を見上げます、星達は白い狼の事態などに関係なくキラキラと輝いていました。
白い狼はその星達を見ていると、「お前は神の使いなどではなく、たまたま生まれた白い狼なんだ」と言われているように思えました。
「オメーはまだ死んじゃなんねぇべ・・・」
何処からか誰かの声が聞こえ、白い狼は辺りを見渡します。
すると川の向こう岸に、黒くて大きい影がこちらを見ていました。
目を凝らして見てみると、その大きな影は熊に見えました。
「オメーは死んじゃなんねぇど」
その言葉使いで白い狼は、豪快な熊だと気づきました。
「あなた無事だったの?」
「オメーは羊さを待ってんだべ?」
「そうよ、なぜ知ってるの? 彼は、彼は今何処に居るの? 無事なの?」
「やっぱそうだか・・・、残念だが羊さはオラと今から旅立つ事になっただ」
「そんな・・・、なぜよ! 私は彼と約束したのよ!」
「これからのオメーの運命は、自分の意志で旅立つことだべ」
「旅立つ事が運命・・・?」
「んだ、運命とは義務ではなくて選択なんだべさよ」
「でも、私は彼がいなけりゃ・・・」
「何も恐れることなんか無いはずだべ、オメーはもう羊さからそれを学んだハズだべ」
白い狼はそこで目を覚ましました。
辺りはいつの間にか明るくなっています。
白い狼は、先ほどまで見ていた夢はただの夢とは思えませんでした。
「おーい、そっちはどうだー!」
遠くから聞こえてきた声に反応した白い狼は、身を潜めながら狼達の姿を確認しました。
その中にはなんと狼のリーダーの姿もあります。
「死んだ羊と使い殿の会話じゃどこかで落ち合う可能性が高い、もう少し先を探してみるぞ!」
「死んだ・・・・・・誰が?」
狼のリーダーの口から出た「死んだ」という言葉を聞いた時、白い狼の目は大きく見開いていました。
まるで違う色の絵の具をパレットに入れ、筆でかき混ぜた時のように、白い狼の目には辺りの景色がグニャグニャと歪んで見えていました。
「おーい! 狼の足跡をみつけたぞ!!」
ハッと我に返った白い狼は、足音を殺しながら急ぎ足でその場を離れ、すぐ先に見えている林の中へと入って行きました。
大きな木から離れていくにつれて、探求心の強い羊が死んだという現実を、そして自分はもう孤独なのだということを強く実感していきましす。
現実を受け止めるのと比例して、涙も止まっていきました、探求心の強い羊と黒い森で別れた時、一度涙が止まった時の氷のような表情とは違い、それは何かを決意したようなそんな表情でした。
自分は探求心の強い羊の命によって生きている、探求心の強い羊は豪快な熊の命によって生きていた。
それは誰かに強要された運命ではなく、自分自身で選択した運命・・・。
今度は白い狼自身が自分のために運命を選択する時なのだと、二匹によって教えられたのです。
その後、白い狼は林を越え、草原を駆け抜け、山を登り、自分の選択を探しに消えて行きました。
ー2ヵ月後ー
優雅な高原の、馬達の中の一匹の優雅な馬が白い狼に言います。
「どうしても行くのかい? きっと大変だよ、なにせ君は狼だ、他の動物から避けられたり、恨まれたりするかもしれないんだよ」
「あら、あなた達は私を受け入れてくれたわよ? 心配しないで、私はもう迷ったりしないから」
白い狼は優雅な馬にそう言うと、ニコリと笑顔を見せ、背中を向けて歩き始めました。
優雅な馬は心配そうに白い狼を見送っています。
すると白い狼は立ち止まり、優雅な馬と他の馬達の方に振り向きました。
「みなさんありがとう! さよなら!」
白い狼はそう言うと、前へ向き直し、急ぎ足で進んで行きました。
その白い狼の表情は、まるでピクニックにでも行くかのような、そんな表情でした。
(終わり)
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