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少年はキスで魔法をコピーする。~第十三独立魔女小隊の軌跡 作者:円城寺正市

第一章 マルゴ要塞防衛編

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第一話 女王マルグレテの憂鬱

新連載はじめました。
 自然の美しさとは対局にある造形美。

 短く刈り揃えられた芝と庭木の眼に染み入る様な緑。

 それが縦横に走る白砂利の小径こみちと見事に調和して、精緻な幾何学模様を描いている。

 庭師達の偏執的な(こだわ)りを感じる、直線のみで構成された庭園。

 唇を意味する『レーヴル』という名を持つ王国。その女王の避暑地、シュレイル宮の庭園である。

 抜ける様な青空の下、庭園の中央、薄いピンクの薔薇(ばら)(つた)を絡ませる白亜のあずまや(ガゼボ)には、今、二人の女性の姿があった。

 一人は年の頃、十八、九。

 涼しげな青襴のドレスに、高く編み上げた金色の髪。

 上品ながらも意志の強そうな口元と聡明さを(たた)えた蒼い瞳が印象的な美女。

 砂糖漬けのアプリコットの載った焼き菓子と、深いルビ―色の液体を満たしたカップを前に、その女性――女王マルグレテが、天気でも問うかの様に語りかけた。

帝国(インテ)蠢動(しゅんどう)している様ですわね」

「聞き及んでおります。輝鉱動力(エンジン)を不正に国外へ運び出していた者が捕えられたとか……」

 穏やかな声で応じたのは、異国風の簡素なドレスに菫色(すみれいろ)のショールを纏った年配の女性。

 レーヴルの宮廷魔女の筆頭であるとともに、若き女王マルグレテの側近中の側近でもあるローレンであった。

「国外だなんて、わざわざ曖昧にする必要ありませんわ。帝国(インテ)よ、帝国(インテ)

「……陛下ほど放言の許される立場ではございませんので」

 女王は口を尖らせると、その不満げな表情のままに、母親程も歳の違う部下へと訴える。

「あの僭主(せんしゅ)、どうせ良からぬ事を企んでるに違いませんわ」

「まあ……陛下に一泡吹かせたい。そうお思いなのでしょう」

 ローレンは思わず苦笑した。

 イエルプ大陸の北、大陸に咲く白百合と称される、麗しきレーヴル王国。

 マルゴ山脈を挟んでその西側には、強大な軍事力を持つ大国。

 ――シュタイデン帝国がある。

 彼の国の皇帝バルザム一世は、(よわい)六十二。

 辺境の油売りから身を興し、一代にして強大な帝国を築き上げた立志伝中の人物である。

 約一年前、何を血迷ったか彼は、孫程も歳の離れた女王マルグレテに、婚姻を申し込んで来たのだ。

 老いらくの恋。――そう、せせら笑う者もあったが、眼の曇っていない者ならば、その目的は言うまでも無い。

 シュタイデン帝国は近隣の諸国を併合し続けて、今も尚、巨大化し続けている覇権国家。

 一方のレーヴルは、帝国に比べれば、国土は猫の額ほどの小国。

 それは強大な軍事力を背景に、労せずして隣国を併合しようという(あなど)りと、見え見えの野心に(まみ)れた申し出であった。

 ところが、女王マルグレテの返答はというと、

『油塗れのお爺ちゃんへ。脂っこい食べ物はどうぞお一人で召し上がれ。下賤なゲテ物は私の高貴な口には合いませぬゆえ』

 バルザム一世の出自を嘲弄(ちょうろう)する諧謔(かいぎゃく)に満ちた一文のみ。

 手を汚さずに国を奪ろうなどというのがそもそもの間違い。

「小娘があああああ!」

 結局、宮廷全体に響き渡る様な赫怒(かくど)の雄叫びを上げて、その勢いのままにバルザム一世は左右の者達にレーヴル王国への侵攻を命じた。

 ところが、レーヴル王国は帝国の侵攻を、あっさりと退(しりぞ)けた。

 それも圧倒的に。徹底的に。

 帝国軍は両国の境にあるマルゴ山脈を踏み越える事も出来ずに、撤退を余儀なくされたのだ。

 国土の規模を考えれば、彼我の戦力差は本来、比較になるものではない。

 だが、レーヴル王国にはそれを補って余りある、二つの特筆すべき戦力があった。

 まず一つ、レーヴル王国は魔女の国である。

 この国の女性は銀のスプーンならぬ、あるギフトを握って誕生する。

 それは魔法。

 この国の女性は、何か一系統の魔法を身につけて生まれてくるのだ。

 あくまで女性にのみ与えられるギフトであるが為に、この国の人間は女児が誕生すれば盛大に祝い、男児が誕生すれば、次はきっと女の子だと慰める。

 結果として社会は、著しい女尊男卑の傾向があり、建築土木に関する一部の工兵を除いて、軍人、政治家は全て女性。貴族の継承権も女性にのみ与えられる。

 炎や雷を操る魔女たちの前に、剣や弓で戦いを挑んで勝利せよというのは、どう考えても無理難題に近い。

 帝国側も、それはもちろん理解していた。

 マルゴ山脈に築かれた要塞に常駐しているレーヴル軍は、わずか二千名。

 帝国はそこに二十倍――約四万人の大部隊を展開したのだ。

 いかに強大な力を持つ魔女とて、その魔力には限りがある。

 数で押し潰せば打ち負かすことが出来る。

 そう考えたのだ。

 ところが、その目論みはあっさりと崩れ去る。

 それを打ち砕いたのはレーブルの、もう一つの戦力。

 それは輝鉱動力(エンジン)を搭載した高機動車両の存在であった。

 輝鉱石――レ―ヴルのみで産出されるその特殊な鉱物を動力源とする、魔法仕掛けの動力。

 狂気の錬金術師(マッドアルケミスト)の異名を持つ天才魔女マセマー=ロウによって開発された高機動車両の奇襲によって、輜重(しちょう)を徹底的に燃やし尽くされた帝国軍は、見る見る内に疲弊し、戦線を維持出来なくなって撤退したのだ。

 故に輝鉱動力(エンジン)の流出は、国家の安全保障の根幹を揺るがす大問題である。

 それも流出先が、()の帝国ともなれば、女王も心穏やかでいられる訳がない。

輝鉱動力(エンジン)流出の危機は前女王(おかあさま)の代、十二年前に続いて二度目です。前回は水際で喰いとめられたそうですが、今回はすでに流出してしまった様です。今、どの程度の数が流出したのかを調べさせていますが……全く忌々しい話ですわ」

 早口でそう(わめ)き立てると、女王はカップを傾けて口中を潤す。

 その姿を眺めたローレンは、この若き女王の心労を(おもんばか)った末に、努めて明るい調子で言葉を捻り出した。

「まあ、陛下。帝国との国境、マルゴ要塞は堅牢にして難攻不落。さらにはマセマー=ロウ殿が新たに開発された魔力砲塔『無窮』も配備されたそうではありませんか。そう簡単にちょっかいを掛けてくることは出来ますまい」

 わざと軽い調子で言ったのが裏目に出たのか、女王マルグレテの表情に愁いの色が一層濃さを増した。

「『無窮』は……アレは、魔力を食い過ぎるのです。そもそもアレを撃てるだけの魔力を持つ者など数える程もおらず、撃てたとしても根こそぎ魔力を持って行かれて、三日は寝込む様な兵器など、何の役に立つというのです。それこそ我が国の祖シュヴァリエ・デ・レーヴル様の様に無限の魔力でもあれば話は別ですけれど……」

「……無限とまでは申しませんが、そう思える程に膨大な魔力を持つ者にならば、出会った事がございます」

「それは異な。魔力の総量については、西のマルゴ要塞のリュシール中尉、東のジグムント要塞のペネロペ大佐が双璧だと聞いておりますが、それ以上の者がいるという事なのですか?」

「ええ……そう考えると実に惜しいものですね」

「惜しい?」

「ええ、そうとしか言いようが御座いません。十五年も昔の話でございます」

 首を傾げる女王マルグレテを眺めながら、ローレンは手にしたカップをソーサーの上へと静かに置いた。

「陛下もご存じの通り、私の魔法は『解析』でございますが……その頃は私もまだ駆け出しの魔女でした。魔力も貧弱で、せいぜい生まれたばかりの赤子がどんな魔法を身に付けているかを判別できる程度。当時は貴族に子供が生まれる度に、それを用いて謝礼を頂戴し、生計を立てておりました」

「あなたにもそんな時代があったのですね」

「どちらかと言えば落ちこぼれの部類でした」

 ローレンは自嘲気味に笑って、あづまや(ガゼボ)の屋根から蔦を垂らす薔薇の向こうに空を見る。

「或る時、西部に領地を持つヨーク子爵家に赤子が生まれるということで、呼ばれて伺ったのですが、それはいつもの出産とは様子が随分違っておりました」

「どう違っていたの?」

「妊婦のお腹の赤子から、信じられないほど強大な魔力が洩れ出していたのです」
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