第3話〜続・くだらない唄〜
ーー湖の見えるタンポポ丘の桜の木の下で、下ろしたてのコートのポケットに手を入れて、数年前にもこの場所で同じポーズしていた事。思い出してやっと実感
「僕は帰ってきた」
そう、今俺が見ているこの景色。俺が持っている絵と同じ景色だ。
まぁ俺が描いたんだから当たり前か…と自画自賛してふくみ笑いをする。
この絵を描き始めたのが十年前だった。
十年前…俺と雪が別々の道を歩み始めた日でもある。
〜続・くだらない唄〜
『ただいまー』
「おう、藤本じゃねぇか!おかえり!!」
この人は元気さん。俺はゲンさんと呼んでいる。歳は四十近いらしい。ごっつい顔に武将ヒゲが似合うダンディーな人だ。
ゲンさんは施設に預けられた子供達の面倒を見ている。顔に似合わず優しい人なのだ。
「おめぇはいつもそうだな。急に消えては、また急に現れる」
『ハハハ、絵かきは自由なもんですから』
「十年たっても変わらねぇか!」
そう、俺もかつてこの施設に預けられていた身。
理由は両親の早い死だ。
親戚をたらい回しにされた時にゲンさんが俺を拾ってくれた。
全く、この人には感謝しきれないぜ。
「藤本よ、都会はどうだったい?」
『怖かったけど、面白かったよ。俺のーー小さなそのプライドを見せてやろうとした』
絵を描きまくったんだ。ちょっと道を間違いちまったが、それが間違いだと気付いただけでも、俺は都会へ行けた事を成功と思っている。
「そいつぁ良かった……ところで藤本よ」
ここでゲンさんの声のトーンが低くなる。
その原因はおそらく…
「いつになったら…返す気だ?」
…やはりな。
「俺だってホントはこんな事言いたくねぇよ?ただ、額が額だ。それに絵かきとしても五年間売れたんだ。そろそろいいんじゃないか?」
そう、俺は都会に行く時に資金としてゲンさんに金を借りた。
そもそもゲンは金貸しだ。法外な金利を付けている。
それも、この施設で捨てられた子供達を養うためには致し方ない事だろう。
そんな優しいゲンさんだ。今までの恩もある。だからこそあえて俺はゲンさんに借りたんだ。
もう引き返せない。
絶対に成功する。
若さゆえの世間知らずの無茶ぶりだったかもしれない。
『すまねぇ、ゲンさん。今手持ちはないが、この口座にピッタリ入ってるからさ』
俺は借りた分の金の口座を作っていた。それを暗証番号が書かれた紙と共にゲンさんに渡した。
確かに金利は辛いが…絵描きのあの時、成功したからには問題ない。
「おう、良かった良かった。おめぇも雪と同じにはなりたくねぇだろうからな」
…………は?
今…何て………?
『ゲ、ゲンさん?雪を…まさか、あんた!』
「あぁ、雪はおめぇと違って失敗した。借金は最初に貸した額が返ってくるどころか増える一方。あれからちょうど十年だ。雪が年食う前にと思って…」
そこからゲンさんは面白おかしく何か話していたが、俺には何も聞こえてこなかった。
信じられない…雪が…『REM』に売られたなんて…。
REMとは、いかなる手段を使っても借金を取り立てる組織である。
裏名…殺人鬼。
ゲンさんがその組織と絡んでいる事は知っていたが、何せ相手は他人だったがために、施設の子供達の為に金を回収するゲンさんをどこか応援していた。
そう、俺はREMとゲンさんを応援していた…。
だが、雪となれば話は別。都合の良い奴だと自分でも思う。
『何でだよ!!何で雪を売ったりした!!!』
俺はもちろんブチ切れた。この際、恩人のゲンさんだろうと関係ない。
「勘違いするなよ藤本!!おめぇは成功した。つまり勝ったんだ。雪は失敗した。…すなわち負けだ。そんな雪がこれからも借り続けたら生涯働いても返せない額になる。だから今のうちにと思ってな」
不気味に笑うゲンさん。
「まぁ雪はベッピンさんだからな、すぐに買い取り手も見つかるだろう」
やはり雪は売られたんだ。予想していた最悪の展開。
『何でだよ…あんたみたいに良い人が…あんだけ親代わりに面倒みてくれていた…ゲンさんが…』
「ガーハッハッハッハッ」
ここでゲンさんが大笑いした。歯並びの悪い口を大きく開け、人を本気で馬鹿にするような笑い方だ。
「雪の話を聞いてもまだ気付かないなんて本当に馬鹿な奴だ」
あぁ、そうか…。
「何で俺が子供の面倒を見てるかだと?そんなの決まってるじゃねぇか!金のためだよ!!」
俺達は騙されていたんだ。
「この施設を出る時は絶対軍資金が必要だろ?法外な金利でもお前らは世話になってるから断れねぇ!」
俺がガキの頃から見てる…金を返しに来る人も、昔はここに預けられていたんだ。
「成功しても返ってくる。失敗したら売られる。どっちにしても、俺の元には莫大な金が転がり込むのさ!!」
この施設に預けられた時から…運命は決まっている。通りでゲンさんが子供を引き取るわけだ。
「なのにお前らときたら…俺を《良い人》だってよ!ガーハッハッハッ!!」
『もういい…俺は帰る』
「おうよ!毎度、ありがとうございました!なーんてな。ガハハハ」
ゲンさんと施設の真実。
それは信じられない裏切りだった。
裏切り? いや、俺達は育てられていた…良い金づるに。
放心状態…まさにそうだ。気力もなくなってしまった俺は、自然とこの場所にいた。
ーー湖の見えるタンポポ丘の桜の木の下で、手頃なヒモと、手頃な台を都合良く見つけた。
半分ジョークでセッティングしてそこに立ってみた時、漫画みたいな量の涙が溢れてきた。
『うぅぁ…うわぁぁ!!』
駄目だ! 死んじゃ駄目!
終わっちまう。
俺の人生が終わっちまうよ。そんなのは嫌だ。
嫌だ…もう何もかもが嫌だ!
泣いていたって何も変わらないのは分かっている。だが止まらない。
ーー数年前にもこの場所でよくこっそり泣いたっけ。゛あの子゛にフラれただとか、軽いもんだったけど。
今はその雪もいない。何をしているかも分からない。
もしかしたら…想像は悪い方向へと向かうばかりだ。
『俺は…ちゃんと帰って…きた…よ…?』
かすれた声で発した言葉も、本当なら感動の涙が流れているはずなのに…。
『この景色も…あれ?』
驚くのも無理はない。
目に見えるもの全てが白黒…つまり、色がついていない。
花も、木も、草も、空も…白黒だ。
『もう…皆死んじまったのかい?』
絶望に魅入られたその時…何かが光った。
暖かい光…暗闇に差し込む一条の光とは、まさにこのこと。
光の正体は、俺が書いたタンポポ丘の景色。
『そうだね、この花はタンポポ。見つけやすいようにって…黄色なんだね』
白黒だったタンポポが黄色に染まる。
するとそれを中心にーー景色に色がつく。
俺は生を取り戻した。
まだ生きてる。この絵のおかげで実感できた。
『そうさ、一年中タンポポが咲いてる砂盤菜。ここで俺は生まれ育った。まだ生きてる!!』
ーーこの眼がかろうじて、飛んでいく綿毛を見送った。
また新たな命が生まれようとしているんだ。
必死で生きようと咲くんだ。
なのに生きてる奴が、自分から死のうとしちゃ駄目なんだ。
『何としても雪を助けよう』
ありがとう、タンポポ。
そしてタンポポ丘。
絵を描いていて良かったって本気で思うぜ。
ーーこの眼がギリギリで見えていて良かった。
向かう先は一つ、REMの裏取引会場だ! |