第1話〜くだらない唄〜
『ーー得意の絵を書いてあげる。僕の右手と、水彩絵の具で』
「え?藤本君、絵書くの得意なの?」
『馬鹿言え!絵かきのモットーとは俺の事さ』
「フフフ、楽しみにしてるよ」
〜くだらない唄〜
俺の名前は藤本。モットーなんてあだ名がついているが誰からも呼ばれた事がない。
そして俺の隣にいる子が雪。年は十九で同い年。正式に付き合ってはいないが俺は雪が好きだし、雪も俺に…少なくとも好意は寄せているだろう。
こうして丘の上に俺が来ると、どこからともなく現れては、くだらない話をしたりする。
それが凄い楽しいし幸せだ。
でも、明日は成人式。俺達は社会人として認められる日だ。
それと同時に旅立つ。
旅立つって言っても、仕事の為に町を移動するだけだが。
俺は絵かきとして、雪は小さい頃からの夢だった美容師になるため、都会へと引っ越す。
だから、この幸せな日々も実質、今日までなのだ。
ここ砂盤菜の町で育ち、今までの頃が懐かしく感じるんだ。
だから、こういう思い出を忘れたくない。
それで俺はこのタンポポ丘の景色を絵として書き上げる事に決めた。
遠く離れ離れになる雪への華向けの意味も込めて。
そして、俺のこの想いも込めてだ。
雪となら遠距離だって恋愛できると俺は信じているから。
『そうだーー指切りをしよう。僕らにシワが増える前に。十年後も同じ日に、またここでいっしょに絵を描こう』
「うん、このタンポポ丘で…ね☆」
『ーー神様!見渡す限りに、綺麗なタンポポを咲かせてくれ!』
「藤本君、神様とか信じるんだね」
『まぁな、でもこれだけは言っとくが、神に誓うな!己に誓え!!…どう?俺の名言』
「いいね…神に誓うな!己に誓え…か」
『あぁ、だから俺は俺に誓う。ーー今夜中にこの景色を僕の右手と絵の具で閉じ込める。十年後の同じ日に、ネクタイで迷わぬように』
なんて話している内にもう日が沈んでしまった。
雪といるといつも時間を忘れてしまう。でもなぜか、絵は一人で描くより上手く描けるような気がするんだ。
月明かりで照らされた雪の横顔に思わず見とれてしまう。
「暗くて見えないでしょ?それに、寒くない?」
季節は冬だ。しかも夜。決して温かいなんて言う奴いないよね。
『大丈夫だよ。見つけやすいようにタンポポを描く事にしたんだから。それに、もうちょっとで完成するから』
え?なんで冬なのにタンポポが咲いているかって?
まぁ、これは父さんから聞いた話だが、俺のじいちゃんが若い頃、砂盤菜の兵士だったらしい。
何でも民を困らせたライオンに剣を刺したために英雄になった。…っていう胡散臭い話だ。
そのライオンは谷底に落ちたらしいんだけど、なぜかライオンを包むように、異常な数のタンポポが咲いたとか。
それ以来この砂盤菜のタンポポは一年中枯れる事がない。春夏秋冬、いつでも咲いている。さすがに冬は咲く数が少ないけどね。
さて、早く仕上げなくちゃな。雪も飽きたのか知んないけど、数少ないタンポポを摘み出したし。
ーー少しだけ僕は咳をして、最後の一筆に願いを込める。隣であなたは俯いて…タンポポで冠を…。
『この絵には、俺の想いも込めたんだ。完成はまだ見ないでくれ。もし…もし見たいなら…受け取ってくれるなら、明日…ここで待ってるよ』
「うん、分かった」
ーーーーーー。
『ハッ!うっかり寝ちまった!絵は…まだ途中だ…』
なんて事だ、でもあと少しで完成。時間には充分間に合う。
『…ん?』
頭に何か…これは、冠? 全部タンポポでできてる。
雪が作ってくれたのか。ありがとな。
本当は、全てが怖いんだ。雪と離れる事も。
ーー神様、僕は震えてる。背広もネクタイも見たくないよ。Tシャツに昨日染み込んだ、タンポポの匂いが忘れられない。
でも、俺に誓ったんだ。
この絵を完成させて、雪に告白して、大人になるって。
だから怖くない。…はずなのに、何で手が震えるんだろう?
筆すら持てないくらい手が、足が…そこまで寒くないのに、震えるんだ。
結局俺は絵を完成させる事ができずに再び夜を迎えた。
分かってるんだ。雪はもう来ないって事ぐらい。
だからーー僕はまだ…震えてる。 |