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校庭で走り回ってると、小枝子はたまに視線を感じた。 女の子が、こっちを見ていた。顔しか見えないけれど、長い黒髪の色の白い美少女だった。小枝子の脱色された金髪とは、ちがうな、と思った。比べるもんでもないけど、小枝子は自分で金髪にしていたから髪の毛は痛み気味だった。
「安藤! とまるなよ! マラソン対決してんのに!」
「いいけど、このままだと田中負けるけど、おごりの話おぼてる?」
男子と引けを取らない身体能力の小枝子は、よく色々な部活の助っ人をしては結果を出してきた。あと、お給料もこっそりもらっていた。
裕福じゃないし、服装も結構崩しているのにお金持ちが多い私立には入れた理由は、それだ。小学校から、有名だったから。『賞金ハンター小枝子』なんて呼ばれていた。
弟が入院しているから、お金が必要だった。今はもう退院しているけど、もしまた体調を崩したらと思うとまだ稼ぎたかった。でもお洒落もしたかったから、髪の毛の色を抜いた。
「はい、ゴール」
トン、と小枝子がゴールである楠の木をたたいた。
「あーちくしょー!! お前はやすぎんだよ!」
「知らないわよ。あんたが勝負しかけてきたんだから。負けたら、夕飯おごってくれるんだっけ? 駅前のラーメン屋さん。あこ一杯千円するけど」
中学生の小枝子たちには、高めの値段。でもおいしいらしい。
「わかってるよ! おごるよ!」
ため息をつきながら、小枝子はさっきから美少女の視線が気になって仕方がなかった。入学して1カ月。彼女の顔には見覚えがない。
「ねぇ、田中。あの綺麗な子誰?」
「あ? しらねーよ。上級生じゃねーの? あんな綺麗なの1年にはいねーよ」
そもそも歩いてるだけで皆男なら見るわ、あんなの。と田中は不機嫌に吐き捨てる。
美少女がこっちこっちをしている。
「安藤、呼ばれてっぞー」
「ラーメン……」
「明日おごってやっから」
「逃げない?」
「同じクラスでどうやって逃げろってんだよ……」
それもそうか、と小枝子は草をかき分けて、美少女のいる窓際にいった。
近づいて見れば、白さは少し病的なほどだった。独特の、薬のようなにおい。
「なんですか?」
先輩だろうと想定して、小枝子は敬語を使った。
ら、彼女はにっこりと笑って……そのまま小枝子に口づけた。それも、思いっきり唇。
あっけにとられていると、にこにこしたままゆっくりと唇を離した。
(……女の子にキスされた……)
別に今まで彼氏がいなかったわけじゃないから、キスぐらいいけど。
何でまた、女子に。
「千鶴さん! 何やってんですか!!」
美少女の後ろから低い声がした。
「小枝子に、ちゅー」
(名前しってんの? なんで?)
「馬鹿ですか!? 初対面で何やってんですか!? すみません……この子おバカなんです」
声の主が現れて、真っ先に胸元に目がいった。なにこれでかい。
小枝子だって、でかいはずなのに、それよりでかい。G以上はある。
巻き髪の黒髪の、目の大きな女性だった。赤いリップがすごく似合う。でも、なぜかツインテール。結構お姉さんっぽいのに。
「?? 何で姉さんは怒るんだ? よくオレに可愛い可愛いってしてたのに。チューって可愛いと思ってる人にするんじゃないのか?」
美少女の一人称はまさかのオレだった。そして変なしゃべり方だった。なんだこれ。
「それは身内だけにしてください! 小枝子さんに謝りなさい!」
「ごめんなさい……」
「あ、別に女の子にキスされるぐらいなら……あたしは気にしないんで。普通は嫌かもですけど」
謝る美少女に、小枝子は言った。
「オレ男だが?」
美少女(仮)は言った。すごく不思議そうな顔で。