第7話〜ルヨの質問
昔々、ある所に、船で旅をする魔法使いと猫少女とメイドがおりました。
魔法使いはハーリングという名前で、若く小柄で少し長い黒髪で冷ややかな青い目をしていました。
猫少女はルヨという名前で、すらっとした体つきで黒い髪に金色の瞳をしていて、猫のような三角耳と尻尾を持っていました。
メイドはヨノという名前で、とても背が高く、人形のように整った顔立ちで、滅茶苦茶恐い目をしていました。
2人は船に乗って当て所もなく、その日その日の気分で西へ東へふらふらと旅をしているのでした。
ある日のことです。
「ハリさん、ハリさーん」
船室でのんびり読書をしていたハーリングは不意に背後から呼ばれ、さっさと本に栞を挟みました。
彼は今までの旅の経験で、この声の主を無視しての読書、それはもうキリのいいところまでちょっと読むってことさえも不可能だと学習しているのです。両肩を掴まれてガクガクと揺さぶられながら耳元で大声を上げられるよりかは、ちょっとキリが悪くても素早く栞を本に挟んで彼女の相手をしてあげた方が得策なのです。
「何ですか? ルヨ」
ハーリングは本を机の上に置きながら尋ねました。
猫少女はハーリングの間近、およそ30cmくらいの所から彼を一生懸命見つめながら話し始めました。ちょっと接近しすぎですが、これもいつものことです。
「あのね。あのね。ルヨ、さっき、べんきょうしてたの」
「勉強はいいことですよ」
ハーリングは後に続けようとした「面倒臭いけど」という余計な言葉は飲み込みました。
ところで、最近、ルヨは色々と勉強をしているのでした。何故、何を勉強しているのかといえば、それはこの世界での生活に馴染んでもらおうというハーリングの配慮によります。今現在、彼女は元の世界に帰れないわけですから、必然的に今いるこの世界で生きていかなければいけません。そのためには、この世界について色々と勉強しなければいけないのは当然と言えるでしょう。
そんなわけで、彼女が勉強しているのは文字の読み書きだったり、算数だったり、この世界の科学や社会であったり、常識や礼儀、マナーなど多分野に至ります。それらを教えるのはハーリングだったり、ヨノだったりします。また、幼年学校向けの本などを魔法で取り寄せて読ませたりもしていました。
ルヨは大変勉強熱心(勉強しているつもりなのか遊んでいるつもりなのか分からないときもありますが)で、概ねいつも一生懸命に勉強に取り組んでいました。
「でね。ちょっとわかんないとこがあったの」
「分からないところですか?」
ハーリングは首を傾げました。
別に、ルヨが「わからない」と言うのが不思議だったわけではありません。彼女には分からないことがたくさんあります。それも当然です。彼女はこの世界で生まれ育ったわけじゃあないのですから、この世界のことを知らないのは当たり前です。まぁ、それを考慮したって彼女は知らないことが多いのですが。おそらく、彼女のいた世界(少なくとも地域)には学校がなかったと思われます。最初は「1+1=2」だって分からなかったんですよ? 彼女のいた世界(または地域)には算数という概念がなかったのかもしれません。
そんなわけで知らないことの多い、ぶっちゃけ馬鹿な彼女ですから「わからない」のは至極当然です。
それでも、ハーリングが首を傾げるのには理由があります。肩が凝っているわけでも首が痛いわけでもない……と言いたいところですが、生憎と彼は慢性的な肩こりに悩まされ、また、365日中200日くらいは首を寝違えるという肩から首にかけては弱い人間なのでした。しかしながら、今回首を傾げたのはそーいった理由ではありません。
「ヨノに聞いたのですか?」
彼が不思議に思い首を傾げたのはヨノについでです。
この超絶目つきが悪い正体不明のメイドらしい人は意外というか思った通りというか思わずというか予想通りというか、まぁ、とにかく、知識は結構豊富な人でした。ハーリングのように魔法関連とかの深く専門的な知識はありませんが、社会で生きていく上で有益な、また、上級学校レベルの主要な学問などは概ね知っていました。ただ、頭の中の教科書が100年ばかし古く、ちょっと時代遅れな知識を持っていたのですが、ハーリングの蔵書を読んですぐに更新したようで、教師役としては喋るのが苦手なハーリングよりかはずぅっと優秀なのでした。ちょっと淡々として機械めいた感じですけど。
今日は、そのヨノがルヨに勉強を教えているはずでした。彼女ならば大抵のことは、ルヨが疑問に思うことは概ね分かると彼は思っていたのです。
しかし、
「うん。聞いた」
「でも、分からないと?」
「うん」
ルヨは純真無垢な顔でそう言うのです。
ハーリングは「うーん」と悩みます。
さっさとルヨに何が分からないのか聞いてさっさと答えればいいのに、何故だか遠回りをして難しく考える習性が魔法使いにはあるのです。魔法使いではない人にとってはそれがまどろっこしくてイライラするらしいのです。
「ところでヨノは何処ですか? お茶の用意でもしているのですか?」
「ううん」
ルヨは首を振りました。
「部屋で頭から煙出してる」
「……………」
ハーリングは沈黙し、おもむろに立ち上がりました。
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