第3話〜猫 オン・ザ 海〜
昔々、ある魔法使いが小さな船で旅をしていました。
魔法使いはハーリングという名前で、ある日、彼は猫を飼おうとして誤って猫少女を魔法で呼び出してしまいました。
ハーリングは彼女を元の世界に戻そうと決意しかけましたが、猫少女は呆気なく一緒にいると宣言し、彼のやる気は一気に失われたのでした。
ところで、猫少女のルヨは「海」という存在を知らないらしいのです。
ハーリングは十数分かけて、本やメモを駆使して、彼ができる限り海についての知識を説明しましたが、
「んー、よく分かんない」
結局、ルヨは困ったような笑顔で、猫耳をぽりぽり掻きながら、そう言ってしまいました。
「では、海を見ましょう。百聞は一見にしかずです」
「あ? ひゃく……ぶ? いっけ? う?」
「……いや、それは良いんです。とにかく、海を見ましょう」
2人は甲板に出ました。彼らの乗る船は小さいですから、すぐに甲板に上がることが出来ます。
ルヨは移動している間も物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回していました。鉄製の壁も階段も通り抜けただけの操舵室の装置たちも彼女の好奇心を大いに刺激しているようでした。
海を見たらどれだけ楽しむことでしょう。ハーリングは少し楽しみになりました。彼女が喜び笑う姿はどーにも見ている人間を幸せにさせる力がありそうです。
「これが海です」
ハーリングは操舵室から甲板に出るドアを開けて言いました。
ルヨはきょとんとしていました。
「うみ? どれ?」
どれと聞かれては困ってしまいます。何せ。そこら中全部海なのですから。
「全部です」
そう答えるしかありません。
「どれ?」
でも、ルヨは首を傾げます。
話し合っていても、しょうがないのでハーリングはルヨを海が良く見えるように 甲板の縁の方に連れて行きました。
「落ちないように気を付けて下さい。ちゃんと手摺を握って」
ルヨは言われたとおり、しっかりと手摺に摑(つか)まりながら海を見ました。
「水がたくさんある」
「それが海です」
「水の上に浮いてる」
「それが船です」
ルヨは不思議そうでした。
腕を伸ばして海を触ろうとして、ハーリングが止めるよりも先に、
「うあぁっ!」
ボチャンと海に落ちてしまいました。
「うわー! 溺れるー!」
当たり前です。泳げない人は海に落ちたら溺れます。ルヨは泳げないらしいのです。
この場面でハーリングはルヨを助けるべきなのですが、生憎と彼も泳げませんでした。泳げないくせに一人で船旅なんて、どーかしていますね。まあ、魔法使いには変人が多いんです。
泳げないからといって助けないわけにはいきません。
しかし、泳げないから、飛び込んでも意味がありません。
そこで、彼は魔法でルヨを助けることにしました。
ハーリングは珍しく少し慌てた様子で、魔方陣を書いた船室に戻って、また、魔方陣をごちゃごちゃと書き換えました。急いでいますが、きちんと本で確認します。違っていると困りますから。それから、また、お香を焚きました。
そして、最後、呪文を唱えながら、ただ一心に魔法の神様に祈ります。
〈神様、神様、魔法の神様。私の願いを聞いて下さい。魔法使いとして、私は私の欲望と身勝手によってのみ願い、欲します。猫少女のルヨをここに呼び出して下さい。猫耳、猫尻尾を持ち、満月のように黄金色に輝く瞳の猫少女のルヨをここに呼び出して下さい〉
今回の魔法はそれほど難しいものではありません。
だって、ハーリングはさっきまでルヨを見ていたのですから、簡単なのです。
つまり、さっきまで見ていた、溺れているルヨの姿だけを頭の中で思い浮かべていれば良いのですから。いつも、こんなことばかりしている魔法使いにとってはお茶の子さいさいなんです。
すぐに魔方陣の上にびしょ濡れのルヨが現れました。
何故か50cmくらいの魚を抱えていました。
「大丈夫ですか?」
とりあえず、ハーリングはそのように声を掛けました。
溺れていた人を助けたら、まずは誰だってそう声を掛けるでしょう?
「は、はうあ、はわ、はわわ………」
ルヨは腕の中で魚をぴちぴちさせながら、ぶるぶる震えていました。
「大丈夫ですか?」
ハーリングは心配になってもう一度声を掛けました。
「う、う、うみ、うみ、こわー……」
ルヨはぶるぶる震えながら窓から見える青い青い海を見ていた。
海を旅する魔法使いの相棒が海嫌いになった瞬間でした。
「……とりあえず、この魚を調理して食べましょう」
「これ食べれるの? 美味しい?」
「美味しいですよ」
「わーい! うみ、好きー!」
相棒は海が好きになったようです。
どっちですか。
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