第2話〜魔法使いと猫少女〜
困ったことになってしまった。というのが、魔法使いの率直な感想でした。
魔法使いは猫が欲しいと思いました。次いで、メイドさんを雇おうと思いました。そして、出てきたのは猫少女でした。では、この娘にメイドをやらせれば無問題です。めでたしめでたし。とはいかないのです。
そもそも、高い知性がある生き物を魔法で呼び出す行為は非常に厄介なことで、帝国魔法魔術協会から自粛命令が出されているのです。
考えてもみて下さい。
いきなり、自分が今までいた時空と全く違う時空に無理矢理強制的に連れて来られた場合のことを。
一定の知性を持つ者は自分が住んでいた場所に大なり小なりの愛着を持っていますし、そこには、家族も友人も愛する人もいます。
それがいきなり勝手に全然違う所に呼び出されれば、当然、混乱しますし、悲しみ、怒り、場合によっては暴走し、呼び出した術者を害するという悲劇的なケースに発展することもあります。
ですから、魔法使いは困ってしまったのです。
この猫少女を元の場所に戻せれば問題は無いのですが、生憎、魔法で呼び出したモノを全く同じ場所に戻すことは不可能というのが現在の理論です。
先程もも説明したとおりですが、魔法というものは想像力が大事なのです。場所を指定して何かを送ろうと思ったら、その送る場所を鮮明にイメージしなければいけません。
同じ世界で行ったことがある場所ならば良いのですが、違う時空というか行ったことのない場所をイメージすることは事実上不可能です。
よって、この少女を元の場所に戻してあげることはできないのです。
じゃあ、どうするのか?
何処でもいいから、またまた無理矢理何処かに転送魔法で送るという手もあり、それをする魔法使いもいます。
しかし、こちらの身勝手で呼び出しておいて、また、違う時空に送るというのも酷い話です。
魔法使いが大変、悩み、困り、考えていますと、ふと猫少女が自分のことをじーっと見つめていることに気付きました。
「えーと……」
魔法使いが何と声を掛ければ良いのか悩んでいると、彼女はにやっと人懐こい猫のように笑いました。
「こんちは!」
彼女はバカみたいに明るい笑顔と大声で、挨拶しました。魔法使いが面食らっていると、彼女は更に言葉を重ねます。
「君、名前は?」
魔法使いは猫少女の言葉を理解するのに数秒ほどかかりました。ああ、そうか。名前を聞かれたのかと気付き、何はともあれ名を名乗ることにしました。
相手は同業者ではないので、偽名を使う必要はないかと思い、本名を言うことにしました。
「私はハーリング・ルイ・ディア・ブラウンシュバイツです」
「は? え?」
猫少女はぽかーんと大きな口をバカみたいに開けて停止しています。
聞こえなかったのでしょうか? ですから、魔法使いはもう一度名乗りました。
「ハーリング・ルイ・ディア・ブラウンシュバイツ」
「は、はーり…る…でぃあ…ぶ……うー?」
少女はぶつぶつ呟きながら首を傾げます。言葉が分からないわけじゃないでしょうに。
「ハーリングでいいですよ」
ハーリング・ルイ・ディア・ブラウンシュバイツが本名の魔法使いが気遣って言うと、更に彼女は考え込みます。
「は、はーりんぐ……うー……うん! ハリさん!」
そして、結局、魔法使いの呼び名はかなり短くなってしまいました。
ところで、魔法使いが名乗ったのですから、猫少女の名前も聞くべきです。何はともあれ、正常な人間関係は自己紹介から始まるのです。
それに、猫少女は自分の名前を聞いてくれることを期待するようにキラキラした笑顔で魔法使いを見るのです。
「あなたの名前は?」
「ルヨ!」
魔法使いが尋ねると、彼女は元気よく答えました。
「ルヨですか」
「うん! ルヨはルヨっていうの! ロロとレルの娘! ペノの森のラナタイ村のルヨだよ!」
ルヨと名乗る猫少女は明るい笑顔で言いました。
彼女に不安や恐怖は無いのでしょうか? そんなわけはありません。いきなり、今まで住んでいた所と全く違う所に強制的に連れて来られれば、そういった感情に襲われるのは至極当然です。
そして、それをしてしまった自分にはその行為を謝罪し、償う責任があると魔法使いは思いました。
「ね! ね! ハリさん!」
謝罪の言葉を考えていた魔法使いに、ルヨは滅多矢鱈に明るい笑顔で迫ってきました。
「何ですか?」
魔法使いは微妙に顔を引きながら言います。
「あのさ! ルヨ、ぺノの森にいたら、いきなり、足元から光が出てきて地面に引っ張られたの! ルヨ、びっくりした! 悪魔がルヨを地獄に引きづり込もうとしてるのかと思って恐かったんだ!」
「……はあ」
大仰な身振り手振りを交えてここへ来るまでのことを説明するルヨに魔法使いは曖昧な返事しかできません。
だって、彼女がそのように恐い思いをしたのは彼のせいというか、そもそも、それをしでかしたのは彼です。責任の所在は100%彼にあるのです。
その加害者であるところの魔法使いに被害者のルヨが犯行の一部始終を説明してくれるのですから、彼は罪悪感に苛まれるわけです。
彼女の純真無垢な笑顔は彼の小さな良心にチクチクどころかザクザクと結構なダメージを与えるのです。
「それで、気付いたら、ここにいたの!」
「……そう…ですか……」
「うん! 何でこんなことになったんだろ?」
ルヨは心底不思議そうな顔で腕を組み首を傾げます。かわいい。
そういえば、魔法使いの知人の魔法使い|(魔法使いの例に漏れずやっぱり変人)が猫耳だのウサ耳だの犬耳だ、肉球が、尻尾が、萌え! とか騒いでいたような気がします。
その彼から聞いた定義を当てはめると、今の彼女の状態を萌えるというの言うのでしょうか?
「ねえ! ハリさんはルヨがここに来た理由分かる?」
彼女にその純真な光る瞳を向けられ、自他共に認めるほど暗い性格をしている魔法使いは意味の無い居心地悪さを感じます。
ここは正直に話すべきでしょう。知人からは暗くて性悪と言われる彼ですが、何だか彼女のキラキラ笑顔と純真瞳を向けられると浄化されたような気がしてしまいます。
「ええと…ルヨさん」
「ううん」
声を掛けると彼女は首を横に振ります。名前を間違えたのかなと魔法使いは首を傾げました。
「ルヨのことはルヨでいいよ!」
さんは、いらないと、そう言うわけです。
「しかし、あなたは私のことをさん付けで呼ぶじゃないですか」
「だって、ハリさんは偉いもん!」
「?」
魔法使いの言葉に彼女はよく分からない理論を唱えます。
私が偉い? 何故? と魔法使いは少々混乱してしまいます。
「だって、長い服を着てる!」
ルヨの言葉に魔法使いは自分の服装を見てみました。黒と紫の間くらいの色をした絹のローブが彼の普段着です。袖は広く長く、足元を隠すほどに裾も長いです。確かに長い服です。だから、何ですか?
「長い服は偉い人の証拠!」
ルヨはそう結論付けるのです。
魔法使いは考えます。これでも頭は悪くないのですよ。ユゼル・ヴァニラ帝国立魔法学院の最終学年学力順位七位でしたから。
おそらく、彼女のいた世界、または住んでいた地域では偉い人間は長い服を着ていたのでしょう。
「確かに、私は長い服を着ていますが、私は偉い人じゃありません」
ルヨは目をパチクリ。
「え? それって? え?」
また首を傾げるルヨ。理解不能らしいです。彼はそんなに難しいことを言ったでしょうか?
魔法使いは暫くの間、ルヨの脳内に根強く残っている、長い服=偉い人の固定概念を解くべく説明を行いました。
「えっと、んっと、ハリさんは偉くない」
「はい」
「長い服は偉くなくても着れる」
「はい」
「ここはルヨがいた所と違う」
「はい」
「何で?」
ルヨは再び首をコクリと傾げます。
「それなんですが」
魔法使いは渋い顔で、やっとこさ彼女がここにいる理由の説明に取り掛かります。やっとです。ようやくです。
「何を隠そう。あなたを元いた場所から、ここに勝手に連れてきたのは私なのです。私は魔法使いで、違う時空から違う時空へとモノを運ぶことができるのです」
「魔法使いっ!?」
ルヨは元から大きな瞳を更に大きく見開いて叫びました。
「ハリさん、魔法できるのっ!?」
「ええ」
「やってやってやって!」
「まあ、いいですけど……」
ルヨは興奮した様子でぴょんぴょん跳ねながら叫びます。ちなみに彼は煩いのが苦手なんです。騒がないで欲しいなと彼は思いました。
「何を出して欲しいですか?」
きんきんする耳を押さえながら魔法使いは尋ねます。
「えーと、えーと、えーと」
ルヨはバカみたいに口をぽかーんと開け、斜め上を見つめながら考えています。何を見ているんですか?
「ラッカウ!」
「?」
何ですか? それ。魔法使いは顔をしかめ、首を傾げます。そんな言葉は聞いたことがありません。
「……え? ラッカウ知らない?」
「知りません」
「あのでっかくて恐いの!」
そんなモノ出させようとしないで欲しい。もっと、安全なモノを出したいと魔法使いは思いました。
そもそも、先にも説明したとおり魔法というものは術者の意識と思いが多分に影響するので、術者の知らないものやイメージできないものは出せないのです。よって、そのラッカウなるものを出すことは彼には不可能なのです。
「じゃあね。じゃあね」
ルヨはまた考え込み始めました。
「でっかいお肉!」
「肉ですか」
「でっかいのね!」
加害者であるところの魔法使いに拒否権などないのです。罪悪感が彼を責めるのです。
ですから、魔法使いは少しでもその罪悪感を減らそうとしているのです。というわけで彼は魔法ででかい肉を出します。
ルヨに魔方陣の上から退いてもらい、古い布で魔方陣のあちこちを消して、白いチョークで少し書き直します。魔力を高めるお香の種類を変えて、呪文を唱えながら、ただ一心に魔法の神様に祈るのです。
〈神様、神様、魔法の神様。私の願いを聞いて下さい。魔法使いとして、私は私の欲望と身勝手によってのみ願い、欲します。肉を下さい。赤く血の滴る新鮮なる肉を、両手に抱えきれぬほどの大きな肉を下さい〉
肝心なのは一心不乱に祈ることです。頭の中に赤い肉の塊をイメージするのです。まあ、肉の塊は誰でも肉屋で見たことがありますし、当然魔法使いも見たことがあるのでイメージし易いのです。
程無く、魔方陣の上にでかい肉の塊が出現しました。血も滴る新鮮お肉です。
「わあ! 凄い凄い! お肉お肉!」
ルヨは興奮してまたぴょんぴょん跳びます。
「ああ、ぴょんぴょん跳ねるのは止めて下さい。船が揺れます」
「ふね?」
魔法で出した肉塊を前にして、ルヨはきょとんとしています。
「ええ、私たちは船にいるのです」
全然理解できていないようです。
「……ふね…て?」
ルヨは船を知らないようです。
「私達が今乗っているものです」
「え? え? う?」
ルヨ混乱。
「船というものは、海の上に浮かぶ乗り物です」
魔法使いは簡潔に船について説明しました。彼女のいた世界に船は無かったのでしょうか? 原理を分かってくれればいいのですが。
「うぇ? へ? あ? うみ?」
分かってくれなかったようです。どうやら、海自体分からないようです。
魔法使いは十数分かけて、本やメモを駆使して、彼ができる限り船の浮かぶ原理や海についての知識を説明しました。
「んー、よく分かんない」
結局、ルヨは困ったような笑顔で、猫耳をぽりぽり掻きながら、そう言ってしまうのでした。あー、なんか、可愛いですねー。バカな子ほど可愛いとはこのことですか。
「あー、とにかく、ここは船という海の上に浮かぶ乗り物の中なのです」
「うん、分かった!」
ルヨは元気よく頷きました。船の浮く原理とかは全く理解していないのに。
かなり、話が脱線したような気がします。
さて、この肉の塊をどうしましょう? ああ、違います。そんなことはどうでも良いのです。後で魔法でどっかやればいいんです。問題はルヨです。
「あー、さっきも言いましたけど、実は、あなたを魔法でこっちの世界に連れてきてしまったんです」
「あー、うん」
ルヨはあっさりと頷きました。
「それで、元の場所に返すことは不可能なんです。えーと、どうしましょう?」
勝手に呼び出しておいて「どうしましょう」という台詞も、どうかと思いますけど、魔法使いにはそれしか言えないのです。
「えーっと…う?」
ルヨは難しそうな顔で首を傾げます。
「ルヨはペノの森のラナタイ村に帰れないの?」
「ええ、残念ながら、そういうことになります。家族にも永遠に会えないかもしれません」
魔法使いの言葉にルヨは悲しそうな顔をしました。
「そなの?」
「ええ、そうです」
魔法使いは物凄い罪悪感を感じながら頷きました。
ルヨは暫く考え込みました。
そして、首を傾げました。
「結局、ルヨはどーしたら良いの?」
どうしたら良いのか分からないようです。
魔法使いは暫し黙考しました。
イメージできる場所でなければ転送することが出来ないというのは、昔の偉い魔法使いが考えた魔法大原則の一つです。これを破ることは不可能と云われてきました。
しかし、本当に不可能でしょうか? 大変に難しいかもしれませんが、未知の時空へと飛び立つことも可能にすることができるのではないでしょうか?
魔法使いはそう考えました。
昔の偉い人は言いました。
「不可能は不可能と思っているから不可能なのである。可能と思えば、出来ることもある。若者たちよ。不可能を可能にせよ」
魔法使いは不可能を可能にしてみようと思いました。
「私が頑張って研究をして、あなたをあなたの故郷に戻して差し上げます」
魔法使いは決意に満ちた心で言いました。ここまでやる気が出たのは生まれて初めてかもしれません。
ルヨは答えました。
「いや、良いよー」
あっさりとした返答でした。
魔法使いは唖然としています。あまりの軽い返答に吃驚してしまっていました。
「だって、ハリさん、良い人で色々知ってて一緒にいて楽しそう! それに、ここ、見たことないモノが沢山あって面白そう!」
ルヨは心底楽しそうな顔でキョロキョロと船内を見回していました。
好奇心猫を殺すという言葉があります。猫は殺されるほど好奇心旺盛なのでしょうか。
こうして、魔法使いの一度燃え上がったやる気の炎はすっかり消沈し、彼は再びやる気のない気侭気分旅を開始することになりました。
しかし、今までとは違い仲間が一人増えていました。
|