雪の王女グラース
ここは雪の国。一年中雪が降り、普通の人なら凍ってしまうような寒い国です。
その国の王女、グラースはとても美しい王女でしたが、一歩も外に出ようとはしませんでした。
グラースはこう言います。
「だって遊んだらお母様に怒られてしまうもの」
幼い頃から母の厳しいしつけにより、グラースは外の世界を知りません。
母の言いつけを守る、他には何もない、まるで母親の操り人形のような子供でした。
だからグラースには友達が一人もいません。
その前にグラースは、家族と城の召使たち以外の人に会ったことがないのです。
そんなグラースはいつも一人で静かに本を読んでいました。
勉強をしないと母親が怒るからです。
ある日、本棚から本を探していると一冊の本がグラースの目にとまりました。
「……魔法?」
それは魔法の本でした。
しかしグラースには難しすぎて読めません。
仕方なくグラースはその本を棚に戻すと、またいつものように勉強を始めました。
ある日、お城に一枚の招待状が届きます。
その招待状は、太陽の国からのものでした。
「まあ、太陽の国? あんな暑い国、誰が行くものですか! 体が溶けてしまうわ!」
グラースの母はそう言って、招待状をびりびりに破きどこかに行ってしまいました。
しかしその様子をこっそり見ていたグラース、びりびりに破かれた招待状を拾います。
招待状の中に、何か入っていました。
グラースは破かれた紙片を一枚一枚、丁寧に拾います。
『グラース王女へ
太陽の国の王女、フラムです。
ぜひあなたと友達になりたいわ』
それはグラースに宛てた手紙でした。
グラースは太陽の国の話を思い出します。
「太陽の国、一年中お日さまが出ていて、とても暑い国。この国とは正反対の国……」
そう、太陽の国と雪の国は何もかもが違ったのです。
だから国同士はあまり仲良くありません。
グラースはそれを知っていました。
しかしグラースは考えるのち、「自分に向けられた手紙なのだから、返事を書かなくては」と思い、手紙の返事を書くことにしました。
それはこんな手紙でした。
『フラム王女へ
雪の国の王女、グラースです。
太陽の国と雪の国は、お互いのことを分かり合えない、だから友達になるのは無理です』
初めて書く手紙なので、グラースは何を書けばいいのか分からず、とりあえず自分の考えることを書きました。
お互い会ったことがないのに、フラムはなぜ私に手紙を書いたのだろうと、グラースは疑問に思いました。
自分は絶対にそんなことしない、そんなことができないからです。
グラースは疑問を胸に抱きながら、フラムへ手紙を出しました。
数日すると、フラムからこんな手紙が返ってきました。
『グラース王女へ
お手紙ありがとう。
私いつか雪の国に行ってみたいな。雪ってどんなものか知りたいわ』
グラースはまさか返事が返ってくるとは思わなかったので、フラムの手紙に大変驚きました。
再び来た手紙にグラースはどうすればいいのか分からず、ひどくうろたえました。
さんざん迷った末、グラースは手紙にこう書きました。
『フラム王女へ
雪は雪の国にしか降らない、天からの贈り物です。
白くてふわふわしていて、とても綺麗なものです』
グラースはフラムに雪を教えることにしました。
この国では雪なんてものは珍しいものではありませんが、太陽の国では違うのです。
太陽の国に雪が降るなんてことはありません。
もちろんグラースもそれを知っていました。
「太陽の国ってどんなところなんだろう…?」
グラースはそう思いました。
そして手紙に一文、こう書き足しました。
『太陽の国のことも教えてくれませんか』
グラースは顔も知らぬフラムに、もう一度手紙を出しました。
数日すると、フラムから長い手紙が来ました。
今までの手紙とは違う、長い長い手紙でした。
フラムからの手紙にはこう書いてありました。
『グラース王女へ
太陽の国はとてもあたたかいところよ。一日中太陽がじりじり照りつけて、夜になってもあたたかいのは変わらないの。
雨が降らなくなることもあって、その時は国中が大騒ぎ。
でもね、国民一人一人が手を取り合って、助け合ってる姿を見て「私この国に生まれてよかった」と思うの。
みんな優しくていい人たちなのよ。
グラースの国も、きっといい国なんでしょうね』
それからも、手紙のやりとりは続きました。
グラースの国のこと、フラムの国のこと、他愛のないやりとりを交わし、いつの間にか二人はとても仲良くなりました。
そしてある日、フラムからこんな手紙が届きました。
そこにはこう書いてありました。
『グラース王女へ
近々、グラースの国へ行こうと思うの。
あなたと会える日を楽しみにしているわ』
フラムがこの国に来る。
グラースは嬉しくなりました。
初めて出来た自分の友達、お互い顔は知らないけど、国を超えて心が通じ合っているのです。
「いつ来るのかしら、今日?それとも明日?ああフラムが来るのが待ち遠しいわ!」
グラースは、フラムの来る日が待ち遠しくてたまりませんでした。
フラムが来たら何をしよう、何を話そう、何して遊ぼう、グラースは考えると楽しくなりました。
その日グラースは、楽しみのあまり眠れませんでした。
その次の日、グラースは王宮で召使いたちが話しているのを聞きました。
「ねえ、この国で凍っている人が出たらしいよ」
「え?この国の民はこのぐらいの寒さに慣れてるでしょう?まさか異国から来た人かしら」
「そうね、この国があまりにも寒すぎて凍ってしまったのかしらね。その人は病院にいるらしいのだけど、病院の中も寒いから……もしかしたら凍ったままかもね」
「まさか……」
グラースはとても嫌な予感がしました。
まさかフラムのはずがない、しかしグラースはそう思うことができませんでした。
「フラムは寒さに慣れていないんだわ……!」
太陽の国は雪の国とは違い、とても暑い国。
暑い国から来たフラムが、この国の寒さに耐えられるとは思えません。
グラースはコートや手袋を手に持ち、城から飛び出しました。
母親や召使いたちの制止の声も聞かず、グラースは病院に向かいました。
「フラム……! 無事でいて……!」
グラースは全力で走ります。たくさんの人とぶつかり、たくさん転びました。
そんなグラースに、もしフラムが死んでしまったらどうしよう、そんな考えが過ります。
そしたら自分はたった一人の友達を失う事になる、グラースは怖くなりました。
人の視線に目もくれず、グラースは泣きながら走りました。
グラースはこの国で一番大きな病院に辿り着きました。
中には凍った人の姿がありました。
その病院のお医者さんはグラースにこう言いました。
「その人は死んだよ、いくら温めても全然氷が溶けないんだ」
グラースはその場で泣き崩れてしまいました。
この人がフラムだと確信していたからです。
凍ったその人は、とても綺麗な顔をしていました。
「その人を助けたいかい?ならばもう魔法の力に頼るしかないよ」
お医者さんはそう言いました。
「魔法なんてあるはずないわ」
グラースは、いつか王宮で魔法の本を見つけた日のことを思い出します。
しかしグラースは魔法を信じようとはしませんでした。
「森に魔法使いがいるらしいんだ、その魔法使いは代償と引き換えに、なんでも願いを叶えてくれるそうだよ。でもいじわるな魔法使いで、なかなか人の願いを叶えてくれないんだ。お嬢ちゃんはこの話を信じるかい?」
グラースは手の打ちようがないことが分かると、もう魔法に頼るしかないと思いました。
グラースは持ってきたコートや手袋をフラムにつけると、森に向かいました。
森の中を進むと、一軒の小屋がありました。
グラースはその小屋に入ると、こう言いました。
「すみません、ここは魔法使いの家ですか」
中にいた人は答えます。
「いいえ、違うよ。ここは魔法使いの家じゃないよ」
グラースはがっかりしました。グラースは魔法使いの家がどこにあるか訪ねました。
「知らないよ、魔法使いの家なんて。魔法使いに何か用でもあるのかい?」
グラースは凍ってしまった友達のことを話します。
「ああーそれは多分魔法使いでも出来ない相談だね。凍った人を助けるなんて魔法聞いたこともないよ。残念だけど、諦めたほうがいいよ」
小屋にいた人は、なんと魔法使いだったのです。
しかしいじわるな魔法使いは、グラースを追い返そうとしました。
願いを叶える気なんてさらさらなかったのです。
グラースはそんなこと夢にも思いませんでした。
グラースは言います。
「たった一人の友達なんです、私はどうしてもその友達を助けたいんです。諦めることはできません」
「何故その子が友達とはっきり言えるんだい?今まで会ったこともないのに」
魔法使いの問いにグラースは、
「その子と私は何もかもが違う、私とは正反対。でもだからこそお互い惹かれあったんです!」
と言いました。
「へえ、お前たちはまるで磁石みたいな関係だね。でもお互い違うから惹かれあうなんて、おかしな話だ。違うから対立するんじゃないのかい?」
魔法使いはいじわるなことをいいます。
グラースは雪の国と太陽の国のことを思い出しました。
二つの国は正反対、だからあまり仲が良くない。この人が言っていることは最もだと思いました。
しかしグラースは言いました。
「お互い違うからこそ、お互いの足りない部分を補い合える、私はそう思います。意見が違うからこそ、新しい世界が開けてくると思うのです」
それはグラースのしっかりとした意思でした。
グラースはフラムと出会い、色々なことを学びました。
そして気づいたのです、違うからこそ互いの足りないところを補い合い、手を取り合っていけると。
違うからこそ、今まで自分が知らなかったものが見えてくると。
だから雪の国と太陽の国はきっと仲良くなれる…そう思うようになったのです。
「変なことを言う子だね、まあいい。そんなにその子のことが大事なら自分で魔法を使いなよ」
魔法使いはいじわるを言いました。
「私には魔法が使えません」
グラースが言うと、魔法使いは言いました。
「魔法なんてものは誰でも使えるんだよ、魔法使いじゃなくても魔法は使えるのさ。その子を心から助けたいと願えば、きっと奇跡が起こるはずだよ」
魔法使いはそんなこと少しも思っていませんでした。グラースに嘘を教えたのです。
グラースはその言葉を信じて、病院に戻りました。
グラースのコートと手袋をしたフラムは、まだ凍ったままでした。
グラースはフラムの手を握ります。
「お願いフラム、目を覚まして。フラム、私のたった一人の友達フラム……」
グラースは祈りました。静かに目を閉じ祈りました。
しかしフラムの氷は溶けません。
「どうして……? あの人が言ったとおりに願ったのに……」
そもそもあの魔法使いが言ったことは嘘なのです。
だからフラムの氷が溶けることはないのです。
しかしグラースは、その嘘に気づきません。
とうとうグラースは泣き崩れてしまいました。
グラースの涙がフラムに落ちます。
するとどうでしょう、グラースの流した温かい涙がフラムの氷を溶かしたのです。
「……あ、私は……?」
フラムが目を覚ましました。
グラースは驚き、目を見開きました。
「よかった……フラム……本当に……」
グラースは喜びのあまりまた泣いてしまいました。
奇跡が本当に起きたのです。
「あなた誰?」
フラムが問います。
「初めまして、フラム。私はグラース」
目の前に立つ人がグラースだとわかると、フラムはびっくりしました。
「あなたがグラース? わあ、とっても綺麗な人ね! 私はフラム。グラース、いつもお手紙ありがとう」
フラムはにっこり笑いました。
その笑顔は太陽のように眩しい笑顔でした。
グラースとフラムは、お城に戻りました。
グラースの母は、フラムに大変驚きました。
「何故太陽の国の王女がここにいるの!」
グラースの母は、太陽の国をあまり良く思っていません。
フラムに冷たく当たりました。
そんな母にグラースは言います。
「お母様、フラムは私に会いに来たの」
そこでグラースの母は、二人が手紙のやりとりをしていたことを初めて知りました。
「お母様、フラムや太陽の国の人は悪い人達じゃないわ。雪の国も太陽の国もお互い全く違うけど、きっと仲良くなれると思うの」
グラースの母は、グラースの行動や発言に驚きながらも、グラースの話を黙って聞いていました。
今まで自分の言うことを聞いていたグラースが、初めて自分に反発したからです。
フラムは熱心に語るグラースをじっと見つめていました。
「そして、私とフラムはもう友達なの」
フラムはその言葉を聞いて嬉しくなりました。
グラースの母はその事実にまたもや驚きました。
グラースには今まで友達が一人もいなかったからです。
自分の娘にもついに友達ができたことを、グラースの母はこっそり嬉しく思いました。
グラースの母はグラースの話を聞き入れ、太陽の国と交友関係を結ぶことにしました。
その日、帰り際にフラムはグラースに言いました。
「グラース、私雪を初めて見たわ。とっても綺麗なものなのね。手紙で言ってた通り。そうだ、今度は一人じゃなくて、私のお母様やお父様と一緒にこの国へ遊びに行こうかしら」
「ぜひまた来てねフラム、今度は私が太陽の国に行くね」
「楽しみにしてるわ。また手紙を書くわね」
グラースとフラムは、また会う日を約束して別れました。
その後、雪の国と太陽の国はとても仲良くなったそうです。