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バレンタイン最終戦争~生物兵器チョコレートと極大消滅呪文幼女~

作者: 白城 海

 住宅街に爆音が鳴り響く。

 火薬などと言う生ぬるい物では無い。重く、激しく、確実に全てを破壊する滅びの音色だ。

 彼は息を切らして走る。

 常人には考えられないような速度で。獣を超え、人を超え、神の戦士のごとく。

 だが、破壊の音色は着実に彼に迫っていた。


「どうしてだ、れーいち! なぜ逃げる!」

「当たり前だっ! 誰だって爆発物をぶちまけられりゃ逃げるに決まってんだろうがっ!」

 謎の爆発物を投げつけてくる相手に向かって彼――神名零一(かみなれいいち)――が叫ぶ。

 叫んだ先は十メートルほど上空。そう、相手は空を飛んでいた。

 別に飛行機やヘリに乗っている訳でも、フラップターを駆っている訳でも、ましてや謎の飛行生物ゲルルドアングシャーを飼いならしている訳でも無い。

《彼女》は、生身だった。生身で、空を飛んでいた。


「なにを言う。これは爆発物ではないぞ」

 高速飛行をしながら無い胸を張り、尊大な口調で弁解のような物をする。

「コレが爆発物じゃなきゃ一体なんだってんだよ!」

 零一が電柱をへし折り、ブロック塀を粉砕し、家屋の屋根に穴を開ける謎の物体を指差しながら問う。


「チョコレートだ!今日はバレンタインだからな」


 ひと際自信満々に、何の迷いも無く、真っ直ぐ、純粋に宣言する。

 確かに可愛らしくラッピングされている箱だ。外箱だけ見ればチョコレートに見えるかもしれない。

 しかし、どこの世界に放射能マークが張りつけられたチョコレートがあると言うのだ。


――汚染とか無いよな。大丈夫だよな。


 明らかにピントの外れた心配をしながら、零一はただひたすら《彼女》から逃げるのだった。



 ■数日前 自宅



「チョコを作りたい」

「却下だ」

 目の前の少女の希望を、1ナノ(セコンド)の間も開けず零一は却下した。

「どうしてだ?」

「なぁ、ありす。お前が料理をするとロクでも無い事になるのはよく知ってるよな?」

 少女の名前は昴谷(こうたに)ありす。十歳ほどの、愛らしい――まるで悪魔に魅入られた職人が己の魂を賭けて作り出したかのような――美貌を持つ少女だ。

 二人は血のつながりも無い他人だが、ある事情により同居生活を送っている。


「む、むぅ」

「言えないなら俺が説明してやる。お前と以前鍋を囲んだ時、鍋にぶち込んだ鶏肉を生贄に暗黒大魔王を呼び出した事、忘れてねぇだろうな?」

「れーいちよ。小説版でやっていないネタを引っ張り出すのは物語のルールでやってはいけない事だと思うぞ。それはSS速報版だ」

「何言ってるかワケわかんねぇよ。とにかく、お前が料理をすると大惨事になるからチョコは作らせん。以上だ」

 何やらわけのわからない理屈で煙に巻こうとするありすを制し、零一が固い拒否の姿勢を見せる。


「だいじょうぶだ! チョコは料理ではない。だからいける。多分いけるといいなと思っている気がする」

「ただの希望的観測じゃねぇか。お前、そんな事言いながら一昨日のホットケーキの時どうなったか覚えてるよな?」

「わすれた!」

 怒りに震える零一に向かい、あっけらかんと応えるありす。


「そうか。まさかホットケーキの種が意思を持って人類の破滅の為に動き出した事を忘れるとはな」

 ギリギリと彼女の頭を片手(アイアンクロー)で締めつけながら、一昨日に起こった出来事をわざわざ口に出す。

「うにゃああああああ!!」

 リンゴどころか、フライパンさえ豆腐のように握りつぶす握力で締めつけられ苦悶の声を上げるありす。

「思い出したか? あの後ホットケーキ界に封印された地獄の魔装獣とやらが復活して俺がどれだけご近所に頭を下げたかを、よ。って言うか何だよホットケーキ界って。どんな業界――世界?魔界?だよ」

 ちなみに、世界観はファンタジーでも何でもなく、神奈川県某所。地獄の魔装獣ともホットケーキ界とも空飛ぶ幼女とも本来なら何の縁のない場所である。


「と言うか、頭を下げるくらいで済むと言うのがわたしにとっては不思議でならない……」

「疑問に思うくらいなら最初からやるな! って、いつの間に抜け出た!?」

 いつの間にかアイアンクローから抜け出たありすに向かって怒鳴る。

「ふっ。残像だ」

「何……だと。いや、待て。俺は確かにさっきまで握ってたし、感触もあったし。って言うか、今握ってるコレ、何だ?」

「近所の何の罪も無い無関係な子供だ」

「お……かあ…さん。た……すけ…て」

「どこから連れてきたァァァァァァァァァ!!!!」



 ■


 などといつも通りのやり取りを行ったのが一昨日。

 何やら姿を見せなかったのが昨日。

 そして今日――


「こうやってプレゼントしているのにどうして逃げるのだ」

「当たり前だこのクソ幼女! って言うかこのやり取り何回目だよ!」

「かれこれ12回目だ。ちなみに追跡劇は5時間を突破。チョコレートもだいぶ減ってしまった」

 ポケットに手を突っ込み、チョコをばら撒きながら嘆くありす。

 彼女の言葉に零一にほのかな安心感が芽生える。

 このまま逃げ切れば弾薬切れでチョコを食べると言う最悪の事態だけは免れそうだった。

 ちなみに絨毯爆撃のようにばら撒かれるチョコレートがどうやってポケットに収まっているはツッコんではいけない。昴谷ありすとはそう言うモノだと認識しなければ彼女との共同生活はやっていけない。


「ちなみに、あとどれくらいだ?」

「3ゼタトンくらいだ」

「……」

 三十垓トン。数字に直すと30000000000000000000000トン。地球くらいなら滅ぼせる気がする。

 僅か一日でどうやって地球滅亡クラスのチョコレートを生産したんだとか、原材料はどこから仕入れたなどはツッコんではいけない。昴谷ありすはそう言う生き物なのだ。


――あぁ、神よ。どうして俺にこのような不幸を与えたのですか。

 空を仰ぎ神を呪うが、彼の眼に映るのは青空とチョコのような何かを嬉々としてばら撒く幼女だけだった。


「れーいちが受け取ってくれないなら、世界を滅ぼすまで!」

 愛情の与えどころを明らかに間違っている。

 あまりのわがままっぷり、傍若無人っぷりに、零一が今まで押さえていた何かが切れた。

 チョコへの恐怖がありすへの怒りと変わって来ているの感じ出す。

 こうなれば実力行使しか無い。決意を新たに足を止め、ありすの方を向く。

 だが、これが失敗だった。彼女は空の上にいるのだ。

 直後、頭上に降り注ぐチョコレート。

「さぁ、わたしの愛を喰らうがいい」

 紙一重で避け、爆発の範囲から逃げようとするが、爆風に足を取られ尻もちをついてしまう。

 直後、正確な爆撃で彼の周囲の地面は削り取られいくつものクレーターと化す。

 例え立ち上がっても、まともな足場は無く素早い動きは制限される。そうなってしまえば――

「もう、逃げ場は無い。うふふふふふふ」

 とてもじゃないがチョコを渡す微笑みでは無かった。

 彼女の微笑は、獲物を前にした肉食獣の瞳。

 明らかにありすは零一が困り、へこむ姿を見て喜びを感じるドSの気を持っていた。


「待て。話し合おう。話し合うべきだ。ほら、野次馬も見てるだろ」

 爆発音が止み、途端にどこからか野次馬が沸いてくる。

 普通なら家にこもってガタガタ震えているべきなのだが、神奈川県では日常茶飯事です。あと福岡も。

「そうだな。彼らにも、わたしたちのラブラブっぷりを知ってもらうべきだ。さぁ、うけとれ!」

 何故かありすが自分の股間をまさぐり、ひと際大きな包みを取り出す。オーブントースター程もありそうな巨大な包みをどうやって股間に隠していたかをツッコむのは(以下略)。


――ここで暴れたら一般人にまで迷惑かかっちまう。受け取るしか、無いのか。


 絶望的な心境だったが、他に道は無かった。

 包みを受け取り、リボンをほどく。放射能マークは無視する事にした。

 打ち止めだと思っていた爆発物が新たに出てきたため、野次馬が数歩下がるのを感じる。

 いっそのことお前らも俺の巻き添えになれ、と心中で毒づきながら箱を開ける。


 出てきたのはハート形のチョコレート。何の変哲もない、何処にでもあるタイプのものだ。


「よくぞ私の封印を解いた。褒めてつかわすぞ」


 喋る以外は。


「だが、遅かったようだな。この愚かな幼女がチョコをばら撒いたおかげだ」

 どこかの人造人間ばりに低音巻き舌ボイスを周囲に響かせながらハート形チョコレートが続ける。

「爆撃で開いた街中の穴が、漆黒の魔法陣を描き、カカオ豆の皮の部分界に封印されし大魔王ゾーマ様が復活する……ククク。幼女よ、お前は意図していなかったようだが、ご苦労だった」

「待て。どう言う世界観だコレは」

 ここは神奈川県横浜市某所では無かったのか。

 漆黒の魔法陣って何だ。カカオの豆の皮の部分界ってなんだ。どんな業界だ。捨てられるのがそんなに恨めしかったのか。

 様々なツッコミが頭を巡るが、それよりも――


「大魔王の復活って、どう言う事だよ」

「つまり、世界は滅亡する」

 沈黙が支配した。

 長い、長い沈黙が。

 遠くで電車が走る音がする。

 音と言えばそれだけだった。

 耳が痛くなるような沈黙。


 どれだけの静寂が世界を覆っていたのかは分からない。

 ただ、次に誰もが口にした言葉は、全く同じ単語だった。


 つまりそれは――




「何だってーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 


 お決まりの台詞が異口同音に数十人の野次馬の口から洩れる。

 にわかに信じられない話だったが、直後に大地が揺れ、青空が陰りだした事でハート形チョコレートの言ったことが真実だと判明する。


「ぶるぁあああははははははははは!!これで人類は終わりだ。大魔王様を封印するには、お前が幼女に愛情を見せる事。つまり、お前が幼女の渡したチョコを食べるしかないんだからなギャアアアアアアアアアア」

「すまん。気持ち悪かったから潰した」

 悪びれもせず、零一が言う。ちなみにチョコからは謎の粘液が滴り落ちている。

「しかし、どうするか。さすがに大魔王とかとケンカする気はおきねぇぞ」

「れーいちがわたしのチョコを食べればいいんじゃないのか?」

「……俺に死ねと? 絶対にお断りだ」

 真顔で、睨むような視線を向ける。

 いくら頑丈な彼でも、体内にあのチョコレートを投入されれば無事ではいられまい。

 ありすの気持ちは嬉しかったが、受け取るにはどうしてもためらわれた。

「どうしても、だめか?」

 零一の本気に気付き、急に泣きそうな瞳になるありす。


「お前がマトモに料理が作れるようになったら貰ってやるよ」

「わたしの愛情は、とどかないのか?」

「愛情ってのは、受ける相手の事も考えなきゃ駄目なんだよ。お前のチョコを食ったら俺の身が危ないだろ」

 零一が言ったのは当たり前のことだ。当たり前すぎて常識以前の事だ。

 だが、ありすにはその当たり前のことが分からないのだ。

 彼女はあまりの特異性から、両親から育児放棄を受け、まともな教育も与えられないままただ力だけを持って十年近くの時間をたった一人で生きてきた。

 それ故に好意の与え方も知らず、ただわがままで、身勝手で、エゴに満ちた行為に走ってしまうのだ。


「俺がお前に変な物喰わせた事があるか? 無いだろ。人にモノを作るってのはつまりそう言う事なんだよ」

「わたしは、間違っていたのか?」

「少しだけ、な。だから、とりあえず今は目の前の問題を片づけることだけ考えようぜ」

 目の前の問題。

 カカオの豆の皮の部分界から召喚されし大魔王ゾーマ。何を言っているか分からないと思うが零一にも分からない。


「確か、ハート形が言ってたよな。封印するには、お前から受け取ったチョコを食べるしかないって」

「チョコならいっぱいあるぞ」

「要らん。それ以外の方法で――待て」

 ふと、気付く。

 ハート形チョコレートの言っていた理論の《穴》に。


「お前、市販のチョコは持ってないのか?」

「おなかがすいたのか? れーいちは食いしん坊だな」

 そう言い、胸元からたけのこの里を取り出すありす。

 零一はきのこの山派だったのだが、この際文句は言えない。

「そいつを俺にくれるか?」

「もちろんだ」



――大魔王様を封印するには、お前が幼女に愛情を見せる事。つまり、お前が幼女の渡したチョコを食べるしかないんだからな――


 ハート形の言っていた言葉を思い出す。

「奴は、幼女の手作りチョコを喰えと言わなかった。チョコを喰えと言っただけだ。つまり――」

 差し出されたたけのこの里を受け取る。

 手早く開封し、一つだけつまみ、口に放り込む。


「世界は滅亡しない!!!」

 咀嚼しながら天を仰ぐ。

 曇天は一気に太陽が刺し、晴れ間が広がる。

 大地の鳴動は収まり、穏やかな風が吹く。

 そして、もちろん周囲の野次馬は。


「な、なんだってーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 と叫ぶ事しか出来なかった。



 ■


 かくして世界は救われた。

 歴史に彼らの名前が刻まれる事は無く、平和をもたらした彼らに感謝する者はいない。

 そして今日も――


「れーいち! 今日は調理実習でたまごやきを――」

「いい加減にしろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 彼は叫ぶのであった。

勢いで書いていない、計算と推理とエンターテイメントが詰まった学園冒険物も書いてるんです。こんなのばかりかいてるんじゃないんです。

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