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将軍閣下の疲労。(2)


「ところで、一つお訊ねしたい事があるのですが」


 宜しいですか、と告げれば、陛下は疲れた顔で嘆息する。


「今更だろう。言え」


 投げ遣り感は否め無いが、一応許しは得たので私は素直に問いを口にした。


「何故昨日よりも、隈が酷くなっておられるのでしょうか」

「…………」


 私の言葉に陛下は、ギクリ、と身を堅くした。
そのまま不自然に視線を泳がせる主人に、私は確信する。己の懸念が正しかった事を。


「まさか、一睡もしていない、などとは仰いますまい?」

「…………」


 分かっていながらも敢えてそう聞けば、陛下は気まずそうに沈黙した。
暫し静寂が室内に流れる。それを打ち破ったのは、私の深いため息だった。


「……私は、お休み下さいと送り出した筈なのですが」

「……」


 エイリ家の起こした事件の後処理は、未だ終わってはいない。
当主の処分、位と財産の没収は決定したものの、そう簡単に事は運ばず、財産を隠匿しようとする者まで出る始末。
そんな愚か者共の処分が追加され、いっそ根絶やしにしてやりたいと思った事は一度や二度では無い。


 吏部の新たな体制も固まらない今、仕事は山積みだ。
休む暇など皆無。それは、皇帝陛下も同じ事。


 だがそれを知りながらも無理矢理休ませたのは、陛下があまりに酷い顔色であったからだ。
サラサ様に憂いを取り払って頂き、体を休めてからの方が、きっと執務も(はかど)るだろうと。


 それなのに、この方ときたら……。


「誰が夜通し励めと言いましたか。……大体、サラサ様も体調が万全では無かったでしょうに……鬼ですか貴方は」


 いや、盛りのついた獣だ。
流石に口に出しては言わないが、発情期の猿だ、と私は心中で呟き、陛下を冷ややかな目で見た。


 陛下は私の言葉に目を見開く。
珍しくも顔を赤くしながら、彼は憤慨した。


「なっ、……誰がだ!!オレはそんな無体を働いてはいない!!」

「そんなあからさまな隈をつくっておいて、今更何です」


 全く取り合わない私に、陛下は言葉に詰まった。
らしくもなく言い淀みながらも、何事かをボソボソと呟く。


「それは……眠れなかったというか」

「眠らなかったの間違いでしょう。もしくは眠らせなかった、ですね」

「……サラサは寝ていた」

「……は?」


 主人の言葉を一蹴する。
だが陛下は、憮然と返してきた。反論と呼ぶには力が無さすぎるが、意外なその一言に、私は思わず唖然とした。


 サラサ様は眠っておられた。
だが陛下は一睡もしていない。
以上の事が導き出す事柄に、私は引いた。全力で。


「陛下……意識の無い女性に、手を出すなど、一国の主として……いや、男としてあるまじき行為です」

「違う!!」

「何が違うのです。嘆かわしい……」

「だから手は出していないと言っている!!オレの話を聞け!!」


 興奮し、肩で息をする陛下に、私は嘆息した。


「でしたら何故、一睡もなさらなかったのですか」

「……オレだって、休むつもりだった」


 呆れを隠しもしない私に、陛下は歯切れの悪い口振りで、そう呟いた。


「漸く仲直り出来て、気が緩んだのか、サラサは気を失ってしまってな。起こさない様寝台に横たえ、隣に潜り込んだまでは良かったのだが……眠れんのだ」

「…………サラサ様とご一緒ですと、良く眠れると仰っていたではありませんか」

「そう……そうなんだ。確かに前は良く眠れていた。だが今は、どうしてそんな事が出来ていたのか……信じられん!!」


 握りこぶしを机に叩きつけたかと思うと、陛下は勢いよく顔を上げた。


「あんな可愛らしく魅力的な女が隣に寝ているのだぞ!!何もせずに寝るなど、あり得んだろう……新手の拷問か!?」

「奇遇ですね。私は今のこの状況が新手の拷問なのではと思い始めたところですよ」


 もういっそ、黙れと手刀を食らわせ昏倒させてしまいたい。執務に支障をきたすので堪えるが。


「……つまり煩悩に悩まされ、眠れなかったと」

「……まぁ、そういう事だ」

 頬を染めた陛下を直視しない様、若干視線をずらしつつも私は、ため息と共に吐き出す。


「もう既に、何度も夜を明かした仲でしょう。今更初夜の様な反応はお止め下さい」

「…………」

「……何故そこで黙るので……」


 俯き押し黙った陛下を、私は訝しんだ。
だが問いの半ばに、ある可能性に気付く。


 隣で何もせずに寝ていた、と、その様な意味合いの事を言わなかったか。この方は。


「……まさか、未だに手をつけておられないなどとは」

「…………」


 沈黙に、私は絶句した。
言葉よりも余程雄弁に肯定する横顔に、愕然とする他無い。


 確かに陛下は彼女の事を、愛らしい猫だ、と表していた。癒しだとも。
愛しい女に対しての表現にしては色気の無い、とは思っていたが、まさか。


 あんなにも特別扱いしておきながら、女として見ていなかっただと。


「陛下……貴方は鴻国を滅ぼすおつもりですか」

「言うに事欠いてそれか」

「このままでは間違い無く、貴方の代で血が途絶えます」


 頬杖をつき、呆れた様に私を見る陛下にキッパリと言い放つ。


 今まで仕事を理由に、後宮に殆ど足を運ばなかった方が、漸く寵妃を見つけたと思ったのに。


 以前から薄々気付いてはいたが、この方はサラサ様に対してのみ臆病すぎる。


「その様にゆっくりと進んでいる余裕がおありですか」

「……何?」

「早急に、あの方の地位を確固たるものにしなければ、どんな横やりが入るか分かりません」


 何も知らせず何も見せず、ただ囲いこむ様に愛でる。
寵妃として一時的に愛でるのならば、それでもいい。


 だが陛下は、サラサ様をその様な位置には置かぬだろう。
そしてきっとサラサ様もまた、陛下に守られるだけの己を良しとはしない。


だからこそ、私は思う。
サラサ様は、素養は無くとも素質はお持ちであると。


「いい加減、覚悟なさいませ。……貴方はもう、あの方を見出だしてしまっているのですから」

「…………」


 私が静かにそう告げると、陛下は表情を引き締めた。纏う空気も一瞬で変わる。
鋭い瞳が、私を射ぬいた。


「もう既に今回の事件で、あの方の存在は周知のものとなっております。……元より隠し通す事など不可能。後はお二人の覚悟のみです」


 私の言葉に、陛下は眉間にシワを寄せる。
厳しい顔付きのまま沈黙した主人は、未だ迷いがあるように見えた。


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