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目指す地位は縁の下。 作者:ビス
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03

※性的暴行をにおわせる表現があります。
苦手な方は、ご注意下さい。

 エイリ家は、悪評の多い家だ。


 吏部尚書に、面と向かって喧嘩を売る様な命知らずは早々いないが、陰では多くの者が不満や恨みを溢している。まだ此処に来て然程経っていない私の耳にも入って来るのだから、相当だ。


 金払いが悪い訳では無いので、私はとくに気にしていないが。
それでも時折呆れる。


 煌びやか過ぎて趣味が悪いこの屋敷の住人は、傲慢で質の悪い者ばかりだ。
人を蹴落とし這い上がって来た主人を筆頭に、他家の噂話……中でも醜聞を好み、吹聴する奥方とそれに倣う侍女、そして……


「わたくしに逆らうつもり!?」


 まだ幼さの残る声が、高圧的に言い放つ。
親を見て育った、一人娘だ。


 鮮やかな紅の髪がクレハを思い出させたが、その他はまるで似ていない。
……そう、思っていた。


 だがエイリ家に身を置くようになって数ヶ月経つと、少しずつだが、分かるようになった。
エイリ家令嬢、ルリカ様は、傲慢で我が儘な方だが、不器用な方でもあるのだと。


 同じ年頃の少女らにきつい物言いをしてしまい、後で俯いている姿を何度か見た。きっと接し方が分からないのだろう。
父母は彼女の欲しいものは何でも与えている様だが、傍にいる事はあまり無い。
子が一番望む愛情を与えずに、何が親か。


 そこまで考えて、私は思い至る。
甘やかされている。叱られた事など無い。……そう言っていたクレハも、ルリカ様と同じなのではないかと。


 儚く笑むクレハと、俯くルリカ様が重なった。


『……お嬢様』

『っ!?』


 気が付けば私は、庭の隅で蹲っていたルリカ様に話しかけていた。
大きく体を揺らし、目を見開くルリカ様は、私を見て眼尻を吊り上げる。


『わたくしに直接声をかけるなんて……無礼でしょう!』

『……申し訳ありません』


 今まで泣きそうな顔をしていたくせに、高飛車にそんな事を言う少女に呆れつつも、私は形だけ謝罪した。
無表情で淡々と謝った私に勢いを挫かれたのか、ルリカ様はバツが悪そうに外方を向く。


『……それで、なんの用なの』

『……失礼は承知で申し上げますが……仲良くしたいのならば、笑った方がいい。』

『なっ!?』

『それから、酷い事を言ってしまったと思ったら、謝りましょう。友達になりたいと思うなら、上から押さえ付ける様な事はしてはいけません。』

『ぶ、無礼者!!』


 案の定、怒らせてしまった。だが、撤回はしない。
ルリカ様の顔が、怒りで見る見る赤く染まる。


『大体、そんな人形みたいな顔で言われても、説得力無いわ!』

『……仰る通りです』


 私が肯定すると、ルリカ様は目を瞠った。


『私は、親しい友も恋人もいない。無表情のまま拒んできた結果です。……貴方は、私のようにならないで下さい。』

『……っ』


 ルリカ様は、くしゃりと顔を歪め、唇を噛み締めた。
後悔した様な表情を見て、それ以上は言う必要は無いだろうと判断し、私はその場を後にする。


 もう話す機会も無いだろうと、考えていた私の予想を裏切り、ルリカ様はその後、私を傍に呼ぶ様になった。
相変わらず傲慢で、他家の同年代の令嬢が訪れても、泣かせて帰してしまう困った方だが、私には時々可愛らしい顔を見せてくれる。


 まるで、もう一人妹が出来た様で、私は嬉しくて大切にしようと思った。


 ……だが、それは卑怯で卑屈な私の逃げでしかなったのだ。
傍に居れないクレハとルリカ様を重ねているだけ。傷付けてしまったクレハの代わりに、ルリカ様に優しくし、許されたような気になっているだけだ。


 そもそもクレハに対しても、自分を重ね合わせていただけなのかもしれない。
愛され、何不自由無く暮らす愛らしい妹に、己を投影し、幸せに暮らす幻を見ただけなのか。恨みも憎しみも特に抱かなかったのは、そんな浅ましい心のせいだというのか。


 そんな葛藤を抱くようになるのは、それから数年が経過してからだった。


 年頃になったルリカ様は、恋をした。
近々、この国の最高位に立つ方……次期皇帝陛下に。


 この家の主人の地位……吏部尚書である事を考えれば、後宮に召し上げられるのも、そう難しい事では無いだろうと思っていたのだが、怒気を撒き散らす主人や塞ぎ込んだルリカ様の様子から、選ばれなかった事を悟った。


 そして名誉ある五人の中にクレハが入っていると耳にし、誇らしさと共に一抹の寂しさも覚えた。
これでもう、会う事は叶わない。けれど、それでいいのだ。クレハには、明るく華やかな道が似合う。


 私が卑怯で卑屈な事は、変えようのない事実だが、幸せになって欲しいと願った気持ちは偽りでは無い。
それなのに……、クレハは無惨にも踏み躙られた。


『……可哀相に、ルリカ』


 ある日、部屋に籠もるようになってしまったルリカ様の元へ、父である尚書がやってきた。
退出しようとしたのだが、ルリカ様に許されず、部屋の隅で控える私の前を通り過ぎた尚書は、ルリカ様を抱き締める。


『お父様っ!』

『私の可愛い娘を選ばないとは……若造が調子にのりおって……!』


 憎々しげに尚書は、吐き捨てる。明らかに不敬罪で処分されそうな言葉を容易く口にするとは。
この男が如何に愚かで、次期皇帝を侮っているかが窺える台詞だ。


 無表情で仕事を淡々とこなす私を、使い勝手がいい道具だと思っている為なのだろうが、不用意過ぎる。


『お父様……わたくし、どうしても、あの方の妻になりたいの!』

『よしよし。お父様に任せなさい。』


 泣き付くルリカ様の髪を撫で、尚書は笑顔を浮かべる。
顔の造作の為だけで無く、内面が滲みでた様な、酷く歪んだ醜い笑みだった。


『可愛いお前の願いは、どんな手を使っても、私が叶えてあげるからね。』


 己にも言い聞かせるような口調で呟いた尚書は、部屋の片隅にいた私を一瞥し、ぽつりと溢した。
『お前が女でなければ、適任なんだが……』と。


 何故だか、嫌な予感がした。だが、私はそれ以上考える事を放棄してしまった。


 それを、後で死ぬ程悔やむ事になるなど、知りもしないで。


『……っ、…』


 私は必死に走った。何度も進もうとして立ち止まり、引き返した道を。
走りながら、色んな思いが頭を廻る。


 会える筈無い。大体、会ってどうしようと言うのだ。
それに私は、もうクレハを真っ直ぐに見れない。傷物にされてしまったクレハを蔑んでいるのでは無く、私の良心が咎めるからだ。


 私ならば、もしかしたら、止める事が可能だったのではないか、と。


 あの時の尚書の話。そして、噂好きの奥方様が嬉しそうに話していた……『カナイ家の奥方様は、門番と関係をもっている』という噂話。


 二つを合わせれば、狙われているのがクレハであると、気付けたかもしれないのに。


『…………っ』


 会えない。
会える筈など無い。


 私は崩れ落ちる様に道端に蹲り、慟哭した。


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