闇の契約
「兄さん、私の闇の力はやがて倍にもなりましょう。新たな神を分離する際に、その神が持つべき闇を私の中に留めなさい。それだけの闇の力がなければ、アマテラスの封印を解き、兄さんが再びこの地上に現れることは叶わないでしょう」
「そうか、それもそうだ。よし、新たな神が受け継ぐ闇の力をお前に留めよう。闇の力を倍増したお前とともに、最強の邪神として地上に再誕しよう。その日はいつだ? ヒメカ」
「次の赤いツクヨミの夜」
「わかった、楽しみに待とう。だがおかしな真似をすれば、命はないものと思えよ、ヒメカ」
「ほっほっほっ、この私が、兄さんを裏切るとでも思っているの? そのかわり海に半分沈んだ『アキツ』の代わりにカムイの半分でもいただきたいわ」
「おお、その時は再び『アキツ』をカムイに繋げてやろう、カムイの東に大陸を作ってやろう。その日を楽しみにしていろ、ふあっはっはっ」
ヒメカはこの時、創造の女神としての役目を命がけで果たそうとしていた。
「ううん……、ヒメカ……」
ミコトは次の夜うなされていた、いや事実ミコトの首にヒメカの指が当てられていた。
(ああ、私はなんということをしているの、愛しいミコトに手を掛けようとしているなんて。オロチの呪力はすでに私の意識まで操り始めているのね)
ツクヨミの輝く光の中で、闇に醜く歪んだヒメカの顔が元の美しい顔に戻った。
(やっと誕生する、新しい神にこの闇を決して伝えてはならない。ツクヨミ様どうかこの私に、お力をお貸しください)
ヒメカはその日以来、もう決して眠らなかった。やがて赤いツクヨミの夜がめぐって来た。
創神の時代までは、まだ産室と言うものもない、分離という方法で次の命をつなげるのだ。いよいよその時になると、身体が二分する。その手順はこうだ。まず手足が分離し、四本の手足を持つヒメカとなる。次いでヒメカは屈姿勢になり動かなくなった。身体はオロチの呪力によって、さらに黒く闇の色に染まっていた。そしてヒメカの背中が割れ、蝉が脱皮する様に白い頭部が抜け出してきた。その目は閉じていたが、ヒメカにそっくりの美しい顔立ちの神は二つの胸のふくらみを持って起き上がった。
一足早く分離した手が反転する様に抜け出しヒメカの腰を両腕でつかみ力を込めた。腕の力で倒立する様にして両足をヒメカから分離した。二人の神をつなぐのは無数の細い管。それを通じてヒメカの光、そして闇が新しい神に受け継がれていくのだ。
その引き継がれるべき闇の力を「呪力でヒメカの体に留めろ」とオロチに告げたのは、ヒメカの「分離」により、産まれてくる新しい神への愛だったのだ。