ヒメカの愛
アマテラスはヒメカの闇を幾重にも封印しミコトの願いを聞き、カムイにとどめたのだった。オロチを殺すことは出来ない、創五神は人型の神ではない、永遠に消え去ることはない。オロチは闇を封印され、この星の中心『根の国』に落とされたのだった。そしてこの星の重鎮とされた。しかし、オロチは納得いかなかった。アマオロスはヨミの力を受け継いでいた。それを分け与えてオロチ、マオ、ミコト、ヒメカを創った。オロチはヨミにもっとも近づいたと自負していた。
「わしは、ヨミ様にもっとも近いはずだ、アマテラスに『根の国』に落とされるいわれはない。必ず復活し、この星を創り直してやる」
やがてオロチの呪力は『根の国』からでもヒメカの闇を次第に操り始めた。カムイに赤いツクヨミが上った夜のことだ。
「ツクヨミ様の力がクシナに注ぎ込まれていく、光り輝いていたツクヨミ様がその光を惜しむこと無くクシナに与えられていく。この星の全ての命を産み育てるために……」
ミコトはこの星の未来に安堵した。背後から人影が現れた。
「ミコト」
「ヒメカ? 変わりはないか?」
「ええ、今日は気分がいいので少し風にでも当たろうとここまで出て参りました」
しかしそれはヒメカの哀しい嘘だった。
「クシナに光の力を与え、ツクヨミ様もほら、すっかり冷えてきた、あの輝きも失われてきた様だな」
「あら、それだけじゃなくて、私たちのために、夜まで作っていらっしゃるのよ、ミコト」
「はっはっは、ヒメカはいつも面白いことを言うなぁ」
笑ってミコトはヒメカを抱き寄せた。
(また、私の闇が溢れ出すのがわかる)
このところ、次第にヒメカは自分の中の闇が膨れるのを感じていた。それはオロチが呪力で操っていたのだが、まだヒメカは知らなかった。ミコトと挨拶を交わすクシナに、はじめて嫉妬が湧いた。
(どうなってしまったのかしら? 私たちをあんなに祝福してくれたクシナにさえ嫉妬を感じるなんて、やはり私は不完全な身体なのかしら?)
アマオロスより産まれた四神は光と闇を併せ持っていた。闇を制御することで生命力を強くする、この星を治め、繁栄するには強い生命力が必要だったのだ。闇の制御を上手く出来たマオはクシナを妃に迎えた。オロチは闇に取り込まれてしまった。そしてヒメカの中の闇と光は拮抗していた。ミコトはカムイの大地の力を借り、闇を制御していたのだ。そして、クシナに負けぬ美しいヒメカを妃に選んだのだった。幸せな日々の中、ヒメカは自分の闇がここ数日、再び身体の中で大きくなっていくのを感じていた。それは『根の国』に封印されたオロチの呪力のためだった。ヒメカはそれに気が付かず、ただ自分が何かに取り込まれそうで怖くなっていた。ヒメカは気分がいいどころではない。日毎にもう一人の自分に脅かされていたのだ。
(私の中の闇が次第に大きくなる、このままだといつかはその闇に取り込まれてしまい、ミコトを……)
ヒメカは時には青白く輝くまでに落ち着き始めた星を見上げた。クシナにその光を与え役目を終えようとしている三神の一人、ツクヨミは青い光を地上に投げかけていた。
「数日のち、新しい命が誕生します。きっとこの星の命を守り育ててくれる、そんな神でしょう。ミコト」
ヒメカは精一杯の笑顔を見せるとミコトに寄り添った。ミコトはヒメカを抱き寄せた時、肩がわずかに震えているのを感じた。
「ヒメカ、ツクヨミ様のお力を借りて、新しい神が分離するんだな」
「はい、人型の神が誕生いたします」
その時またもや、ヒメカの意識が曇り始めた。群雲がツクヨミの光を遮ると同時に『根の国』に封印されたオロチの呪力がその力を増したのだった。
(ヒメカ、わしの下に来い。その闇の力をわしに与えるのだ、この星を創り直そう)
ヒメカは地の底から響くその声を聞いて、胸に起こる黒い霧が、何者の仕業なのかを初めて知った。
(兄さんが再び甦ろうとしている……)
ミコトを遠ざけると、ヒメカは部屋に戻った。
「クシナの様に完全に闇を抑えることは、私には無理なのかも知れない……」
ならどうすればいいのか、ヒメカはそればかり考えていた。日毎にオロチの呪力は強まっていった。
そしてある夜のこと、ようやくヒメカはオロチに応えた。