オロスの姉妹巫女
イルカの列が乱れた、現れたのは巨大なオルカの姿だった。
「なるほど、見つからない訳だ、たたき壊したマナトにラミナが再び戻っているとはな」
ギバハチが目を光らせ、ゆっくりと進んできた。
「カルナの真珠は我らの手にある、思う存分暴れてやるぞ、グフフフッ、かくごしな」
ギバハチが背びれを振るわせた。
「ヤ・マ・ターイ！」
巨大な双頭のカイリュウが現れた。
「お前、どうしてその術が使える？」
シラトが驚きの声を上げた。
「竜化の呪文、まだ王子だけに使えるとでも思っていたのか。黒人魚様はマオと違って気前のいい方だからな、キリトやお前と入れ替わったカイリュウにまで教えて下さったのさ。まあ今のお前でも小さなウミヘビ程度には化身出来るだろうがな、ハハハハッ」
「くっ、お、おのれっ」
シラトはどうする事も出来なかった。そのオロチの前に二人の姿が立ちはだかった。
「覚えている？ オロスでの戦いを」
ダルナがラナに合図を送った。
「オロスの巫女、メシナは私の育ての母。そしてダルナは私の姉弟子よ！」
「ふん、小娘に何が出来る。ここは深海だ吹雪の呪文など役にも立たない、そらっ！」
オロチは続けざまに雷のヤリを吐いた。二人は同時に反対方向へ跳んだ。そして同時にオロチのそれぞれのアゴを蹴り上げた。
「ぐふっ、これでも食らえっ！」
今度は溶岩を噴き出し二人を狙った。海水が急激に温められ、無数の泡が立ち上った。
「今よ、オローシャ・カムイリカ！」
ダルナの呪文が響いた、水泡が一瞬で氷の塊になった。その瞬間、今度はラナが吹雪の呪文を唱える。
「オローシャ・カクラーナ！」
無数の氷塊がオロチを包む、そして二人同時に唱えたのは、もちろん雷針の呪文だ。
「オローシャ・ピリリカ！」
全身を雷針に貫かれ、さしものオロチも仰向けに倒れた。その腹にオーロラの剣が突き刺さった。叫び声をあげ、双頭のオロチはギバハチに戻った。
「おのれ、オロスの巫女が邪魔をするのか、お前たちの祖はヒメカ様なのだぞ」
二人はそれを聞くと一瞬気がそれた。それを見たギバハチは巨大な尾びれを振るった。水流で二人は岩に叩きつけられ、衝撃でラナは気を失った。
「デタラメを言うな、ヒメカを阻止するためにメシナは私たちにオロスの術を伝えたのよ、ヒメカがオロスの祖なんて事があるわけがない」
「ダルナ、それがあるのさ。ヒメカ様は光と闇の術が使えた。アマオロスの術がな、その光の術がオロスの巫女の持つ呪力なのさ」
「まさか……」
「ダルナ、おそらくギバハチの言う通りでしょう。だからヒメカを完全に復活させるには、クシナの光の呪文を伝えるエスメラーダが必要なのでしょう」
「ほう、なかなか頭の良い娘だ。お前の顔はアマゾンで遠くから一度は見たことがある」
「マンジュリカーナよ、私があなたのお相手をしましょう」
里香は五色に輝くスティックを構えた。ギバハチはそれを聞くと大声で笑った。
「愚かなことを、人魚でさえ海中では俺様に叶わないのに、二本のか細い足では満足に泳げもしないだろう」
里香はスーツの裾を広げた。足を揃えると人魚に勝る推進力が産まれるヒレとなった。
「ほう、なかなか便利なものだなそれは」
ギバハチは、ひと噛みしようとアゴをいっぱいに開くと一直線に向かって来た。その攻撃をかわした里香は、すれ違い様にスティックをギバハチの頭に叩き込んだ。
「ゲハハッ、海中は水の抵抗で威力も半減するな、まったく聞かんぞ」
ギバハチの言う通りだ、スティックの打撃は効きそうにもない。数度繰り返しても変わらなかった。ギバハチは牙を吹き矢のように吹き出した。先端の尖った牙が寸前のところでスティックにたたき落とされた。
「この深海で、針穴の一つでも空けばどうなるか、わかるか？ マンジュリカーナ」
「ぺしゃんこになるくらい知っています、お互いにね」
里香はスティックを身長ほどに伸ばした。
「レン・スティノール！」
里香は左手でそれをつかみ、腕を水平に伸ばすと海底に柄の部分をつき、ダルナに言った。
「ラナのプラチナチェーンを！」
気を失ったラナのプラチナチェーンをダルナが里香に渡した。里香はチェーンをスティックの両端にしっかりと固定した。ギバハチはさらにスピードを増すため距離をとり、やがて向きを変えた。里香はマーラに命じた。
「マーラ、私のそばにおいで」
マーラにも里香の考えがわかった。二人はギバハチに対峙した。ギバハチは大アゴを開いた。
「二人ともまとめて噛み砕いてやるわ」
マーラの左手が里香に添えられた。右手には三つ又のヤリが握られている。満月のように引き絞られたスティックの大弓にマーラの矢がつがえられた。その先端は五色に光り輝いていた。全てを知ったギバハチ、しかしもはや方向を変える時間はなかった。
「おのれっ、異界のマンジュリカーナ！それに人魚どもめ」
五色に輝く矢がギバハチの口の中に吸い込まれ、尾まで突き破った。
「ゴギュルルーン……」
水圧に潰されたオルカが深海に沈んでいった。
