ダルナとエスメラーダ
「その若者がラミナのために、立ち上がってくれたと言うのか。父親の死を越えてなお」
マオはアガルタ最深部に横たわっていた。ルシナから北極海でオルカに襲われたと言う報告を聞いた。
「まさにヒミカは甦ろうとしている、七海の人魚たちを加勢に行け。ルシナ、ダルナ」
その言葉に二人の人魚が動こうとした時、黒い影が現れた。
「マオ、その必要はない。七海の人魚は一人残らず捕らえた」
メイフの手下の一人、オルカの『ギバハチ』がゆっくり三人の前に進み出てきた。
「黒人魚様の呪術は、人魚の結界など簡単に吹き飛ばした。諦めて七色の宝玉を渡しな」
二人の人魚は十束の剣を抜き、身構えた。ダルナが言った。
「そんなもの、知らないわ!」
「ふふん、嘘をつくな。人魚の再誕にはマオが異界から持ち帰った『アクア・エメラルド』だけでは足りぬ、『七色の宝玉』が必要なことは知っているはずだ。クシナから産まれしエスメラーダ人魚、ルシナ。それにアキナから産まれしエスメラーダ人魚、ダルナ」
「たとえ知っていても、渡す訳にはいかないわ。欲しければ腕づくで奪いなさい!」
ルシナは髪を逆立てながら、ギバハチを睨みつけた。
「ふん、さすがにエスメラーダ人魚を二人も相手にするのは止めておこう。残り五人のシャングリラの人魚が隠しているのはわかっている、既に仲間が向かっている。お前たちは後回しだ、お前たちは黒人魚様が相手をして下さるだろう。それまでここでせいぜいわめいていろ!」
ギバハチはそう言うとマオの洞窟の入り口を塞いだ。その入り口の岩にはヒメカの印が結ばれていた。マオはこのことを念波で各地のシャングリラの人魚に知らせると、二人の人魚に言った。
「よいか、わしの身体に繋がるチモニーを伝って脱出し、シャングリラの人魚を守れ。既にマナトのカルナの真珠はメイフが押さえたのだろう、しかしそれだけでは再誕は出来ない。リカーナ殿に匹敵するマナの力、七色の宝玉がなければ。黒人魚はカルナの再誕など考えてはいない、メイフを取り込むためにそう言ってそそのかしたのだ。ヒメカの封印を解くため人魚を狙っているのだ」
ふっと気が緩んだのか、ルシナが倒れかかった。無理もない、まだ身体が完全には癒えていなかったのだ。
「ルシナ、しばらく休んでいなさい。私が先にシャングリラに行くわ」
そう言うとマオの目の上にあるチモニーに消えた。それがオーストラリアのシャングリラに繋がっていたため、北のオロスは遠く、長旅を終え、ダルナがやっとオロスに着いた時はすでに春が近かった。
ダルナはある赤い月の夜、オロスに着いた。海中で『フィン』を外し、岩場に置き、岩を伝って浜に上がった。耳に、聞き覚えのあるルミナの声が聞こえた。箱の様なものに寄りかかって『ヒト』の言葉で何かを話している。
「ルミナ様、ご無事でしたか。よかった」
ダルナは、月明かりに照らされたルミナの身体を見ると、思わず声を上げた。
「ああ、そのお姿は……」
ルミナは奇妙な衣服を着け、やつれていた様に見えた。それもそのはず、人魚が初めて『カイリュウ族』以外の子供を体内で育てて出産した直後だった。
「ダルナ、ルシナは無事に帰れたのね。よかった、私はこうしてここに暮らしています」
ダルナはずっとその小さな娘を見ていた。両足が丈夫そうなところと、子供の頃にはあるはずの水かきがまったくない以外、ほとんど人魚と変わらない事に驚いた。
「ラミナ様、アガルタにはシラト様がいらっしゃいます。ご心配なさらぬようにとマオ様がおっしゃっていらっしゃいました」
それをダルナから聞くとラミナは険しい顔で答えた。
「ダルナ、嘘はいけません。メイフらはカルナの真珠を手に入れたのでしょう。もしヒメカがこの星に再び甦れば全ての生命はまた原始に戻ってしまう。それを止める事はもう出来なくなるのです。ヒメカは聖三神から産まれたマオ様と同じ創五神の一人、兄神オロチがその力を取り込みでもしたら、アマトやラナの住むこの星は無に帰してしまうのです」
ダルナはそっとラナを抱き上げてみた。丸い瞳の中に緑の髪の美しい人魚が映った。