闇のキリト
「マンジュリカーナ、いえ今は里香様ですね。アロマ様は、最初にマオ様に言ったそうです、アキナは再誕してもすでにマオ様の娘ではない、再誕は宇宙の真理に反している、レムリアでは禁呪にしている。それは生命を軽んじてしまう危険があるからだと、そしてこうおっしゃられた。『それに気付く事があなたには必要なのかも知れない』と」
「ところで、ダルナは何故あなた殺そうとするの?」
ラナは「キリト」の名前が出た事が頭から離れなかった。
「ふふっ、聞きたいのはキリト様の事でしょ?ラナ」
そう言うと、ナナイロフウキンチョウに変わったルシナは、ラナの肩にとまった。
「キリト様はアガルタの三王子の一人、ホッキョククジラのカイリュウです。長兄はナガスクジラのシラト様、次兄はマッコウクジラのメイフ様です」
「メイフ様ですって!あんな奴呼び捨てでいいのよ、ルシナったら」
「いえ、メイフ様はきっと黒人魚に操られているのでしょう。ダルナの言っていたヒミカ様の復活と関係していると思います。メイフ様は以前アガルタで一番信頼されていましたから」
ールシナがキリトの変わり様を初めて知ったのが、ラミナと北極に出かける前日だった。一度は夫だったキリトの記憶を持つルシナは、まだ信じられぬままメイフの元を訪ねた。
「メイフ様ならキリト様を元に戻せるに違いない」
マオはメイフもおかしいと言ったが、彼女はカルナの死のショックがあまりにも深いからだと思い、ひとり暗い洞窟を降りていったー
「キリト、いいかラミナを必ず殺すのだ。そのための手下は既に揃えている」
「エスメラーダとはいえ、クシナを呼ぶ力はまだない、早いうちに始末してしまうのよ」
メイフの隣の黒人魚が、ドクロをもてあそびながら言った。
「ラミナが死ねばマオは必ず人魚の再誕を早める。その間はダルナがエスメラーダを続けるだろう。カムイから戻ったシラトはそのうちにゆっくりと始末しよう」
恐ろしい計画を知ったルシナは、その日のうちにラミナとともにアガルタを出発したのだった。
「キリト様は既にその時はセイウチに転生されていたのです」
「じゃあ、私の知っているキリトは人間ではなかったの」
「いえ、オロスにいたキリト様は人間です。遭難し、死にかけていた人間にキリト様の命を分離させたのです。その代わりにキリト様の寄り代としての役割を受けてもらったのです」
「ダルナは以前はエスメラーダだったと言ったわね、それにラミナが人魚を裏切ったとも」
「ダルナはカルナ様から分離した人魚です。そのためラミナ様が再誕される間のアガルタのエスメラーダを勤めました。私の妹以上の存在です、おそらく自ら黒人魚に近づいた目的は、キリト様を呼び戻そうとしたのでしょう」
「ラミナはどんなエスメラーダだったのですか、アガルタを裏切ったと言うのはほんとうなの?」
里香は北極海での話をルシナに尋ねた。
「とうとう、闇のメイフの命が降りてしまったのです」
彼女はオロスでラミナが襲われた事も、それを救ったのがセイウチに転生されたキリトだった事も話した。
「ラナ、あなたはエスメラーダとアマトの間に産まれた娘です。母と思っていたのはアマトの妹なのです」
しかし、ラナはそれを強く否定した。
「そんなこと、信じない。私はオロスの巫女の娘よ。それを人魚の娘だなんて……」
「あなたがそのオーロラの鏡を使えるのが何よりの証拠です。少しづつその力が目覚め始めています、いいですか、キリト様とあなたが惹かれあったのは、運命なのですよ。私がオロスに行った時、キリト様は王子として完全に覚醒されていました。私はあのあとマリアナ海溝にある、マナトにお連れしいたしました。そこはラミナ様の再誕された場所です。黒人魚が『ヒメカの復活』を企てている事を知った七海の人魚たちがそこへ集まっています。シラト様はまだ加わってはおられませんが、もうじき来られると思います。私の持つ青い宝玉は潜航の石、あなたたちに海中を自在に動ける力が与えられる事でしょう。さあ、私とともにマナトへ参りましょう。ラナ、そしてマンジュリカーナ」
フウキンチョウは虹色に輝き人魚の姿に戻った。それがアガルタの最初のエスメラーダ人魚『クシナ・エスメラーダ』の美しい姿だった。