黒人魚
「マオ様、そのレムリアとは先日シャングリラがネジ曲がったというところだな」
マオは笑って言った。
「ハッハッハッ、さすがメイフ。早耳だな、だがレムリア王国の美しい姉妹の事は知らんだろう。カムイに匹敵する呪力をもつマンジュリカーナ、そしてアガルタの『アクア・エスメラルダ』に匹敵する復活の呪力を持つアロマリカーナ。この姉妹は『ムシビト』の女王『リカーナ』の王女だ。その姉娘マンジュリカーナはわしと同じ、時空さえ越える力さえ持っているのじゃ。まだ少女だが恐ろしいほどのマナの力だ」
(その姉妹なら、きっとカルナを甦らせる事ができるだろうな……)
メイフはマオから聞いた、マンジュリカーナとアロマリカーナの呪力を一度は見てみたいと思った。メイフは次の日から『転生の実験』を始めた。彼がしようとしていたのは、カルナを生き返らせる事だった。次のエスメラーダの再誕ではカルナの記憶は失ってしまう。兄のシラト、弟のキリト、いやどのリュウグウの妻になるのかもわからない。前世の記憶は邪魔になる、それがアガルタで続けられた子孫を絶やさぬ唯一の方法だったのだ。マオを除くとただ一人「ルシナ」だけは伝承の力を持っていた、その力を与えたのはレムリアのアロマリカーナだった。
「ルシナ、あなたには辛い事になるでしょう。愛した相手は記憶を失い、次には別の人魚を選ぶでしょう、人魚はあなた以外に何人もいる。いくら待ってもあなたはキリトから選ばれる日が来ないかも知れないのです。あなたはそれをただ待つしかない。嫉妬を抑え、じっとその時が来る事を信じて……。私は重い責任をもつあなたの望みを叶えましょう、でもねルシナ、私はその力を与えることには、いまでも気が進まないのです」
姉とともに時空を超えて『マナトの祭壇』に現れたアロマリカーナはそう言った。
「私はこの記憶だけで生きていけます」
そう言うと、ルシナはにっこり笑ってアロマリカーナの前に進み出た。
無表情の美しいカルナは、右手に持つドクロの頭にかじりついた。そしてまた石の中に吸い込まれていった。彼はマオが持ち帰ったナツメの石を使い、カルナをたびたび闇から呼び戻した。再誕まで待てなかったのだ。確かにそれはカルナの姿をしている。だがそれは、カルナの姿をした別のものだった。タオから生じたマナとヨミと同じく、それはまず重く暗い闇から分離した、稚拙なメイフの転生の術は、まずカルナの闇の部分を取り出してしまった。カルナの闇の結晶、それが黒人魚となった。
メイフはある事に気づいた。カルナの闇を深海魚に転生するとその深海魚が『魚人』となり、意志を持ち始める事に…。彼はそして夢中で魚人を作った。繰り返す実験の中、副産物としての魚人がメイフの部下として次々に数を増やしていく。
『転生の石』は双方の記憶、人格を入れ替える事ができる。ただし生体同士に限るのだ。メイフはそれを実験の中で確かめていった。その実験の合間にも、彼は洞窟の岩上のカルナに話しかけた。
「カルナ、やはりわしの力では無理なのか、マンジュリカーナにしかお前をこの世に再び呼び戻す事はできないのだろうか?」
「メイフ様もっと強い身体が欲しい……」
カルナは次第に彼に要求したのだ、言われるまま彼は実験体をより強靭な身体を持つものに次第に変えていく。その中で生体同士の魂の入れ替えも可能な事を知るのだった。
「カイリュウの中でも小型のハクジラではだめだ、オルカで試してみよう」
誕生したのがギバハチだった。カルナはある日、おそろしい願いを彼に言った。
「メイフ様、今度はキリトがいい。そうすれば私はもうあの石には戻らない、ずっとこの世にいられる」
黒い人魚は既にカルナの顔ではない。しかしメイフにはもうどうでもよかった。メイフもまた、闇に取り込まれてはじめていたのだった。