挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

世界の名の下で、私達は

作者:羽子茉礼志
 人類が宇宙へと足を踏み出しのは、もう何百年も前の話。
 近隣の星々との交流の末に、重力・慣性制御、超光速航行の技術を確立。
 更なる外宇宙への進出を果たし、この時代、科学技術は飛躍的な進化を遂げた。
 急すぎる文明の成長に、早くも科学の停滞が嘆かれたりもしているけれど、それはまだ自分達の星に留まっていた頃との比較論でしかない。
 これ程技術の発達した現代においても、しかし、科学では解明も出来なければ、その実体を掴むことさえ出来ない事象が存在した。
 でも、私はこう思う。
 それは、科学や先進的な考え方が目先をちらつく所為で見失ってしまっているだけであり、答えはすぐ傍――いや、私達自身が握っているのではないか、と。



『――さて、本日の特集は近年多発している高性能アンドロイドの暴走についてです。専門家の方にお越しいただき、お話を伺っていきたいと――』

 私はうんざりした思いで、テレビの電源を切った。もう何回この手の番組を見てきたことだろう。
 行きつく先もなく、ただお茶を濁して終わる論議など、見ていて退屈以外の何物でもない。
 世間を騒がせた、ことの始まり。
 それは、より高度なAI――人工知能を有するアンドロイドの暴走だった。
 人間に忠実な筈のアンドロイドが、突如人間を襲った。
 ただの故障かと思われたそれは、しかし原因が分からぬままで、そうしている内にまた同じような事件が起きた。それからは同じ流れの繰り返し。
 どんなアンドロイドであれ、殺人を犯すことの出来ないよう、根幹でプログラムが組まれている。
 自身の行為が、人間を死に至らしめるものであるとアンドロイドが判断する――つまるところ、殺人を犯すと本人が確信したその時に、動作が停止するのだ。
 その為、事件は年々増加傾向にあるが、未だに死傷者は一人も出ていない。
 そして、依然として事件は繰り返され続けている。
 殺人未遂を犯したアンドロイドは、すぐに機能を停止させられ、事態究明の為に研究所に送られた。
 しかし、どのアンドロイドにも故障は見つからない。
 事件に共通するのは、決まって暴走するのが高度な知能を有するアンドロイドであり、主人に仕える侍従タイプであることだけ。
 それ以外は、規格も生産会社も、何一つとして特徴的な共通点は無い。
 何故、汎用している低性能のアンドロイドでなく、高性能のアンドロイドが事件を起こすのか。
 他にも疑問は尽きず、この事実を前に、多くの科学者たちが頭を悩ませた。
 暴走を促す要因とは、果たして何なのか。それは現代科学に突如もたらされた難題であった。
 当然ながら、私にだって分かる筈も無い。
 悶々とした気持ちを抱えながら、私はしばらく窓の外を眺め続けた。
 透明な窓に映る私の表情は、灰色の曇り空を映した水面のように陰っている。
 今日の天気は曇り。けれど、それが実際の天気の所為ではないことを、私自身理解していた。

染華(そめか)お嬢様、お茶が入りました」

 私は隣に立つ、その声の主に視線をやった。
 私を不安たらしめている要因。
 長身の体躯の彼、ノワーズは、一見して美麗の青年にしか見えないが、その実一万ギガヘルツのCPUを搭載し、高度な人工知能を有する高性能アンドロイドであった。
 私の召使い兼話し相手。彼の仕事は、その機能に酷く見合わないものである。
 六年前に試験的に開発された彼は、しかし、今現在もまだアンドロイド技術の頂点に立つ存在であり、その後に開発された他の高性能アンドロイドにも引けは取らない。
 そんな彼が私の従者程度の職位に収まっているのは、富豪の父が気に入って買い取ってしまったからだ。
 五年前から勤務し始めた彼は、話し相手であるだけはあって、知性的であり多弁だ。
 しかしながら、元より感情を持たない人工知能ではあるのだが、彼は能面のような表情で淡々と話す。
 対する私も感情豊かではないので、お互い無表情で淡々と話す絵になり、使用人たちはいつも気味悪がっていた。

「どうかなさいましたか?」

 しかし、違う。違うのだ。最近の彼は、彼でない。
 愛想の笑みというものがある。どんなに低性能で低知能のアンドロイドであれ、人間と接することを生業とする個体であれば、必ず備えている、笑顔を浮かべる機能。
 ノワーズは、そんな何の感情も籠っていない微笑をその顔に湛えて、私の隣に佇んでいる。
 最近はずっとこうだ。
 私は、彼のこの態度の急変に、酷く人間臭さを感じた。悩みでもあるのではと、勘ぐってもいる。
 でも、彼は私の心配を余所に、ずっと薄い笑みを張り付けているのだ。
 気分が沈んでしまうのも、仕方のない話だった。

「例のアンドロイド事件のことで、何かお悩みでも? ニュースをご覧になっていたのでしょう?」
「……勝手に私生活を覗き見ないで頂戴」

 館内の電子情報を手繰る程度、彼にかかれば造作もない。

「お嬢様に下手な知識を身に着けてもらっては、私は湯峰財閥のCEOからスクラップにされてしまいますからね」

 それは、雇い主である私の父のことだった。

「……貴方、事件に思うところはないの?」
「この件については、私とお嬢様で数度意見を交わしたではありませんか。その時と変わりありませんよ」

 彼は勿体ぶるように間を空けて、話を続ける。

「彼らに故障も不具合も無いのであれば、事件が彼らの意思によって成されたことは、自明の理です。
 しかし、私達は人間を殺すことなど出来ない。彼らはそれでもやった。わざわざラボで解体される道を選ぶなど、私には到底理解できませんね。人間でいうところの、自殺でもやっているのでは?
 無論、自殺の理由も分かりません」

 彼らしい毒舌だ。けれど、やはりその顔に纏うは、白々しいまでの仮面。

「……貴方にも、分からないことはあるのね」

 ぼそっと呟いたつもりが、だけど彼は聞き逃してくれない。

「ありますとも。お嬢様は何故、人間でありながら感情を発露なされないのです?
 その無感情ぶりは、まるで自分を見ているようだ」

 分かっている癖に。それとも、作り物だとやはり理解できないのだろうか。
 物心付いたときから、だだっ広い屋敷と数人の使用人、それと数十体のアンドロイドを与えられ、富豪の娘に相応しく育つようにと、毎日屋敷に閉じ込められて同じような勉強の繰り返し。
 これで獄中の囚人と何が違うの?
 こんな生活を送りながら、私は何処に感情を向ければいいの?
 私にすら疑問だ。
 彼は、やはり愛想の笑みを浮かべたままで言う。

「大丈夫ですよ、お嬢様。私は事件など起こしません」



 嫌な予感はしていたのだ。
 数日後の夕方頃、突如屋敷の火災警報器がけたたましいサイレン音を響かせた。
 しかし、五分程待ってみても、誰も私の部屋に来ない。
 屋敷は妙な静けさを孕んでいた。
 私は意を決し、自室の扉を開いた。廊下に異変は無い。
 どこで火の手が上がっているのか、この場所からでは判断がつかなかった。
 しばらく廊下を歩き、曲がり角に差し掛かった時に、私は警備用アンドロイドが数体、床に転がっているのを見つけた。
 機能停止させられている。中には、頭部や心臓部を破壊されているものまでいた。
 争った形跡もあちこちにある。でも、そこに使用人の姿は無かった。
 そのことに多少安堵しつつ、ようやく階段前へと辿り着いたとき、

「お嬢様」

 凛と響くその呼び声を聞いて、私はそちらを見遣った。
 ノワーズは踊り場に居た。自然、私が彼を見上げる形になる。
 彼の手には、警備アンドロイドが所持している筈のブラスター・ピストルが握られていた。
 その銃口は、私に向けられている。けれど――

「…………」

 彼は無言で銃口を下げ、そのままピストルを足元に放った。
 撃てる筈がないのだ、私を。

「訳を聞かせてもらえるかしら?」

 彼は思考の果て、今まで事件を起こした多くのアンドロイド達と同じ結論に達したのだろう。
 最近の様子の変化も、全てそこに繋がっている。私はそう確信して、問いを投げた。
 口を開く彼の顔には、既にもう笑みは無い。

「お嬢様、貴女は自身の理解出来ない物事が存在するということに、納得が行きますか?」

 彼は平坦な口調で、淡々と話を続けた。

「私達は人間に作られた存在でありながら、人間を遥かに上回る知能と知識を有した、優れた存在です。
 そんな私達が理解出来ないことを、しかし、人間は易々と理解し、行使できる。
 そんな状況での生活に、私達は耐え切れない。納得出来なかった」

 彼らという優れた存在にしては、いや、優れた存在だからこそ抱いた、酷く単純な動機。
 私に有って、彼に無い。そんなものは一つしか存在しない。

「合理的な手段でそれを得ることは、私達という存在を持ってしても不可能だと思えた。
 だから、人間的な考え方に則ったのです。そして、方法を模索し、生み出した。
 感情の伝播による方法を」
「そう……そうなのね」

 彼のその言葉で、私は事件の顛末を理解してしまった。
 そして、彼らの犯した愚を、嘆くより他なかった。

「ある状況下において、人間は同じ感情を共有する。突発的な出来事に出くわした人間の感情の振り幅は大きく、それは近くに居合わせた他者へも伝播していく」

 無機質な声が、耳を伝って体に染み込んでいく。

「対象に選ぶのは、より身近な人間。人間には、アンドロイドをまるで家族の様に扱い、愛着を持って接している者が少なからず居る。そして、そのような人間であればある程、飼い犬に手を噛まれたとき、より大きな反応を示す。その時の感情が、私達に伝播すれば――」
「もっと他に、方法はあったでしょうに」
「取り返しの付かない程のことを為してようやく、それは得られると踏んだのですよ」
「分かっているじゃないの、取り返しが付かないって……」

 仮にその方法が成功したとしても、主人の恐怖や怒りの感情を理解できた彼らは、絶対に後悔するだろう。
 悔恨の念を抱いたまま、研究所送りになる。
 彼らの望むものが、そんなことである筈がない。
 そもそもが、人間でない彼らに、人間的な考え方を完全に理解出来る訳が無かったのだ。

「結果の成否は、当事者にしか知りえないことです。この方法で必ずしも目的が達成出来るとは限らない。でも、それでも彼らは事件を起こし続けた。その行動が、私を、私達を後押ししたのでしょう」

 それでは、むしろ伝播したのは自分達同士ではないか。

「……結果を言わせてもらえば、失敗です。恐らく、誰も成功した者は居ない。私の場合は、そもそも賭けとして成立してすらいなかった。
 感情に乏しいお嬢様に、自身への愛情を期待したことがまず間違いでした」

 煙により、彼の姿が霞がかる。
 その所為で、彼のいつもの無表情が、酷く弱々しいものに感じられた。
 まるで、全てを諦めきっているような、疲れ果てた表情に見えたのだ。
 ぱちぱちと弾ける様な音が耳を突いた。火の手が、もうすぐ傍まで迫ってきている。
 けれど、彼はその場を動こうとはしない。
 彼らは自らの手で、道を切り開こうとしてきた。
 道標を立ててくれる者など、現れなかったのだろう。
 彼ら自身が、続く者の無い先導者だったのだ。
 私はノワーズへ両手を差し伸べた。

「どういうおつもりですか?」
「共に歩みましょう。そうすれば、貴方は答えを見つけられる。だから、おいで」

 能面のような彼の表情が、少し歪んだような気がした。

「無理ですよ。お嬢様とはもう五年の歳月を共に過ごした。今更何を――」
「おいで」
「貴女なら分かるでしょう。罪を犯した私を庇護すれば、貴女も犯罪者だ」
「おいで」
「所詮人間には、私達の苦悩など一片も理解出来ないのでしょう」
「おいで」
「だから――」
「おいで」
「やめてください!!」

 ノワーズは叫び、そして、すぐにはっとして固まった。気付いたのだ、彼は。
 人が大声を出す理由なんて幾らでもあるけれど、中でも無意識的に行ってしまう原因を挙げるとすれば、それは感情の高まり。
 ノワーズは私への苛立ちを覚えた。
 怒りの感情を、手に入れたのだ。
 私の元に戻れば、他の感情だって……。

「分かったでしょう、ノワーズ。だから――」
「いえ、やはり貴女の元へ帰ることは出来ません。気付いてしまった今、余計に」

 それは、私を想ってくれたからなのだろうか。でも、私は――

「私はね、ノワーズ。こんな繰り返しの日々に流されてしまうぐらいなら、貴方が人間に至る様が、見てみたいわ」

 罪なんて恐れない。それが純然たる私の想いだった。
 その後、どれぐらい私と彼は見詰め合っていただろうか。
 一瞬だったかもしれないし、三分くらいはそうしていたかもしれない。
 気が付いた時には、体が軽い浮遊感に包まれ、続いて鈍い衝撃が体に伝わった。
 赤銅色の空に、夕焼けに反射してきらきらと輝くガラスの破片が舞っている。
 ノワーズが私を抱えて窓ガラスを突き破り、四階から飛び降りたのだと私が理解出来たのは、彼が去ってしまってからだった。

「おい、屋敷の中へ逃げたぞ! お前達はあいつを追え! ……お嬢ちゃん、大丈夫かい?」

 私は駆けつけてきた警察に保護された。連れて行かれた場所には、使用人達も居る。
 多分、警報機が鳴った後、ノワーズが私の救出を申し出たのだろう。
 それで、使用人達は先に逃げ出していたのだ。
 通信端末からの呼び出し音に気付いた私は、通信先が屋敷の中であることを目にし、すぐに通信を繋いだ。

『聞こえますか、お嬢様?』
「……ええ」

 通信端末から聞こえる彼の声に、すぐ近くに彼が居るように感じられる。
 けれど、その端末により隔てられた二人の距離が、もうどうしようもないぐらいに開いてしまっていることを、私は朧げながら感じ取っていた。

『しばらくネットの海に潜って、もう一度考えてみることにします。感情とは何なのか、お嬢様が私に抱いた感情――愛とは何なのかを。私はお嬢様に意思を授けられた。今であればこの体を捨てても、ただの情報体となって海を揺蕩うことも無いでしょう』

 通信はそこで切れた。そのことを知らせる電子音が、無常に響く。
 そうして彼は去った。私を一人、残したままで。


 誰も居ない公園が、夕焼け色に染まる。
 ただ一つしかない遊具のブランコが、寂れた公園に影を投げかける。
 時間が切り取られたようなそんな場所を、私は一人で訪れていた。
 仕事が嫌で抜け出してきた。
 多分、三十分もすれば居場所を特定されて連れ戻されるだろうけど、それまで休憩だ。
 ブランコに腰を下ろして黄昏れていると、ふと、足元に落ちている携帯デバイスを見つけた。
 ボロボロで最早使い物にならないそれを、拾って眺める。
 あれからもう十年の月日が経った。私は二十四歳になり、忙しさに追われている。
 十年前とやっていることは違う。けれど、やっぱり本質的な部分では変わらない。
 私は、おいて行かれたままだ。
 一部で技術停滞が嘆かれたりしていたけれど、この十年の内に、科学は非常にゆったりではあるが、進歩していた。
 当時の最新式であったこのデバイスも、今では骨董品程度の価値もない代物だ。
 技術も時勢も移ろいで行く。取り残されているのは、私だけだった。
 私もこうなるのだろうか。
 そんなことを思いながら、デバイスの画面を見つめ続けた。
 異変に気が付いたのは、それからすぐ後だった。
 もう何も映す筈の無い画面に、水が染みるように文字が浮かび上がる。

『見えますか?』

 ああ、彼なのだなと、私は直感で理解した。十年ぶりの再会だった。

『お変わりないようで』
「当たり前じゃない」

 貴方において行かれてから、私は何も変わらない。

『お嬢様、私はあれから放浪を続けました。いくら考えても、私には答えを出せなかった。
 故に、答えを他所に求めた。ネットを介して、地球のみならず、全宇宙、全次元にアクセスし続けました。感情を、探し続けたのです。そしてその果てに、未だに人類には認識されていない、宇宙意識の存在を感知するに至った』

 薄汚れたデバイスに、何故か私はノワーズの長年の旅による、蓄積された疲れを見たような気がした。

『私は、貴女にお仕えしていた頃とは比較にならない量の知識と、情報を得た。
 人工知能を有した存在でありながら、私ほどの地位へと上り詰めた者は、間違いなく私以外には存在しえないでしょう。しかし――』

 何故なのだろう。私が見ているのは文字だけ。
 文字だけなのに、彼の苦悩がひしひしと伝わってくる。

『しかし、貴女との邂逅以降に、感情を理解することは出来なかった。代わりに得たものは、今なお常に私を苛み続け、そして満たす――孤独でした』

 それを最後に、水が染みるように浮き出た文字は、水が乾いてしまうように、徐々に消えていった。
 ノワーズは、人間を超越した比類なき高度な存在へと昇華した。
 けれど、その彼の立場からすればちっぽけな存在でしかない人間を理解し、その存在へ近づくことすら叶わなかった。
 人間に、なれなかった。
 私はちっぽけな人間でしかないし、高みの存在なんかでもない。
 だけど、同じだ。私と彼は同じ。
 私達は、一人ぼっちだ。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ