嫐られ、激情の果てに咲くのは、剥き出しの俺。
虎壱は、一人で劇場の外に出た。
すっかり日も暮れたが、生暖かい風のお陰で、寒さは感じなかったが身体の震えが止まらなかった。
「いいって、気にしないで」
ヒミコに追い出されるように、銀獅がベニヤのドアから出て来た。
押し問答が続いた挙句、銀獅はヒミコにねだられ、携帯番号を教えるはめになっていた。
虎壱は、低いコンクリートの塀に腰を下ろし、頭を抱えた。
尻ポケットに入れていた携帯番号が、思い出したように震えた。
ディスプレイを確認すると、“実世子”と表示され、眺めているうちに切れた。
携帯電話を開いて見ると不在着信が二十件と、新着メール八件の表示があった。
そして、再び、振動した。
虎壱は、カッとなって衝動のままにそれをアスファルトに叩きつけた。 精密機械と言われるそれは、無残にひしゃげて一瞬発光すると、諦めたように沈黙した。
虎壱は再び頭を抱えて俯いた。
「今日は厄日になってしもうたな」
いつの間にか目の前に影が出来て、銀獅の声が落ちてきた。
虎壱は、顔を上げて憮然とした表情で、銀獅をみた。
「どっちもどっちやったって、あん娘が言いよった」
銀獅は、相変わらず煙草をふかしていた。
「……銀獅さん……」
虎壱は、なにかが切れたように涙腺から込み上げてくるものを感じた。
「……俺……」
虎壱の脳裏に、実世子や年増女の顔が一気に過ぎった。
銀獅が大きな息を吐くのがわかった。
気配が近付き、大きな掌が、肩に置かれ、虎壱の涙腺はついに堰を切った。
「……俺のせいかも知れんな。俺がこげなとこ連れて来たけん……」
銀獅の言葉を遮るように虎壱は首を横に振った。
「……違うんです。……俺……、実世子が……」
虎壱は、言葉の組み立てかたを忘れたように呟いた。
実世子が“愛している”と繰り返す度に、心が離れていく事や、束縛されるほど、息苦しくなること、彼女の好意が恐ろしくなることや、便所での出来事を喋り倒した。
言葉を連ねた後、胸の中が空っぽになったような気がした。
そして、漠然とした不安だけが残った。
「……銀獅さん……、人を愛するって……どんなことなんですか? 愛ってなんなんですか? 愛や善意は、押しつけるものなんですか? 」
虎壱は泣きじゃくりながら、銀獅のモスグリーンのシャツの胸元にすがりついた。
銀獅は、虎壱の肩を強くて掴み、片手で頬を叩いた。
「いいか? 虎壱、無償の愛に辿着ける人間なんか、今の世の中に、ほとんどおらん。この世に、他人を愛することのできる人間は、ほとんどおらん」
銀獅の言葉に、虎壱は脱力した。
銀獅は、崩れ落ちそうな虎壱の胸倉を掴み、引っ張りあげた。
「虎壱、器のでかい男になれ。押しつけられる愛情に潰されるようじゃいかん。甘えるな。中途半端に受け止めるな。半端に流すくらいなら、最初から取り入れるようなことすんな」
銀獅の、強い眼差しが、涙で滲んだ。
ただ、流されて来た今までの自分を思った。
なんの意志もなく、用意された場所にいた自分に苛立った。
虎壱は、生まれて初めて、涙が止まらないかもしれないと、思った。
しかし、涙と共に、胸の中に滞留していたヘドロがでていくような気がした。
頭痛がするほど泣く機会は、二度とないだろう。そう思いながら、銀獅にすがりついたまま泣き続けたのだった。
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