嬲るメス豚、キレた俺。
劇場の便所は、どこの公衆便所よりも汚かった。
アンモニア臭だけではない、何かの腐敗臭や虎壱のボクサーパンツを汚した白濁と同じ臭いも混じっていて、呼吸をするのも不快だった。
虎壱は、個室で舌打ちをしながら、ベルトを外していた。
生まれて初めて見たストリップで、自分を落胆させた女のあられもない姿を観て、みっともなく欲情し、そのうえ呆気なく射精してしまったことが、屈辱だった。
立て付けの悪いドアが軋みながら開く音を聞き、虎壱は、ジーンズを下ろす手を止めた。
「……銀、獅、さん? 」
まさかと思いながら、声を掛けたが、返答はない。
不審に思った虎壱は、ジーンズを上げてホックだけを留めると、そっと個室のドアを開き、僅かな隙間から、外を伺った。
髪を振り乱した女が立っているのを見て、身体が硬直した。
「うわあぁぁっ! 」
虎壱は、驚きの余り、バランスを崩して、便座に尻をついた。
ぺたぺたと足音が近付いて来る。身体が制御不能になりガタガタと震える。
かなり前に流行ったホラー映画の女の霊に出会ってしまったような気がした。
頭上に影が落ちて、虎壱はきつく目を閉じた。
「……ねぇ、……いて」
か細い息にそぐわない荒い息、女の霊ではないのがわかった。
虎壱は、恐る恐る顔をあげ、影の本体に視線を向けた。
目の前にいたのは、一番始めに踊った年増の踊り子だった。肩紐のずり落ちたスリップ一枚の姿で、黒っぽい乳首が透けている。
虚ろな眼差しで虎壱を見つめていた。ぞっとしたのも束の間で、虎壱の脳裏に、実世子の顔が過ぎり、恐怖や怯えが、一気に怒りに代わった。
「なんなんだよ! アンタ! 」
虎壱の怒声に、女は怯むことなく、立ち尽くしている。
「……お願い……。抱いて。……が疼くの……お願い……欲しいの。あなたの為に脱ぐわ……。すべてみせるから……」
か細い声で、繰り返す。 虎壱は、立ち上がると、怒りに任せて女の腕を引っ張り、個室に引きずり込んだ。
女は悲鳴一つ上げず、タンクに手をついた。
「なんなんだよ! そんなに、 が欲しいのか?! メス豚のくせに! 」
虎壱は、AVのように卑猥な台詞を吐きながら、女のスリップの裾をたくしあげた。
ヒミコが見せたのとは異質の、黒ずんだ茂みが見えた。
虎壱は、ホックを外し、ジーンズを下げた。
格好のつかない髪を鷲掴みにし、上を向かせた。
「お前はただの家畜だろ! いくら無様でも、アイツとは似ても似つかねぇ! 」
そう叫びながら、ちらつく実世子の顔を必死に消そうとした。
「なんとか言え!淫乱! 」
虎壱は、後ろから腰を打ち付けながら、女を罵った。
欲情ではない、怒りで屹立した肉の塊を、乱雑に打ちつけた。
女は恍惚を浮かべて、鼻にかかった声を上げるだけだった。
髪を引っ張り、がむしゃらに腰を打ち付けていると、ろくな快感もないまま、少量の精液を放出した。
虎壱は、女を突き飛ばすように自身から離すと、個室から飛び出した。 半端に下ろしたジーンズに足を取られながら、洗面台に両手をついた。
蛇口をいっぱいに開き、えずくまま、唾液やら込み上げてくる胃液やらを吐き出した。
「ね、ねぇ……、もっと……」
すがりついてくる女の指が、腕に絡まる。
「うっせぇんだよ!! 離せ!! 淫乱メス豚!! 」
女の手を振りほどき、腹の辺りを思いきり蹴り飛ばした。
女は後ろに吹っ飛び、個室の壁に腰を強打した。低い呻き声を上げ、乱れた黒髪の隙間から、鈍い光を宿した眼で虎壱を睨み上げた。
「くッ!!……この……このひとでなしぃぃぃぃ!!!!」
女は甲高いかなぎり声で叫んだ。
「うるせぇってんだろ!! キチガイが!! 」
虎壱は、何度か女を蹴り上げ、黙らせると、水道で口を濯いだ。
酸味のある鉄臭い水は不味かった。
冷たすぎる不味い水で顔を洗い、曇って、ひび割れた鏡を除きこんだ。
青褪めた男の背後から、干涸びた唇から一筋の赤い血を流した女が、短い息を繰り返しながら、睨んでいるのが見えた。
「物欲しそうなツラしやがって、くたばれ。メス豚」
虎壱はそう吐き捨てて、便所を後にした。
受付の前の壁に、背中をもたせ掛けた銀獅が、虎壱の気配を感じてか視線を向けた。
「銀獅さん……」
虎壱はようやく、自分以外の人間を見たような気がして、強張った表情を緩めた。
銀獅は、煙草を指に挟むと、無言のまま虎壱に歩み寄った。
そして、虎壱の胸倉を掴むと、感情を押し殺したように無表情な顔を近付け、煙と共に低い声を漏らした。
「……虎壱……、因果応報って言葉、知っとるや? 」
銀獅の眼に渦巻いた怒りを見て、虎壱は背筋に冷たいものを感じた。
口は開いたものの、言葉が出なかった。
「……きさん、さっき便所でなんしよったとや? 」
銀獅は、虎壱を突き飛ばすと、足早に便所に向かっていった。
その後ろ姿を見送りながら、虎壱は尻餅をついたまま、震え始めた。
「因果応報なら、姉さんだって、仕方ないよ」
銀獅が立っていた場所のすぐ隣にくぼんだところがあって、そこから、ヒミコが顔を出した。
「あの人、男狂いだから。いかれちゃってるのよね。いつものことなのに、ぜーんぜんっ懲りないの」
ステップを踏むような足取りのヒミコに目をやりながら虎壱は、唇を震わせた。
「……んなんだよ……あの女……」
「私のおねえちゃん」
ヒミコはどこか歌うような口調で答えた。
「気にしないでいいわよ。あのひと、暴力に慣れてるから。すごく頑丈なの。銀獅さんに言ってこなくちゃ」
虎壱は、後ろ手をついたまま息を吐いた。
“因果応報”
その言葉と、射抜くような銀獅の眼差しが、頭から離れなかった。 |