生まれて初めてのストリップ見物。切れるよ?俺。
妖しく輝る赤いステージ。
闇に浮かぶその場所は、闇に沈んだ客席から、離れていた。
劇場内には、虎壱達以外に、十名以上の観客がいた。虎壱はまず、自分たち以外に客がいたことに驚いた。
そして、全員が加齢臭を通り越して腐敗臭のようなものを全身から放っている老人だということに更に驚いた。
「客、入ってますね」
虎壱は隣でピスタチオの殻を剥いている銀獅に耳打ちした。
「時間の有余った年金族やろ」
お前も食う? とピスタチオを差し出されたが、虎壱は微笑してやんわりと断った。
さっきの受付に置いてあった売り物で、製造年月日は最近のものだったが、なんとなく食べる気になれなかった。
照明が落ちて、ステージの真上のちゃちなミラーボールが回り始めた。
『ようこそ、グラヂオン劇場へ! 本日最後の第三幕! トップを飾るは、あけみちゃん! 熟練されたベテランの踊りをお楽しみください! 』
妙にこなれたアナウンスに場内は色めきだったが、虎壱は萎えた。隣の銀獅も、つまらなさそうな表情のまま、指でピスタチオの殻を弄っている。
軽快な音楽が流れ始めたが、照明はあまり明るくない。
登場した踊り子は、予想通り、年増だった。
しかも、悪いことに、忘れかけていた実世子を思わせる、髪の多い、腹まわりの崩れた女だった。
「あんなん出てこられてもなぁ……」
銀獅は、前方席に両足を投げやり、ピスタチオの殻を噛んだ。
「ヤるのはいいけど、観るのは、向いてねえ」
「あんなんとヤれます? 銀獅さん」
虎壱は、吐き気を堪えて、自嘲した。
ほとんど毎日、自分はあんなメス豚を抱いている。そう思うと、再び胃の辺りがムカついた。
「なんでや? ああいうのは、触り心地がよかとばい」
銀獅は、ステージの女を指をさしながら虎壱を諭した。
「メス豚じゃないですか。ああいうのはしつこいですよ」
虎壱は苛立ち、煙草を取り出した。
動きは鈍いが、最前列で盛り上がる老人達。激しいリズムに、身体をくねらす年増女。自ら乳房をまさぐり、薄っぺらい衣装をはぎ取っていく。 まるで邪教の宴のように奇妙で暗い踊り。
虎壱は、煙を追うことにした。
一段と明るさを増した照明に、感情もなく、ピスタチオを咀嚼する銀獅の横顔が照らされ、虎壱の視界にはいった。
「あ。あの女、イクばい」
まるで、池の魚が跳ねた、くらいの何気ない調子で銀獅は言った。
虎壱は、条件反射のようにステージに目をやった。
きつすぎるくらいの眩い照明の中、白い膚をした全裸のメス豚が、両足を思い切り開いて、のけ反っているのが見えた。がくがくと膝が痙攣しているのもわかった。
「あそこまでやるったい」
銀獅は、薄ら笑いを浮かべている。
その隣で、虎壱はえずいていた。
その姿が、恍惚を浮かべる表情が、行為の終盤でみる実世子にあまりにも似ていたのだ。
胃の中のものは出なかったが、何度か嗚咽を漏らした。
その様子を見て、銀獅が眉をしかめて苦笑した。
「そげん悪くなかろうもん」
虎壱は、何も答えず頭を横に振ると、口を押さえてトイレにいくために席を立った。
湿っぽい熱気のこもった会場を出ると、埃臭いながらひんやりとした廊下の空気の方が、幾分マシだった。
戻ったら、銀獅に帰ろうと言おうと思った。
虎壱は、目の前にある場違いなほど新しい、自動販売機の白い蛍光灯に魅かれた。
小さなペットボトルのミネラルウォーターを購入しようと、ポケットに手を突っ込んだ。
小銭をとりだして、投入口にいれようとした時だった。
「イィィヤャアアァァァ!!!!」
女の叫び声がして、虎壱は身体を竦ませた。その拍子に幾つかの小銭をばらまいてしまった。
べたりと地面に座り込み、自販機に背中をつけて辺りを見回した。
女の絶叫は、地下から聞こえた。
自販機から向かって左、廊下の先に下り階段があった。
虎壱は唾を飲み込み、ゆるゆると自販機に沿って腰を上げた。
「な、なんなんだよ……」
誰にともなく呟いて、散らばった小銭を拾った。 ヤバいことでもやってんじゃねぇか? と疑ってみたが、この場所でなら、なんでもあり、のような気がした。
さっさと拾って中に戻ろうと急いだ時だった。
階下から、扉の開け閉めをするような物音のあとに、ハイヒールの靴音がした。
虎壱は、自分を急かしたが、自販機の下の僅かな隙間の五百円玉が視界に入り、腰をかがめ手を伸ばした。
ハイヒールの靴音は、すでに近くになった。
虎壱は、思わずそちらの方を見てしまった。
「あら……」
階段に立っていたのは、白いノースリーブのフレアワンピースを着た髪の長い少女だった。
実世子や、さっきの年増の踊り子とは異なり、真っ直ぐ腰まで伸びた栗色の髪。
きれいな二重瞼に切れ長の瞳。涼しげな鼻筋。
純文学的な美少女、と形容される若い女優に似ていた。
「お客様がいたのか……」
少女は独白をして頷くと、虎壱に笑いかけた。
「驚かせてしまって、大変申し訳ありません」
自分に向けられた声と笑顔に、虎壱は、はっと我にかえった。
「あ……いや、さっきの、きみ? 」
虎壱の問い掛けに少女は微苦笑を浮かべて、曖昧に頷いた。
「う、あ、はい。あの、私の姉さん……です」
虎壱を全体的に眺めながら、少女はゆっくり一歩を踏み出した。
舞台が終わった後は、いつもああなんです。と申し訳なさそうに続けた。 虎壱も、ぎこちなく、そうなんだ、と応えたがさっきの年増と目の前の少女がどうしても、結び付かなかった。まだ母親と言われた方が、納得が行く。
「は、初めて、ですよね? ここ」
少女は歩み寄りながら、上目遣い気味に虎壱をみた。
「あ。あぁ、うん」
五百円玉を握った掌が、じっとりとした汗をかいている。
少女は顔を上げ、にっこりと笑った。
「いま、リョウコさんが舞台をやってて、次は私なの。よかったら観ていってよ。爺さん以外の客なんて初めてだわ」
純文学的な美少女の面影が消え失せ、悪戯っぽい笑みを浮かべた踊り子が、虎壱の手を五百円玉ごと握った。
虎壱は、心地よい夢から叩き起こされたような気分になって、口許を引きつらせた。
「……あぁ、そうするよ」
「楽しみにしていてね。私は皆とちょっと違うの」
幼い踊り子は、そう言うと、小さな舌を出し、虎壱の手を解放した。
なんだか、裏切られたような気がして、目の前の少女をただ呆然と眺めた。
「私、ヒミコ。よろしくね。お兄さん」
ヒミコは虎壱の落胆に気付かないまま、二、三度肩を叩くと、自販機で炭酸飲料を買って、再び、階段の方へ行ってしまった。そして、階段を少し下り、五百円玉を握ったまま見送る虎壱に、向かって、片目を閉じて、指だけをばらばらに動かすやり方で手を振ってみせた。 |