嫐られ、激情の果てに咲くのは、剥き出しの俺。(3/7)PDFで表示縦書き表示RDF


嫐られ、激情の果てに咲くのは、剥き出しの俺。
作:森本エリ



寂れた町と怪しげな劇場に困る俺。



 “misa”から、地上に出た時、まだ薄い金色が辺りを照らしていた。
 奥行きのある瑞々しい水色のキャンバスでは、灰と金の分厚い雲が、太陽を飾っている。
 刺すような金色の光線が、目を細めさせる。
 くすんだ額縁のような高層ビルの群れ、行き交う人々の群れ、数珠繋ぎの車。
 それらを嘲笑うかのように、頭上から目前に広がる天空の絵画は、気高く美しい。
 常に胸の中に、どす黒いヘドロを停滞させている虎壱に畏れさえ抱かせた。
 銀獅はティアドロップをかけて、口笛なんか吹いて前を行く。虎壱はそっと、その背後に隠れ、二人は駅へ戻った。
 今いる中心街から、四つ引っ込んだ駅までの切符二人分を銀獅が買った。自分が誘ったのだから、お前はついて来るだけでいい、と銀獅は云った。 虎壱は、まだ遊ぶ分の自分の金を持っていたものの、ありがたく銀獅の好意にあやかることにした。

 車窓に一切目を向けないまま辿着いた四つ目の駅は、中心街に比べて、ひどく寂れていた。
 若者の姿がほとんどなく時間の流れが、非常に曖昧に感じられた。
 曲がった腰を庇うように杖をついて歩く老人。椅子にもなる花柄の買い物カートの上で蜜柑を食べている老婆。塗料の剥がれかけたベンチで、世間話をしている二人も、虎壱の祖母と同じくらいの年齢だろう。
 先ほどよりも斜陽の色合いが濃くなっていて、春宵というよりも、秋を思わせた。どこかに柿の実がなっていてもおかしくないと思い、なんとなく線路の向こうにみえる低木に視線をやった。

「のどかな場所やねぇ」
銀獅が、さっそく煙草を銜えて呟いた。
 ティアドロップで邪魔されているものの、口許は綻び、声色は穏やかだった。
 虎壱は、寂れたまま退廃していくのを気にしていないような、この場所の空気を、薄気味悪く感じた。
 諦めなど、当の昔に忘れたと言わん許りの緩やかさ。
 雑踏の中の緊張感はない。まるでこの場所に馴染めない自分を感じた。
 誰も銀獅と虎壱の姿を見留める者はなかった。それぞれ遠くを見ているようだった。
 駅員さえも見当たらない。
 銀獅は、正しく改札を通過していく。虎壱は見失ってはならない標識のように彼の背中を追った。

 駅前の商店街のアーケードも当然のごとく衰退している。すでに大半のシャッターが閉められ、見当たらないのに、魚屋のような生臭い臭いが、鼻孔をかすめた。
 時代に取り残された哀しみが屈折して、かろうじで息づいている。
 古めかしい装飾の入口の、染み付いた意地のようなものが、賑わっている繁華街よりも猥雑さを醸し出していた。
「銀獅さん。こんなところにあるストリップティーズ、やばいんじゃないですか? 」
 虎壱は、なんとなく肌寒さを感じて自分の腕をさすった。
「それがよ、いるんだって」
 銀獅は、煙を吐き出しながら顔だけ振り向かせた。
「え? 」
「すげえ若いお嬢ちゃん」
 銀獅は、疑いもせず歩いている。虎壱は首を傾げた。
どうせ、デブスだ。
すでにうんざりしていた。
 実世子みたいな女が、舞台に出て来たら暴動を起こしてやる。そう思って、自分の視野の狭さに余計うんざりした。

 商店街は意外に広く、奥行きがあった。全部が路地裏のように湿っぽい場所にも関わらず、入り組んだ狭い道を歩いた。
 銀獅は、初めてのようなことをいっていたが、その歩調に迷いはない。
「銀獅さん、場所知ってるんですね」
「大体しか聞いとらんけど、呼ばれとるような気がする」
 銀獅が野生動物のように研ぎ澄まされた勘や眼光を持っているのは、虎壱も承知済みであるが、呼ばれているというのはどうなのか。
そんなことを考えているうちに、銀獅が立ち止まった。
 前方不注意の虎壱は、前のめりになり、その背中に鼻からぶつかった。
「……グラヂオン劇場、ここやん」
 銀獅は短くなった煙草を捨てた。
 虎壱は、鼻を擦りながら、その建物を見上げた。
 ただの、古い汚い、貼りつけレンガの建物。
 脚立みたいな錆びた看板には“グラヂオン劇場”と記されてあり、両隣りには、砂埃で塗れた花輪が立て掛けてある。
いかにも場末、年代物のうさん臭さが漂っていた。
「劇場……って」
虎壱は、入口のベニヤ板に木目シールで加工されただけのドアに目をやった。
銀獅は、新しい煙草に火を点けた。
 中に入ると、意外に広かったが、薄暗く、照明は豆電球みたいに乏しい。
入ってすぐに管理人室みたいな受付があった。
建物が年代物のせいか、なんとなくカビ臭い。
ほつれかけたカーペットは何十年も替えられたことがないように見えた。
正面には、大昔のシネマ館、あるいは縁日の見世物小屋のような劇画で描かれた裸の女の看板がかかっている。
“嬲られ、辱められ、咲き誇るは、激情の白い華。〜グラヂオン劇場〜”みたいな謳い文句が綴られているのを、目を凝らしてようやく読んだ。


「いらっしゃいませ〜 」
 受付には、妙に愛想笑いの強い、白髪にアイパーをかけた黄色い歯の男が、二人を待っている。
「……本当に大丈夫なんですか? 」
虎壱は、小声で銀獅に尋ねた。
 一人五千円も払って、ここに入る意味があるのだろうか。
「こんなんも、面白そうやん」
 虎壱の不安も気に止めず銀獅は尻ポケットから、長財布をとりだして、万札を抜き取った。
 銜え煙草の、そのさまは博打打ちのように見えた。勝負の瞬間だけを楽しんでいるような笑み。当りか外れかなど、銀獅にとって、問題ではなさそうだった。












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