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異世界に来て小さくなった私は、気絶するほど醜いオークさんに拾われました

作者:aokican
ありがとうございました。連載の「小ネタ置き場」にて続きを数作投下しております<(_ _)>
「ん……」
 何かにつつかれ、私は目を覚ます。

 寝ているのは小さなバスケットの中だ。
 中には元々針刺しに使われていた刺繍入りクッションが敷かれている。
 もちろん今は針は全て取り、私のベッドにされていた。
 もう一度つつかれ、そっと目を開けた。
「はい。おはようご――」

 目の前にどアップの笑顔があった。
 飼い主のオークさんの顔の。
 その超絶過ぎる醜さに――むろん気絶した。

 …………

 気絶……もとい二度寝から起きると、針刺しベッドの外に、小さく切った卵やら果物やらが載ったお皿と、小さなコップがある。
 オークさんはまだいた。
 顔が見えないよう、目の部分だけ開いた布の袋をすっぽり被り、私を撫でていた。

 ……猛烈な罪悪感に苛まれる。
 身体を縮めつつ、私は朝食に手を伸ばしたのだった。

 …………

 私は日本人である。最近まで日本におりました。
 それがなんで異世界に来て小さくなって、森でオークさんに飼われているのか。
 話すとあまりにも長いので省略。

 ……説明不足すぎる気がするので、やっぱり簡単にお話しいたします。
 詳しいことは省くけど、日本では虚ろな日々を送っていた。
 いてもいなくても同じ、いっそいなくなった方がいいと思われていた。
 だから異世界に来たときは、帰りたいというより嬉しかった。 
 私もまだ青かった。
 ついに自分の真の人生が始まると信じていた。
 ワクワクするようなことが毎日起こり、超イケメンの王子様か貴族様か騎士様と恋をして、幸せな生活が一生続くんだーってね。

 ……ネズミサイズになったことに気づくまでは。

 縮んだ理由は謎。
 肉食獣に追われ、夢破れ森の中をさまよい、あげくに衰弱して倒れた。
 そこを保護してくれたのが、『オークさん』である。
 いや、別に名乗られたわけではないけど。

 ただ、形状が以前、ゲームで見た『オーク』に似てる気がしたので勝手にそう呼んでいる。

 オークさんは、言っちゃ悪いが超醜い。

 …………

 朝食を食べ終わった。私がコップの水を飲み終えると、オークさんは太い指で小さいお皿を器用に集め、外に持っていく。井戸で洗うんだろう。
 あと息が苦しいのか、被り布は取ってしまった。
 そしてそーっと私を見る。

 私は息をのみ、こらえる。
 慣れろ慣れろ慣れろ……。
「ごちそうさまでしたー!」
 どうにか笑顔で言う。通じたか知らん。いやたぶん通じてない。
「,'l.|{ll ! |!ll」
 何か言った!! しかしこの音声、聞くと耳に錆でも出来そうな不調和音である。
 詳しく聞き取る以前に、脳が理解を拒否するというか……。
「…………」
 ああああああ!! 気がつくと耳をふさいでた!
 そもそも命の恩人であり、生活の面倒を見てもらってるのに、醜いだの声が耳障りだの……。
 針刺しのベッドに飛び込み、落ち込んでいると、
「.l l i !| | | | .| |〉」
 小さな声で何か言い、頭を撫でる。
 そしてオークさんは行ってしまった。
「ううう……」
 部屋を見る。

 この家は素敵だ。
 木製のテーブルにお花のくり貫きがされた椅子。
 窓際には手製レースのカーテン。鉢植えには水色と淡いピンクのお花、手作りのポプリ。
 カントリーハウスそのものである。

 オークさんは読書家で、本棚もある。季節ごとの押し花のしおりまで常備である。
 針仕事も割合行う。驚くべき事に刺繍もする。
 布製のものには、たいてい何かしら手を加えていたし、オークさんの服もチェックの上着に茶色のチョッキ、サスペンダーつきズボン、なぜか襟元にタイと、ちとおシャレ。

 ……だがオークさんだ。

 それでもオークさんだ。

 あ。外で鳥さんのけたたましい警戒音が聞こえた。
 オークさん、懲りもせず小鳥を懐かせようと画策中。
 しかし動物を見ると微笑んでしまうため、獣も鳥もダッシュで逃げていくのである。

 …………

 衰弱し、倒れた私はオークさんに拾われ意識を回復した。
 ……回復してからさらに、生死の境をさまよった。
 だってオークさんだもの。

 オークさんは醜い。
 顔の造形が個性的、パーツの位置がちょっとズレているだけとか、そういうフォローが不可能なほどに醜い。
 見たら卒倒するレベル。実際に卒倒する動物を何度も見た。てか日常風景である。
 どれくらい醜いのか、形容が難しい。豚とヒヒと岩盤とコモドドラゴンとゾンビをごっちゃごちゃにミックスしたような顔だ。でかすぎる鼻に怪光線でも放ちそうなギョロギョロの目。口からはみ出た牙は不格好に上を向き、不快な音を放つ。
 緑色の皮膚は触ると背筋がゾワゾワするザラザラさ。間に毎朝剃っても生えてくる、超剛毛。
 大食してるわけでもないのに腹は出て足は短い、声も耳障りでガラガラしている。

 おかげでこのあたり超平和だ。
 オークさんがあまりにも醜いから、動物がほとんどいないのである。
 いや、マジな話。
 オークさんの醜さは、大小どんな生物にも『こいつは残虐非道な悪魔のクリーチャー。つかまったら最期、生きたまま引き裂かれて貪り食われる』という印象をスピーディに与えてしまうのだ。
 オークさんの顔が見えなさそうな、ごく小さな生物までも逃げていく。
 オークさんの声が彼らの『逃げろ!』スイッチを押してしまうらしい。

 神様が悪意という悪意を全力で詰め込んで作ったとしか思えない醜さ。
 よってオークさん、マジで『ぼっち』である。
 もっと残酷なのは、この、恐らく世界一醜いオークさんは、虫も殺せないほど穏やかで優しい性格なのだ。

 …………

 オークさんがいなくなったので、私は室内を散歩する。
 棚やテーブルをめぐり――ちゃんと私専用の頑丈な渡し板が設置されているのだ――、一番お気に入りのテーブルに行く。
 そこにはオークさんが制作中の、大きめのドールハウスがあった。
 どうやら、ゆくゆくは私の『巣』にするつもりのようで、やや荒い作りながら、ミニサイズのテーブルや椅子がすでに用意されている。
 私は椅子に座り、頑丈さを確かめ微笑む。

 ……はあ。ここまで可愛がられながら、顔を見て気絶する失礼さを直したい。

 …………

 オークさんに拾われ、回復途中の私は、その後もオークさんの顔を見るたび気絶したり吐いたりした。
 オークさんの顔はとにかく、生理的不快感を誘発する。
 そんな私を、無言で外に放り出したり、煮えたぎった鍋にポイッと入れたりすることも出来たのに。
 オークさんは絶対にそんなことはしない。
 慣れた様子で私の面倒を見、どうしても私が嫌がるときは布の被り物をしてくれた。
 オークさんの生活は単調だ。明るい内は外で農作業をし、ときどき私の様子を見に来る。
 食事時には野菜の下ごしらえをし、ご飯を作り、私に食べさせ自分も食べる。
 メニューはパンに果物に野菜、あと豆類やキノコが多い。
 肉は一度も出たことがない。
 どうやらオークさんは肉を食べないらしい。

 夜になると暖炉の火と燭台の火を頼りに眼鏡をかけ本を読む。
 他にも家具を直したりドールハウスの制作をしたり、針仕事をしたり……編み物までしたり。
 そして拾った動物をかまう。
 動物が好きと言うより、弱った動物を見捨てられないようだ。

 オークさんに一時保護された動物は、私だけではない。
 弱ったノネズミだったり怪我をした子リスだったり、羽が傷ついた小鳥だったり。
 多いときには十匹程度が一緒に保護されていた。
 ……まあ、全員が全員、オークさんに気絶し、警戒し、嫌っていたが。
 ちなみに今は、私一人が飼われているだけだ。

 私は一度だけ、オークさんの手によって森に戻された。
 たぶん、完全に回復したからだろう。
 おそらくオークさんが拾ったと思われる場所に連れて行かれ、いくらかの果物と一緒に地面に置かれた。
 他の動物にもそうするんだろう。
 手慣れた様子でもう一度だけ頭を撫で、私に背を向け、歩いていく。

 ……捨てられる!!

 その瞬間に、私は叫びまくった。

『待って! 待って!! 待って下さい!!』

 一度も出したことのない大声と猛スピードで大きなオークさんに追いつくと、放すまいとズボンにしがみついた。
 オークさんはギョロギョロの目を見開いた。

 ……これは、オークさんには初めての経験だったのではないかと推察する。

 オークさんに保護され、自然に戻された子たちが帰ったことはない。
 継続的に飼われているらしいペットもいなかったし。


 私の側は醜い話、保身である。
 人間一人、異世界から来てしかも小さくなって森で生きていくことなんて出来ない。
 たまに気絶するけど、最近はオークさんの顔にも慣れてきたし。
『あのー、もう少し一緒にいていただけないかと……』
 おずおずとオークさんに手を伸ばした。
 オークさんはそーっと屈み、私の頭を撫でた。
 私が逃げないのを確認すると、そっと両手で私を抱き上げ、大切そうにふところに入れ、家路に戻った。


 それからは一度も捨てられていない。
 私は飼い物の中で特別な地位を与えられたようだ。
 針刺しのベッドをもらい、一等良い餌をいただいております。そして『巣』を制作されております。

 人間のプライド、施しへの抵抗感は無いのか……ええとその、オークさんへの恩返しの機会をうかがってましてね。ハイ。
 そういうわけで、まあ幸せにやっております。
 たまに気絶するけれども。

 はい、回想終わり。

 …………

 棚から私用の梯子をつたい、するすると下に下りる。
 しばらく走るとやがて扉が見えてくる。
 ここには、犬猫出入り口に似た、私専用の小さな出入り口がついている。
 ミニ扉を押して外に出ると、一面の緑。オークさん渾身のガーデニングだ。
 あらゆる植物がよく世話をされ、いっぱいに花を咲かせていた。
 私はレンガの小道をつたい、オークさんが仕事をする農園に向かう。
 空は快晴で気持ちいい。オークさんのおかげで、イタチや猛禽類も来ないので歩くに安心だ。
 奥に見えるのが自家製の石造りオーブンだ。
 これは料理以外に、焼き物にも使用するからすごい。
 木の格子のフェンスにくれば、向こうは農園。
 畑や果樹が見えた。しかし私が小さいため、オークさんの居場所は分からない。
「オークさーん!!」
 両手を口にあて、大声を出す。すると、
「i!.l!! l!.iヽ」
 遠くから声が聞こえた。偶然ではなく、私の声に反応してくれたのだ。
 今日は果樹園か。
 私はそちらの方向に走る。
 恐らく元のサイズなら五分もかからない。
 今のサイズでは、隣町くらいに遠く思える。
 運動不足の身体に叱咤し、ぜえはあ言いながら走っていると、観葉植物の茂みがガサッと割れた。

 きゃああー!!

 ……悲鳴を上げるなど失礼な。 
 だが悲鳴を上げたくなるご容姿のオークさん、登場である。
 今は麦わら帽子に汗拭きタオル装着。若干可愛くなっておった。
 ちょこちょこ走ってくる私を、慣れた様子で両手に乗せる。汗っぽいな。あ、果物の匂い。
 あらら。揺れる揺れる。
 慌てて指につかまるとオークさんの笑い声。うう、不協和音な。慣れろ慣れろ。
 意識をそらすべく手に身体をこすりつけると、指で頭をくすぐられた。

 オークさんは収穫中らしい。
 大きな手が、果樹になった果樹をもぎとる。
 危ないので、私はオークさんの腰の小カゴに入れられていた。
 けどよく見たくてカゴから出、肩までよじのぼった。
 彼は私を優しく見、私にも食べられそうな小さな果実を渡してくれた。
 あ。いえ。ねだったわけでは。
 と思いつつも、果実にかぶりつく。うん。甘いなあ。

 オークさんは夢中で食べる私を小カゴに戻し、また果物の剪定作業を続ける。
 私は果物も食べ終わり、満腹になる。
 そしてウトウトと寝てしまった。

 …………

 夜、オークさんは針仕事をする。
 私は肩に座って、それをのぞいていた。
 今のオークさんは眼鏡をかけ、ちょっと可愛い。
 うーん。醜さにも慣れてきたかな。どうだろう。
 私は手を伸ばして、オークさんの顔のガサガサの皮膚に触れる。
 剛毛と岩肌みたいな皮膚。それを何度も撫でる。
 あ。オークさん、針仕事を止めた。危ないって?
 ん? 私をどかさず目を閉じる。眠いの?
 撫でるのを止める。すると目を開けて何か言われた。

 えーと……撫でてほしいのかな。

 撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で撫で。

 届く限り、あらゆるパーツを撫でてみる。
 とどめに全身ですりすり。
 どうだ。やってやったぜ!! 慣れたぞ!
 オークさんの醜さに慣れたぞー!
 と勝利感にひたっていると、

「あ」

 オークさんの目からツーッと涙が落ちた。
 そして私を、宝石でも抱えるかのように両手で抱え、そっと頬に押しつける。ちょっと濡れてた。

 な、泣くほど喜ばなくとも……どれだけ、ぼっちをこじらせてるんだ。
 そういえばオークさんは身体中に古い傷跡を持っている。
 仲間のオークを見たことはない。
 ちなみに壁には同族と思しきオークの絵が飾られていた。
 眼鏡をかけた上品そうな老婦人オークだ。
 ご同族の絵があるからこそ比較も出来るが、オークさんの醜さはやはり異常である。
 オークさん。たまにこの絵に話しかけるなど、ちょっと心配になることをしている。

 ……で、オークさんはまだ泣いている。
 私は良いことをしたんだろうか。本当に?
 オークさんのぼっち心を刺激して、かえって辛い気分にさせたのかも。

 泣きやんでもオークさんは作業を再開しない。
 刺繍していた布をテーブルに置き、椅子に深く座り嘆息する。
 妙な罪悪感で胸がうずいた。

 ……どうにかして、ペットの立場を脱出出来ないものか。
 真剣にそう思った。
 オークさんに可愛がられて、ぬくぬくと暮らすのもいい。
 けど、それだと私は身も心もペットに成り下がってしまう。
 命の恩人のために何かしたいなら、ちゃんと動かないと。
 彼の友達になりたい。

『私はあなたと同じように言葉を持ち、心があり、考え行動しています』
 しかしどう伝えればいいんだろう。
 扱いからして、今の私は、ちょっと利口すぎるネズミくらいにしか思われてないし。

 うーん。うーん。
 椅子にもたれ、まだ目を閉じているオークさん。
 こんな小さい身で、どう私のことを伝えれば良いか。
 現実逃避で意味もなく室内を見る。
 テーブルには刺繍が放られている。危ないなあ。糸が針からはずれてるし。

 …………!!

 そのとき、電撃のように直感が脳に走った。
「オークさん、オークさん!!」
 膝をつたい、テーブルに飛び乗り、大声と身振りでオークさんにアピールする。
 オークさんは我に返ったらしい。
 私の姿を探してテーブルを見、ペットが針に近づいているのを見て、立ち上がる。うわ、怖いなあ。
 だが譲るわけにはいかん。
 オークさんの手を逃れ、針を死守し、そして探す。
 うわ、手が頭上をかすめた。
 いつもは耳障りではあるが穏やかな声が、珍しく怒りのトーンをはらむ。

 オークさん、気づいてください。
 いつも醜いだ何だ心の中で思っててすみません。
 だけどあなたが尊敬できる人だと思うからこそ――ペットと飼い主の関係から脱出したいのです。

 私は見つける。
 放られた糸の先を。
 それをまっすぐ、自分の持つ針の穴に通した。
 ネズミサイズの身には、どうってことない技だ。
 私は糸を通した針を、
「はい、どうぞ!!」
 オークさんに差し出す。

 オークさん、静止する。

 針の穴に糸を通すペット。
 でもペットじゃないんです。知的生命体と気づいて。
 どうか自然に覚えた芸だと思わないで。
 いや分かるはずだ。私の態度から、私が薄々オークさんの行動を理解し、ちゃんと考えてると気づいてるはず。
 だが確信がなかっただけで。

 これでだめなら、もう自分で刺繍の続きでもする覚悟だ。
「オークさん、人間の存在をご存じですか?
 小さいけど私、人間なんですよーっ!!」
 必死に、必死に主張した。

 そしてオークさんが――全開の笑顔になった。

 久しぶりに気絶した。

 …………

 それっから、オークさんは盛んに私に話しかけるようになった。
 以前のオークさんは無口気味だったんだけど、今は違う。
 どこに行くにも私をつれ、あれこれと話しかけてくる。
 といっても、もちろん言っている意味が分からない。
 オークさんの望んでるだろう会話にはほど遠い。

 それが知れると、今度はオークさんの言語レッスンが始まった。
 オークさんは私にどうにか自分の名前を呼ばせたいみたい。
 しつこいくらいに自分を指し、同じ単語を繰り返した。
 私も真似ようとしたんだけど、どうやら人間とオークでは声帯の構造が若干違うらしい。
 同じ発音が出来なかった。

 そうしたら、今度は筆談に挑戦し出した。
 ノートらしきものを広げられ、いろんな記号や絵を描いてくれた。
 ただ、針仕事が出来るほど器用なのに、イラストはてんでダメ。
 見る物に呪いをかけるがごとくの、おぞましい生物を書いてくれた。
 それでも勘をはたらかせ絵と文字の組み合わせを覚え、簡単な単語なら分かるようになった。
 私が小さなペンでその記号を組み合わせ、どうにか最初の文は、

『私 あなた 好き』

 オークさんの喜びようは凄まじく――凄まじく個性的な笑みに危うく気絶しかけたが。そんなわけで、ますます学習熱が上がったようだ。
 私も通じると分かれば張り切り、必死で勉強した。

 意志疎通が出来る。
 それだけで世界に一気に色がついたみたいだった。
 オークさんも同じだと嬉しいんだけど。

『助ける 見る ありがと』
 ……助けて面倒見てくれてありがとうと伝えたいんだけど。
 ニコニコして文を何度もなぞってるが、理解したか分からん。

『世界 知る』
 この世界のことを知りたいんですがー……。
 オークさんは色んな本を開き、挿し絵を見せてくれた。
 どうやら魔法や剣があるらしいと知り、胸がときめいた。

『あなた 知る』
 あなたのことがもっと知りたいんですが……。
 これに関してはオークさん、困っていた。
 私への好意はあらゆる方法で伝えてくれたが、自分のことはあまり語りたくないらしい。 
 だけどせがむと、オークさんは化け物みたいな生物を描き、自分を指さし自虐的に笑う。
 ……自虐的とか、そういう判別がつく程度に、オークさんの顔に慣れてきた。
 次に皆が逃げていく絵、石を投げる絵、追い立てる絵……。
「すみません。古傷をえぐって本当すみませんでした。もういいです」
 自分の目を手でおおい、オークさんを止めた。

 でもオークさんの過去は悪いものばかりではないようだ。
 オークさん超絶イラストを超解釈するに――両親にも嫌われ、子供の頃に追放が決まったオークさん。
 でも気の毒がったおばあちゃんが、一緒に村を出てくれたらしい。
 なるほど。ポプリや刺繍や押し花、ガーデニングはおばあちゃん譲りの趣味だったのか。

 オークさんが歪まなかったのは、おばあちゃんの影響が絶大のようだ。
 しかしそのおばあちゃんも亡くなり、以来独りぼっちらしい。


 私のことについても聞かれた。
『いやあ、以前は別の世界にいて、デカかったんだけど小さくなりましてねー』的なイラストを描いてみた。
 ……やはり理解されずあいまいな笑みで頭を撫でられた。
 あいまいな笑みとか、そういう判別がつく程度に、オークさんに以下略。
 オークさんと同レベルの自分の絵心に、ちょっと傷ついた。


 それから私たちは、一日ずっと一緒に過ごすようになった。
 果樹園で小さい果実を採ったり、オークさんが保護した動物に、オークさんの代わりに餌をやったり。
 夜は筆談を楽しみ、オーク語教室に耐え、オークさんの手仕事を眺める。
 針に糸を通すのは私の役目だ。
 ドールハウスだって、もうすぐ完成する。
 私たちはとても幸せだった。

 そんなあるときだった。


 昼、いつも通り、オークさんは私をつれて畑に向かう。
 名前を呼ばせることはまだあきらめていないようで、私を手に乗せ、自分の名前をしつこいくらい繰り返していた。
 だから、あなたの言語はたぶん、私の声帯の構造的に無理ですって。
 おまけにすごく聞き取りにくいし。
 うんざりしつつ、真似ていると。

『―――』

 ん? オークさんの名前をオークさん以外の誰かが言った。
 一瞬、オークさんは私がしゃべったと思ったらしい。
 嬉しそうな笑みを浮かべ――瞬時に消す。
 そして私を腰のカゴに放り込む。頭上でフタがしまった。
 な、なに? 何事!?
 あれ以来、オークさんは私をペットではなく『とても小さな友人』として扱ってくれる。
 何も言わず、乱暴にカゴに放り込むなんて一度も無かったのに。

 私はカゴのフタを少し開け、外を観察した。
 オークさんの焦りの理由はすぐ分かった。

 オークがいた。
 恐らく、オーク村のオークだ。
 肌は普通の剛毛が覆い、目鼻立ちの位置は安定していて、声も耳障りではない。
 オークさんに比べれば超イケメンだ。
 数人いる。全員男性? 雄オーク?
 なんだか嫌な感じの笑いを浮かべている。
 オークさんは後じさる。
 うわ、カゴが揺れた!
 どうやら、どんっと突き飛ばされたみたい。
 オークさんはよろめいたが、私のカゴは庇う。

 どうやらオーク村のいじめっ子らしい。
 それから小突いたり、蹴ったりのいじめ開始。
 オークさんがろくに抵抗しないのをいいことに、内容もエスカレートする。
 水をぶっかける。布袋をかぶせて大笑い。
 畑に入り、苗木をズカズカ踏み、果物を勝手に取って勝手に食べる。
 オークさんは戦意もなく、しどろもどろに彼らを止めようとする。
 だけど声も弱気で、布袋をかぶったままオロオロするばかり。

 そのうちいじめっ子たちはオークさんの家に入り出した。
 ひどい、止めて!!
 家具を壊しながら暖炉に火をつけ、オークさんの本や大事な手芸品を次々に放り込む、
 机をたたき壊し、食べ物を踏みつけた。
「あ……!」
 ドールハウス。オークさんがずっと大事に作ってきた私の家が……指を指して笑われ、汚い靴で何度も何度も踏まれ、バラバラにされ、

「止めてー!!」

 残骸を暖炉に放り込まれた。木くずになりかけていたドールハウスに火がつきパチパチと燃え始める。
 オークたちの大笑い。
 オークさんも打ちのめされた。ガクッと地面に座り込む。私は怒りに震えた。
 なんで? 外見が違うから?
 外見の他は何も違わないのに、どうしてオークさんが、ここまでいじめられなきゃいけないんだ。
 けど憤っていられたのもそこまで。

 突然オークさんが私の入ったカゴを両手で隠した。
 必死に隠す。
 あ。そうか……さっきの私の叫び、彼らに聞こえちゃったみたいだ。
 だけど隠せば隠すほど、私の存在は宣伝されてしまう。
「わっ!!」
 天地がひっくり返り、混乱する。
 私の入ったカゴが彼らに奪われたみたいだ。
 そしてカゴが逆さにされ、カゴの扉が開く。
 私は彼らの手の平の上に転げ落ちた。
「あ……」
 周りに巨大なオークの顔。
 彼らの悪行を思い出し、私は凍り付いて動けない。
 彼らはニヤニヤニヤと、よだれしたたる牙を光らせ、邪悪な笑いを見せる。
 オークさんは? 布袋をかぶせられた滑稽こっけいな姿のまま、土下座せんばかりに何か訴えている。
 だが一人に思い切り蹴られ、悲鳴を上げて畑に転んだ。
「い……痛い痛い!!」
 締め上げられ、私も叫ぶ。
 ん? 頬に冷たい感触――ナイフだ!!
 彼らは仲間同士で笑いあいながら、私の目や首や手足を刃先でつつく。
 どこから切り刻もうか楽しそうに話し合っているみたいだ。

 いったい私はオークさんとずっと過ごして何を見ていたんだろう。
 彼らはオークさんの何十倍も醜く見える。
 オークさんは今まで会った誰よりも素敵な人だ!!

「放せ!!」

 ガブッと噛みつき暴れた。
 声が上がり、一瞬力がゆるむ。
「オークさん!!」
 私の声にオークさんが起きあがる。
 私は高さを忘れ、彼の方に飛ぼうとした。
「……っ!!」
 だがすぐ、手に捕まる。
「ぐ……あ……ああ……」
 さっき以上の万力でしめつけられ、そのまま握り殺されそうだ。
 そしてナイフが……私の首に――。

『――――――っ!!』

 雄叫びが聞こえた。聞いたこともない、不快で不調和な音。
 布袋が放られ、グシャッと大きな足が踏みつぶす。
 雄オークたちがギョッとして動きを止める。
 そこに世界でもっとも恐ろしい怪物がいた。
 鬼気迫る眼光。怒りの炎が全身から立ち上り、恐ろしい咆吼が上がる。
 地獄の悪魔もかくやという醜い、いや恐ろしい生き物がいた。

 そして激怒したオークさんが、雄オークたちに襲いかかる。
 雄オークたちはその凄まじい顔に悲鳴を上げ、私を放り出した。
「わ!!」
 私はどうにか観葉植物の葉にキャッチされる。
 オークさんはと慌てて見ると、雄オークの一匹に馬乗りになり、殴りかかっていた。
 もちろん雄オークも最初は薄笑いで反撃しようとした。
 が。

 強い……。

 オークさん、強い。雄オークたちとレベルがまるで違う。
 馬乗りになられた奴は一切反撃出来ず殴られるがまま。手も足も出ず泣きわめき出した。
 他の雄オークも飛びかかるが、オークさんが腕を一度振っただけではね飛ばされた。
 まるで相手にならない。
「オークさん!!」
 けど、このままではオークさんが同族を殺してしまう。

 私が呼びかけると、オークさんがやっと止まった。
 私を見、無事を確かめると、馬乗りになっていた奴から、ゆっくりどいた。
 他の雄オークは完全に戦意喪失している。
 オークさんが彼らに何か言う。
『もう二度とここに来るな』的なことを言ってると私にも分かった。
 そして彼らに背を向け、私の方へ来ようと――。

 雄オークの一人が恐怖に牙をむきだし、ナイフで背後から襲いかかる。
 重い、真に不快な音が庭に響いた。

 …………

 ビビった雄オークたちが逃げ出し、庭には仰向けに倒れ血を流すオークさん、そして私が残される。

「オークさん……オークさん……」
 私は彼に取りすがり、泣いた。何とか止血したいが、どうにもならない。
 オークさんは震える手で私を撫でるが、徐々に力を失っていく。
 私のことはどうでもいい。
 ただオークさんに生きていてほしかった。
 オークさんとずっと一緒にいたかった。
 離れたくない。オークさんがいてくれれば、それでいい……!

 そしてオークさんは震える手で、指を己の血にひたし、地面に、

『好き』

「私も……私もあなたが好きです!!」

 涙ながらに言った。

 そしてオークさんの手がゆっくり地面に落ちる。

 私は泣きながら叫んだ。

「オークさん!! 死なないで……あなたが好きなんです!
 あなたを……愛してる!!」


 …………


 …………

 外は快晴だ。やわらかな風が窓辺のカーテンと花を揺らした。

「いやあ、本当にあのときは死んだかと思ったねえ」
 オークさんは、眼鏡をかけ、本を読みながら笑う。

「ええ、ええ。普通に起きたときは殴ろうかと思いましたよ!」
 鍋のスープをかきまぜ、私は低い声を出した。

 オークさん? 普通に生きてます。

 愛の奇跡が起こったわけでもなく、魔女の呪いが解けたわけでもない。

 ……単に気絶しただけで、数時間後さっさと起きやがった。
 オークさん、防御力も結構あったらしい。

 あの日からずいぶん時が流れた。

 あの後は大変だった。
 仲間を傷つけてしまったオークさん。
 彼はついに村を離れる決心をし、私をつれ住み慣れた家を出た。
 そして長い旅をした。

 いろんな土地を巡り歩いた。
 迫害されたり、優しい人に助けられたり、生涯の友人といえる仲間に出会ったり。
 その間に私はオーク語の発音に成功。
 文字もどうにか覚え、勉強が格段に進み、ついに完全な意志疎通が可能になった。
 そこで初めて、私はもっと大きいと伝えることが出来た。
 オークさんは旅の予定を変更。
 魔法や奇跡を探索し出した。
 その冒険の末、とうとう私は大きくなることが出来た。
 それから安全に生活出来る静かな森を見つけ、オークさんと私は小さな家を建てたのだった。

「オークさん、出来ましたよ」
 お昼ご飯をテーブルに載せると、オークさんは本にしおりをはさみ、ソファに置く。
「なあ。そのオークさんって、そろそろ止めないか?」
「そうなんですけどね……」
 もう問題なく本名を呼べるんだけど、照れくさくて。
「いただきます」
 そしてオークさんはお昼ご飯を食べる。
 美味しい美味しい言って食べてくれる。
「午後は私も畑に行きますから」
「ダメ。もう少し休んでいなよ。畑仕事は私がやるからさ」
 私のお腹を心配そうに見る。
「まだまだ大丈夫ですよ」
 ボソリとつぶやく。予測の範囲を超えて増え続ける目方に、一抹の焦りを感じるのだ。だがオークさんはそれを理解せず、
「私は太ってる方が好きだけどねえ。
 それに、どんな醜くなろうと私の顔よりマシだろう?」
「……その自虐だかブラックジョークだか分からない冗談は止めていただけます?」
 そう言ったけどオークさんは一人で受けて一人で笑っている。

 旅の途中、オークさんはオークさんなりに醜いのが治る魔法を探した。
 だが、ついに見つからなかった。
 けど落胆した様子はなく、今は開き直っている。
『君が私を素敵だ素敵だと言ってくれるから、自分の顔が好きになってきちゃってさ』
 今では鏡を見て、ちゃんとおめかしをする。
 ときどき笑えない自虐ネタを披露してくるのが悩みの種だけど。
 あと相変わらず、拾った動物には嫌われる。

 私はというと、オークさんの外見に慣れきってしまい、なんであんなに醜い醜いと思っていたのか首をかしげている。

「あ、奥さん」
 片づけようとすると呼び止められる。
 お皿を持ったまま振り返ると、オークさんにキスをされた。
 手が腰に回され、力強く抱きしめられる。
「もう……」
 もたれながら微笑む。
 オークさんは私のお腹を撫で、
「元気な子がいいな。もちろん君に似た可愛い子が」
「あなたに似ても可愛いじゃないですか」
 真面目に言うと、ブッと噴き出された。
「ああ、もう、本当に君が好きだなあ!」
 と抱きしめられる。
 皿を棚に置き、抱きしめ返すと、ポプリやパッチワークの作品に並び、大きなドールハウスが見えた。

 外は爽やかな初夏だ。オークさんは最近ますます張り切って『子供が遊べる庭にするんだ』とガーデンづくりに余念がない。
 カーテンが揺れ、優しい家に優しい光がさしこむ。
 オークさんとの生活は素敵だ。ワクワクするようなことが毎日起こる。
 こんな幸せな生活が一生続くんだろう。

「愛してるよ。―――」
 もう一度キスをされ、名前を呼ばれた。
「私もです。―――」
 名前を呼び返す。
 どちらに似てもいい。走り回る男の子、ドールハウスで遊ぶ女の子。
 家がにぎやかな声でいっぱいになるといい。

「愛している……」

 世界一カッコいい旦那様に抱きしめられ、心が暖かい光に包まれる。
 私はとても幸せな気分で目を閉じ、抱擁に身をゆだねた。

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