挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマークする場合はログインしてください。

シネマヴェリエ

作者:瀬戸 孝輝
 古ぼけた映画館の一室で、少女が熱心に映画を鑑賞していた。白いワンピースに身を包み、美少女然としたその少女は飽きる事無く、じっと映像に食い入っている。他には誰もいない。カタカタと音を流しながら回る映写機はただ彼女の為だけに、スクリーンへ映す退屈な作業を続けていた。
 彼女が食い入るその作品は、少女の世代が目を輝かして見る類では決して無い。少年少女が憧れを持って歓喜する勧善懲悪乃至は英雄願望を満たす、エンターテイメント性の高さは微塵も感じられない。只単にある男に起こった非日常を淡々と描写したものだった。



 男が目を覚ましたのは何と言うことは無い部屋。知らない天井等ではなく、彼の体臭が微かに香る自室だった。
 部屋は全体的に白く、所々のくすみを見逃せば清潔感溢れると表現しても良い。モノも比較的少なく、家具が揃っている事と合わせてモデルルームめいていた。扉は一つ。鏡は無い。
 『部屋を見れば、その部屋主の性格も分かる』と言われる様に、ベッドに横たわる男は神経質さを身体に纏わりつかせている。自室に居てさえ、白いカッターシャツと黒いスラックスを身に着ける隙の無さは一般とは言い難いだろう。
 彼が目を開けると同時に、壁に吊るしてある時計が電子音で起床を促す。電波時計故に狂わない時刻。短針と長針が折り目正しく直線を描いていた。
 男が身を起こし、「嗚呼、また一日が始まる」と物憂げに独り語つ。彼は心底日常というものに飽いていた。自身のマシンと面と向かい、『世界』の市場に目を配り、自作のアルゴリズムにパラメータを与え、最も収益の高いと思われる企業に投資する。所謂デイトレーダという仕事だ。彼がこの仕事を始めた当初は――仕事ではなく、学業の片手間にだったが――自身の投資戦略が次々と的を外し、市場の激流に鼻っ柱を見事なまでに折られたものだった。そうした経験や屈辱は彼に闘志を与え、生活に張りをもたらした。これを仕事としてからは益々のめりこみ、損益はほぼ確実に黒を示す様になった。無論、それでオシマイという事は無い。更なる収益を出そうと、努力しまた努力した。そうして彼は幸運にも――否不幸にも――自動的に投資戦略を立てるアルゴリズムを開発してしまったのだ。
 自動的に勝てる戦略を組むアルゴリズム。
 こんなものが出来てしまえば人のやる事など高が知れていた。毎朝の定例検診バグとり以外にすることは無い。後はマシンが勝手に億単位の金を転がしてしまう。負ける事は無い。否、負ける可能性は微塵にはあるのだろうが、アルゴリズムを組んでこの方赤字を出した事は未だ無かった。
 そうして、彼には飽きる程の日常じかんがもたらされた。
 彼には既に達成感は無く、倦怠感が取り巻いていた。飽いた日常は既に恐怖である。何時終わるとも知れないループ。ただ定例検診だけを行う毎日。この定例検診すらも現在組んでいるプログラムで対処出来てしまう。そうすれば、後はモニタやログを見るだけ。その作業すら、本来は必要ではないのだ。
 しかし、神経質な、同意義として几帳面な彼は自堕落な生活を送る事を良しとしない。いっその事旅行にでも出かけてしまえば、気分転換にでもなるのだろうが、自身が居ない時に万が一の事態になってしまう場合を考えると、そうも出来なかった。
 端的に言ってしまえば、男は現実に飽いていた。
 電波時計が起床時間から五分経過した事を告げるよりも早く、男は身繕いと食事を終えていた。カロリーメイトやゼリーが彼の主食である。ゴミ箱にカスを入れ、日課である定例検診を行って十数分。昨日も特に異常なく、少なくとも八桁程の黒字を生み出していた。そして、それが終われば、今日一日彼がしなくてはならない事は一つも無かった。
 ――カチリカチリ、ピッピッ、カリカリカリ。
 電波時計が働く音とマシンが働く音。そして、唸りの様に自身の体内から聞こえる生体音が部屋と自身を圧迫する。定期的に響く音は安心感をもたらす一方で、焦燥感をも煽り立てる。人知れず動悸が激しくなる。途端に荒い息が周囲の音を塗り潰していった。

「そんなに平穏が嫌?」

 心臓が止まった。
 錯覚だろうが、部屋の全ての音が凍りついた。真後ろからの声。声? 誰も、自身以外誰も居ない筈なのに? だとしても、今確かに聞こえたと、男は確信する。
 後ろを振り返れば、先程まで自分が横たわっていた、今現在はきちりとベッドメイキングがされているベッドがあるだけだ。そこに生き物など、況してや人間等居やしない。その筈だと男は理解している。
 扉の開閉する音はしていない。凝然じっと潜伏する場は無い。ベッドに音声を発する類の装置は無い。しかし解っているが振り向く事は出来ない。動悸が再開する。呼気荒く、鼓動も騒々しい。汗が滲む。

「手伝ってあげましょう」

 居る。
 論理的物理的に考えて『居ない』筈の相手だが、その声が認識されている今、存在の否定を証明する事は不可能だ。響く声は幼い少女特有の甲高さと甘美さを備えているが、存在がそうとは限らない。
 意を決する。後ろを振り向き、その存在を確認するのだ。

「さよなら」

 筋の最大張力を発揮し、首と眼球は既存の速度を軽々と超え奔る。だがしかし、其処には誰も存在せず、ただピンと張り詰めたベッドシーツが男に安堵感をもたらした。
 ただ。網膜の片隅に映った白いワンピースは錯覚だろうか。
 暗転。



 開けた目蓋の隙間から差し込まれる光に思わず顔を背ける。どうやら結構な時間を昏倒していたようだと男は身体の状況を確認し、時計を睨みつける。カチリカチリと五月蝿い。最も針のポテンシャルエネルギが高い時刻。通りで光が眩しい訳だと彼は納得した。
 彼が昏倒している間もマシンは正常に稼動し、次々と彼の残高を大きくしている。カリカリと五月蝿い。一応ログも確かめてみたが、問題等何も起こってはいなかった。
 安堵の息を吐き、ふと机上の綿ぼこリに気を取られる。単なる綿ぼこリだ。ふわふわとした外形とそれに見合う触感を有する、人に依ってはアレルギを引き起こす要因になりかねないあの綿ぼこりだ。あれが体内に侵入すれば、とは考えてはいけない。おぞましい。
 そもそもおかしいではないか。男は綿ぼこりを摘み潰してゴミ箱へと放る。
 掃除を、チリ一つ無い状態にまで隅々掃除をしたではないか。それも昨日。昨日? 昨日とは。イエスタデイ。主観的表現で表すならば、睡眠により区切られた断片記憶の最新ヴァージョン。整合性を以って迎えられる昨日。断続的な連続的記憶。昨日の自分と今日の自分は滑らかな状態であり、微分可能だ。
 潰した筈の綿ぼこリが机から零れ落ちる。床を這う。綿ぼこりの這う摩擦音が耳障りだ。
綿ぼこりは床を這い回る。恐らく、空調の所為だろう。一見して自立運動を行っている様。生物にでも憧れたのか、綿ぼこりが。綿ぼこりの行く先を睨みつければ、そこはこの部屋と外とを繋ぐ扉。
 扉。
 男は自身の体の汚れが気になり始める。そういえば、先程綿ぼこりに直接触ってしまったではないか。指先についた細菌が蠢く様を幻視する。高校の頃に何気なく見てしまった垢や皮脂が、鼻先の皮脂から観察された皮膚ダニが男の指先で湧いていく。

「ギィ」

 人知れず、我知らず口から奇声があがった。おぞましい。この指先を洗わなければならない。そうした強迫観念が自身を包み込む。おかしい。昨日までの自分はこうではなかった。なかった? 否、昨日までの自分も多分に神経質であった。大丈夫。整合性は取れている。
 扉。
 扉の先に清められる場がある。
ころころと我先に扉に向かう綿ぼこりを大股で追い抜く。一刻でも早くこの指先を洗わなければ。男は焦る気を押さえ、ノブを掴む。
 ――むぎっ
 ノブは金属で構成されている。真鍮だ。自身の部屋の空調を考慮すれば、ノブの表面温度は体温よりも低くなければならない。熱容量等熱力学・材料工学の知識を持ち出してきても良い。熱源が無い限り、断じて体温と同程度の温度を保っている訳が無い。
 何より、こんなぬめりとした触感ではない。ノブから能動的に接触してくる訳が無い。

「ヒィ」

 喉がまともに動作しない。
 眼球だけを下に向ければ、ノブだと思っていたものは人の手で。男は何時の間にかノブと握手する関係を築いていた。こんな悪趣味なノブにした憶えは無い。見覚えの無い手。むくついた手。浅黒く、爪先には汚れが溜まっているのか、黒々とした様を呈していた。握られた手は湿っていく。
 力の限り手を振り払い、おぞましい手から逃れる。握られていた力はそれ程大きくなかったのか、比較的簡単に振りほどく事が出来た。しかし、手には握られた証拠が色濃く残っている。
暴れる動悸を抑える手段が思いつかない。だがしかし、自身を襲ったモノを理解する為、再度ノブへと――見たくも無いむくつけきノブへと――目をやる。
 ノブだ。金属製の、昨日までそうであったノブだ。
 そして、ノブの下には昨日までなかった鍵穴。それを通してこちらを覗き込む眼球が。

「アアアアアアア」

 男を見遣る眼球は微動だにせず、瞳孔を一定にしてただ凝然と男を観察している。目蓋も睫毛も無い、ただ眼球だけが小さい鍵穴からこちらを凝然と見据えてくる。ぽろりと落ちそうなほどにぎょろりと。
 これでは外に出る事は叶わない。得体の知れない手や目が部屋の外で手薬煉てぐすね引いて――目や手にそれが出来るかどうかはさておき――待ち受けていないとも限らない。
 叫び声をあげて尻餅をついてしまった身体を無理やりに引き起こし、部屋の奥へと駆け込む。途中で眼球が転がっていたが、恐らくあれが綿ぼこりに見えたのだろう。そうだ。昨日掃除をした自分が綿ぼこりを放置する訳が無い。眼球であれば、昨日掃除をし忘れても仕方がない。あれはゴミではない。ゴミではないから放置した。だから、机に存在し、床を転がった。此方の方が昨日との整合性が取れている。

「では、眼球は何処から来たのかしら?」

 自分は神経質だ。質問には律儀に答えなくてはならない。眼球は机にあったのは、床に転がるようになったのは、この部屋に眼球が存在するからである。まさか、部屋の壁がいきなり量子力学に従って、トンネル効果を引き出すとは考え難い。非論理的だ。ならばこそ、この部屋にこそ眼球は存在し、ほら、その部屋の隅に。
 部屋の隅は直角を為してはおらず、鋭角を描いていた。そこから覗く眼球が爛々と部屋の明かりを受けて輝いている。輝かしくぬめる眼球は男を凝然と見据えるだけで、やはり微動だにしない。
 部屋の隅だけではない。所々のくすみからも眼球は迫り出し、彼を捉えて止まない。眼球になんらかの意志は見受けられず、ただ彼の日常を淡々と網膜に映さんとしている様。その内の一つがぼとりと壁から垂れ、マシンのマウスに弾かれ、机の上に納まった。眼球は彼を捉える事無く、モニタを眺めていた。
 ふと、男は気付く。今日は定例検診していたか、と。
 いそいそとマシンに向き合い、キーボードを軽やかに叩く。キーの反発が指に心地良い。ぬめぬめとした外観からは想像が出来ないだろう。内臓がひしめき蠢く事でキーの盛り上がりを適度に調整し、使用者の望むとおりの反発力を生み出す。ぬめる表面は使用者の指に絡む事無く、接着する事も無い。正に至高の一品だ。
 ログに異常は見られず、日々是平穏也。

「眼球が転がっているけど良いの?」

「何を不可思議に思うのかい。眼球とは転がっているものだろう? 生物学的に。眼球が二足歩行したら、ダーウィンが墓の中から飛び出してしまうではないか。そんな珍事は水木しげる大先生に任してしまえばいい。眼球は転がる為に存在しているのだ。断じて立たせようなんて不遜な事を考えない方が良い」

「この光景は異常ではないと言うの?」

「馬鹿な事はよしてくれ。私は神経質なのだ。これが、この目の前にあるこの私の部屋しろが異常な光景だというならば、私は一秒たりともこの部屋に居ようとは思わない。今直ぐにでも部屋から出て行ってしまうよ」

 私は成功したトレーダだ。世界が注目していて、世界中の視線を浴びていても当然だろう。世界中の視線がこぼれて私の部屋に眼球として転がっていても不思議ではない。寧ろ、当然必然と言うべきではないか。

「そう。貴方は行き過ぎてしまったのね」

「今や、世界有数のトレーダだからな」

「面白くないわ。さよなら」

「ああ、さよなら」

 はて、自分は誰と話しているのか。そうか、世界の
 暗転。



 開けた目蓋の隙間から差し込まれる光に思わず顔を背ける。どうやら結構な時間を昏倒していたようだと男は身体の状況を確認し、時計を睨みつける。最も針のポテンシャルエネルギが高い時刻。通りで光が眩しい訳だと彼は納得した。
 彼が昏倒している間もマシンは正常に稼動し、次々と彼の残高を大きくしている。一応ログも確かめてみたが、ひとつだけ問題があった。
 整合性が取れていない。
 転がし続ける銘柄達の中で唯一、その銘柄だけが変わらず鎮座していた。しかもその株価が右肩下がりであろうが、プログラムは狂ったかのように買い注文を続けている。アルゴリズムは今迄一度たりとも赤字を出した事が無いはずであった。
 整合性が取れていない。
 何故だ? アルゴリズムを舐める様に見回す。欠点が見つからない。バグが見つからない。パラメータは水準以上の誤差を生み出すほどに逸脱してはいない。他の銘柄では何事も無く黒字を生み出しているのだから、根本的なミステイクは無いはずだ。
 整合性が取れない。
 では、何故? 再度、ログを見直す。赤字を出している銘柄は聞いた事も見た事もない企業で。ただし、とても聞き慣れて見慣れた、自分の名前が書いてあった。
 整合性が取れない。

「何だ、これは」

 訳が分からない。気持ちが悪い。自身の名前が刻まれた株価は右肩下がりにグラフ上を飛び回り、下げのストップが掛かる事も無い。最安値を次々と更新し、株価の単位は円から銭へと変化する兆しも見せている。
 整合性が取れない。
 あまりの気持ち悪さにマシンのモニタの電源を切る。これで今現在感じている気持ち悪さからは解消されるだろうと、気を緩めた矢先
 ――ぐじゅ
 目の前の壁から赤い液体――恐らく血液だろう――が染み出し、線を描いていく。それは先程まで見ていた自分の名前の銘柄の行く末だ。グラフはゼロの地平線へと直進していき、漸近していく。
 ふと、嫌な事に気が付いた。
 整合性を保つ。
 こうして、価値の無くなった株価はどうなるのだろうか。
 整合性を保つ。

「焦げ付き、腐っていくのじゃないかしら?」

 認識した。認識してしまった。同時に、異なる感覚も認識する事になる。腐臭とたんぱく質の焦げる臭い。全身の神経を通して、末梢の危険信号が流れてくる。肉は腐り落ち、焦げ落ちる。ぼとぼとぼとと床の上を肉が蹂躙してく。

「アアアアアア」

 叫び声が出ているのかも分からない。生きながらにして肉が焦げ、腐り落ちていく感覚。どうしようもなく、喚くしかない男。助けを呼ぼうにも呼ぶ手段も無く、助けを求める視線は天井にびっしりと取り付いた眼球達に送られるも、淡々とした視線を返されるだけであった。
 暗転。



 開けた目蓋の隙間から差し込まれる光に思わず顔を背ける。平穏が苦しい。どうやら結構な時間を昏倒していたようだと男は身体の状況を確認し、時計を睨みつける。平穏が苦しい。最も針のポテンシャルエネルギが高い時刻。平穏が苦しい。通りで光が眩しい訳だと彼は納得した。平穏が苦しい。
 彼が昏倒している間もマシンは正常に稼動し、次々と彼の残高を大きくしている。平穏が苦しい。カリカリと五月蝿い。平穏が苦しい。一応ログも確かめてみたが、問題等何も起こってはいなかった。平穏が苦しい。
 苦しい。
 さよなら。
 暗転。



「どれもこれもぱっとしないわね」

 美少女然とした少女は、自身の不満を隠そうともせずスクリーンから目を離し、男の一連の所業を一言で切って捨てた。そういった我が儘な態度が許される年頃であり、また許される容姿をしているからこそ、周囲から非難される事も無い。もっとも、彼女以外にこのスクリーンを眺めていた者はいなかったのだが。
 男のスクリーンに飽きたのだろう、少女は今迄腰を埋めていたシートから伸び上がり、縮こまっていた背筋をピンと伸ばす。観客が見ていようと見ていなかろうと、古びた映写機の音だけはカタカタカタと連続して聞こえてくる。彼は実に勤勉だ。
 さて、ではここから出ようかと、少女が足を踏み出せば、目の前には男が立っていた。正確を期せば、男であり人であろう人が。映写機から漏れる光以外に光源が無い一室で、男の顔はモザイクがかってしまい判別する事が出来ない。スクリーンで喚いていた男とは違うかもしれないし、同じかもしれない。胡散臭さだけは否応無く香ってくる。
 だが。少女は思う。ここは私の世界だ。私が作り出したのであり、私以外に作り出すものはいない。こんな男を作った憶えは。

「あるだろう?」

 嗚呼、確かにあった。少女は納得する。確かにアレは彼女が日常に飽きてしまい、日常にスパイスをという思いで作り上げた、胡散臭さを売りにした男だ。ただ人に戸惑いと逡巡を与える為に置かれた人形。如何して、憶えていなかったのだろう。あれ程までに手を加え、その胡散臭さにむせていたのに。

「忘却とは最高の防御機構にして、最強の攻撃手段である」

「何よ、それ」

「そうだろう? 忘却する事によって、自分を傷つけるものを、イヤイヤ、傷つけられたとしてもその傷さえも消してしまうのだから。そして、忘却する事によって、忘却されたものはその世界から排除される。そのルールには死者すら従わざるを得ない。矛盾という言葉に対する反例と言えばいいか。私なら、矛型の盾という言葉を進言するがね」

「はいはい。もういいわ。私、他の見に行くから」

 次は誰を見に行こうかしら。楽しみだ。
 私は日常に飽きてない。



 可憐な笑顔を残して少女は部屋から出て行った。出て行った部屋の先には、やはり同じ様な部屋がずらりと並んでおり、部屋毎に異なる品を用意してある。どれもこれもシネマヴェリエによる映画ではあるのだが。
 彼女は気付いていない。私などという者を作った事は無く、ましてや今迄邂逅した事すらないと言う事を。彼女はこの空間を自分で作り出したと思っているようだが、それは大きな間違いである。彼女は只、そういう風に考えるロールを担ったキャラクタに過ぎない。言うなれば、このシネマヴェリエで埋め尽くされた映画図書館シネマテークのマスコットキャラクタだ。可愛いは正義。
 そもそもこのシネマテーク、私の人物観察・設定構想の趣味が高じてしまい、脳内にせっせと組み上げていたものだ。参考にしたのは、ハンニバルの記憶宮殿。ただ真似したのでは日本人の誇りを汚すと、請ってしまったが故のシネマテークである。
 ただ保管するだけでよかったシネマテークだが、記憶宮殿の執事に見習い、私も何者かを置くことにした。その際に生まれた白い彼女。何も染まっていない、純粋さを存分に持ち抱いた真白な美少女。今では彼女を楽しませる事がこの館の存在意義であったりする。本末転倒な気もするが、こうした路線変更も人生には付き物だ。
 それでは、シネマテークの管理は彼女に任せ、私は私の日常へと帰還することにしよう。
 さよなら。
 暗転。



 開けた目蓋の隙間から差し込まれる光に思わず顔を背ける。どうやら結構な時間を昏倒していたようだと私は身体の状況を確認し、時計を睨みつける。最も針のポテンシャルエネルギが高い時刻。通りで光が眩しい訳だと私は納得した。
 私が昏倒している間もマシンは正常に稼動し、次々と私の文章を紡いでいてくれたようだ。何時の間にやら、数千字も原稿が進んでいるではないか。これで安心して投稿出来る。私は安堵の息を吐く。
 ふと、机の上に目をやると、そこには。

「その眼球はプレゼントよ」

 白い少女が抱き着いてきた。
 どうやら私の日常も劇場版になるらしい。
 暗転。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ