FILE05:『最終話〜偽りと真実、そして未来〜』
さっきからずっとテレビに流れているのは、ついこの前オレ達がアジトに乗り込んで検挙に追い詰めた組織の話だ。昨日の事だってのに、テレビに映る研究所があまり記憶にないのは多分、あん時のオレが灰原しか見てなかったから。
にしても、昼食時から流す内容にしては、随分どす黒い内容だな。そんな事を考えながら、病院の灰原に付き添い、流れるアナウンスの声をぼんやり聞いていた。
「そろそろ、目ぇ覚ましてもいい頃だと思うんだけどなぁ」
今となっては、病院のベッドに横たわ……寝てるようにしか見えねーけど。ったくコイツ、紛らわしい気絶しやがって。なーにが「ありがとう」だ! 本当にあのまま死んじまうかと思ったじゃねーか。
確かにコイツを診た先生の話だと、実際出血多量でやばかったって話だが。
「今となっては、目を覚ますのを待つだけねぇ……昨日の夜の慌しさが冗談みてーだな」
オレの気持ちお構いなしに、随分と気持ちよくお寝んねしてんじゃねーか、なぁ灰原。いい身分だぜ、ったく。
お陰で、キスまでしちまったじゃねーか。おまけに死んだ明美姉さんにまで神頼みみてーな事して。かーっ、情けねえ! あん時のオレはどうかしてたんだ!
「う……」
お、やっと目ぇ開けやがった。ぼんやり周り見回して、一晩中つきそってやったってのに、真っ先にオレに気づけよコラ。数秒間彷徨った灰原の目がやっとオレを見た。目が合ってすぐ、灰原の顔色が曇る。何だ?
「やっと目ぇ醒めたんだな」
「……江戸川君。そう、私本当に助かったのね」
ヤケに声が小さく感じたのは、気分のせいか怪我のせいかまではわからねーけど、何助かったってのにそんなに寂しそうなんだよ。縁起でもねー事言うなってんだ。人がどんだけ!
「バカね。ふ、本当にいつも私の冗談を真に受けるから、面白いわ、工藤君は」
「じ、冗談なのかよ!」
「ええ、そう。あなたと同じよ、真面目な冗談」
オレと同じ……? って、あの事か!?
「私、あの冗談の返事まだしてなかったわよね?」
真剣な目に射抜かれた。なんで、んな冷静に開き直ってんだ? オメー。どんな返事を、返すつもりで……
「好きよ、私あなたの事。言っておくけど、友達とか仲間としてじゃないから」
声も顔も、冗談には見えねーな。……ああ、そうか。やっぱり。灰原の気持ちがオレの中で確信に変わって行くのと同時に、今までのピースが一つずつ頭の中で嵌っていった。最低だな、オレ。そんな灰原に、冗談って言って告白して、気持ちを引っ掻き回して。
「……冗談で済ませられたら、楽だったのにな」
「私も、冗談で済ませたかったけど、どうやらそうさせてくれない人が沢山居るから」
歩美ね。オレ達二人して、まだ小二のガキに逆らえねーんだな。アイツのお陰で今があるってワケか。今なら、オレも素直になれそうだ。
改めて、思いを口にしようとした瞬間、耳に廊下から届く大勢の足音が聞こえて来た……ああ、そろそろ来る頃だと思ったぜ。灰原の見舞い。
「……皆来たみたいだぜ。続きはまただな」
ま、いいや。んな焦らなくても、ちゃんとまた伝えてやっからよ。大丈夫だ、今度は絶対逃げねーって、何度も心に誓ったんだから。
「ま、待って! 私、まだあなたの口から、何もはっきりした事聞いてないわ」
病室を出ようとしたオレを呼び止める必死な声に、足を止めた。
「ちゃんと言っただろ? オレ」
振り向くと、きょとんと目を丸くした灰原が映った。ふっ、いつもしてやられる仕返しだ。そう、ちゃんと言ったんだよ。オメーは、覚えてねーかも知れないけどな。
「どういう意味なの? やっぱり、結局冗談って事?」
「……さあ、な」
オメーに、オレからの謎かけだ。退院する頃までに、しっかり答えを思い出しておけよ。あんなに強く願った、オレの気持ちを。
”生きて、目が覚めたら……オレに惚れろ”
そうしたら、オレが責任もって、オメーを幸せにしてやっから。なあ、灰原?
色々あったけど、組織が壊滅したあの事件から一年。コナン生活ももう二年と少し……ははっ、慣れて当然だな。
蘭は、最近何故か工藤新一の話をあまりしなくなった。だからオレも、アイツに電話をかける回数もめっきり減った。
そして、クソ暑いこの残暑の真っ昼間に、オレはいつも通り本を読んで過ごしている。
「コナンくーん、電話よ!」
「あ、はーい」
玄関の辺りからの筈なのに、静寂は一気にかき消されちまった。栞を手にとって、電話に急ぐ。「はい」と受話器を渡してきた蘭の……ちょっと悲しそうな笑顔。蘭がこんな顔をすると、誰からの電話かわかっちまう。
「よぉ、灰原」
『江戸川君、ごめんなさいね。携帯が通じなかったから』
ああ。やっぱり、灰原だ。蘭の奴、灰原と最近仲いい筈だけどなぁ。携帯、そういやこないだコナンの奴水につっこんじまったっけ。
「あー、悪ぃ。ちょっと今故障中なんだ。で、どうした? オメーからかけてくるなんて」
『え、えぇ……』
途端、やけに詰まった聞き取り辛ぇ声が返って来る。しかもいい所で話をぶっちぎってだんまりしやがって……怖ぇな、何だよ灰原。スゥ、と息を吸う音がこっちにも聞こえる。深呼吸しなきゃなんねーほど、言い辛い話って事か?
『私の家に来てくれる? 早い方がいいわ、出来ればこれから。実は、解毒剤が完成したの』
「え?」
……完成、した? 待てよ、突然すぎて上手く理解できなかったじゃねーか。あぁ、頭が真っ白っつーのはこんな状態だ。灰原がずっと解毒剤を研究し続けてた事は知ってたが、すっかり忘れた頃に突然かよ。
『江戸川君、大丈夫?』
「あ。あぁ」
気遣う声に、ただ放心した返事しか返せねーってのは、何とも情けねぇ話だが。アソコまで願った薬が出来たって聞いた時の反応じゃねーだろ。
いつの間にこんな認識になっちまったんだろうな。工藤新一はオレにとって、大切な思い出だ。”今”じゃねえ。でも、ただの過去でもねえ。オレが黙っているのに合わせる位沈黙した灰原は、ぐちゃぐちゃに絡んでやがるオレの気持ちの全部を見通してんのか?
「悪ぃけど、突然すぎてちょっと混乱してんだ」
『ええ。でしょうね』
……んな涼しい声で返すオメーは、全くいつも通りだな、オイ。どう思ってんだ? オメーにとっても、でっかい事だろ。
『私は、決めてるもの……最初から。何より灰原哀が大切よ』
「……そっか。答えでてんだ。確かに、オメーはそうだな。」
ビシッと強い口調で返したのは決意の証ってわけか? 比べんのは変な話だけど、昔より随分強くなったな、オメーは。それに比べてオレは……
「とりあえず、気持ち纏めてからでいいか? オメーんち行くの」
『ええ、私特に予定ないから、いつでも待ってるわ』
「そっか、悪いな」
こんな真昼に欠伸なんて、あんまり寝てねーんだろ。徹夜で薬仕上げてくれたってのに、何考えててんだ? オレ。灰原がこの薬の為に、必死になってくれてたの知ってんじゃねーか。
『……江戸川君、一つ言っておくわ。』
真剣な低い声? 今更なんだよ。
『この薬を作り上げたのは、私のエゴよ。宮野志保として最後の仕事をする為に、完全に吹っ切って灰原哀として生きていく為にどうしても必要だった行程なの。だから、私の努力に遠慮しないで。二年も経つんだから。どうするか決めるのはあなたよ』
「灰原……」
妙にさばさばした声だが、エゴって言葉一つで片付けられるもんじゃねーって事をオレは知ってる。血だらけの手で、必死でたった一粒程度の薬を掴もうとしてたんだ。オレと灰原との、全ての始まりとなったあの薬をな。言わば、あの薬はオレ達の絆、か。
「じゃあな、遅くならねーうちに行くと思うからよ」
「ええ、待ってるわ」
受話器を置いて、オレは数秒立ち尽くした。立ったまま、このちいせぇ手を眺めてみたけど、今となっては何とも思わねえ。ああ、やっと判った。ずっと隣で灰原を守ると決めたオレは、もうとっくにコナンだったんだ。
……何だ。もう、オレん中ではとっくに答えが出てんじゃねーか。行くか!
「蘭姉ちゃん、ボクちょっと出かけてくるよ!」
「えっ? どこに?」
突然んな事言い出したら、慌てるのも無理ねーか。……悪ぃな、蘭。
「博士んちだよ! 大事な用があるんだ。遅くなる前に帰ると思うよ」
「そ、そう……」
「うん。……じゃーね、蘭姉ちゃん」
蘭が一瞬悲しい顔をしたのは、見なかった事にしとこう。次会う時は、本当にオレ達全く違う関係だな。蘭、身勝手な二年間にしちまって、ごめんな。
「……さよなら、新一」
え……? 蘭の呟きはやたら小せぇ声だったけど。聞き間違いの類じゃねぇ事位判る。玄関から一歩足を踏み出す直前だったが、オレは足を止めて振り向いた。……あれ? 笑顔作ってやがる。
「どうしたの? ホラ、待たせてるんでしょ? ……行ってらっしゃい、コナン君」
打って変わって明るい声だしやがる。けど……オメー、オレの事。
「うん、行って来ます! 蘭姉ちゃん」
オレもガキっぽく笑ってこう応えんのがベスト、かな? いつから気づいてたんだか知らねーけど、多分これがオレ達の別れって知ってても、こうやって今笑顔で送り出してくれてんだから。
もう一度、オレは外に出て戸を閉め、灰原と解毒剤の元に走った。待ってろよ、灰原。オレの結論をちゃんと見せてやっから。
……あん時、情けねー位悩んで出した結論が、ずっと今に結びついてる。
もうあの組織との対決も、解毒剤が完成したあの日も、随分古い過去の思い出だ。
今思い出しても、随分遠回りしてたと思う。オレは、まだ未熟で幼くて、だから過ちも犯した。けれど、こんな今があるのは、自分に素直になれたからなんだ。
それにしても、この博士んちの玄関で灰原を待ち続けて二十分、か。ハハハ……いい加減、オレもちょっとイラついてきたぜ。なぁ? 随分なめられてんじゃねーか!
「おーい、おせーぞ! 何やってんだ?」
「し、仕方ないじゃない。博士があれもこれもって」
「ったく、すっかり保護者気分だな、博士も。灰原より張り切ってんだろ?」
「ええ、その通りね。 そのせいで、私が新学期早々遅刻したらたまらないわ」
肩を竦めて話す灰原の姿が新鮮に映るのは、いつもと違う格好だからだ。すっかりピンクに染まった桜の木をバックに、初々しい制服姿が映える。
「似合うじゃねーか。帝丹中の制服も」
「あら、ありがと。あなたも、二度目の中学生をこれから三年間、せいぜい楽しむのね」
「うっせー! ほら、さっさと行くぞ」
がっしり灰原の手を掴んで、昨日までとは新しい通学路を走る。オレには二度目の中学生活。コイツと、楽しい日々が過ごせればいい。
「なあ、灰原」
「え?」
「……オレ、ちゃんと約束果たせてるか?」
オレの手に引かれる灰原の顔が真っ赤になって、「ええ、そうね」と小さく頷いたのを見逃すわけがねぇよ。コイツ、普段クールなイメージだから、そうやって真っ赤になってみたり、こう顔を上げてふわっと笑ったりすると、溜まらなく際立つんだ。
「あなたに出会った六年間、たくさんの幸せを貰ったわ。ありがとう」
「ああ! まだまだ、これからもよろしくな!」
灰原の後ろで、明美さんも一緒に笑ってるように見える。オレは幽霊なんて信じてねぇけど、ただの幻覚かも知れねぇ彼女が、灰原の肩を抱いてる。……よかったな、灰原。確かに姉さんはオメーをずっと見守ってるぜ。
こんな、何気ない朝の時間みてーに、いつまでも隣で、笑いあっていければいい。時に、自分が生み出した偽りの世界に心を惑わされても、真実を追い求めていけるようにな。これからもまた長い時を、江戸川コナンと灰原哀として生きていくんだ。
こんな風に手をつないで、ずっと一緒にな。
|